群がる暗黒
グランダイナを先頭にしての突撃に、ずぶ濡れのヴォルスが慌てて体勢を立て直す。
爆撃のダメージが色濃く響く中でありながら隊列が整い、竜の戦士たちの進撃を阻む壁が見る見るうちに出来あがる。
「やぁっはぁあああああああああッ!!」
だがその壁を前にグランダイナは踏み切り跳躍。
気合と地響きを後に残し、拳を振りかぶって飛び込む黒い巨体。
迎撃の魔力弾を装甲に任せて弾きながら、ヴォルスの最前列で構えるカバの怪物に拳から落ちる。
鼻に深々と沈んだ拳は、ヴォルスの肉体越しに地面へと伝播。固く舗装された地面を波立たせ、体重の乗った拳の威力を広げて辺りの敵を吹き飛ばす。
グランダイナの鉄拳を中心に、砂利のように軽々と舞い上がる異形たち。
「そらそらそらぁあッ!」
それに緑色の光を含んだ暴風が次々とぶつかり、手当たり次第に吹き飛ばしてさらに遠くへ。
「渦巻け!」
前衛二枚が暴れるその一方、海を纏う青い少女はコートの裾と飛沫を翻しながら傘型の杖から鋭い水流を放つ。
閃くようにほとばしるそれはヴォルスの群れを貫き、攻めかかる土と風を狙う爪牙を押し流す。
「前に出すぎ! 囲まれるわ!」
先行する二人へ叫びながら梨穂は、水流の合間を縫って接近してきた後半身がサソリのヤギを、ウェパルとは逆の手に握った氷の剣で斬りつける。
そのまま傷口からたちまちに凍りつく敵へは目も向けず、水飛沫を後にして滑り出す。
先行する二人を追いかける梨穂。だがそこへハサミ代わりに鉈を腕から生やしたエビ人間が躍りかかる。
「しまっ……」
前進に集中していたあまりに見落としていた接敵。
梨穂は腰を中心に刃を翻す。が、飛沫の軌跡を先読みするように迫る刃は氷の刃や傘が割り込むよりも早く青い少女の喉に迫る。
だが切り裂きにかかるエビの鉈腕との間に、まるで先読みしていたかのように炎の札が間に飛び込む。
炎の札は刃との衝突と共に火花を散らし、ぶつかった勢いに炎を上乗せして反転させる。
「はぁああッ!!」
火に包まれて跳ね返るヴォルス。それを梨穂が振り上げながら放った水流が一閃。火を切り裂きながらさらに高く押し上げる。
「大丈夫!?」
「ええ、やるじゃない!」
不意打ちを迎え撃った梨穂の元へ、火の翼を広げて並ぶホノハナヒメ。
反撃のチャンスを生む援護を放っていた炎の巫女に、梨穂はその口の端を吊り上げて見せる。
いつもの自信に満ちた笑みと高い位置からの口ぶりに、ホノハナヒメはうなづいて顔を前に。
「なんともないみたい、ねッ!」
そして言いながら晃火之巻子から千切り作った札を空へ放る。
巫女の手から離れた三枚の札は強風に乗ったかのようにひとりでに空を走る。
そしてトンボのヴォルスを叩き落とす鈴音の左側面に、三角形を作って固定。敵の狙撃を防ぐ炎の盾を形作る。
「わっほぅ!? アリガト瑞希ちゃん!」
赤い薄幕の向こうで弾けた魔力弾。鈴音は意識の外にあったそれを防いでくれた仲間へ礼を。そして言い終わるよりも早く狙撃の飛んできた方角へ真空刃のお返しを放つ。
異形の怪物たちを切り裂き進む風の刃。
だが黒い雫をまき散らすそれは、不意に飛び出してきた巨体に弾かれ掻き消される。
『ムゥォオオオオオオオオオッ!!』
筋肉隆々の分厚く逞しい巨体。岩をいくつも組み合わせたようなそれは、両腕の先端に備わったサイの頭を前に突進してくる。
