魔装烈風、深魔帝国皇女、再臨!
「こちらへ! 学校へ避難を、早く!」
山端中学校門前。暗黒の蓋に上空を塞がれた暗がりの中、パンツスーツ姿のいおりが近隣住民を学校へと誘導する。
団体の最後の一人が校門の内に転がるように入ると、いおりも後に続いて敷地の中へ。
そして同僚の教諭と共に門を音を立てて閉ざす。
直後、黒い粘土で飾ったデッサン人形じみたモノが門にぶつかる。
が、校門が破られること無く、むしろ人形じみた怪物の方が熱いものに触れたかのように反射的に身を引く。
「……もう大丈夫ですよ。ここには入ってこられませんから」
いおりはそれを確かめると、避難民たちへ振り返り笑みを向ける。
それを受けて人々は深く息を吐いて恐怖に強張った表情を緩める。
そして別の教員に誘導されて建物に向かう人々の姿に、いおりも緊張を吐息にして吐き出す。
「……しかし、訳の分からない怪物を防げるのは何よりですが、なぜ防げるのかも訳が分からないですね」
一方で門を閉めた同僚の教諭が、デッサン人形めいたヴォルスを弾いた門を眺めて呟く。
「そう……ですね。しかし理由はともかく、今は学校が安全地帯として使えていることが重要ではないですか?」
「ええまあ。多少不気味ではありますが、おかげで部活に残っていた生徒は無事。避難場所として逃げ込める場所があるわけですからね。まさにこの状況では砂漠にオアシスですよ」
理由は二の次とするいおりの言葉に、同僚教諭は頷いて現状を良しとする。
そうしてそれ以上は追及せず、先を歩く避難者に続く同僚。いおりはそれを見送って、もう一度安堵の息を吐く。
なおヴォルスの学校への侵入を防ぐ結界は、理由から逸らすように誘導したいおりの主導によるものである。
あらかじめ四竜の体毛や爪、それらを媒介にして結界の触媒を作成。作ったそれを使って、山端中学の敷地内を覆う対ヴォルス用の防護結界を張ったのだ。
「……ギリギリだったけれど、間に合って良かった」
いおりはそう呟いて、離れたところにそびえる暗黒の柱を眺める。
その言葉通り、結界に最後のピースを埋めて完成、発動させたのはつい先ほど。
天を闇の蓋が覆い、不気味な柱がそれを支えに立ち上がったのを認めた瞬間なのである。
幸いにもクラーケンの時のように学校内にあらかじめヴォルスの憑いた者はおらず、安全地帯として山端中学を確保する事はできた。
「……あの子たちは無事なのかしら」
しかしすでに学校を後にしていて、結界の庇護から外れてしまった教え子たち。特にこの状況で第一線に立っているであろう四人を思い、いおりは唇を噛む。
そうしていおりはふと閉ざした門へ目を向ける。
するとそこに寄っていたはずのヴォルスの姿が消えている。
「どこへッ!?」
急ぎ視線を走らせれば暗い空の下、柱へ向かって宙に引きずられているデッサン人形もどきを見つける。
その一体だけではない。学校近隣に展開していたらしいヴォルスのことごとくが見えない力に引っ張られ、蔦を寄り合わせた柱へ向けて飛んでいく。
「いったい何が!?」
されるがままに、それこそ掃除機を向けられた綿埃のように召集される怪物の素体たち。
尋常でないヴォルスたちの様子に戸惑ういおり。
その視線の先では緑と青の光の弾けた蔦柱から、枝を伸ばすように何かが生えだす。
そして伸び出た勢いのまま逃げる緑の光を追うようにさらに伸びる。
「あれは! やはりもう戦っていたのねッ!」
鈴音が放つ緑の光に、いおりはすでに戦闘が始まっていることを察する。
そんないおりの近くに光の門が開く。
『うむ、無事開通であるな』
「ナハティアッ!? 何故ここに!?」
光の門を通って現れた、瓜二つの顔をした女悪魔。その姿にいおりは目を瞬かせる。
『クク……驚くのはまだ早いぞ、我が半身よ』
含み笑いを添えたナハティアの言葉。それに続いて、光の門から黒い狼が顔を出す。
『やあ、いおり』
「アム!? どうやってッ!?」
耳を包む巻き角に黒い翼を備えた狼。
ゲートを通って現れたパートナーに、いおりは疑問の言葉を言い終えぬままに駆け寄る。
その勢いのままいおりはアムの鼻先に手を触れて、指先に返ってきた感触に目を剥く。そして黒く艶やかな毛に覆われた首に腕を回して抱き着く。
「どうやって……? 本当にどうやって!?」
腕の中にある温もりと手触り。以前はすり抜けて感じられなかったそれを、いおりは幻ではないかと確かめるように繰り返し撫でる。
『幻想界でヴォルスを抑える必要がなくなったからさね。ちょいと無茶して出てきたのさ』
抱き締めるいおりに頬を寄せて応えながら、アムは事情を語る。
「そっちでヴォルスを抑えなくても良くなった? それってつまり……」
