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悪意の発露

「これは……」

 暗黒洞を抜けたその先。モニター越しに広がる景色に梨穂は目を瞬かせる。

 幻では無いかと疑う様なその仕草。

 それもそのはず。アムルクシオンの目の前にあったのは、暗闇の中に浮かぶ巨大な陸地であったのだ。

 とは言ってもはっきりと確認できるのは、アムルクシオンの明かりに照らされた大きく抉れ削れた正面のごく一部のみ。

 偉大な戦士二人が門にぶつけた合体技の余波で出来たと思しきその痕は、未だ色の濃い煙を上げて炎と光とを燻らせている。

「やーっぱあの二人マァジで半端ないわぁー」

「う、うん」

 門が通じてはいるものの、世界を隔ててなお大きく大地を削ったウィンダイナといおりの力に、悠華は隣の瑞希と共に呆けた顔でため息をつく。

「うぅえぇ……やっと収まった……って、あれ?」

 一方、アムルクシオンの戦闘機動に振り回されて酔っていた鈴音であったが、モニターに映るある一点に目を細める。

「ダメッ! ヤバいッ!!」

 そして目を見開くや否や操縦席へ頭から突っ込み、梨穂の手越しに水晶球を捻る。

「なにをッ!?」

『どうしたんだよ鈴音ッ!?』

 唐突なそれに梨穂とウェントが声を上げる。

 その疑問の答えはモニターの向こうで大写しになっていた。

 粘液に濡れた闇色の壁。心命船の光を反してぬらぬらと光る鱗に覆われたそれ。壁のように見えたそれはまさに、先ほど光風と闇炎の契約者によって薙ぎ払われた大蛇の首である。