傷ついた同胞の群れをその角で弾き飛ばしながら、契約者たちへ向かう二つ頭のサイ。
梨穂とその後ろのホノハナヒメへと真っ直ぐに迫るサイの角。
「うぅおぉッ!」
それをグランダイナが割り込みブロック。真っ向から角の一つを抱え、突進を受け止める。
「う、うぅううッ!!」
踏ん張った両足と地面から火花を散らしてグランダイナはブレーキ。
『ム、ゥウウウウウ!!』
双頭のサイは猛々しく唸りながら頭をもたげ、グランダイナを跳ねあげようとする。
「ふんッ!!」
だがグランダイナは気合を一つ、腰を落としてその動きを抑える。
「ヤァッハァアアアアアアアアッ!!」
そして地に足を沈ませる勢いで踏み締め、気合の声を轟かせて自身をはるかに上回る巨体を投げ飛ばす。
『むぅおッ!?』
体躯で大幅に劣る者相手のまさかの力負けに、投げられたのとは逆の頭から驚きの声を上げる。
「ヤァッ!」
宙へ舞い上がったそれを追いかけ、グランダイナも宙へ跳びあがる。
垂直に飛ぶ黒いヒーローを妨害しようと殺到する、虫や鳥、皮膜の羽根を持つ怪物たち。
嘴や牙、爪や角を突き出して突っ込んでくるそれらを風が引き裂き、水が撃ち落とし、炎が跳ね返す。
仲間の援護を受けたグランダイナは、勢いを落とすことなく二首のサイに取りつく。
「宇津峰流、闘技術ッ!!」
そしてそのまま腕を極めるように首を固め、片割れの脳天を地面に向ける。
「天柱逆落としッ!!」
抱えてもなお余る巨体向けにアレンジしての極め投げのまま、グランダイナは怪物の鼻先から地面へ落着。
落着点から逃れながらも、衝撃に煽られて波紋を広げるように流れ倒れる混沌の軍勢。
「ちょっと! 派手にやりすぎじゃない!?」
その波に呑まれるよりも早く飛び出した赤と青。その水飛沫を纏う片割れが、着地点へ向けて抗議の声を投げつける。
「やっはぁ。ゴーメンゴーメン。でもまあダイジョブだと思ってたんで、許してプリーズ?」
舗装された道路に鼻っ面を印したサイ。その隣でグランダイナは片手を上げての軽い調子で許しをねだる。
だがその横でサイの頭の片割れが鼻息も荒く風呂いヒーローの背中を睨む。
「悠ちゃんッ!!」
『危ないッ!?』
「ヤァッハァッ!!」
親友と竜たちからの警鐘。それが届くが早いかグランダイナは振り向き様に裏拳。突っ込んできた鼻を打ち返す。
拳を添えたターンのままグランダイナはすかさず跳躍。独楽のように回りながら殴り飛ばしたサイ頭に並ぶと、その脳天めがけて遠心力に乗せた回し蹴りを撃ち出す。
鋭い蹴りは狙い違わずに巨大なサイ頭の脳天を直撃。
頭を揺さぶられたサイは口からくぐもったうめき声を溢して目を回す。
「っし! サンキュー、みずきっちゃん! テラやんも!」
二つの頭揃って気を失って倒れたヴォルスの巨体。グランダイナはそれに一つうなづいて、危険信号をくれた親友と相棒へ礼を送る。
が、そうして一息つけたかと思いきや、極め投げに巻き込み吹き飛ばしていたヴォルスたちが跳ね返るようにグランダイナへ殺到する。
「うおぉぅい!?」
波紋の逆回しの如く襲いかかる敵に、グランダイナは驚きと非難の入り交じったような声を上げて拳を突き出す。
正面の虫とトカゲの合の子を迎え撃ち、合わせての後ろ蹴りで鹿男の角を叩き折る。
続けて迎え撃った手足をそのままにターン。両脇から群がる異形たちを牽制する。