そんな幻想界の事情の一端を聞いて、いおりはパートナーから体を離して表情を引き締める。
ヴォルスの侵食に抵抗し、幻想界の保全管理に注力していた。いや、せざるを得なかったアムとルクス。
そんなアムとルクスが幻想界でヴォルスへ対応をしなくてもいいと差し置いて、しかも無理を押して物質界にまで出てくる必要があるという状況とは。
「……ヴォルスが物質界へ全力を傾けているということ!? この状況もつまりはそれッ!?」
『話が早くて助かるさね。十年前とは逆方向から二つの世界が崩壊させられそうになってるってことさ』
今現在くろがね山端の町を襲う状況も合わせて、ヴォルスの動向を察するいおり。そんな契約者が口に出した状況に、アムは目を伏せた沈痛な面持ちで頭を振る。
物質界と幻想界。二つの世界は言わば表裏一体。特に幻想界は物質界から流入する心と命の力こそが生命線であり、心の力で生み出されたものである以上、物質界の危機はそのまま幻想界の存亡に直結する事となる。
『つまり戦力を遊ばせておく理由は無い。だから迎えに来たということだ、我が半身よ』
そこへ不敵な笑いのままナハティアが割り込む。
「私を?」
『そう。かつての英雄であり、今の幻想界の半分の契約者。これほどの戦力を置いて他に誰を戦力と頼ると? ……ククッ』
ナハティアはとまどういおりを指差して含み笑いを添えて首傾げ。
『一蓮托生の契約を結んだ竜が、肉体を用意してここに来ているのだぞ? それで分からぬ半身ではあるまい?』
「ッ!? ということは!?」
幻想界を治める竜。その片割れを指差しての言葉に、いおりは弾かれたように自身のパートナーへ振り返る。
するとアムは口を深く引いて頷く。
『ああ。そう言うことさ』
笑みを浮かべての一言に続いて、炎に包まれるアム・ブラ。
そして火だるまになった黒竜はみるみるうちに縮み、火の粉を軌跡に刻んでいおりの顔へ飛ぶ。
左の耳に灯る炎。
それを確かめるようにいおりは白く細い指で触れる。
「ああ、これは……」
左耳から火が弾けて散る。
燃え移ることなく消えたそれのあとには、赤い宝玉で飾られた金のイヤリングが。
『この場の結界の維持は我に任せて、迎えに行ってやるといい。半身の作った結界であれば、無契約の我でも難なく保てるであろう』
そんな懐かしい契約の法具を指先で確かめるいおりへ、ナハティアは出発を促す。
「分かった。学校はお願い。私はあの子たちを!」
いおりはうなづき、変身しようと指に力をこめる。
『待った待った』
だがそこへイヤリングから上がったアムの声が待ったをかける。
「なに? あの子たちはもう戦ってるのに!」
左耳から上がった制止の声に、いおりは焦れたように眉根を寄せる。
『すまないさね。でもゲートを通って、先に迎えに行ってやってほしいのがいるのさ。まだ揃ってない役者がいるだろ?』
「まさか! あちらもッ!?」
相棒の語る引き留めた理由。それにいおりは目を見開いて左耳元の手に目をやる。
『言っただろ? 無茶して出てきてるってさ』
推し量った言外の内容をアムが肯定。
それを受けて、いおりは教え子が戦っているであろう方向に目をやる。
そこではここからでも見えるほどの巨大な悪魔のミイラが、蔦柱から上半身を乗り出していた。
『……オォオオオオオオオオオオッ!!』
遠く離れていてもビリビリと叩きつけてくるような雄叫び。
距離があろうともひどく重々しい圧力。
これほどの力に至近距離で晒されているであろう教え子たちの事を思ってか、いおりは下唇を噛んで、十年ぶりに戻ってきた友との繋がりを握り締める。
「……分かった! 迎えに行ってすぐに戻るッ!」
しかし逡巡も一瞬の事。
いおりはすぐさま取るべき最善の行動を選び取ると、未だに開いたままの光の門へ向き直る。
『ああ。急いでいってやろうじゃないのさ』
意を決したパートナーの様子に、アムも和らいだ声で答える。
「……悪かったわね。そっちも子どもたちが心配だろうに……」
『大丈夫さ、あの子たちなら何とかするさね』
もたついたことを詫びるいおりに、どうということは無いと返すアム。
「……強がりね」
しかし信頼はともかく我が子を心配しないはずなどない。
いおりはそれを見抜いて微笑み、ゲートへ向けて歩を進める。
そして門へ触れながら、戦場である蔦柱へ再び顔を向ける。
「……すぐに、すぐに戻るわッ!」
教え子たちへ向けてそれだけを言い残すと、いおりは長い髪を翻して振り返って転送ももどかしいとばかりに光の中へと飛び込む。
※ ※ ※
『ルゥウオォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
