闇に呑まれた町
暗い空の下。息も荒く少女たちが走る。
雨こそもう止んではいるが、天を覆う黒が光を遮って夜同然の闇を作っている。
明度に反応するはずの街灯も灯らぬ暗闇。その中を相棒の纏う光を頼りに悠華は褐色の肌を汗に濡らして一行の先頭を走る。
オレンジ、緑、赤、そして殿に青の順で暗く染まった町を駆け抜ける光。
光が列を成して走る町並みは、少女たちが普段過ごす馴染みのあるもの。
だがただ一つ。民家の並ぶ町並みの遠くには、塔の様な太い柱が四つ。上空に被さった暗い天蓋を支えるようにそびえ立っている。
それは明らかに一朝一夕に出来あがるようなモノではない。しかも細かいデザインこそ遠目の為に見て取れないが、太い蔦を絡めて編み上げたような、人工物とは違う有機的な雰囲気を持っている。
その内の一つ。少女と竜たちの足は最も近い正面方向にある柱へ。
だがその行く手を、壁の中から染み出し現れた人影が塞ぐ。
『邪魔をッ!』
「すんなってーのッ!」
粘土で飾ったデッサン人形じみたそれを、四色の吐息の援護を受けた悠華の拳が打ち砕く。
『急いでよぉ!』
こじ開けた壁のすき間を抜けるようにと篝火の様なフラムが先導。それに従って悠華とその後に続く仲間たちも足を速める。
『ガァアアアッ!!』
だが素体ヴォルスたちの間を抜けようとした一行を、横合いから飛び出した虎が躍りかかる。
赤備の日本鎧を鳴らしながら、大太刀に風を巻いて襲いかかる猛獣。
「ひゃんッ!?」
『鈴音!?』
体ごとぶち当たる斬撃。
降りかかる刃そのものは避けられたものの後に続く体が掠めて、鈴音の体を木の葉のように吹き飛ばす。
「鈴ちゃんッ!」
軽々と飛んだ鈴音へ、瑞希は叩きつけるような余波から立ち直るや否や駆け寄る。
「見つかったのッ!?」
それを邪魔させまいと、梨穂は自身のパートナーと共に敵へ水流をぶつけて牽制。
「どっちにせよ、今はこの場を!」
そして敵意にぎらついた眼光が梨穂へ向くのに合わせて、悠華が刀を持った腕に飛び付き、首に足をかけて抱え込む。
「ヤアッハァッ!」
『おごぉッ!?』
そして気合と共に指輪を輝かせ、十字固めに抱えた腕を極める。
瞬間的に発揮した脚力、背筋力をも総動員した腕極めは虎男の肘を包む帷子を荒々しく切断。肘関節そのものとその周りの靭帯、筋肉に深々とダメージを刻む。
虎が痛みに悶えて取り落とした刀と共に、その腕から離れる悠華。
悠華の着地と同時に、その傍で刀が地に跳ねて金属音を響かせる。
「水よッ!!」
その隙に梨穂はイヤリングを弾きながら虎男の懐へもぐりこみ、青い輝きを灯した腕をアッパースイング。虎男の足元から水流を噴出させる。
『ぐがぁあッ!?』
水に打ち上げられ、唸り声を残して宙を舞う虎武者。
「こっちへ! 早く!」
それを尻目に、鈴音に肩を貸した瑞希が狭く目立たないすき間道へ仲間たちを誘導する。
「あいよ、みずきっちゃん!」
先行する親友に導かれるままに、悠華は梨穂を手招きしてそれに続く。
「すずっぺ、平気?」
「う、うん。派手に吹き飛ばされたけど、打ったり磨りむいたりしただけだから」
瑞希の肩を借りる鈴音を気づかって声をかければ、鈴音は振り向きうなづく。
その内に治癒の力が巡りきったのか、鈴音は瑞希の支えから離れて一人で走りだす。
大した負傷もなく、それも回復した様子の鈴音に悠華は軽く安堵の息を吐く。
「よーかったぜよ。まあ、見ーた目と違って変身しなーくても腕を極めれたよーなヤツだったしねー、奇襲さえなければすずっぺもケガ無しで蹴っとばせてたっしょ」
猛々しく力強い見た目の割に、大した苦もなく撃退出来た虎男をそう評する悠華。
その評どおり、まさしく見かけ倒しと言う他ないその力は、契約したてのころならまだしも、今となっては先のように難なく捻ることのできる程度である。まるでそこここから手当たり次第に捕まえて、棒切れを武器に突撃させているかのようだ。
『けど、こんなに湧いてくるんじゃあ間違いなく突破してる横から襲われる! 力を温存して柱にまで辿り着けるかどうか……』
しかしテラが言うとおり、ヴォルスの尖兵は尋常でない勢いでその数を増している。いくら苦もなく捻れるのが混じっているとはいえ、力を惜しんで切り抜けられるかは怪しい。
「確かにね……全部がさっきの程度とは限らないし」
