吸い込まれた先で
『ウルグゥオォアァアアアアッ!?』
顔面に突き刺さった拳。そしてそこから流しこまれる浄化の力に苦しみ悶える巨悪魔。
苦痛の咆哮にカメラアイの光を絞りながらも、グランダイナは突き入れた拳から力を流し込むのを止めない。
「だ、め、お、しぃいッ!!」
そして巨大な顔面に足をかけて姿勢を固定。拳を固めた左腕を振りかぶる。
だがその瞬間、まぶたの無い目の奥に灯った鬼火が大きく揺らめく。
直後、グランダイナの背後から強烈な圧力が襲う。
「ガッ?!」
顔面と折れていない角腕との間で押し潰され、絞り出されるようにうめくグランダイナ。
しかし挟み潰されながらも、大地の戦士は突き入れた拳から浄化の力を注ぐのを止めない。
突き入れた右腕のエネルギーラインと連動し、亀裂の奥で脈動するオレンジの光。
内側から溢れた力に負けて、顔のヒビは徐々に広がっていく。
このまま行けば圧殺されるよりも早く、巨悪魔の頭を破壊することができるはず。
しかしグランダイナが内心でせり勝ったのを確信したのもつかの間。今の今まで拳を吐き出そうとしていた反発力が消える。
「なッ!?」
反発の消失どころか、今までとは逆に引きずり込もうとする力に、グランダイナは思わず戸惑う。
すると悪魔の顔面に押し当てられていた面から黒い肌に沈み始める。
「……んだとぉッ!?」
腕のみならず、全身を取り込まれつつある状況にグランダイナは声を上げて身悶え。
しかし押し込んでくる平手を跳ね返すことはできず、黒いヒーローの体は引き込まれ、押し込まれるままに沼に沈むように悪魔の顔面へと吸い込まれる。
そうして巨大な悪魔の内へ引きずりこまれたグランダイナは、暗闇だけの空間に投げ出される。
光が届かぬほどの深海。暗く、地に足のつかぬ浮遊感はそんな環境を思わせる。
「ここがあのヴォルスの中?」
グランダイナは一人呟くと、受けたイメージのままに腕をかき、ばた足の要領で足を動かす。
同時にグランダイナの体から光が剥がれてテラと身二つの形に分離する。
「あー……やーっぱずっとオーバードライブ状態ってしんどいわぁー……」
『確かに……これ以上はグランダイナの姿も解けてしまうかもしれない。無理は禁物か……』
深く息を吐くグランダイナの横で暗黒をかき泳ぐテラ。
ほぼ間違いなくヴォルスに取り込まれ、囚われたこの状況下で動けなくなるのはあまりにも危険である。
『いざ脱出って時に全力が出せなくなってたら洒落にならないしね。ここは温存しながら出口を探す方向で行くしかないか』
「だぁーねー」
そういう方向で方針をまとめて、グランダイナとテラは暗黒の空間を泳ぎ続ける。
「しーっかし放り出されたばっかだってーのに、後ろに割って入ってきた壁もないなんてじょーだんじゃないってーの」
エネルギーラインから放つ光を帯びた自身と、傍らのテラ以外に何者の姿も見えない暗黒空間。墨汁のプールを潜水するような感覚の中、グランダイナは普段通りのだらりと伸びた口調でぼやく。
『ヴォルスの作った空間だ。出入り口が同じ場所とか、普通なわけがないよ』
「やっーぱねぇー……そーそー簡単に出られるよ―にはなってなーいかぁー」
息にこそ不自由しないが、何処までも変化の無い空間。それにグランダイナは推進力を作っていた手足をひとまず脱力。果ての無い墨色の中で浮かぶに任せる。
力を抜き切った姿勢のまま、グランダイナは深く息を吸って吐く。
それを繰り返すうちに、全身を駆け巡るエネルギーラインが輝きを増す。
一呼吸重ねる事に強まる光。
グランダイナはその身の内で徐々に、ではあるが確実に力を練り上げていく。その様をテラは傍らに浮かんだまま黙って見守る。
地竜の黄金色の瞳が見守る中、やがて高まった光は右腕へと集中。緩く開かれた手に煌々とした輝きを灯す。
「イィヤッハァアアアアアアアアアアアッ!!」
そして夜明けの光にも似たそれを握りつぶすと気を放ちながら身を翻し、眩い光を灯した拳を足元の闇へと叩き込む。
