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潰えぬ脅威

「テラやぁああああああああんッ!?」

 左右対称に指の生えた掌。

 それが地面と衝突したことで黒い霧がもうもうと立ち上がる中、グランダイナは巨大な歯に挟まれたまま、霧の中心部に居るパートナーの名を叫ぶ。

「こ、のぉお……ッ!!」

 グランダイナは鋼鉄の仮面の奥で歯を食いしばると、装甲を軋ませる歯の間で身を捩る。

 黒いヒーローを固く噛みしめ捕らえる咬合。

 それにグランダイナは分厚い装甲が火花を上げて削れるのも構わず、左腕を上、右腕を下の歯との間へ強引にねじり込む。

「おぉ! あああああああッ!!」

 そしてバイザー奥の両目に火を灯し、全霊の力で腕を開く。

 急激に増した反発に僅かに跳ね返される巨大な顎。

 こじ開け広がった隙間で、グランダイナは身を捻り歯を掴む形に手を入れ替える。

「で、い、や……っはあああああああああああッ!」

 そうしてジャッキを入れたかのように、上顎を持ち上げる。

 だがグランダイナがジリジリと大顎をこじ開けて行く中、急激に下からの突き上げがその勢いを増す。

「おぐッ?!」

 歯ごたえに合わせて強められたその力に、伸びきりかけた肘が負けて曲がる。

 胸と背の装甲に再び歯が触れるほどに押し込まれながらも、グランダイナはギリギリのところで堪え、留まる。

「うぬぅうああああああああああッ!!」

 そして深く息を吸い込むと、噛みつぶそうとする歯を握り潰す。

 硬い音に続いて生じた僅かな力の弛み。

 それに乗じてグランダイナは自身の蝕んだ歯の亀裂へさらにねじ込むようにして、切歯を押し返す。

 一息に広げて作った隙間。それを塞ごうと力が入るよりも早く、グランダイナは下の歯を踏みつけ押さえ、両手を上の歯にかける。

「ひぃらぁけぇええええええええッ!!」

 そして気合の声のままに両眼を発光。今度こそ全霊のみならず全身も使って重量上げのように押し上げる。

 同時にグランダイナの背後で鳴る鈍い音。

 恐らくは顎関節が外れてのそれを背に受けながら、黒いヒーローは歯と歯の間から転がり飛び出す。

「……ッ! テラやん!」

 勢いのままに前転。そして掌で未だ黒い霧に沈んだ地面をはたくと、黒く重厚な体躯を柱のようにそびえる腕へ向かわせる。

「やぁっはぁあああああああああああッ!!」

 地鳴りを伴う一踏みごとにその勢いを増して、巨木にも似た腕に肩からぶち当たるグランダイナ。

 そうしてぐらつき流れた霧の中、岩に紛れて倒れたテラの姿を発見。

 すぐさま根のように指を張った左右無しの平手に手をかけ、引っこ抜くような勢いで持ち上げる。

「て、テラやん!」

 押し潰されたテラと巨大な掌の間で柱となって立つグランダイナ。

 容赦なく圧し掛かる重みに仮面の奥で歯を食いしばりながら、足元の相棒へ呼びかける。

 だがしかし見る限りは深い傷が無いにもかかわらず、岩に埋まったテラからは何の反応もない。

「テラ……やん……ッ! 頼む! 応えて……テラッ!」

 呼吸のたびに体を上下させはしているものの、反応を返さない相棒へ重ねて言葉をかける。

 だがそれでも、テラは石の布団を被ったまま、起き上がる気配も見せない。

「……て、らぁあッ!?」

 しかしグランダイナが諦めず、重ねて声をかけようとした瞬間。不意に力を増した重圧が呼びかけを遮る。

「う!? ぐぅう……ッ!?」

 膝と肘を曲げ、急激に倍加した重みを背中全体で背負うようにして受け止め支える黒い闘士。

 辛うじて潰れずに堪えたその状態から、オレンジのクリアバイザーに守られたフルフェイスを上げれば、低く唸る巨大な顔と目が合う。

