借りた師の胸は慎ましくて
「悠ちゃんッ!?」
『兄様ッ!?』
悠華とテラの落下に、出入り口近くにいたホノハナヒメが身を乗り出す。
「やっはは……こーこだよみずきっちゃん」
そんな青ざめて飛び出した親友に、出入り口の蓋に片手でぶら下がった悠華が答える。
投げ出された悠華であったが、幸いにもとっさに伸ばした手が引っ掛かり、辛うじてぶら下がっていられているのである。
そんな片手一つで引っ掛かっているような悠華の背中に、テラもまた爪を立ててしがみついている。
そこへ翼を羽ばたかせたヴォルス・デーモンが牙を剥いて手を伸ばす。
「うおぅ!?」
悠華は振り子状に体を揺らし、その勢いに乗せた蹴りで悪魔を迎撃。そうして振り払われたヴォルスを炎の札が撃って火に包む。
しかし弾き返したそばから別のヴォルス・デーモンが掴みかかる。
「悠ちゃん!? 永淵さん、バリアはッ!? できないの!?」
悠華へ襲いかかる敵を撃ち落としながら、ホノハナヒメは焦れたように操縦席の梨穂へ。
「やってるわよ! けど、出入り口が開いてる間は使えないってッ!」
しかし操縦席から返ってきたのは苛立ちと焦りで乱れた声。
そっちでなんとかしてと言わんばかりのそれに、ホノハナヒメは歯噛みして外へ向き直る。
「悠ちゃん、今助けるからッ!」
そして炎の帯を投げ放つために晃火之巻子を振りかぶる。
「ダメだ! 下がってッ!!」
「え?」
が、自分へ救いの手を伸ばそうとする友を、頭上を見上げた悠華が待ったをかける。
『グゥガァアアアアアアアアッ!!』
「きゃんッ!?」
直後、呆けた顔で目を瞬かせたホノハナヒメの眼前に、ヴォルス・デーモンが飛び出す。
アムルクシオンの天板部に降り注いだうちの一匹が、機体の外部装甲を伝い渡って出入り口にまで侵入してきたのだ。
恐れを煽るように吠え、四本の腕で掴みかかるヴォルス。それをホノハナヒメはとっさに振り下ろした金幣を盾にして受け止める。
『このぉッ!』
瞬間、フラムがホノハナヒメの肩へと飛び乗り、その口から炎をちらつかせる。
「だめ! ここで火の息を撃ったりしたら悠ちゃんが!」
だがしかし迎撃に動くパートナーをホノハナヒメは慌てて制止。
『そんなぁ! じゃあどうするの、よぉッ!?』
金幣を手放して火竜へ突き出される爪。それに慌てたフラムは巫女服の肩から転がり落ちる。が、それが幸いして黒い爪は赤い毛を数条散らすだけに終わる。
「みずきっちゃん! アタシの事は気にしないで! センセ達でも倒しきれずにどんどん寄って来て……ってぇッ!!」
そんな出入り口際で繰り広げられる防戦に、悠華は自分のことを意識から追い出すように叫び、また近づいてきた悪魔に振り子蹴りを見舞う。
周囲には黒炎が飛び交い、雷手裏剣が閃き、烈風が舞って離陸を妨げる悪魔を薙ぎ払い続ける。
しかしそれでもなお駆け巡る力を掻い潜って突入してきたモノが竜の頭を模した船体にとりつこうと爪を伸ばす。
『悠華! また来た!』
「ほいさぁッ!!」
それらの内、また自身を狙って来たモノを悠華は輝く足で顎を蹴り上げて撃退。
しかしそうしている間にも、三色の猛攻を抜けたヴォルスはアムルクシオンを外から中から破壊しようと執拗に仕掛け続けてくる。
悠華を含めて消耗した戦士を抱え、防備を完全に出来ない移動拠点。
そんな心命船を守るため、多勢に無勢ながら防戦を強いられている先達たち。
そんなまさにジリ貧と言う他無い状況のなか、悠華は鋼を掴んだ手元に来た黒を見つける。
辿ってみればその黒いものは悪魔の尻。それも出入り口でホノハナヒメと押し合うヴォルスと繋がっている。
「みずきっちゃん! 入り口閉めてッ!!」
手元に来た尻尾の持ち主を認めるや否や、悠華は親友へ一言告げて、尾の先端を掴んでアムルクシオンを手放す。
『ウルアッーッ!?』
「悠ちゃぁぁぁぁんッ!?」
なんとも言えぬ叫び声を上げて、ヴォルスは少女の体重に引かれるままアムルクシオンから剥がれる。
悲鳴のような叫びを聞きながら、悠華は尻尾についた返しに手を引っ掛けたまま地面へ。
仲間たちを襲っていた敵を道連れに落ちながら、悠華はアムルクシオンの下顎が閉まったのを見る。
そしてアムルクシオン機体表面が膨らむようにしてバリアが張られ、取りついてたヴォルス・デーモンがバリアに押されて弾き飛ばされる。