 奥を見れば、その大蛇首は暗闇にシルエットを浮かばせていた大浮島の傷痕から生えて来ている。少し視点をずらせば抉れ削れた浄化痕のそこかしこから再生の泡が立っている。

 つまりは、この浮島こそが十二岐大蛇の胴体そのものということになる。

『ということは、まさか……ッ!?』

 見つけた事実から至った推測に操縦席の水組が目配せ。

 そして梨穂が舵を切ろうと握り直した刹那、横殴りの衝撃がアムルクシオンを襲う。

「うわッ!?」

「きゃああ!?」

 横転する機体の中でかき混ぜられた口々から上がる悲鳴。

 悠華が瑞希を支え、鈴音が梨穂にしがみつく中、梨穂は正面に迫る塊を見据えて舵を切る。

 衝撃を受けた勢いを殺さず利用し、再生して伸びてくる蛇の頭を回避。

 そしてすかさず制動。跳ねるように発進して横合いから伸びてきたものをかわす。

 再生の過程でありながら、当たればバリアなど無視して心命船を撥ね飛ばす巨大なヴォルス。

 暗中に光を軌跡と残しながら、梨穂はアムルクシオンを島のような本体へと走らせる。

『どうする気だ梨穂!?』

「このままあの本体の中に突っ込むッ!!」

『なんだとッ!? そんなことをしたらアムルクシオンがッ!?』

 契約者の考えに目を見開く水竜。

「いいねえいいんちょ! 避けてばっかじゃらちが明かないかんね!」

 パートナーの捨て身同然の発想に、マーレは眦の切れんばかりに驚き慌てる。だが、悠華はそれに対して梨穂に全面賛成。

 背もたれ越しに振り向いた梨穂と悠華は揺れを堪えながら頷き合う。

「ええ、やってッ!!」

「ぶちかましちゃえッ!!」

 そして残る瑞希と鈴音も、先達が作ってくれていた好機を逃がさずに先へと進む覚悟を口に出す。

「ええ、行くわよッ! 変身して、衝撃に備えてッ!」

 心の揃った事を確かめて、梨穂はアムルクシオンを加速。そして仲間たちに警告したとおり、自身もイヤリングを輝かせ、水のコートを纏う魔法少女へと変わる。

「変身ッ!」

 梨穂に遅れ、戦う姿へと変わる三人。

 その間にもアムルクシオンは機体を掠める蛇の肉に煽られ、揺らぐ。さらにはヴォルスの再生に伴う力の放散がバリア越しに機体を軋ませる。

「うッ……ぐぅ!?」

 軋むアムルクシオンの勢いを緩めず、しかしヴォルスとの接触に揺るがされてうめく梨穂。

「バリアは私が受け持つからッ!」

 だがそこでホノハナヒメに変わった瑞希が、床に走る心命力のラインに手を触れる。

 続いてアムルクシオンを守るバリアが赤く熱を帯び、触れたヴォルスの肉を焼く。

「ならボディはアータシがやろーかねー!」

 ホノハナヒメにグランダイナが続けば、圧力を堪え軋んでいたアムルクシオンはその苦鳴を収める。

「じゃあスピードは私ね!」

 そして風の魔法少女になった鈴音が梨穂の手に重ねて舵に触れる。

 三つの力を加えられたアムルクシオンは、みなぎるままにその内部を目まぐるしいまでに色とりどりに輝かせる。

「みんな……」

 収まりきらずに溢れ出る力。それを左右それぞれに掴んだ水晶球から受け止めて、梨穂は再び仲間たちの姿を一巡り。

「だーから舵取りは頼んだぜよ、いいんちょッ!」

 そんな梨穂へ、力を託した者たちの代表としてグランダイナがサムズアップ。

「任せなさいッ! しっかり掴まっていてッ!!」

 その信頼に梨穂は頬を緩ませ、正面に集中。光輝く舵を握りしめ、溢れる力に負けぬように押し込む。

 大地の強固さを火の壁で包み、風が後押し。それらを水が正しく流して調えたアムルクシオンは四色の輝きを放って闇を引き裂く。

「おぉおおおおあああああああああぁッ!!」

 束なり共鳴する戦士たちと竜たちの声。

 力ある叫び声そのままに、アムルクシオンは再生し続けるヴォルスの肉体を貫いてその内へ。

 力任せに身を破り掘り進むその進攻は、四色の光みなぎるアムルクシオンとて無傷ではいられない。

 輝いていた装甲はひしゃげ、裂け、剥がれて。前を向いていた角は根元から折れて取り残される。

 そして内部でも力の流れる回路が弾け、モニターが割れる。

「いっけぇえええええええッ!!」

 だが戦士たちもそのパートナーたちももはや誰一人として怯むことなく、力を注ぎアムルクシオンを前へ。

 そして心命船もまたそれに答え、傷つくことに構わずただひたすらに直進する。

 しかし、やがて激しい軋み音と共に訪れる限界。

 最期の叫びとも聞こえるそれに続いて、アムルクシオンの機体はついに崩壊する。

 だが崩れる機体から竜とその契約者らが投げ出されたのは広い空間。肉体組織の固まった部位では無く広々としたがらんどうであった。

 彩り定まらぬ光がそこかしこに走るその空間。グランダイナら一行は心命船の残骸が降る中、血管のように混沌の力が通う床に降り立つ。

「お、う?」

 着地の衝撃に深く沈む床。しかし確かな弾力で跳ね返しては来るその柔らかさに、グランダイナのみならず地に足を着いた全員が声を漏らす。

 そんな竜の契約者一行の周囲に散らばる、アムルクシオンだった残骸。

 作り手と本来の持ち主の意志を受けて、少女たちと子竜らをここまで守り運ぶという役目を全うした船。

 未だに心命力の光を灯したそれらに、グランダイナは胸の内から湧き出る感謝のままに黙礼を捧げる。

 だが次の瞬間、淡く輝く船の部品の周囲で柔らかな床が捻れて立ち上がる。

 捻れて突き出た触手は、まるで餌の匂いに誘われたかのように光るアムルクシオンの残骸に飛び付く。

「よせ! やめろぉッ!」

 貪ろうとするその動きを止めようとグランダイナは手を伸ばす。

 だがアムルクシオンの部品たちに食いついた触手は、帯びた光のみならず破片そのものまでもかじり潰していく。

 その勢いは黒いヒーローの手が届くよりも早く、心命力の結晶たる破片を平らげる。

「あ、ああ……!?」

「そんな……」

 伸ばした手をそのまま、呆然と立ち尽くすグランダイナ。

 ホノハナヒメもまた、アムルクシオンが瞬く間に跡形も無く片付けられてしまったことに、レンズ奥の瞳を震わせる。

「お前らぁああッ!!」

 いおりたちがせめてもの助けにと預けてくれたアムルクシオン。

 自分たちの求める無理に応えて、届けてくれたアムルクシオン。

 それが見る影もなく食い荒された様に、グランダイナは怒りを手の内に閉じ込めるように拳を固めて吠える。

『うぅん……不味いわぁ……』

 そこで不意に響く不満げな声。

 声を辿って振り返れば、そこにはサイコ・サーカスの姿が。

 右手に持った機械片。それをリンゴの丸かじりをするように喰らいつき、かじりとる。

「勇気を夢や希望に漬け込んで、情けのシロップを大量にぶちまけたみたいな、舌の狂いそうな甘ったるさ……それでいて量ばかりは多くて、これは最悪だわ」

 心命力の結晶であるそれを口中で転がすようにして噛み砕きながら、苦い顔で評する女ピエロ。

 そして飲みこみ終えるや否や舌を出し、これ見よがしに不味そうな顔をして見せさえする。

 あからさまなまでの挑発。

 それにグランダイナは拳を音が鳴るほどに握りしめ一歩踏み出す。

『悠華、ダメだ!』

「落ち着いて悠ちゃん!」

「らしくないわよ」

 が、それ以上は左腕にすがりつくテラとホノハナヒメ、逆の手首を掴んだ梨穂が進ませまいと引き留める。

「グ、ウゥ……ッ!」

 自身を掴まえた仲間たちの手の震え。それから引き留める仲間たちの内心の悔しさを感じ取り、うめき声を漏らして踏みとどまる。

『良いスパイスになりそうな怒りと憎しみだったというのに……つまらないわね』

 だがサイコ・サーカスは、怒りを握ったまま踏みとどまるグランダイナに向けた目を冷やかに細めて吐き捨てる。

 続いて悠然と背を向けると、横顔まで振り向いて残った金属片を口の中に放り込む。と、含んだそれをすぐさま噛み砕きもせずに喉のさらに奥へ。そして舌を出して味のきつい薬をねじ込まれたような顔を再び。

