引いてしまった引き金
「そら! そら! そらぁッ!」
相棒の頼もしい宣言どおりに絶え間なく供給される石の弾丸。
ピンポン球大ではなく、ソフトボール大にまでサイズアップされたそれを、グランダイナは手に入った端から心命力で輝かせて投げる。
たかだか片手に握れるほどの石でありながら、直撃すればヴォルス・デーモンですら軽々と吹き飛ばし、かわされ外れたとしても輝く欠片を含んだ爆風がヴォルスたちの動きを鈍らせる。
そんな砲撃同然の投石を撃ち込み続ける中、銀の風と雷光はヴォルスらの腕を掻い潜ってはなぎ倒していく。
ウィンダイナは体ごと飛びかかるようにして迫る爪を紙一重に避け、烈風の拳でボディへ反撃。
「エイヤァッ」
『オグゥオゥ?!』
「ク」の字に折れ曲った悪魔。それから素早く拳を引き、合わせて逆の拳を続ける。
「セイッ! アアッ! イィヤァアッ!!」
さらに腰を切り返しての右を重ね、守りのゆるんだ頭を左回し蹴りで撃ち抜く。
『グブゥゴオッ!?』
地面にぶつかり、光と散りながら弾み転がるヴォルス。ウィンダイナはそれを見送りもせずにターン。光を漲らせた平手で背中を狙った暗黒弾を叩き潰す。
魔力弾の消滅。そして投石の余波で浮足立つヴォルス・デーモン。
その一体に、ウィンダイナは靴裏から火花を散らしてブレーキをかけると、素早くインステップ。一息に懐へ潜り、腹へ両拳の連打を叩き込む。
「キィイィアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
鋭い裂帛の声。そして重なり連なる重い打撃音を添えて、ゼロ距離から繰り出されるガトリングの如き連打。
「イ、アアッ!!」
『グァッバァアアアアアアアアアアアッ!?』
一度声を切って、深く引いた右腕からの締めの一打。
それで高々と殴り飛ばすや否や、すぐさまその場から跳躍。翼を広げた鳥のように腕を広げて身を翻すその下では挟みこもうとしかけたヴォルスが歯をぶつけ合うほどの熱いキスと抱擁を交わす。
「セイヤァアッ!」
そうして軽々と避けられ顔面と顔面をぶつけ合った悪魔二体には、横合いから飛んできた稲妻の礫が直撃。弾けた雷光の中に消える。
『ウグゥアッ!?』
だが勢いを緩めぬ激しい援護射撃が続き、接触する端から討ち取られる状況にありながら、ヴォルス・デーモンの何匹かは同胞を盾と利用してまで、宙を舞うウィンダイナを追いかけ羽ばたく。
「行かすかあッ!!」
しかしやはり飛び上がった集団の一翼は弧を描いた雷の手裏剣が打って落とし、その逆から飛び上がっていた内の一体も鋭く突き刺さった幻雷迅の蹴りに軌道をねじ曲げられる。
バク宙するウィンダイナに合わせ、示し合わせたように前に出てフォローに入る鵺忍。
それが雷撃を纏った手刀と蹴りとで牙を剥く悪魔の角や翼を切り落としていく中、ウィンダイナは真下の影から飛び出してきたヴォルスの顔面を踏みつける。
そして間髪置かず着地の衝撃を受け止めた膝を伸ばして再び宙へ。
「トゥアアッ!」
爪を空ぶりしたヴォルスを下に、高々と舞い上がってのムーンサルトスピン。
そうして翻し広げた旋風で敵の接近を弾きながら、その軌道を目で追っていた別のヴォルス・デーモンの顔面を踏み台にまたもムーンサルトスピンで跳ぶ。
月面宙返りによるヴォルスの頭の八艘跳び。
重厚な装甲に覆われたヒーロースーツの重みを感じさせぬ、規格外の俊敏さと跳躍力が成す大技。飛燕脚とあだ名されるそれで敵の間を踏み渡って、ウィンダイナは再度腕を失った巨大デーモンへ接近する。
宙に浮かぶ悪魔たちに浄化の力を足跡と印押ししながら進むウィンダイナ。それに両手の無い巨悪魔は口から黒い霧を吹き出す。
放たれた黒いブレスはその霧の粒子一つ一つを膨らませて人間大のヴォルス・デーモンへと変化。そのまま「迎え撃て」とでも言うような咆哮に従い、白銀のヒーローへと殺到する。
しかし殺到する無数の敵を認めていながら、ウィンダイナは微塵の躊躇もなく、次の足場へムーンサルトスピンジャンプ。
その強固なアーマーをバリアと包む旋風を食い破ろうと、ヴォルス・デーモンが滝のように降り注ぐ。
