破滅をもたらすモノ
「みんな、散ってッ!!」
いち早く立ち直り、鋭く号令をかけるウィンダイナ。
声と思念を合わせてのそれに突き動かされるように、幻想の戦士たちは一斉にその場から飛び退き散開。
その直後、十二ある三ツ目蛇の頭から放たれる吐息。
戦士たちへ向けて、次々と彩りを変えながらに降り注ぐエネルギーの奔流。
アムルクシオンの浮かんでいた空間。
グランダイナといおりの立っていた場所。
ウィンダイナと幻雷迅のいた屋上。
彩りうつろうエネルギー光はそれらを貫いて地面を叩き、爆ぜる。
「ぐ、わあッ!?」
『うわあぁッ?!』
広がり膨れ上がる破壊の力。
直撃こそ避けられたものの、耳をつんざくような音を添えた余波に煽られて、グランダイナとテラの地組は前のめりに転ぶ。
しかしグランダイナは倒れながらも、背中のテラを庇うように抱え直し、訪れるエネルギーの波に備えて伏せる。
『悠華ッ!?』
だが覚悟して構えたにもかかわらず、グランダイナの体を襲うものは何もない。
「あ、れ?」
肩透かしを喰らわされた形になって、そろそろと顔を上げるグランダイナ。
そして振り向いた先には杖から放つ炎で混沌の波を迎撃。抑えきれなかった分をマントで受け流すいおりの姿が。
「いおりちゃんッ!? アタシらを庇ってッ!?」
『いおりさん、母さんッ!?』
盾となって庇ってくれている黒い炎の魔女の姿に、揃って声を上げるグランダイナとテラ。
「ふぅう……ハァアアッ!!」
そんな教え子たちの声を背に受けながら、いおりはマント越しに左腕を横一閃。押し寄せるエネルギーの波を弾き切る。
「二人とも、無事ね?」
そうして振り返り、自分が庇った二名の安否を確かめるいおり。
その顔はマントの表面を流れたエネルギーに焼かれたのか、火傷で僅かに赤くなっていた。だが、固く強張った頬の筋肉はそんな自身の傷よりも、教え子の無事に気を揉んでいることを雄弁に物語っている。
「はいな、アタシらは全然問題なしッスよ」
『でも、町は……町が……ッ!』
そんないおりにグランダイナはパートナーを抱えながら立ち上がり、庇われたおかげで傷ついてもいない装甲を見せる。
だがその一方で、憂いの光を帯びた目をテラと共に周囲に向ける。
その目に入るのは瓦礫の山。
破壊エネルギーの奔流に押し流されて崩れた建物に、焼け落ちた家々。くろがね山端の町の成れの果てであった。
日々の暮らしが営まれている町の残骸。それがほんの一吹きで無残にも破られ、荒らされた姿を眺めて、いおりもまた悔しげに唇を噛む。
「ええ……ひどい有り様だわ。よくもこんな……」
抑えきれぬ憤りにオッドアイの瞳を揺らしながら頷くいおり。
そしてグランダイナもまた師と同じく荒廃させられた町並みへ目を一巡りさせる。
「本当に……マジにこんなことが、らっきーの望みだってぇの……?」
悪魔に囚われた際にサイコ・サーカスから嘲笑と共に浴びせられた言葉。そしてつい先ほどの巨大な顔からの高笑いを思い出し、絞り出すように呟くグランダイナ。
その間にカオスブレスを地上に吹き付けた十二の蛇頭はその首を伸ばして降りてくる。
「チィッ! これ以上はッ!!」
蛇が舌と共に覗かせた色の定まらぬエネルギー光。
それを赤い方の目端に捉えたいおりは舌打ちを一つ。左側に偏ったマントを翻して身を捩り、鉤爪を備えた手から黒い炎を投げ放つ。
大蛇が大きく開いた口に漲る混沌の光。いおりの撃った黒い炎はそれを真っ向から呑みこみ塗りつぶす。
『シャギャアアアアアオオオオオオオオンッ!?』
放出臨界にまで高めたカオスブレスを喉奥に押し込み、その勢いに乗って口中を焼く黒い炎に、声を上げてもだえる大蛇首。
そうして苦しみのままに太い首を振るい、未だ煙の燻ぶる瓦礫の中へ突っ込んで口と喉を燃やすモノを押し潰そうと、土くれや建材の残骸をでたらめに丸呑みにし始める。
そんな首一つの苦悶ぶりを受けて、残る首の内三つがグランダイナ、いおり方向のへ燃やした三ツ目を向ける。
「だっしゃぁああああッ!!」
その内の一つ、混沌の吐息を吐きかけようと口を開いた首へ、グランダイナは左手にグローブとはめていたオーバーアームを発射。不穏な彩りに輝くその喉にロケットパンチを叩き込む。
反射的に口を閉ざしたことで口中が爆発。それに石拳を呑んだ首はいおりに火を飲まされた首と同じく悶える。
黒煙を吐くそれは悶えるままに傍らの首を打ち、巻き込んで絡まる。
