貫く一打
「う、ぐ……」
『くっそぉ……』
指鳴らし一つで起こされた大爆発。その中で四竜とその契約者たちが四肢を支えにして身を起こそうとする。
その様にサイコ・サーカスは鼻を鳴らして冷やかに目を細める。
『まったく、相変わらずしぶとい……こればかりは本当にうんざりさせられるわ……』
今までの少しとは言え余裕のあった態度とは打って変わって、まるで凍りついたかのような言動を見せる。
『これまでも散々付き合わされてきたけれど、お前たちの粘り強さにはいい加減飽き飽きしているのよ。それをまさに願いの成就しようという前で発揮されては……煩わしいったらない!』
苛立ちを口に出しながら歩を進めるサイコ・サーカス。
対するグランダイナは、未だに煙の燻る鋼の巨体を手を着き起こして、両の足で立ち上がる。
「やっはは。まあそう言わずに付き合ってみなよ。今度こそ仮面をひっぺがしてやるからさぁ」
わずかにふらつきながらも、丸太にも似て太く強靭な足は重厚なヒーロースーツの体をしっかりと支える。
口ぶりにいつものおふざけとゆとりこそ無いものの、未だに力を込めて拳を握るヒーロー。
立ち上がりつつある仲間たちの先頭に立つ姿に、サイコ・サーカスは不快げに、真新しい黒血化粧を施した目を鋭く研ぐ。
『……お断りよ』
そして冷たい声が響いたかと思いきや、サイコ・サーカスの姿が消える。
ピエロ女の居た場所に舞い散るトランプ。
その一方でグランダイナの体はサイコ・サーカスがみぞおちに叩き込んだ拳で折れ曲がっていた。
「おご……お?!」
反応する暇も無く臓腑を貫いた重い衝撃。
打たれた、殴られた、と理解するよりも速く全身に行き渡った波に、グランダイナは確信の抜けたうめき声を、肉体の反応のままに吐き出す。
苦悶の声を吐きながら、グランダイナはその鋼鉄のヘルメットに重なるクリアバイザー奥で目を点滅。
『悠、華?』
「悠ちゃんッ!?」
その様にテラとホノハナヒメが声を上げる中、サイコ・サーカスは鋼鉄の腹甲を割った拳を引き抜く。
そしてグランダイナが支えを失い覆い被さる間も与えず、腰を反しての連打で巨体を浮かせる。
「あ! グッ!? ガァッ!?」
機関銃の銃声にも似た打撃音に混じるうめき。
『お前ぇッ!』
「止めてぇえッ!?」
一方的に打たれる友の姿に、揃ってサイコ・サーカスへ飛び掛かるテラとホノハナヒメ。
さすがはパートナーと最も親しい友と言うべき反応。しかしサイコ・サーカスはそれらには一瞥もくれずに、牙剥くテラを文字通り一蹴。ホノハナヒメへと蹴り飛ばす。
『ぐあ!?』
「あうッ!?」
『兄様!』
サッカーボールさながらに飛ばされてきた地竜。それをホノハナヒメは突撃の半ばでフラムと共に受け止める。
「かッ?!」
だがその直後、背を突き抜けた衝撃にホノハナヒメが眼鏡の奥で目を剥く。
弓なりに反れたその背には、サイコ・サーカスの蹴りが突き刺さっていた。
ホノハナヒメに四人の契約者中最大の防御力を与える攻性防御結界。
守備の要であるそれが無ければ、護りと返しに定評のあるホノハナヒメとて強烈な攻撃を受け止められはしない。
つまりは、盾ほどの結界を張る間も無く撃ち込まれたピエロの蹴りは、千早を重ねた巫女服を素通り同然に抜いていることになる。
『みず……きぃッ!?』
飛んできた兄と押されたパートナーとの間でフラムはサンドイッチ。
そうして重なりあったままグランダイナへと衝突。装甲の所々をへこませた黒いヒーローをも巻き込んで重なり倒れる。
「悠華ちゃんッ!? 瑞希ちゃんッ!?」
「おのれぇえッ!!」
瞬く間に、立て続けに倒され重ねられた地と火の二組。
それに風組と水組が下手人であるサイコ・サーカスめがけて動く。
梨穂が傘から放つ水レーザーを牽制に、鈴音が暴風の如く躍りかかる。
しかし梨穂の放つ水と、鈴音の振り下ろすレックレスタイフーンが触れる直前。二つの力に狙われたサイコ・サーカスは忽然と姿を消す。
「そんなッ!?」
『後ろは!?』
『瑞希はそうやられたんだぞ!』
幻と消えたサイコ・サーカスに目を瞬かせながら、鈴音と梨穂はウェントとマーレの警告どおりに背後へ視線を。
「う!?」
だがその瞬間、後ろへ顔を向けた梨穂の襟をサイコ・サーカスが掴み、持ち上げて床へ。
「ぐあ!?」
少女の体の叩きつけに、音を立てて波打つ床。弾力に富む床に沈められながらも、梨穂は顔の前につららのミサイルを生成。
しかしそれを発射する暇も無く、再び振り上げられて鈴音へと投げつけられてしまう。