「ヘレ・フランメェエ!」
「デイィヤァアアアア!」
が、ウィンダイナを襲おうと雪崩れる悪魔を、炎と雷の弾幕が壁となって止める。
「キィイアアアアアアッ!」
その間にウィンダイナは次のヴォルスを踏み台にして、足並み崩れた悪魔の群れへ膝から飛び込む。
黒い濃霧を内から吹き飛ばしにかかる烈風。
それに遅れて、迅雷が膨れ上がった黒を目掛けて空を遡る。
「裕香、今行くッ!!」
天へ向けて走る太い稲光。それから四方八方全方位へ向けて放たれるいくつもの光。
それは幹から伸びる枝のように広がり、闇に紛れたモノとぶつかり弾ける。
遮ろうとするもの尽くを打ち落とし、掻い潜って、幻雷迅はウィンダイナに遅れてヴォルスの群れの中へ突入を果たす。
「セイヤァアアアアッ!!」
そしてウィンダイナが足場と作った魔力壁を蹴って悪魔を蹴り倒す一方、声を揃えた幻雷迅は、手の内に発生させていた手裏剣と腰の蛇頭を投げる。
円盤状に固めた雷が悪魔を打って作った群れのほころび。そこから蛇を模したフックロープはまるで狭い洞窟を這うように密集した敵のすき間を縫ってさらに高くへ。
そうして悪魔の雲を突き破ったスネークロープは巨大デーモンの鼻先に噛みつく。
「裕香ッ!」
「ええ! 孝志郎ッ!」
互いに鋭く呼びあう二人。続いてウィンダイナがロープを掴むと同時に巻き上げが始まる。
巻き上げ収納されるロープに従い上昇する幻雷迅。合流と同時にウィンダイナはロープから素早く鵺忍の手に持ち換え、手を取り合って悪魔の群れを切り裂き、より高くへ駆け上る。
上昇する勢いのまま、ヴォルスの群れを突き破る風と雷。
それに巨大悪魔はその頭に備わった腕を振るい、叩き落としにかかる。
「トゥアッ!!」
だが幻雷迅は悪魔の鼻に食いついたスネークフックを解除。同時にウィンダイナが展開した魔法陣を足場に、二人声を揃えて跳ぶ。
急上昇した二人に、空を切る腕角。
そして二人は巨大な腕を眼下に空中で前転。また揃って両の手を合わせる。
「ライフゲイルッ!!」
「雷、芯ッ!」
ウィンダイナは左掌から出た柄を握り、幻雷迅は手の間に現れた仕込み杖を掴み、それぞれの杖を手に取る。
同時に鞘から光の刃を抜き放つ風雷。
風の力を束ねたビームブレードと雷光の刀。
両者は無駄な放散をせず、強固に凝縮形成されたエネルギーの塊を手首の返しで一振り。
「キィイィアアアアアアアアアアッ!!」
「デェエアァアアアアアアアアアッ!!」
光の剣を翻した二人は鋭い気合の声を重ねて悪魔の顔へ向けて上昇。
それに巨悪魔は顔面から脂汗のように分身を湧かせ、壁とする。
が、光で出来た剣はその抵抗を濡れ紙のように突き破り、貫通。その奥の皮膚にまで深々と刃を刺し入れる。
それどころかウィンダイナと幻雷迅は突き出した刃を先頭に腕、体とその身を巨大ヴォルスの頭の内へと潜らせる。
『ルグゥウオォオオオオオオオオオオッ!?』
全身を埋め込ませた風雷のヒーローに、巨大ヴォルス・デーモンが苦悶の叫びを上げる。
その後頭部を突き破り、揃って暗黒の空へ飛び出すウィンダイナと幻雷迅。
それは二人揃って勢い余り、浄化する相手まで誤って貫いてしまったかに見える。が、そうではない。
飛び出した二人の向かう先。それは天を塞ぐ蓋を支える蔦柱。
それに対して蔦柱はヴォルス・デーモンを猛然と吐き出し、接近を阻もうとする。
だが機関銃のように放たれ迫る悪魔たちへ、ウィンダイナと幻雷迅は杖から出た光刃を縦横無尽。真っ向から切り裂き、進路を開く。
そうして突き進むウィンダイナらを助けに、ミサイルと化した火球がヴォルスにぶつかり爆ぜる。
また弾けて広がった炎は、風の刃が敵を切り裂き閃く度にその刀身へと吸い寄せられて渦を巻く。
やがてウィンダイナと幻雷迅は、絶え間なく襲いかかる敵のことごとくを切り捨て正面突破。蔦の柱へ向けて火炎嵐の光刃と雷光の刀を突き立てる。
『グワッギャアアアアアアアアアアアッ!?』
柱表面から乗り出してきた悪魔の上半身が、胸を破って柱へ繋ぎ止める二本の刃に堪らず叫ぶ。