 青暗い炎を揺らめかせた目。

 ゴムのように黒く艶めいた皮膚。

 憤怒のままに皺を刻んだ頬の中心には剥き出しになった黒い歯が。

 かけてギザついた歯を軋り合わせたその顔は、この場の外にあるはずのもの。

 そう。地組を体内に招待した巨大な悪魔の顔そのものであった。

 ここにあるはずがない、しかし内面空間であればありえなくはない巨悪魔の顔。その鼻先には、よりこの場にあるはずのない姿が腰を下ろしていた。

「サイコ……サーカス……ッ?!」

 グランダイナが絞り出すような声で呼んだとおり、悪魔の鼻先にいたのは闇と金のレディピエロ。クラスメイトが姿を変えた強敵であった。

 あまりにもサイズ比が違うため、ちょこんと言う他ない様子で鼻先に座るサイコ・サーカス。

 それは仮面同然のピエロメイクに彩られた顔から、グランダイナへ冷たい目を投げ落としている。

『……こんなところまで、まったくご苦労なこと……』

 冷ややかな目と微かな鼻息を添えた一言。

「サイ……いや、らっきー! なんで!?」

 圧し掛かる手を持ち上げながら叫ぶグランダイナ。

 聞きたいこと、話してほしいことはいくつもあった。

 今、滅亡とやらのために何をしようとしているのか。

 何故アリ塚じみてヴォルスを吐き出す柱が必要なのか。

 こちらの正体をいつから知っていたのか。

 知った上で戦っていたのか、抹殺しても構わないと思っていたのか。

 そして、どうしてヴォルスを受け入れたのか。

 そんな知りたいことが絡まってこんがらがり、結局口を突いて出たのは曖昧な問いでしかなかった。

『……ぼやけた質問ね、それで、何が聞きたいの?』

「……ぐッ、むぅ……」

 自覚のあるところを突かれて、グランダイナは圧し掛かる平手に再び押さえこまれて唸る。

『……それはそれとして、やはり素顔は見られていたわけね……なら質問のいくつかはそう言うこと……』

 片腕で肘を支え、頬杖をついてため息をつくサイコ・サーカス。

 そして頬杖で支えた首を捻り、唇を笑みの形にゆがめる。

『けど、教えてあげるつもりは無いわ』

 嘲りの笑みから放たれた一言。

 それに伴って増した重みに、グランダイナの膝がさらに深く沈む。

「ぐ……喋りに来たんじゃない、なら……アタシらをこの場で潰しに来たってぇの!?」

 重圧を堪えながら、黒い闘士は振りかかる嘲笑へ向けて声を張り上げる。

 対するサイコ・サーカスは嘲り笑いのまま頬杖にした手を外してその指先を下へ。

 それに伴ってグランダイナを襲う圧力がさらに重みを増す。

「うぅッ!?」

『まあ、顔を出した以上なにもせずに帰るのは芸が無いもの……それも悪くないわね』

 重圧と共に嘲笑を深めての言葉。

 そうして嘲笑のまま顎に女ピエロは顎に指を添えて、巨大な平手とその下にいるグランダイナを見下ろす。

 弄ぶようなその目にさらされながら、グランダイナは睨み返す眼光を緩めずにひたすら重圧に耐え続ける。

『けれど、こちらも暇では無いのよね。動き出した破滅への計画を転がしている真っ最中なのだから』

 が、不意にサイコ・サーカスはその目を冷やかに細めると、興味が失せたとばかりによそを向く。

『邪魔をするつもりならやって見せればいい。そっちがどう来ようと、我らはそれを踏みつぶして進むだけなのだから』

 そして最後に冷やかな一瞥と一言を残して、空間に作った裂け目へと倒れ込むように姿を消す。

「待っ……てぇ!?」

 逃がすまいと気を吐くグランダイナであったが上にかかる重みに動きを封じられてしまう。

『ウルゥオオオオオオオッ!!』

 そしてサイコ・サーカスがいなくなるや否や、怒りに顔を歪めていた悪魔が雄叫びを上げる。

 怒りの咆哮と共に放たれる黒い霧。