「お願いウェント!」
『はあッ?! ボクがやんの!?』
水組の飛来に風組は素早く分離。
仲間のカバーを任された風竜は、ぼやきながらもその翼を広げて空気のクッションで梨穂とマーレを柔らかくキャッチ。しっかりと相棒に任された仕事を果たす。
「回り込まれるんだったらぁあッ!!」
一方サイコ・サーカスへ翔んだ鈴音は突撃の勢いのまま、振りかぶったレックレスタイフーンをフルスイング。
「あぁああぁああああッ!!」
大振りの一打は幻と消えたサイコ・サーカスによって案の定回避。しかし鈴音は振り抜いた勢いを殺さずさらに回転。そのまま独楽のように回転を重ね始める。
回転数が増すごとに鈴音の回転はその力を高めていく。暴風を圧縮したメイスヘッドは同じ空を過ぎる度に風切る音を高めて、やがて渦巻く風の中心となった鈴音は台風の目としてその場に回り続ける。
風の渦を生み出すその中心。攻防一体に敵に備えて回り続けている鈴音。
だが渦巻く暴風の鎧の上、そこへ何の前触れもなく現れたサイコ・サーカスの蹴りがメイスを持つ鈴音の腕を踏み蹴る。
「あうッ!?」
腕を襲う苦痛に、鈴音は堪らずレックレスタイフーンを手放してしまう。
暴風の鎧が散り剥がれる中、サイコ・サーカスは杖を手放させた蹴りのまま風の少女の懐に落ちる。
そこからすかさず足払い。大地の鎧さえ砕く力を鈴音に堪えられるはずもなくその場に背中から倒れる。
そしてサイコ・サーカスは鈴音が声を上げる間も無く、弾力のある床に倒れて転がった少女の足首を捕まえる。
「……あ!?」
そして間髪入れずに鈴音の足を抱え、両踵を軸に回転を始める。
「ひあぁあああああああああああああッ!?」
空気を唸らせるほどのジャイアントスイング。
先ほどまでとは一転。自身のメイスと同じ状況にされた鈴音は、ドップラー効果を帯びた悲鳴をまき散らしながらされるがままに振り回される。
悲鳴と風を生む中心とされたまま振り回され続ける鈴音。
高まり続ける遠心力で、水分とそれ以外とを分離されてしまうのではないかというほどの回転。
『鈴音ぇッ!!』
それほどのジャイアントスイングに晒されるパートナーに、梨穂とマーレを下ろしたウェントはその鳥そのものの翼を羽ばたかせて空を急ぐ。
尾羽を靡かせ風に乗って翔る飛竜。
それに続いて梨穂は胸元を左手で抑えながら、投げられても手放すことなく握っていたウェパルを突き出す。
銃と構えた青い魔傘。そしてそれに先行する牙を剥いた鳥とトカゲとの合いの子。
だがそうして仲間を助けに入ろうとする動きを先回りして、サイコ・サーカスは振り回していた鈴音を放る。突っ込むウェントと、その後ろで構えた水組がいる方向へ。
「ひぃあぁあ!?」
『う、ぉあぁッ?!』
悲鳴を上げて飛ばされてきた鈴音に、ウェントは驚き羽ばたきブレーキ。慌てて風を織り重ねて緩衝帯を作るも、契約者の少女はそれを突き破って風竜と衝突。さらにその奥の水組をもぶつかり巻き込む。
「ぬぅう!?」
「クゥ!?」
投げ込まれた鈴音に、水組は揃ってうめきながら、反射的に水で体を包む。
分厚い水をクッションに転がる梨穂と鈴音。
その勢いのまま立ち上がった床にぶつかって制止。風水二組を包んでいた水が割れて、ずぶ濡れになった青と緑の魔法少女と竜が姿を現す。
「ぷあッ!」
「はぁ、はぁッ」
お預けを食らっていた分を取り戻すように空気を吸い込む二人。それに一拍遅れて二人の体にまとわりついた水気が飛んで消える。
そんな四名目掛けて迫るトランプの弾幕。
大量のカードは壁となり、津波のように風と水の二組を飲み込もうとする。
「やぁっはぁあああああああああッ!!」
だがそこで、猛々しい気合の声を張り上げた黒い影が、契約者とカード津波との間に落着。
「悠華ちゃん!?」
「宇津峰さんッ!」
床を波打たせて着地したのはグランダイナ。
仲間たちがサイコ・サーカスを引きうけている間に立ち上がっていた黒のヒーロー。そして共に立ち直ったホノハナヒメの助けを受け、仲間たちの危機を阻む壁として飛び込み割りこんだのだ。
広いその背に仲間たちの声を受けながら、グランダイナは未だに波高い床に拳を振り下ろして波紋の第二波を起こす。
高々と床を波打たせた重衝撃はトランプの津波をひっくり返して押し戻す。
「これはオマケよ!」
『お釣りは無しよぉ!』
そこへホノハナヒメが炎の帯を金幣に巻き取りながら合流。戻っていくトランプの波に火を付ける。
