表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/100

レジェンドダイナミック

「みんな、こんなに傷を……なんてひどい……」

 いおりは振り向いて、改めて正面から見た深く傷つき消耗した教え子たちの姿に、痛々しげに顔を歪める。

 竜の頭を模した金のサークレットクラウン。こめかみの辺りから生え、頬を挟んで前に突き出す巻角。

 左腕を隠すように偏った赤いマント。その下には黒と金のプロテクターで腕や腰を覆ったスレンダーなボディラインを露わにしたスーツ。

「いおりちゃん、そのカッコって……」

「変身、して? でも、出来なくなってるはずじゃ?」

「けれど、先生は現にこうやって……」

 そんな露悪的な姿のいおりに、悠華たち意識を保った三人は呆然と瞬きを繰り返す。

 だがいおりは教え子たちの疑問に答えることなく、マントを跳ね上げるようにして鉤爪付きの左腕を振るう。

 すると翻るマントに合わせて放たれた炎が、波となって満身創痍の少女たちを飲みこむ。

 しかし少女たちの体を柔らかく撫でて過ぎったそれは炙られてできた傷を悪化させるどころか、逆に火傷を負っているという事実を焼き、元の艶やかな肌を取り戻す。

 最も深い火傷を負っていた鈴音の体さえもその一撫でで、焼かれたまつ毛の一本に至るまでダメージを燃やし尽くされて、ぼろぼろになった服の他は痕跡一つ残していない。

「う……え? いおり、先生?」

 閉ざしていたまぶたを震わせ、持ち上げて、鈴音が呆然と開いた意識に飛び込んできた映像に口を開く。

「……ええ。遅くなってごめんなさい」

 寝起きのような掠れ声に、いおりは改めて遅れを詫びながら安堵の笑みを浮かべる。

 その内に一同の靴が地面を踏む。と、同時に一塊を作った集団へ向けての怪光線が放たれる。

「ヤバッ!?」

 またも迫る青白い光。それに悠華が冷や汗を吹き出して声を上げる。

「ヘレ・フランメッ!!」

 その叫びとほぼ同時に、振り向きざまに黒い炎を放ついおり。

 鋭い声と共に猛然と空を奔る漆黒の炎は青白い光線と迎え撃つ形で衝突。

 鋭くも細い漆黒は青白い光線に比べれば、縫い針と鉄骨。しかし光線と真っ向から打ち当った黒い炎はそれほどの差があるにも関わらず逆に青白い光を燃やして飲み込み始める。

 黒炎はその勢いのまま、光線の出所である巨悪魔一体の顔面へと接近。その顔を焦がす。

「よくも私の生徒たちを! アムの子供たちを……あんなにもッ!!」

 顔を燃え上がらせて仰け反る巨悪魔へ、赤と黒、それぞれの怒りの炎を向けるいおり。

 教え子たちを傷つけられた怒り、悔しさ。

 手を下した相手と、間に合わなかった自分自身。

 内外双方向に伸び、織り合い螺旋を描くように高まる憤怒のままに、いおりは敵へ向けた金色の左爪を炎で包む。

 しかしその一方で、遠目に見える三本柱の景色に違和感が生じる。

『一匹いないよぉッ!?』

 三本の蔦柱には、巨大な悪魔がそれぞれ一体づつ付いた形になっていた。

 しかし光線を漆黒が燃やした後にいたのは、燃えた顔を隠すモノと、構えて控えるモノの二体。

 残る一体の姿はほんの僅かな間に影も形も無くなっていたのだ。

「どこへッ!?」

『……上だッ!』

 消えた敵を探して視線を走らせた梨穂と、頭ヒレを逆立てて長い首を上げるマーレ。

 水竜に倣って一同は顎を上げて視線を上へ。

 そこでは最寄りの蔦柱から飛び出した巨大な悪魔がその翼を広げていた。

『ウルゥオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 雄叫びを上げ、未だに柱と繋がっていた尾を引き抜く。