無事に守りを固めて飛び立つ心命船を見届けて、悠華は掴んでいた悪魔の尾から手を離す。
「さあってとぉ、変……身ッ!!」
消耗した心と体力を奮い立たせるように声を張り上げて、拳を掌に撃ちつける。
頭上から丹田前までに円を描いて両手を合流。光の輪は球状の繭になって悠華を包む。
そうして地表近くで光の球を内側から破って、黒い闘士が足を広げ左手を着いて着陸。
「ヤァッハァアアアアアアアアアッ!!」
間髪入れず体を支える手足を伸ばし、右拳を振り上げ跳ねる黒い巨体。
体ごと突き上げた拳は、頭上から躍りかかってきたヴォルスを迎かえ撃ち、吹き飛ばす。
深く膝を曲げ、重々しい音を立てて着地する黒い闘士。
そして右腕を肘から立て、拳を固めた左腕を腰だめにして身構える。
するとその背中を守るように、宙をきりもみ舞ったウィンダイナと幻雷迅が並んで着地。
続いてグランダイナの右隣に紅のマントを翻したいおりが降り立つ。
「やっははは。あんなフーに分ーかれておいて、恥ずかしながら落ちてしもたッスよー」
師が口を開くより前に、グランダイナはいつものおどけ口調で一言。
『悠ちゃんッ!? 平気なの!?』
「平気平気。いおりちゃんセンセともごーりゅーできたしー」
そして頭を揺さぶる、友の焦り慌てた思念に、仲間たちを乗せて飛ぶ竜の頭へのんびりと片手を上げて見せる。
しかし普段通りで余裕のある口ぶりとは裏腹に、ウィンダイナをも上回る巨体に流れる光はささやか。また全身を覆う分厚い装甲にも修復しきれていない傷がちらほらと。
元気や余裕を装ってはいるが、その実は本調子から程遠い。
そんな教え子の実態を見て取って、いおりはため息を一つ。
「あの状況では仕方ないわ。けれど、くれぐれも無理は禁物よ?」
そう言っていおりは「ザータン・フォイアー」と己の杖の名を呟き、目の前に喚んだ竿状の炎を掴む。
そして掴んだ炎を横薙ぎに振るうと、その勢いに乗って放たれた炎が近づいてきていたヴォルス・デーモンにぶつかり絡みつく。
放たれた炎の下、金色の籠手の内に残っていたのは黒い杖。
内に熱を宿したまま固まったマグマの様な、秘めたる熱を赤くちらつかせた炎の杖であった。
鞘を振り払うようにして呼び出したザータン・フォイアー。いおりは未だに高い熱を帯びたそれを無造作に突き出し、巻き付いた炎に怯んだヴォルスの顔を撃つ。
『ぐごッ!?』
短い苦鳴と共に撃たれた頭を仰け反らせ、そこから炎を噴き出す悪魔。
その体は間近に固まっていた同じ姿のヴォルスを巻き込んで火ダルマになりながら吹き飛んでいく。
「もっとも、今はこれ以上あなた達に無茶する暇を与えるつもりは無いけれどね」
「うわぁーお……」
分裂分身のものとは言え、ヴォルス・デーモン数体を杖の一打で消して見せたその力に、グランダイナは改めて驚き絶句。
ふとグランダイナの頭上に被る影が濃さを増す。
『悠華、上だッ!?』
「なッ!?」
背中に付いたテラからの警告にグランダイナが顔を上げる。すると鬼火を揺らめかせて躍りかかる悪魔と目が合う。
「トゥアアアッ!!」
だがその瞬間、白銀が旋風となって巻き上がり、躍りかかってきていたヴォルス・デーモンをソバットで蹴りつける。
爆音を響かせ吹き飛ぶヴォルス。
旋風を纏い砲弾じみて飛んだそれは次々とその他の悪魔を巻き込み、ついには風を爆ぜさせ輝く竜巻を生み出す。
蹴りを放った白銀の戦士ウィンダイナは、渦巻き翻したその身を長く逞しい脚で火花の弧を描いて着地する。
「もちろん私たちも頼って貰えるようにやらせてもらうからッ!」
揺るぎない頼もしい宣言と共にサムズアップ。そしてその手で地面を叩くと、重厚な装甲に覆われた巨躯を軽々と空へ舞い上がらせる。
光る風で軌跡を刻んでヴォルスの集団、その奥の巨大悪魔へ向かうウィンダイナ。
「だからサポートと、近寄ってきた分くらいは頼むな!」
続いて幻雷迅も四方へ雷手裏剣を投げ放ちながら踏み切り跳躍。手裏剣撒き菱とばら撒きながら恋人が姿を変えた逞しいヒーローを追いかけて、敵集団へ。
唸る風。
閃く雷光。
そして跳ね跳ぶ黒い影。
縦横無尽のサンダーストームは吹き荒れるままに暗黒の群れを食い破る。
「やーっぱつっよいわぁー」
その様を遠目に眺めて、グランダイナはいおりが作る炎の壁の中で呆けた声を出す。