水の中の如く浮かんでいたにも関わらず、がっちりと踏み締めた足と拳に触れる固さ。
打ち込んだ拳を中心に、爆音と振動が闇を波立たせる。
波立つまま追い立てられるように開ける暗黒。そうしてできたオレンジの光に満たされたドーム状の空間の中心で、グランダイナは打ち込んだ拳を引いて立ち上がる。
「なーるほど、前みたいにでかいの一発で風穴ぱっかーんとはいーかないかぁー」
泥のようにまとわりついていた暗黒を押し返しはしたものの、それ以上の変化の無い空間を眺めてグランダイナは血のりを払うかのように開いた手を振る。
そんな目論みは外れたものの、外れるところまで含めて予想通りといった風情で、グランダイナは足場を蹴りつつ次の一手はどうしたものかと周囲を見渡す。
が、そうして打つ手を考えているところで、光に押し返されていた闇が泡立ち、黒い腕の様なものが飛び出す。
『悠華ッ!』
「はいなっとぉ!」
しかしテラの警告に応えるが早いかグランダイナはその場で旋回。振り向きざまのバックナックルで掴みかかってきた黒を迎え撃つ。
『るぐぅあッ!?』
横薙ぎの裏拳に吹き飛んだ腕から洩れる悲鳴。
光と競り合う別の壁にぶつかったそれをよくよく見れば、その先端はこの空間にグランダイナを引き込んだ悪魔の上半身を等身大にまで縮めたようなモノであった。
殴りつけたそれが壁の中に沈む一方、別の壁や天井に近い部分が次々と泡立ち始める。
「ったく! 次の一手考える時間もくれないっての!?」
『そりゃ普通はくれないよね』
そして泡立った端から飛び出してくる悪魔の上半身。それにぼやきながらもグランダイナは左手側からのモノを叩き落とす。
「違い、ないッ!!」
そこからすかさず体を切り返して右後ろ回し蹴り。逆方向から襲ってきた三つをまとめて弾き返す。
その勢いに乗せて振り回した左足で後続を薙ぎ払いつつ移動。その直後に真下から足を掬いに出てきたモノを空振りさせる。
そして大地の戦士はまだ止まらず、上体を屈めて回転。首狙いの敵を潜り、同時に足を狙ったモノを水面蹴りに刈る。
「うぐッ!?」
だが立ち上がりながらのアッパーに構えた瞬間、背後から出てきた角腕の悪魔に組み付かれる。
肩からの腕で羽交い締めに、頭からの腕で頭を固定にかかる怪物。
その打撃の流れが絶えた刹那、上下左右から上半身だけの悪魔が牙を剥いて殺到する。
『悠華をやらせるかッ!!』
しかしテラの声と共に割り込んできた岩石の弾丸が怪物どもを直撃。
「イエスだね! テラやんッ!!」
岩石の弾丸は敵の群れを打ち倒すことはできなかった。が、確実にその動きを牽制した。
僅かな、しかし確かな時間。その隙を用意してくれたパートナーへ喝采を上げながら、グランダイナは羽交い締めを力任せに振りほどく。
「翻、土! 転ッしょぉおうッ!!」
そしてすかさずの震脚と突き上げの掌打。
打撃のみならず、黒いヒーローを中心に渦巻き広がったエネルギーが群がった敵を吹き飛ばす。
だが翻土転翔の一撃で一掃したと思うが早いか、新たな怪物が右脇腹めがけ、突き上げるように体当たり。
「うっぐッ!? しっつこいってぇえのッ!」
しかしグランダイナはタックルを受け止め踏みとどまり、抱きついた怪物の翼の間に肘を落とす。
『グルゥアッ?!』
『ウルゥオアッ!』
しかし組み付いたモノが濁った声を上げて落ちれば、すぐさま別方向から次の怪物が躍りかかる。
「チッキショ……次から次へとぉ……!」
組み付いてきた端から拳、肘、膝と打ち込みながら、苛立たしげに吐き捨てるグランダイナ。
そうして腕にしがみついたモノを引き千切るようにして振りほどけば、肩と腰に払ったのと倍の数がかじりつく。
『堪えて悠華! オイラがもう一回気を……』
まさにジリ貧と言う他ない相棒の状況に、テラが再び岩の弾丸をと魔力を高める。
だがたてがみもどきの甲殻を輝かせて集中したその瞬間、間近に現れた悪魔の上半身にその身を掴まれる。
『しまった!?』