 それはグランダイナを包むように飲みこむ。

「ぐぅ!? ぅうあああッ!?」

 装甲を蝕む熱に、グランダイナは堪らず声を上げる。

 沁み込むように焼く熱。その体の芯までも蝕む苦痛は黒い闘士の膝から力を奪う。

 上からは押し潰しにかかる平手。それに加えて浴びせられる強酸の吐息。

 それらに苛まれながらも、グランダイナは片膝立ちに堪える。

「テラやん、起きて……頼む……」

 岩を溶かす酸の息が相棒に届かぬよう、グランダイナは折り曲げられた体で壁を作る。

 そうして立てた脚や腕、背中で強酸を受け止めながら、いまだ目を覚まさぬパートナーへ呼びかけ続ける。

「起きてちょうよ、テラぁ……起きて、逃げ、てぇ……ッ!」

 のし掛かる重みに軋む体。その軋み音に混じって馴染んでしまうような微かな声で繰り返すグランダイナ。

「……頼むよ、テラ! せめて、テラだけでも、逃げのびてえ……ッ!!」

 そうして酸と重みに耐え続けながら、ただ相棒の生存を願っての叫び。

 しかし無慈悲な重圧は、そんなささやかな願いを押し潰す。

 果ての無い暗闇に星明かりが拓いたような慎ましい空間。

 その中に重々しい音が響きわたる。

 残響が闇と光の境を震わせる中、源を失った光はみるみるうちに暗闇に押し返される。

 風船が萎み縮むように空間が狭まっていく。

 巨大な悪魔の顔もそこに灯った鬼火ごと闇に沈み、黒いヒーローとその相棒を下敷きにした平手も暗黒の中に溶ける。

 静寂。

 何物も揺るがぬ漆黒が全てを閉ざす。

 厳然とした無音の暗闇。

 しかし痛いほどに静かなその中に、微かな揺らぎが生じる。

 微かな、ほんの微かなそれは広々とした闇の中に広がり、そして消える。

 だがそんな微かな揺らぎがもう一度、二度と続けて暗黒を僅かに、しかし確かに揺るがす。

 徐々に間隔を短く、それに比例して強さを増していく震動。

 やがてその中心部、震源が裂けて光が漏れ出す。

「……ィィイヤァッハァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 そして爆発。

 噴火にも似た勢いで溢れ出した光と音。

 その中心にはたてがみを開いたグランダイナが両の腕を突き上げ立ち上がっていた。

「ふぅいー……かーん一髪間に合って助かったぜよー」

 グランダイナは手首を振り解しながら、すっかり普段どおりの調子で一言。

 そんな光輝く姿に、明るさの中に引き戻された悪魔の顔は驚愕に強ばる。

「いやもーマァジにひやひやモンだーったけんども、これならなーんとかなりそうだぁねー」

 グランダイナはそう言って、壁のような巨大な顔を見る目を鋭く輝かせる。

 対する巨悪魔の顔は唇をすぼませ、黒い霧を吹き出す。

 勢いをつけて放たれた強酸の霧は瞬く間にグランダイナへと迫る。

「ヤッハア!」

 が、黒い闘士は短い気合いと震脚を一つ。

 地響きと共に広がった光で酸の息吹きを左右に割る。

 その勢いのままグランダイナはぶわりと身を躍らせる。

 躍りかかるヒーローの動きを阻もうと、巨悪魔の口から紫の舌が迎え撃ちに出る。

 だが槍のように突き出される毒々しい紫を、グランダイナは突撃のままに繰り出した拳で真っ向から叩き潰す。

「さぁってー! 今までさーんざんやってくれた分のお返しをさせてもーらおーかねーッ!」

 たわみ、口の中に戻る舌。

 その動きに引かれ吊られるように、グランダイナは巨大な黒い顔へ接近する。

 あご下へ飛び込もうとするその軌道に割りこんでくる腕型の角。

「やっはぁああああッ!!」

 だが頭上へ降ってくるそれに、グランダイナは着地から間髪いれずにアッパー。

 膝から全身を跳ね上げるように伸ばして突き上げた拳。