 そして繋がりを断つと同時に翼をたたみ、戦士たちの集団へ覆い被さるように巨体を降らせる。

 間近に飛び出しての奇襲。

 退避不能な距離とタイミングで現れた巨体はみるみる内に一行の視界を濃厚な黒に染める。

「キィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 だがそこへ割り込む裂帛の声。

 膝を抱えて背面宙返りする銀色。光を帯びた声の主は、まるで見えない壁を駆け上るタイヤのように宙へ。

 そして接触する直前に膝を叩き、打ち出すように両足蹴り。爆音が轟いて悪魔の体が蹴りを受けた箇所から「へ」の字に曲がる。

『ウヴォオゥエェ!?』

 濁った大音声を残して、折れた姿勢のまま飛び上がる巨悪魔。

 そう。全身から見れば針の一穴ほどの範囲に刺さった衝撃。人と蚊ほども大きさの違う相手からの一蹴りで、闇色の巨体が落ちる勢いを跳ね返されて浮き上がったのだ。

「みんな! こっちへッ!」

 その隙にいおりは左腕を一閃。巻きついていた炎を放って残る二体を牽制し、教え子たちに避難を促す。

 一方で爆発した蹴りの反動で離れた闇は空で翼を広げ、光は着地から油断なく暗黒の天を睨み据える。

 柱へ掴まり、足をかけて身構える悪魔。

 対する光の戦士はそれを認めてバク転。ボディプレスから退避した竜の戦士たちを追う。

 二度、三度と重ねたバク転から一際強く踏み切って跳躍。きりもみ回転に宙を舞った銀の戦士は少女たちへの射線を塞ぐ位置に着地。右拳を腰だめに、左手を前にかざして少女たちを守る壁となるように身構える。

「大丈夫!?」

 そうして振り向き安否を問う鋼鉄のヒロイックマスク。

「白い、グランダイナ?」

 眼鏡の奥で目を剥くホノハナヒメ。

 苦戦を強いられていた戦士たちへ向けられた鋼鉄のフルフェイスマスクと、その上を覆うハートを模したクリアバイザー。

 バイザー奥では鋭い造形ながら、柔らかな光を灯した目が。

 逞しい巨躯と、それを包む銀色に輝く重厚なアーマーで出来たヒーロースーツ。

 分厚く頼もしいその姿はホノハナヒメの言葉どおり、色を違えて細部を改めたグランダイナのものであった。

「いや、違う……こっちがオリジナルの、いおりちゃんが言ってたウィン、ダイナ?」

 だがそんな炎の巫女の呟きに、例えに使われた当の本人である悠華が首を横に振る。

 悠華の言うとおりグランダイナの姿はあくまで先代から、今目の前にいるウィンダイナから受け継いだものだ。幼い日に見た、おぼろげな記憶を頼りに。順序でいえば悠華が「黒い、地属性のウィンダイナ」なのである。