悠華が全力を賭し、仲間の助けも受けて囚われの身から脱出を果たしたのも束の間。
残り三つの柱からやっとのことで倒した巨大悪魔が出現。それらは一斉に四竜とその契約者たちを睨み、鬼火の双眸からの魔力砲を放つ。
「う、わッ!?」
「きゃあッ!?」
浴びせられる六本の怪光線。それに一行は声を上げて飛びはね逃れる。
狙いが甘かったためか直撃はしなかったものの、至近距離での着弾が巻き起こした爆風は少女と竜たちの体を容赦なく煽る。
「うおわぁああおおぅッ!?」
その中でも特に、全力を振り絞って戦士としての姿を維持できないほどに消耗した悠華を。
「悠ちゃんッ!?」
大地の戦士として重みのある攻撃で敵を軽快に吹き飛ばす普段とは真逆に、衝撃波に煽られるままに浮かぶ少女の体。
それを保護しようとホノハナヒメが金幣からとっさに炎の帯を伸ばす。
炎の帯を巻き付けられ、引き寄せられる悠華。
だが同時に、巨大悪魔たちの目から青白い光線砲が再び。
『危ないッ!』
狙いを定めたらしく、正確さを大幅に増して迫る光線。
それにホノハナヒメと梨穂は、それぞれ重ねた炎の帯と傘とを盾に出す。
「きゃああああッ?!」
「あうッ!?」
だが、破壊光線の直撃に盾となった炎と傘は負け、防ぎ切れなかった余波が竜と戦士たちを襲う。
壁にぶつかった急流の如く拡散した破壊の力の奔流。
それを割り裂いて、炎の巫女が飛び出す。
「みんな、しっかり!」
『こっちだよぉ!』
パートナーのフラムと共に消耗した地組を抱えながら、仲間へ懸命に先導の声をかける。
しかし友を庇い抱くその袖や、袴も焦げて煙を上げて、とうてい無事などとは言えない。
「ウッ……クゥッ!」
『諦めるな梨穂ッ!』
声に導かれて傘に続いて現れた梨穂もひどいものだ。
盾として攻撃を受けた傘は、直撃を受けた場所が月の影のように抉れ欠けて骨組みを露に晒して。貫通した分をまともに浴びたらしい左腕と左足は、水のコートを失って、傷ついた肌が見えている。
だがどちらも、その次に逃れ出てきた者に比べれば浅傷である。
『鈴音! しっかりしろよッ!?』
ウェントを庇ってエネルギーの激流から出たのは、全身から煙を上げた鈴音だ。焦げ付きながらも緑色を保った髪から、まだ変身を維持できているのは分かる。
だがその他は、風を折り合わせて作った緑の衣は見る影も無く焼け落ちて、下着姿も同然という有り様。無論ほとんどが露になった肌は、火傷に赤く腫れ上がっている。
煙を上げるまつ毛の奥。薄開きの目が、炎の巫女と氷水の少女の姿を認めるや否や、風の少女は安心からかかすかな息を吐いて力を失う。
『う、わ!? 鈴音ッ!?』
ウェントは慌てて少女の腕から抜け出すと、相棒の焼け残った服に足を引っかけ翼を広げる。
そうして風竜の稼いだ間に、ホノハナヒメは金幣を一振りして巻物を広げる。
「やっるぅ……みずきっちゃん……」
そうして鈴音を手元に保護したホノハナヒメを、悠華は消耗しきりの掠れ声ながらに讃える。
弱々しくも、しかし努めて普段どおりの調子を持たせての一声。満足に動けぬほどに疲れはてながら、なおも友を力づけようとするそれに、ホノハナヒメはわき上がるままに笑みを浮かべてうなづく。
しかし互いに庇い合い、励まし合う少女たちへ向けて、三度の怪光線が放たれる。
「建物の陰に……ッ!」
三方向から集うエネルギーの奔流。
それにホノハナヒメは友を抱えて退避を急ぐ。
だが、傷ついた竜の戦士たちを呑みこもうと迫る力のうねりはそれを許さぬほどに速い。
「ウッグゥッ! 何もしないよりはッ!!」
傷ついた体を押し、破れた傘を盾に構える梨穂。
「みずきっちゃん……アタシを放して、すずっぺと……逃げて!」
そして悠華もまた右拳を左手に押し当て、か細い光を灯して身じろぎする。
「バカなこと言わないで! それなら一番防御力のある私が盾にッ!!」
そんな言い争いの間に、破壊光線は少女たちの目前にまで迫る。
粘りを含んだ時の流れの中、まるでじわじわと炙るように近づく力の塊。
「ヘレッ! フランメェエッ!!」
「キィイアァアアアアアアアアアアッ!!」
だが固く凝り固まった空気を引き裂いて、叫びと共に黒い炎と緑の光が少女たちの前を横切り、怪光線を雲散霧消に消し飛ばす。
「へッ!?」
「こ、これは……ッ!?」
突如割り込んだ膨大な力に戸惑う悠華たち。
その瞬く眼の前に、長い黒髪と赤いマントをなびかせた女の背が舞い降りる。
「……待たせてしまったわね」
「いおりちゃんッ!?」
「先生ッ!?」
詫びの言葉と共に振り向いたその顔。右が黒、左が赤のオッドアイを持つそれは四人の師、大室いおりその人であった。
今回もありがとうございました。
最終回までどうぞよろしくお願いします。