 だがさらに重ねられた挑発にもグランダイナら一同は釣られることなく堪え続ける。

 そんな感情の暴走を抑える竜の契約者たちをサイコ・サーカスは心底退屈そうな鼻息で嘲る。

『……それにしても、わざわざここまでご苦労なこと』

 そうして完全に背を向けると、柔らかな肉床に沈むことなく歩を進めてグランダイナらからゆったりと距離を取る。

『張りぼての使命感や下らない正義感なんかのためによくもまあ。呆れたものだわ』

 振り向くことなく投げられた言葉。それは混沌の光の走る空間を跳ね、不思議なほどにはっきりと四対の契約者たちの耳を叩く。

「そこまで言うからには、故郷の町を焼き払った貴女の目的は、さぞ素晴らしく興味深いものなのでしょうね、荒城さん?」

 嘲りの言葉を投げ続けるサイコ・サーカスの背中へ、梨穂が声をぶつける。

 その冷やかな皮肉にサイコ・サーカスはその闇色のピエロシューズの歩みを止める。

 そして派手なピエロドレスを翻して振り返ると、その唇を薄開きにして笑む。

『ええ、やりたいからやった。最高にシンプルでしょう?』

「な、ん……」

「ですってぇ……!?」

 嘲笑と共に放たれた言葉に、鈴音と梨穂は強張った唇から驚きの声を絞り出す。

『聞こえなかった? 焼き払ってしまいたかったから焼き払った、潰したくてたまらなかった心に従ったまで。そう言ったのよ』

 単純で、純粋な衝動任せであったと重ねて言い放つサイコ・サーカス。

 悪意を露わにしたその満面の笑み。

 故郷に対する破壊衝動を隠すつもりもないその態度に、少女とその契約竜たちは息を呑んで後退り。

 歩幅に細かな差こそあれ、それは結局のところ五十歩百歩。つまりは四竜とその契約者たちは一名の例外もなく、正面のピエロ女の悪意に呑まれているということ。

 緊張に強張り固まった筋肉。

 それを引きつった頬や震える膝や肘に露わにした少女と竜たちへサイコ・サーカスは笑みのまま足を踏み出し距離を詰める。

『どうしたというの? こちらが邪悪さを遠慮なくさらけ出してさらけ出して見せただけじゃない』

 またも後退する一同に対し、サイコ・サーカスは牙を剥くような笑みのまま、両腕を広げて無防備に前進。グランダイナらを追いかける。

 そうして追いかけ合う両者。その距離は変わらぬまま、やがて契約者たちの内最後列に控えていた鈴音が踵にぶつかる感触にうめく。

 それに全員が揃って振り返れば、そこにはそれ以上の後退を阻む壁が立ちあがっていた。

『さあ、いつものように正義面して邪悪を叩き潰しにかかってきたらいいじゃない。今まで我々を殺して来て見せたように……ッ!』

 そしてサイコ・サーカスは壁際に追い詰めた少女たちへ、さらに無造作に踏み込む。

「う、あ、あぁああああああああああッ!!」

「すずっぺ!?」

 鈴音はレックレスタイフーンを手に、爆発的な風を残して跳び上がる。

 逃げ場のない状況。そこへさらに踏み込んできた悪意を固めたような存在。

 それに耐えかねた鈴音は腰の大きなリボンを羽ばたかせ、大上段からサイコ・サーカスへ躍りかかる。

『あーはん?』

 だが突風に乗った体ごと落ちる一撃は、サイコ・サーカスのバックステップで空を切る。

 直後、凝縮した大気に殴られた床から噴き上がる衝撃。 それはレックレスタイフーンのメイスヘッドを押し上げるばかりかその持ち主である鈴音も殴って高々と打ち上げる。

「あッぐぅッ!?」

『鈴音ッ!!』

 軽々と宙へ放られた鈴音。それをフォローしようとウェントを先頭に仲間たちが走る。

「すずっぺ!?」

 放物線を描く緑の少女目掛けてグランダイナはジャンプ。横から掻っ攫う形でその小さな体を受け止める。

「鈴ちゃん、平気ッ!?」

 妙に柔らかな床に足を沈めて着地するグランダイナ。その腕に収まった鈴音へ、ホノハナヒメが負傷を焼き消す炎を浴びせる。

『さて、と……からかうのはこれくらいにして、プログラムを進行しましょうか』

 その言葉に振り向けば、サイコ・サーカスの仮面の様な笑顔があった。

今回もありがとうございました。

明日もよろしくお願いいたします。

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