が、回転する体を支える右足に何かが絡みつくと、黒い鋼に覆われた巨体は宙を舞う。
「の、わぁッ?!」
空へ放り投げられたグランダイナ。飛翔能力を持たぬその身には足場の無い空中では何を成す術もない。
無防備に宙を流れる巨体に、ここぞとばかりに羽根持つ異形たちが襲いかかる。
殺到する猛禽のくちばしや爪、虫の針に大あご。
だがそれらは、割り込んできた巫女のつくる炎の壁に弾かれる。
ホノハナヒメの張った結界、燃え盛る防護幕の向こう。そこでは風が別の一団を蹴散らし、また別の群れを水が射抜く。
そうして仲間たちに助けられながら、グランダイナは身を捩って足から着地。
「悠ちゃん、平気!?」
「オッケーオッケー! ファーインサーンキュ!」
気づかい振り返る親友にサムズアップ。
そして結界から飛び出すやいなや、その勢いのまま手近な異形へ拳を叩き込む。
黒い雫を尾と引いて、仰け反り倒れる半魚人。
グランダイナは後続のヴォルスへぶつかるそれの足首を捕まえると、大きく振り回して辺りに群がる者を薙ぎ払う。
そしてまた体勢を崩した別の異形の足を逆の手で掴み、足を軸にその場で回転を始める。
「おぉおりゃぁああああああああああッ!!」
片手でそれぞれにヴォルスを一体ずつ捕まえてのジャイアントスイング。
回転を重ねるごとに勢いを積み上げるように上乗せ。
やがて勢いを増した回転は、軸となる踵から煙が噴くまでに。
「いぃやぁっはぁあああああああああああッ!!」
そしてハンマー投げの要領で、回転で練りに練り上げた力を解き放つ。
蔦を寄り合わせた柱へ向け、一直線に飛ぶ二体のヴォルス。
それは間に飛んでいた異形の群れをも巻き込んで、柱を直撃。着弾点から黒い霧を噴き出して天を支えるものを揺るがす。
「これでどーよッ!?」
大きく揺らぎ、たわんだ柱。それに拳を握るグランダイナ。
『悠華が穴を開けた! 今だッ!!』
「言われなくても!」
「このチャンスを逃す手は無いわッ!!」
マーレの号令に鈴音と梨穂が合わせて仕掛ける。
風を固めた頭を持つメイスを構えて突っ込む鈴音。
ジグザグに突き進む風の軌道。それに軸を通すように梨穂が水流を撃つ。
「これで!」
「たたき折ってやるんだからッ!!」
鈴音と梨穂の放った水流はタイミングを合わせ、壁となって割り込む敵を貫き、あるいはかわして黒い霧を吐きだし続ける柱の傷へ突っ込む。
「なッ!?」
「そんなぁッ!?」
だが次の瞬間、突っ込んだ鈴音を皮切りに、竜とその契約者たちは残らず目を見開くことになる。
驚きに揃って丸くなった風組の目。その前には悠然とメイスを受け止める巨大な壁が。
遠く引いた位置にいる残り三組の場所から見れば、レックレスタイフーンと水流を悠々と止めて見せた壁は、巨大な掌であることが分かる。
蔦柱に開いた穴。そこから直接生えた家一つ易々と掴めそうな掌。
左右対称でどちらの手のものとも判別のつかないそれは、その指を折って鈴音を包み込もうとする。
「すずっぺ逃げてッ!!」
警告するグランダイナ。それに合わせて火の札と水流弾が指の動きを牽制にかかる。
鈴音は援護射撃を伴った警報に身を翻して、辛うじて自身を閉じ込めようとする指の隙間から抜け出すことに成功する。
だがそれを追いかけるように、拳を作った手が柱の奥から腕を伸ばしてくる。
その巨腕が肘のあたりまでを露わにしたところで、不意に展開していたヴォルスの群れが一斉に柱方面へ鼻先を向ける。