まるで警戒していない風で、すっかり観戦気分を出しているグランダイナ。そこへ左手側の炎が歪み、盛り上がる。
現れたのは炎に巻かれたヴォルス・デーモン。
焼かれる苦痛のままでたらめに飛び出してきた様子のそれは、足をばたつかせるその度に灰の塊へと変わっていき、身構えるまでもなく燃え尽き果てるようにしか見えない。
『ウルゥアアアアアアアアアッ!!』
だが今にも燃え尽き崩れようとするヴォルスの陰から雄叫びを上げて躍り出るモノが。
『仲間を盾にしてッ!?』
驚き見開いたテラの目に飛び込んできたのは翼を失ったヴォルス・デーモンの一体。
地竜の見立て通り、同胞と翼を犠牲にして炎を突破してきたそれは、色濃い煙を上げながら飛びかかる。
「ヤッハァッ!」
だが顔を上げもせず無防備に見えていたグランダイナは、射程内への侵入と同時に高々と足を振り上げ回し蹴り一閃。別方向で燃え盛る炎へ向けて送る。
「ま、こーれいじょー足を引っ張るワケにもいーかないしねぇーえ」
おどけ調子で言いながら、腕を軽く回して構え直すグランダイナ。
そして背後から同じ方法で突破してきたモノを、振り向きざまの右肘で迎え撃つ。
その間に雷嵐は黒炎の援護を受けてヴォルスの群れを突破。光を強めて巨大ヴォルスの懐へ駆け上がる。
巨体の胸元へ飛び込んだ勢いのまま、風は巨悪魔の右腕を肘の上、雷は左腕をその下で切り落とす。
腕を失いぐらつく本体。それから離れて落ちる両腕はその指先から細かに分解、分裂。
遠目には蚊柱のように見えるそれは、暗闇の中でもはっきりと瞬く二色の光へ群がる。
濃度を増す暗闇の中、負けじと力強く輝く二つの光。
「ウンベゾンネン・グリューヴュルムヒェンッ!!」
その進路を作るために、いおりは杖を振るい生みだした火球をミサイルとして放つ。
「さぁーってテラやん。そーこらの石ころとか集めてくんなぁーい?」
マジックミサイルを次々と打ち出す師の背を見ながら、グランダイナは肩や手首の解しながら相棒へ支援を願う。
『それはいいけど、何をする気なんだ?』
「何するも何も、頼りっぱなしでボケっと眺めてるわけにもいかないっしょ?」
そう言ってグランダイナは、テラがすでに引き寄せてくれて小石を受け取り握る。
石を握った右腕を振り被り、左足を高々と天へ向けて伸ばす。
そして左腕を振るって腰を回転。左足もその流れに乗って腰の持つ勢いを追加。
「ヤアッハアアアアアアアッ!!」
靴底が地に沈む程に踏み込み、全身の力を受けてしなった右腕から石を放つ。
ピンポン球ほどあるか無いかの小さな石ころ。
大した重みの無いであろうそれは音を立てて空を引き裂き、暗黒の軍団へ向かう。
空気との擦れ合いで瞬く間に燃え尽きてしまいそうな、しかし心命力に包まれ輝いた石は隕石のように、ヴォルス・デーモンの一体を直撃する。
投石に砲撃の如き威力を持たせるグランダイナの膂力は、小石ですらレーザービームとして標的に突き刺す。
受けた一体を皮切りに巻き込み、ウィンダイナや幻雷迅を阻む敵集団を大きく削る。
「うーっし! 我ながらいーい感じにレーザービームッ! 結構すぱぁっと援護できたんじゃなぁーい?」
ヴォルスの集団を蹴散らした一投。見事に援護射撃と決まったそれにグランダイナは自画自賛とガッツポーズ。そして再び両手に小石を掴んで次弾をリロード。
「ほーんじゃこのまま遠投で援護し続けちゃおーかねー」
軽いおどけ調子で言うグランダイナ。その左手側から炎の壁を飛び越えてヴォルス・デーモンが襲いかかる。
だがグランダイナは左手首から先にだけ、グローブ状に展開したオーバーアームで飛び込んできた悪魔をキャッチ。
続けて右手の石ころを軽く放り投げると、グローブに捕った悪魔にアイアンクロー。
先ほど同様の力強いピッチングフォームで投げ放つ。
投げられた勢いのまま、オレンジに輝いた隕石となって同胞を吹き飛ばすヴォルス。
「よっしゃ! さあってテラやんガンガン次の弾丸を寄こしてよ。間ーに合わないならそーれはそれで何とかするけんどねー」
そんな成果に拳を握って、グランダイナは背中の相棒へ声をかける。
するとテラは牙を剥くような笑みを見せる。
『安心しなよ。投げきれないくらい用意してみせるから!』
今回もありがとうございました。
終章も半分を切りましたし、今月中に勢いを切らずに行きますよ。