それには梨穂も苦い顔で認めざるを得ない。
「とーにかくなるだけ目立たず、行ーけるとこまでは行くしかないっしょー。他に目印もなきゃー群がられても困るわけだし」
その悠華の言葉に仲間たちはうなづき、背を叩かれたように足を急がせる。
そもそも今少女たちが直面しているこの状況は、ヴォルス・ハヌマーンの自爆によって生み出されたものである。
深手を負った体を自ら引き裂き起こした爆発は、グランダイナらを至近距離で巻き込んでその身を覆う力を剥がして吹き飛ばした。
その勢いで広がった負の力は町を覆うように広がり、空を塞いだ。
そして立て続けに、屋根をかけられたくろがねの町の四ヶ所から、黒い蔦のようなものが現れたのだ。
それは自ら編み上げていくように絡み合って天へ天へと。やがて空を塞ぐ闇を突き上げて支える形に収まった。
さらに竜の兄弟たちが現れた蔦柱を中心に濃さを増すヴォルスの気配を察知。
見るからに怪しい蔦柱の正体を調べるべく、四組の契約者と竜は最も近い場所にそびえるものへ向かって走り出したのだ。
悠華の言った、変身せず出来る限り隠密に接近、というのは動き出した時に立てた方針のおさらいに過ぎない。
そうして褐色の少女を先頭にし直した一行は、湧き出てくるヴォルスの尖兵を突破し、やり過ごしを繰り返して、高々とそびえ立つ蔦柱へ向けて近づいていた。
強行突破して逃げ込んだ狭い路地の出口。
悠華はそこから近くを歩く尖兵と、蔦柱の方角を息を殺して交互に確かめる。
雲さえ支えられるほどに高い柱の位置は逆に見失う方が難しいほどである。
これ以上ない目印へ向けて、悠華は徘徊するヴォルスの隙を狙って駆け出す。
四対八名の契約者とそのパートナーは、滑るように次の物陰へ。
そして横切った者たちに気づいた様子もなく、ぎこちない歩みを続ける素体ヴォルスを見やって、口々に深く息を吐く。
「ふぅいー……よっしゃよっしゃ。今んとこはダイジョブダイジョブ」
見張りの目を表通りに向けて、囁く悠華。
「で、なんとか節約してこれたけどみんなどーよ? ちーっとは復活した?」
そして陰の奥に隠した仲間たちへ向けて訊ねる。
「まあセーブしてきた分多少は」
「うん。なんとか、万全……じゃないけれど」
「ちょっぴりとは、ね」
息を整えながら、口々に答える少女たち。
だがいくら節約、温存しているとはいえ、敵の気配が色濃い場所。決して弱くはない緊張に晒され続けている状況では、充分に心も体も休まるはずがない。
『強がってもダメだよぉ』
『そうだよ。変身を解かれるほどのダメージだったんだ。無理をしちゃよくない』
そんな少女たちが強がりに隠した本来の状態を読み取って、フラムとテラは頭を振る。
「まあ、しょーじきアタシも全力全開ってーわけにはいーかないしね」
そんな土と火の兄妹に苦笑を溢して、悠華は蔦柱へ目を向ける。
いくらか近づいたことで見えるようになった、表面で明滅する微かな線。
濁ったオレンジ色のそれの点滅はまるで脈打つようで、下から上へと伝わって行く様も、より血管とその流れのイメージを強める。
そんな柱との間には、今まで以上に密度を増したヴォルスの姿が。
それもデッサン人形めいた素体ではなく、人間やその心命力を土台にした完全体である。
空には二対の翼と二対の爪、二つの首を持つ猛禽や、皮膜の翼の付け根に二つの頭を持つ大コウモリ。地面には背中から首の無い人間を生やした牛、虫の足で這いまわるイルカ等が。
そんな集団としてすら混沌の異形たちが無数に、蔦柱の周囲をうろついているのだ。
「……っつーても、こん中を丸々休んで隠密にってーのも贅沢が過ぎる話だぁーよねー」
厳重な守りの体勢を整えているヴォルス達の姿に、悠華は苦笑交じりに肩をすくめる。
『どうする? 突っ込むならもういっそここから突撃した方がよさそうだけど……』
「そーれしかなーいかねぇーえ……突っ込むってーならせめて、ここで軽く一呼吸整えてからにしたいもんだけんど……」
テラの意見を受けて、悠華は眉をひそめながら陰の深くに隠した仲間たちへ意見を求めて振り返る。
だがその瞬間、仲間たちを見た悠華の鼻先を何かが掠めて落ちる。
「は?」
湿った音を立てたそれを見下ろして地面に広がった粘りのある水たまりを確認。そしてその軌道を辿って、仲間たちと共に顔を上げる。
『ふしゅるるるあああああッ』