石のように硬い甲殻に覆われたテラの体であるが、それが黒く左右の区別の無い手の間で音を立てて軋む。
「グッ!? ……テラやんッ?!」
パートナーの受けたダメージにグランダイナの姿が揺らぐ。が、大地の戦士はそれを堪えると、自身を捕らえる怪物たちの腕を力ずくに振り切る。
なおも足首を掴む手。それを強引に踏み込み蹴散らして前へ。
泡立った地面をあえて光を帯びた足で踏み潰し、波紋のように広がる輝きを残して跳ぶ。
「エェヤァッ! ハァアアアッ!!」
グランダイナは光漲る拳を弓引くように引き絞り、相棒を捕らえた悪魔へ向けて空を直進。
ひたむきに。
一直線に。
何の捻りもなく。
ただ真正直に跳びかかるその動きを阻もうと、上半身だけの黒い悪魔が重なり割り入ってくる。
「邪魔だぁああああああああッ!!」
叫びのまま、全身を漲らせたエネルギーでコーティング。当たるを幸いに壁と立ちはだかる怪物の群れを弾き飛ばす。
壁を抜けるや否や、分厚い装甲に上乗せしたバリアを解除。
輪となった光を後に残し、激しく燃やした拳をテラを捕まえた悪魔へと叩き込む。
拳の入った脳天から、その軌跡のまま大きく縦に割れる悪魔の上半身。
切り裂いた拳は地面へと深々と。
そして勢い余って地面を砕いた拳を中心にエネルギーが爆発。テラを握りしめていた悪魔の体を裂け目から飲みこみ消し飛ばす。
それは中心部のモノのみならず、周囲を取り囲んでいた上半身だけの怪物もまとめて薙ぎ払い、光の中へ溶かして消すほどの威力を見せる。
「テラやん!?」
『……ゴメン、手間かけた』
しかしテラはそれほどのエネルギーの奔流を、まるでそよ風を受けた程度に素通り。契約者の腕に収まって逆に足を引っ張ったことを詫びる。
「いやーなーんのなんの」
かすれ声ながらもパートナーを気づかうその様子に、グランダイナは軽く息をついておどけ調子に返す。
安堵するグランダイナの一方、その背後で黒いものが地面から壁のように立ちあがる。
『悠華、後ろッ!!』
倒れてくるそれに気づいたテラが目を見開いて声を上げる。
グランダイナは相棒の警告を受けるが早いか、抱えていたテラを突き飛ばすように放して振り返る。
「がッ?!」
しかし拳を振り上げるよりも早く、グランダイナの上に落ちる。
「ぐ、うぅう! こいつは!?」
振り上げかけた腕ごと胸部装甲に圧し掛かるそれは黒光りする板であった。
ギロチンにも似たそれは、グランダイナから離れる形で緩く弧を描いて並び、数を重ねるにつれて広い臼型に変わっていく。
臼型と刃の間に鋭く太い杭を挟んで並ぶそれはまるで歯のようで。
そう連想したグランダイナが振り返れば、背中側にも小振りながら同じような刃が突き出している。
つまり、今グランダイナは巨大な口の切歯に挟まれかけている状態にあるということだ。
『このッ! 悠華を放せッ!』
いままさに捕食されかかっているグランダイナの姿に、テラは黒いヒーローを噛み潰そうとする巨大な顔に向けて岩の弾丸を放つ。
だが叩きつけられる弾丸にも怯みもせず、下から上がってきた歯がグランダイナの背中に触れる。
「あ! ぐぅあああああああッ!?」
ギリギリと挟み切ろうとかかる力に、グランダイナは堪らずカメラアイを明滅させて声を上げる。
大地の力で作られた分厚い黒の装甲は抜かれてはいない。だがそれでも刃のように鋭く薄い線に集中した圧力は装甲を貫通して体の芯を軋ませてくる。
『このッ! このォッ!!』
切歯の間で堪えているパートナーを助けるべく、テラも果敢に岩石の砲弾を繰り出し続ける。
そうしてテラが岩の弾幕を撃ち続ける中、グランダイナを挟んだ歯の奥から低い唸りが響く。
「て、テラやん……! 逃げ……ッ!」
地鳴りにも似た忌々しげな響き。それを装甲で受けたグランダイナが圧力に歯を食いしばりながら相棒へ向けて振り返る。
だが同時に、小さなライオンもどきの体をその頭上から降ってきた平手が押し潰した。
今回もありがとうございます。
最終回までどうぞお付き合いください。