トランプの群れを軸にした炎の津波。だがサイコ・サーカスはそれを前に棒立ち。何の動きも無く波に飲まれる。
そして炎が散った後には、飲み込まれたピエロの影も無くなっていた。
あまりにも無防備な、そしてあまりにもあっさりとした消滅。
今までの手応えとは打って変わってのあっけなさに、戦士たちも竜たちも誰一人として決着を信じず、周囲に警戒の目を走らせる。
「……こっちからは来ないわ」
『ああ』
膝立ちに身を起こした梨穂とマーレは、いつの間にか壁の消えていた後へ傘と氷の刃の切っ先を向けて、強敵の気配がないことを仲間に告げる。
「こっちにもいないよ」
『見つからないな』
また同じく膝立ちの鈴音とその肩に降りたウェントも、自身の正面方向から襲撃の気配がないことを仲間たちへ。
「……私の方もダメ」
『……だよぉ』
自分たちの正面、そして上方向へ警戒の目を向けたホノハナヒメ、フラムの火組もまた発見できずと報告。
そして腰を落として拳を構えるグランダイナは、相棒ともどもに正面のみならず足裏から伝わる振動で床下を探る。
「テラやん……どう?」
『ダメだ……肉っぽい床質で分かりにくいのは確かだけれど、気配のけの字も無いよ』
傍らのテラを一瞥して確認を取るが、返ってきたのは自身で感知したのと同じ結果。それにグランダイナは体を膨らませるほどに息を吸って、吐く。
「なら、いったいどこに……?」
拳を解いて、握り直し、頭を巡らせるグランダイナ。
残る仲間たちも手負いの身に鞭を入れて構え、立ち上がり、背中を密着させて四方六方への警戒を続ける。
少女たちの息づかいでさえも耳に触れるほどの静寂。
サイコ・サーカスの存在は、その切れ端さえ耳にも目にも捕らえられない。だがしかし、その確かな殺意は四組の竜と契約者たちを締めあげるように、濃厚に辺りを満たしている。
もしかすれば、知らず知らずのうちにその濃密な気配ごと吸いこんでいて、胸の内から破られてしまうのではないか。
そんな恐ろしい想像に襲われかねない空気に、一行は知らず知らずのうちに息を呼吸を止めていた。
「ぷあッ」
やがて息苦しさに耐えかねて誰からともなく音を立てて呼吸を解禁。
瞬間、集団の至近。全方位に現れる無数のトランプ。
無論上どころか床面までも割った上下の例外の無い全方位。そうして前触れ無く現れたカードの群れに固まっていた竜とその契約者たちは声を上げる間もなく埋め潰される。
綿密な警戒を無に帰す雪崩の如き攻撃量。
そして瞬く間に山を作ったトランプは、下敷きになった少女たちが撥ね退ける間も無く爆発。
文字通り全方位からの爆発。
逃げ場のない破壊エネルギーの中心に置かれた四対の戦士たちは声を上げることも出来ず、爆音に翻弄される。
そして爆発の残響も抜け切った跡にはうつ伏せ、仰向けにと倒れた戦士と竜たちの姿が。
そんな満身創痍の戦士たちはそれぞれの光となって散り、本来の女子中学生としての姿をその場に晒すことになる。
制服は裾や袖を皮切りに所々が破け、そこからのぞく肌は血に濡れている。
また竜たちも焼けた肌をさらしてそれぞれのパートナーの側に横たわっている。
そんなもはや変身も維持できなくなった少女と四竜たちの前に、空間の裂け目を通ってサイコ・サーカスが姿を現す。
「……う、うぅう……」
そこで響く微かなうめき声。
眉間に皺を寄せたサイコ・サーカスがその出所を探れば、うつ伏せの悠華がその指で柔らかな床を引っ掻いているのを見つける。
『……これだけやってまだ生きているというの? まったくここまでしぶといと脱帽せざるを得ないわね』
深く、深くため息をついてから、サイコ・サーカスは音もなく悠華の元へ歩み寄る。
一方倒れ伏したまま、顔も上げす拳を握る悠華。
サイコ・サーカスはその頭の近くで足を止めると、ゆらりと右手を振りかぶる。
『そのしつこさに敬意を表して、ひと思いに楽にしてあげるわ』
そして掲げた右手にカードを握ると、それを一気に悠華の頭へと振り下ろす。
が、同時に悠華が右拳を床に突き立て、そこから飛び出した山吹色の光がサイコ・サーカスの肘を突く。
『なに!?』
「ヤ、ハァアッ!!」
自身の肘を襲う翻土棒に、驚き目を剥くサイコ・サーカス。
そして出来た隙に悠華は四肢で床を叩くようにして身を跳ね上げ、飛び出した翻土棒を右腕に絡めて振り上げる。
『がッ!?』
山吹色の竜を巻き付けた右拳。それはピエロドレスの胸に確かに突き刺さっていた。
今回もありがとうございました。
どうぞ最後までお付き合いください。