 それは押しつぶしに降ってきた平手の中心を射抜いて押し返す。

 爆音を後に引いて、肘から折れて飛ぶ角腕。

『……うちゃんッ!? 悠ちゃん、テラくんも聞こえるッ!?』

 瞬間、悠華の心に響く親友の声。

「みずきっちゃん! ダイジョブ、聞こえてるよ!」

 音を介さない思念を飛ばしての声を受けて、グランダイナは飛ばす思念の内容を口に出して答える。

『動けるのね!? 私たちが外からこじ開けにかかるから、悠ちゃんたちは内側から合わせて!』

「オゥイエース! ガッテン承知ィッ!!」

 外の仲間から思念として送られた救出脱出の為の計画。それにグランダイナはたてがみを添えたバイザー奥の目を鋭く輝かせて声を張り上げる。

 そして再び突き出された鋭い紫を振り上げた右足で蹴り飛ばす。

 間髪入れずに踏み込み。

 足跡を印するようなそれを中心にオレンジ光の魔法陣が展開。

「翻土ぼぉおおおおおおおッ!!」

 呼び声に応じ、広がった魔法陣の端から飛び出す光の棒。

 それを手に取るや否や、グランダイナは鞘の様な光を振り払い、再び振ってきた角腕を突き上げ砕く。

『悠華ちゃんが入れられたトコを思いっきり叩くから!』

『やれるわね!』

 打つべき場所を確認する風と自らの思念。

「まっかせんさぁーいッ!」

 グランダイナはそれに力強い声を返して、突き上げた戦棍を振り回して足場を叩く。

 続けて地鳴りと共に立ち上がった光の障壁で酸の息を防御。

 直後、声もなく固まる巨大悪魔の顔。

 その鬼火を灯した目の間から、赤、緑、青の三色の光が染み出す。

「ヤァアアアアッ!!」

 その三色光を目印に、グランダイナは翻土棒をやり投げの要領で放つ。

 空を走った戦棍は狙い違わずに目の間を突き刺す。

『るぐぅあッ!?』

「ハァ! アアアアアアアアアアアアッ!!」

 苦悶にうめく黒い巨顔。そこから生えた光の柱を目掛けてグランダイナはすかさず気を放って跳躍。

 前回りに身を翻し、その勢いに乗せて撃ちだす両足蹴り。

 蹴り足を受けて柱と伸びていた光は深々と悪魔の顔面の内へ。

 釘や楔の如く刺し込まれた光を中心に、黒い巨顔は砕け割れる。

『ぐ、る!? が、あぁあああああああああああああッ!?』

 断末魔の悲鳴。グランダイナはそれを後に、蹴り開けた風穴を潜ってその向こうへ。

 暗黒の屋根を頂いた町の上に飛び出したグランダイナは、纏った四色の光を尾と引いて落下。重々しい地鳴りを響かせ、片膝立ちに着地する。

「ふぅぃいー……なーんとかなったぁ―」

 そしてすぐさまその場に尻もちをついて座る。と同時に、その強固な鎧に覆われた巨躯が砂と崩れる。

『やれやれ、これでどうにか人心地ってところか』

 本来の姿に戻った悠華。それと共に砂の山から出てきたテラ。

 そうして地組は揃って同じように深い安堵の息を吐く。

「良かった! 無事で!」

『兄様ぁあああああッ!!』

 そこへ火組を先頭にした仲間たちが空を下りてきて駆けつける。

「やっははは。悪いね、心配掛けて」

 それに悠華は血の気の弱い顔に笑みを浮かべて片手を上げる。

 が、その瞬間。闇に沈んだ町が震える。

『な、なんだッ!?』

『なんなのよぉ、この気配……』

 目前でブレーキをかけた妹と共にテラは警戒の視線を走らせる。

 一方悠華は相棒たちとは別の方向に目を向けて、その先で見つけたものに目を瞬かせる。

「……マァジで」

 頬を引きつらせて呟く悠華。

 その視線の先には遠目にそびえる暗黒の柱と、その傍らで蠢く巨大な異形の姿があった。

今回もありがとうございました。

今後もどうぞよろしくお願いします。

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