「な、なにッ? なんなのッ!?」
光に誘われる虫のように柱を目指すヴォルスは、身構え頭を巡らせる梨穂やホノハナヒメを無視してその傍らを通り過ぎる。
距離を取る鈴音と逆に寄せ集められる異形たち。
それらが巨大な腕とその根本である柱に取りつくと、肘あたりで止まっていた腕が再び伸びはじめる。
「うわっちょぉッ!?」
『逃げろ鈴音!』
緩んだ追跡の速度を再び増した拳に、風を生むリボンフリルを強く羽ばたかせる鈴音。
だが散開していたヴォルスの集合はその逃げ道を塞ぐ。
「すずっぺ!? マズイッ!」
集結優先で少女たちは眼中に無しとはいえ、狭いすき間を掻い潜り、こじ開けながら巨腕から逃げる鈴音に、グランダイナは駆け出す。
それに遅れてホノハナヒメと梨穂も相棒と共に鈴音の退却ルートを作るべく、浄化の炎と水をそれぞれに発射。障害物となる木端ヴォルスを撃ち落としにかかる。
水と火の援護射撃が次々とヴォルスを清め、撃ち落としていく。
だがそれでも寄り代を得ていない無数の素体ヴォルスまで含めた無数の群れを削りきるには届かず、鈴音は薙ぎ払い損ねた怪物の触手にひっかけられる。
「あうッ!?」
『やばッ!?』
まるで網にかかるかのようにすき間を抜け損なった鈴音たち。
「えぇぁああああッ!」
それに遅れること一拍。グランダイナは地を踏み切り跳ぶ。
柱へと一直線に引き寄せられる異形やデッサン人形どもを八艘跳びに、ヴォルスに絡め取られた鈴音を追いかける。
「っはぁあああああああああッ!!」
そして一際強い気合と共に、エイの怪物の背に光を刻んで大きく跳躍。身を翻して、輝きを灯した右足を突き出して飛びこむ。
蹴り足に灯した光で全身を包み空を進む姿は彗星の如く。
グランダイナは纏う力と勢いのままに敵を蹴散らし、鈴音を取り込んだ塊へ足を叩き込む。
直撃と同時に、鈴音を捕らえていた異形たちが爆発するように散開。
浄化の力から逃げて分解拡散した塊。
そこから解き放たれた鈴音とすれ違うようにして、グランダイナは勢いを緩めぬまま迫る拳へ突撃。
「悠華ちゃんッ!?」
『おぉいッ!?』
すれ違いざまに引きとめる風組の声を振り切り、グランダイナは輝く足から巨大な拳と激突。
そして爆発。
接触点から激しい光と音が広がり、闇に覆われた大気を明るく震わせる。
「お、お、おぉおおおおおおおおおおおおッ!!」
まさにその爆心地に足を突っ込みながらも、グランダイナは反発に弾き飛ばされること無く、唸りながらさらに蹴り足を押し込む。
その威力に、蹴りとぶつかりあった巨拳から硬い音が鳴る。
『悠華ッ! 上ッ!!』
「なッ!?」
だがそこで黒い闘士の頭に響く警鐘。それに顔を上げた瞬間、巨大な黒い塊がグランダイナの体へ落ちる。
光を失い、真っ直ぐにアスファルトへ落着するグランダイナ。
くぼみの中仰向けに倒れた巨体は砂が崩れるようにその形を失い、本来の悠華の姿が露わになる。
「う、ぐ……あれは?」
うめきながらも身を起こした悠華が見上げる先。
そこには蔦柱から生えた黒い人骨の上半身が。
右の腕を振り下ろした姿勢のその頭からは、先ほどまで黒い戦士と競り合っていた腕が生えている。
角のように生えた腕のその下、がらんどうの眼に灯った鬼火が悠華を見下ろして揺らいだ。
今回もありがとうございました。
明日も更新しますよ。