大きくのたうち揺れる蔦柱と相まって、その叫びは腰から下で繋がった柱の苦悶を代弁しているようにも感じられる。
その一方で、胸板に触れた柄二本を中心に広がる巨大な光の陣。
緑、赤、黄。三角形を描いて配置された三色三つの魔法陣。そしてそれを白と黒に色を変える光の文字列が丸く囲む。
「三つの光よ、束なり希望をを切り開く力となれ……」
「重なり、高まり、絶望を焼き切れ!」
浄化の言葉の詠唱に沿って勢いを増す魔法陣の回転。
まるでそれに削り取られているかのように暗黒の柱から黒い粒子が宙へ舞う。
「濁れる意思を清めよ!」
「希望を隠すものを吹き飛ばせぇッ!!」
幻雷迅の言葉を継ぎ、鋭い言葉をぶつけるウィンダイナ。
続けて清めの刃を突き刺していたウィンダイナと幻雷迅は同時に蔦柱を蹴り、揃って跳び退きながら杖を引き抜く。
ほど近い場所に建っていたアパート。その屋上に並んで降り立った二人は同時に上体を捩ってターン。その動きに乗せて光刃を振り抜く。
血のりを払うように振り抜いた先で手首を返し、刀身を回転。続けて上、下と風刃と雷刀をぶつけ合い、火花を弾けさせる。
さらに刃同士を擦り合わせて光を弾けさせる。と、揃って左掌を光の刀身に添え、火花を散らして拭うように滑らせ、大きく後ろへ振り切る。
「浄化ァッ!!」
そして二人声を揃えて浄化の言葉を高々と唱える。
詠唱を受けて魔法陣は強く発光。
強まった輝きのまま魔法陣は刃の痕の刻まれた中心部へ渦を巻くように吸い込まれる。
直後、天地双方へ向けて光は亀裂を広げるように柱の内を走る。
蔦柱を大きく盾に割る亀裂。その奥から彩りを変えて勢いを増す輝き。
そして次に備えて力を溜めるように輝きが弱まると、蔦柱は一気に増した内側からの力に負けて爆発四散。
轟音。そして突風。
爆ぜたモノがモノだけに、叩きつけるようなそれはまさに嵐。
そんな重たくすらある風を微動だにせず耐える先達の一方、グランダイナは呻き声を噛み殺しながら、同じく暴風に煽られるアムルクシオンの姿を見上げる。
するとアムルクシオンもまた激しく波打つ大気にかき回されながら、墜ちまいとバランスを保ち続けている。
やがて爆風が通り過ぎて訪れる凪。
直後、ウィンダイナらは次に潰す柱へと狙いを定める。
が、しかし三本残っていることでバランスを保てているはずの天の蓋がグラリと揺らぐ。
「なにッ!?」
『なにが起ころうとしてるんだッ!?』
顔を振り上げるグランダイナと、その背のパートナー。
地組を始めとして、天の異変に驚き固まる戦士たち。その見上げる先で、柱の上でぐらつく蓋が大きく裂ける。
『クハハハハハハハッ! ハハフフハハハ! フアッハッハハハハハハハハハッ!!』
裂け目から降ってくる高笑い。戦士たちを押し潰すようなそれを吐きだす裂け目は、その切断面を大きく広げて裏返る。
『ハッハハハハハッ! よくもやってくれたものね!』
天を埋め尽くし、大口を開けて高笑いを降らせるその顔はピエロメイクを施した女のそれ。サイコ・サーカスそのものであった。
しかしひどく高らかな笑いは、それとは裏腹なその言葉から侵攻の要を潰された怒りの爆発のあまりのものとさえ見える。
『本当によくやってくれた……こちらの思惑どおりにねぇ!?』
だがさらに深まった笑みと共に放たれた言葉は、そんな楽観的な予想を真っ向から覆す。
「なッ!?」
息を呑む一同へ向け、どろりと崩れるサイコ・サーカスの笑顔。
『この舞台の全てはッ! この暗黒の天蓋とそれを支える四柱こそが侵略の要であると思わせるためッ!! ドラゴンとその契約者自身に破滅への引き金を引かせるためよッ!!』
降り注ぐ色取り取りの粘液。それらが地面を叩く粘ついた水音に混じる楽しげな種明かし。
粘液の雨となって消えたピエロ顔の後。そこには黒くぽっかりと開いた巨大な洞が。
天空の大穴からはそれぞれ三つの鬼火を輝かせた蛇の頭が一気に十二個、ぬるりと物質界へと現れ出ようとしていた。
本日もありがとうございました。
拙作に最後まで楽しんでお付き合いいただけましたら幸いです。