「そういう細かいことは気にしないで。今戦っているあなた達にとって、なじみ深いのは悠華ちゃんの方なんだから」

 しかし当のオリジナルの方がやんわりとそのこだわりに頭を振る。

 そこへ浴びせられる高い音と風。それに一同が顔を上げれば、竜の頭を模した鋼が近づいてくるのが目に入る。

「アムルクシオン!」

 それはバスほどのサイズを持つ心命船、アムルクシオンであった。

 白と黒に彩られた勇壮な飛空船は一行のすぐ傍へと着陸。開いたその口から屈強な忍が姿を現す。

「孝志郎さん!? 来てくれてたんですか!?」

「ああ。裕香が駆けつけるのに、俺が知らん振りなんかするわけないだろ?」

 虎縞か稲妻柄の忍装束を纏う幻雷迅に変身済みの孝志郎は、目を剥く少女たちへ向けて親指を立てて見せる。

「さあみんな、アムルクシオンの中できちんと治療を。操縦は問題なく出来るから、動ける子がやってくれれば」

「え? 先生!?」

 そして教え子たちへ乗り物に乗るように促すいおりの言葉に、梨穂が己の耳を疑う。

「早く。ここは私たちに任せて!」

『アンタたちは契約者の子らと休んでなってのさ』

「私たちが足手まといとでも!? さっき治療してもらったのでもう戦えます!」

『いくら母とは言え、見縊らないでもらいたい!』

 重ねてアムルクシオンへの退避を促すいおりとアムに、梨穂とマーレの水組が噛みつくように反論する。

「……そう言うことは服や杖を修復できるようになってから言いなさい」

 しかしいおりは、未だ遠くに控える敵へ見張りの目を向けながら、極めて冷静に梨穂に返す。

「……う、ぐぅ……」

 それを受けて梨穂はうめきながら、心命力で作った青い光をウェパルに押し当てる。

 が、力を注いでは見たものの、破れたウェパルが完全に修復されることは無かった。

「分ったでしょう? さっきの治癒はあくまで応急処置。まだ体も心も回復しきってはいないのよ」

 考えている以上に消耗している実状を自分自身で確かめた梨穂。それにいおりは回復を要する現実をはっきりと告げる。

 ぐうの音も出せないほどに反論を封殺されて、梨穂は悔しげに下唇を噛み締める。

「いおりが言いたいのは、とにかく戦線復帰にはまだ早すぎるってこと。ここは少し私たちにも任せてくれない? ね?」

 そこへウィンダイナが肩ごしに振り返ってフォロー。

 満足に力の戻って来ていない実感。

 そして自分たちを立てて欲しいと願うウィンダイナの言葉。

 その二つに梨穂は小さく顎を引いてうなづく。

「……分かり、ました」

 しぶしぶと、本当にしぶしぶと首を縦に振って、梨穂はいおりたちに指示されたとおりに首だけの竜の口へ。

「じゃ、いおりちゃんセンセに先輩がた。ちょーいとお言葉に甘えちゃーいまーすっと」

 それを見て悠華は、ホノハナヒメと一緒に鈴音を支えて、いつものおどけ調子で声を投げる。

「ちょっとと言わず、この一件が済むまで甘え通しで構わないわよ?」

 そんな教え子に、いおりは不敵な笑みを添えた一言で応える。

「やっはぁ! マァジでいーんスか? じゃあ、アタシらが飛ーび出ーす前にぃ、片付いたって言ーに来てくださいッスよ!?」

「ええ、楽しみにしていてちょうだい」

 朗らかに軽口を交わし合って、師弟は二手に別れる。

 一線で戦い続けた教え子たちは後方に。

 師は今まで支援に徹していた分を取り返そうと、盾として前に。

「ほらすずっぺ、平気?」

「うん……そんなに痛くは無いけど、まだちゃんと力が入らない感じ」

「大丈夫。私と悠ちゃんが支えてるから」

 そうして悠華はホノハナヒメと共に、風の衣の焼け残りに身を包んだ鈴音を心命船へと運んでいく。

「じゃ、みずきっちゃんが先に引っ張って。アタシは下から支えるから」

「うん。頑張って、鈴ちゃん」

 地に着いた下顎に足を掛けた悠華は自分から支えに回って、友たちを先に行かせる。

 そしてホノハナヒメが上着にしていた千早を脱いで鈴音に羽織らせたところで、不意に黒いものがアムルクシオンの天井陰から落ちる。

「急いでッ!」

『何を!?』

 その足音に悠華は押し上げるように友と相棒を船の奥へ。

 その間に落ちて来たモノは黒い風となって悠華たちへ迫る。

「ヤッハァッ!!」

 悠華は鋭く短い気を吐き、右拳で迎撃。

 瞬く間に肉薄した黒はオレンジの光を灯した拳を顔面にめり込ませて、突っ込んできたその勢いのまま跳ね返る。

『むぐぅお!?』

 くぐもった声を残して飛ぶのは腕角を生やした人間サイズの悪魔。

 それはカウンターで入った会心の一撃に大きく吹き飛びながらも、翼をはためかせて宙返り。四肢の爪を地面に食い込ませて着地する。

「まずいッ!」

 教え子に忍び寄っていた敵。それに気づいたいおりは振り向きざまに黒炎を投げるように放つ。それは弧を描いて再突撃をと構えていた悪魔の即頭部を直撃。

 音を立てて弾ける炎。

 しかし生徒の窮地を救ったそれを引き金とするかのように、腕角の悪魔がそこかしこから飛び出す。

「なんだとッ!?」

「飛ばして! すぐにッ!」

 声を上げる幻雷迅のみならず、驚きを露わにする先達たち。

 三人がとっさに援護にと動く一方、悠華もまた突如として現れた四方八方を塞ぐ包囲網を認めるや否や、アムルクシオンの内部へ向けて叫ぶ。

「で、でも!」

「いいから! このままじゃマジでセンセらの邪魔になるッ!」

 出入り口へ接近させまいと放たれる雷手裏剣の嵐。

 弾幕さえ作るそれが敵を打っていくつもの雷鳴が轟く。が、悪魔たちは次々と痺れて倒れる同胞に構わず突っ込んで突破。

「出してッ!」

 弾幕を越えて来た者を蹴りつけながら、悠華は逡巡する仲間たちへ離陸を願う。

 その叫びに、乗り手の決心を受けたかのようにアムルクシオンはそのボディを浮かせ始める。

 しかし離陸などさせまいと、敵が船体へとしがみつきにかかる。

「ウンベゾンネン・グリューヴュルムヒェンッ!!」

 しかしその詠唱と共に宙を走った火球のミサイルが、跳びかかった敵を撃墜。

「キィィアアアアアッ!!」

「イィィヤァアアアッ!!」

 そして気合の声を重ねた風と雷が仲間を盾にミサイルから逃れた敵を文字通りに蹴散らす。

 三人の手によりアムルクシオンの進路はクリア。機体はこのままスムーズに空への退避コースを進む。

 かと思いきや、大きく上昇を始めた心命船の上に人間大の悪魔が滝の如く落ちる。

「う、わッ!?」

 文字通り頭を抑える奇襲に大きくぐらつく船体。

 つまり開いたままの出入り口が大きく傾き、乗り込み掛けであった悠華の体がその拍子に宙に浮く。

 そうしてバランスを奪われた悠華は相棒のテラともども、浮かびかけのアムルクシオンから投げ出された。

今日もありがとうございました。

明日もどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