そこには手足を建物に張り付けた、痩せぎすな馬とも見える細長い化け物の姿が。
「やっばッ!?」
ぬらぬらと光る放射状に広がる手足で逆立ちに見下ろし、馬に似た顔から長い舌をぶら下げたヴォルス。
「見つかってたのッ!?」
その姿を目に入れるや否や、悠華たち四対は物陰から飛び出す。
転がりまろびつ走る一行。その直後、今まで少女たちが立っていた空間にイモリウマのヴォルスが落ちる。
『ウゥロロロァアアアアアアアアアッ!!』
開けた道へ飛び出した少女たちへ向けて、ぬめついた表皮の怪物はまたも長い舌を振り回して咆哮。
「しまったッ!?」
冷や汗交じりに慌てて周囲を見回す梨穂。その予感どおり、イモリウマの吠え声を聞きつけたヴォルス達が一斉に少女たちへ目を向ける。
狙いを定めるや否や、殺到してくる混沌の群れ。
「こうなったら、もういくしかないよ!?」
「ああ! いくよ、みんなッ!!」
異形であること以外に統一感の無い怪物の包囲網に鈴音が突撃を促し、悠華がうなづき号令を。
そして少女たちは壁を成して迫る敵の向こうに見える蔦柱を見据えて、それぞれに竜と契約を結んだ証を輝かせる。
「変身ッ!!」
声を揃え、それぞれの色をした光に包まれる四人の少女。
「イィヤッハァアアアアッ!!」
その眩さに怯んだ怪物たち。その集団へ向けて、光の殻を内から破り飛び出した四つの力の塊が突っ込む。
「退いた退いた! 道を開けろぉ!」
強靭なグランダイナと暴風を纏った鈴音が先頭に、目を眩ませたヴォルスを正面から迎撃。押しつぶそうと迫ってきた壁の一部を突き破って、掘り進むようにさらに集団の中へ。
「草薙の返しッ!」
突っ込んできた後続を押し返しての将棋倒し。それをグランダイナと鈴音が踏み越え進むのを、ホノハナヒメが金幣から伸ばした炎の帯が前面を中心に包んでガード。当たった端から火をつけて弾き飛ばす。
「追い付けると思うな!」
攻性防御障壁を前に突き出す形で進む契約者たち。炎の壁に守られていないその尻を追いかけてくるヴォルスへ向けて、殿の梨穂が振り向きざまに魔傘を一閃。その先端から放った水鉄砲で追跡を牽制。
後方に水のフォローを受け、ぶつかる敵を火をつけて押し退け続ける炎の幕であったが、いかんせん敵の数は限りが無い。絶え間なく全力で展開していてはいつまでも保つはずがない。
「うっぐッ……!?」
やがてかかり続ける負荷に、ホノハナヒメが眉をひそめてうめく。
「みずきっちゃん、バリアを解いて!」
友のうめきを聞くが早いか、グランダイナは防護魔法の解除を指示。
「う、んッ!」
それを受けてホノハナヒメは火勢を弱めて薄らいだ炎の巻物を軸から切り離す。
根元から分離された帯形の炎は留め縄を失ったように拡散。大輪の炎の花と散り消える。
「やぁあッ!」
ヴォルスの怪物たちに灼熱を浴びせて散りゆく炎に続いて、グランダイナは爆ぜるような気合と共に右拳を突き出す。
『うぐぶぉッ!?』
炎をそれに怯んだ異形もろともに突き破ってきた、硬い頭蓋と黒い拳が衝突。
「はぁあああッ!!」
明らかに頭突きを得手とする恐竜じみた怪物の脳を揺るがして、間髪入れず控えの左正拳でダメ押し。恐竜もどきの巨体ごとその後に控えていた者どもを吹き飛ばす。
「すずっぺ!」
「はいなぁッ!!」
周囲の敵を吹き飛ばしてなお音高い踏み込みの地響き。その中でグランダイナは吠えるように友の名を。
それに負けじと声を張り上げた鈴音が黒いヒーローアーマーの巨体を踏み台に跳躍。竜巻を纏う足を突き上げ翼を持つ虎を蹴り飛ばす。
「いいんちょ、今ぜよ!」
「オーケーッ!!」
そして開いた柱への射線に梨穂がウェパルを合わせ、太い水流を打ち出す。
空をネジ開けるように渦巻いたそれは、一直線に蔦柱へ。
だがその途中で一塊になったヴォルスが間に割って入り、壁となって散らせる。
しかし梨穂の水流もただ散らされるばかりではなく、渦巻く勢いはそのままに地上へと落下。ひしめく敵への爆撃となる。
「さあッ! このまま行くわよッ!!」
「おっしゃあッ!」
グランダイナは梨穂の声に目の前のヴォルスを殴り飛ばして応え、こじ開けた道へとさらに足を進める。
今回もありがとうございました。
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