「キィイイアアッ!!」
そこへ鋭い声を上げたウィンダイナが跳躍。細く、鋭く伸ばしたライフゲイルを縦一閃。絡み合った首を横合いから二本まとめて輪切りにする。
「行け! 獰猛なる蛍たち!!」
そして残る一つの首へ、いおりが杖を振るって呼び出したマジックミサイルを打ち込む。
が、ウィンダイナに切り落とされたはずの首がその射線に割りこみ妨害。
ミサイルに狙われた首は盾を抜けてきた一、二発の火球を鱗で受け止め、極彩色の輝きを吐息に乗せて放つ。
「まっずッ!!」
「クゥッ!!」
首だけになっても割って入った自身の一部を焼き、地面に触れ、なめるように迫る混沌の破壊光。
薙ぎ払おうとするそれに、師弟コンビはうめき声も出し切らぬうちに踵を返して退避。
「ハァアアッ!!」
「こなクソぉおッ!!」
そして思い切りのよい切り替えに合わせ、いおりは黒炎を後ろへの牽制に投げ、グランダイナは踏み込みで地面へ流した力で背後に大きな壁を立ち上がらせる。
師弟が置き土産とした炎と石壁。それにぶつかって吹きかけられてきたカオスブレスは割れて裂ける。
その隙間を潜り、逃げ走る二人に寄るモノが一つ。
『宇津峰さん! 先生! 乗ってぇッ!』
叫ぶように念を叩きつけてくるそれは、梨穂に操られたアムルクシオンであった。
寄せられた機体と頭に直に響く声。それにグランダイナといおりは弾かれたように跳んでアムルクシオンの甲板へと片膝立ちに乗る。
二人の着地を受けてすぐさま心命船は防護幕を展開。収束し始めた混沌の破壊光をぶつかるようにしてこじ開けて飛び出す。
「ふぃー……たぁーすかったー。みんなサーンキュ」 破壊光線を無事避けての味方との合流に、グランダイナはおどけ砕けた調子で礼を言う。
だが安堵に息を吐いたのもつかの間、アムルクシオンの左舷側から巨大な口が迫る。
顎が外れたように大開きになったそれは、アムルクシオンの船体さえ易々と丸呑みにしてしまえそうな蛇の口である。
「ヘレッ! フランメェッ!!」
噛み潰すことなく直に消化器へ送ろうとする蛇の大口。それに向けていおりは黒の獄炎を全力全開。杖の先から巨大な塊として押し込む。
食わされた超高熱の塊。内に入ってなおも首を押し広げるそれには、大蛇の首も堪らずに怯む。
その隙にアムルクシオンは加速。焼け爛れた口から逃れる。
だがその先でもまた待っていましたとばかりに別の首が並んで混沌の光を舌とちらつかせる。
「永淵さんッ! 横にして間に突っ込むッ!」
『はい! しっかりッ!』
甲板の自分たちに遠慮するなとの指示。そして躊躇ない了解。
そんなやり取りに真正直に従って、心命船は九十度傾いて大蛇の首の間へ加速する。
「うあおぅッ!?」
直角の甲板に爪を立てたいおりと、とっさに炎の杖にしがみつくグランダイナとその背のテラ。
落とされまいとする三名を着けたまま、アムルクシオンは太い柱のような首の隙間をすり抜ける。
直後、柱の一本を雷光が一閃。立ち直ろうとするアムルクシオンを追って捻る半ばで切断面から崩れて落ちる。
そして片割れもまた命の風を突き入れられて、頭側から大きく吹き飛んでいた。
それを肩越しに振り返り見たグランダイナは、改めて天からぶら下がる大蛇の首の配置を確かめようと視線を一巡り。
「ちょい待ち……なんでまだ十本あんの?」
だが次の瞬間。グランダイナは沸いて出た疑問を掠れた声で口に出す。
大蛇の頭は最初に十二。それからウィンダイナが二つ輪切りに。その後幻雷迅が切り落として、またウィンダイナが浄化して吹き飛ばしている。
この時点で大蛇の首は八本になっていなければならない。しかし、アムルクシオンへ向かってくる首は十。
「まさか……」
正面をいおりに任せて、グランダイナは悪い予想を確かめにもう一度後ろを振り返る。
するとそこには、粘液にまみれた頭に鬼火の三ツ目を灯した十一本目の大蛇首があった。
舌を覗かせるその隣には、爆散したためにぐずついた傷口を泡立たせている先端のない首が一つ並んでいる。
「こいつら、潰した端から再生してるッ!?」
その確信を持っての叫びを裏付けるように、傷口から元通りの頭を生やして戻す十二本目の首。
ダメージの与え方によって速度に多少のばらつきはあるようではあるがグランダイナの推測通り、大蛇の首は無くなり次第にほぼ即時に再生復活していることになる。
再生の後の粘液もそのままに笑うように口を開く大蛇首二つ。
深く裂けた口の中に覗く彩り定まらぬ光。代わる代わるに色を変え、その度に強まる光にグランダイナは固唾を呑む。
「いいんちょ! 急降下ァッ!!」
そして機体の外から操縦席まで通れと絶叫。
声と共に発した念が通じてか、打たれて響くようにアムルクシオンが反応。機首を下げて加速する。
放たれた二条のカオスブレスは心命船とその上に乗る者の頭上すれすれを掠め、正面に迫っていた別の頭を炙る。
だがカオスブレスの誤射を受けた大蛇首はまるで油を注がれる炎のように心地よさげに猛り踊る。
「再生能力が高いのならあの奥の元を断ちさえすればッ!」
エネルギーを吸収している首へ炎を放ちながら、いおりは十二の首の出所である天の穴を睨む。
『ダメさッ! あの奥には行けないさねッ!』
が、突入を決意したいおりを左耳のイヤリングが制止する。
「何故ッ!? 多少の危険なくらいでしり込みなんてらしくないわよ!?」
敵の接近に対抗するためのファイアミサイルを生みだし放ちながら、いおりは相棒へ噛みつくように返す。
『あの空の穴。あの先は完全にヴォルスが支配する領域なんだ』
だがいおりの問いに答えたのは、旋風を纏い甲板へ降り立ったウィンダイナ。否、より正確に言えばその鋼の巨躯に重なった角と翼を持つ白狼の幻影であった。
『父さん、どういうことッ!? それがなんでいおりさんを止める理由に!?』
そんな分かりきっていることを理由とする白竜ルクスの幻影に、息子であるテラが詳細を求める。
するとルクスの幻影は爆炎の弾ける中で軽く顎を引いてうつむく。
『あの奥にある空間に突入すれば、裕香といおりは変身を強制解除される。凶悪な敵の渦中に生身で放り出すことはできない』
「私もそこまでは聞いたわ。それで、何故そうなるの? こうして肉体のある分身を送ってきて直に契約の法具に変化したというのに?」
このままみすみす突入した場合の未来予想を告げるルクス。その苦しげな相棒に、ウィンダイナが静かな声で問う。
『簡単なことさ。契約の法具になってる分身とアタシらの繋がりがあの中じゃ保てないのさ』
「なッ!?」
接近する蛇の頭を黒い炎で焼き払いながら、いおりはパートナーの告げた言葉に絶句する。
『あの向こうはヴォルス作った破滅と荒廃の世界……言ってみれば滅びの幻想を煮詰めたもう一つの幻想界。分身を中継することで限定的に契約の繋がりを回復してはいるけれど、ボクらからの干渉を遮断しているあの世界では、その中継している分身のコントロールが出来ないんだ』
そして眦が切れんばかりに見開いたいおりに対して、ルクスは妻の言葉を補う形で、待ったをかけた理由を語る。
「そんな……ッ! せっかく先頭に立てる力を取り戻せたと言うのに……ッ!!」
「なら向こうが枯れ果てるまで、ここで迎え撃ち続けるッ!!」
軋み音が零れるほどに歯を噛みしめ、サークレットクラウンとさらりとした黒髪とを握りつぶすいおり。
対するウィンダイナは命の風を回し構え、天を枯れぬ闘志に輝く目で射抜く。
「繋がりを作ってる分身が壊れるから行けないって話なら、本体と直に契約してるアタシらなら大丈夫なんスよね?」
そこで響いた声にその出所へ一斉に注目が集まる。
一同の視線が集う先。その焦点には指名を待つ生徒のように片手を上げたグランダイナが立っていた。
「宇津峰さん!? なにを……ッ!?」
「バカなことを」と続けようとするいおりへ、グランダイナは目を向けて首を横に。そしていおりの左耳と、ウィンダイナと重なる幻影へ交互に目を向ける。
「で? どーなんスか、テラやんのパパ上にママ上? アタシらならむこーに突っ込んでも変身してられるんスか?」
いつものようにおちゃらけおどけた、しかしどこか誤魔化しを許さぬ迫力を帯びた問い。それにルクスの幻影は固く瞑目しながらもその首を縦に振る。
「ルクスッ!?」
教え子の推測を肯定する白竜に、いおりは荒げた声を叩きつける。
「なーるほど、だーったらアタシらが行くっきゃないッスねー」
だが心配するいおりよそに、当のグランダイナはまるで気負った様子もなく、自分ができることを呑みこむ。
死地へ向かうことを納得してしまえる。
そんな教え子の姿に、いおりは杖と頭を握る手に力を込めてうつむく。
今回もありがとうございました。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。




