泥縛り
「やぁッ!」
『ずあッ!』
張り上げた気を響かせ、同時に踏み込むグランダイナとハヌマーン。
声に僅かに遅れて衝突した拳との間で空気が弾け、波を生む。
爆風を生んだ激突に、ヴォルスの体が後ろへ大きく吹き飛ぶ。
「すずっぺ!」
対してグランダイナは微動だにせずその場に踏み止まり、拳を突き出した姿勢のまま叫ぶ。
「はいなーッ!」
それに応じて弾む声。
続いて鮮やかな緑の風が、跳ね返りながら腕を広げるハヌマーンの背後へ回り込む。
『ウッ!?』
「ちょいッさぁあああああッ!!」
そして身を捩りながらの呻き声をかき消して、暴風を固めたメイスを振り上げる。
暴風を纏ったアッパースイングはハヌマーンの反応速度を追い越してその脇腹を直撃。
『ムグッ!?』
持ち上がった内臓を閉じ込めるように口を結び、打ち上がるヴォルス。
が、風に吹かれる木の葉のように吹き飛びながらも、うめき声を噛み殺して反転。六腕二足を広げ、天井に張り付く形で制止。
蜘蛛のように張りついたそれを見上げながら、鈴音は振り抜いたレックレスタイフーンの頭を下へ向ける。
「おぉりゃぁああああああッ!!」
そして雄叫びと共に鎚頭にと凝縮した空気を解放。爆風を踏み台にロケットの如く飛び上がる。
メイスの柄尻を突き上げ、猛然と敵へ迫る鈴音。
だが天井に張り付いたヴォルスはそれを見下ろしながら、衝撃を殺した腕の内二つを踊らせる。
それに従って虚空に現れた二人は重力に引かれるままに鈴音を、そしてその下にある床へ向かう。
「う、わッ?!」
蹴散らすわけにはいかない障害物。それに鈴音はとっさにリボンフリルを羽ばたかせて身を逸らす。
『温いッ!』
衝突を避けた鈴音へ、ハヌマーンは貼り付いた天井を叩き、急降下。
「あうッ!?」
『鈴音……ぎあッ!?』
暴風の力を強引にねじ曲げたところへの飛び込み蹴り。
鈴音にそれを避けることは出来ず、ウェントもまたすれ違いざまに叩き落とされる。
「鈴ちゃんッ!」
「させるものかッ!」
しかしさらに攻撃を重ねようとするハヌマーンを水のレーザーが牽制。そして落下する鈴音と人々を赤い光の幕が受け止める。
『チィッ! うっとおしい!』
水と火によるフォローに、ヴォルスは猿の顔を苦々しく歪めて宙返り。そのままホノハナヒメへ向けて飛びこむ。
落ちながら踊らせた指先に呼び出した人の背中を掴み、それを下にして突っ込むハヌマーン。
『これを壁にすれば何もできまい!』
そう言って人質を盾に、三つの拳を引いての突撃。
その目論見通り、ホノハナヒメは手を出しかねて歯噛みする。
「ざぁーっけんなぁあああッ!!」
そうして友へ襲いかかる敵目掛けて、グランダイナは足元に転がっていたボトルを掴み、投擲。
『うあわッ!?』
横合いからの青いボトルは真っ直ぐに六腕のハヌマーンを直撃。破裂して中身の漂白剤をぶちまける。
「もういっぱぁーつゥッ!!」
特有の鼻を突き刺す臭い。それが液体と共に飛び散る中、グランダイナは投げ放った逆の手に同じボトルをリロード。間を置かずにオーバースローで投げつける。
『ぐあわッ!?』
立て続けに爆発した漂白剤手榴弾に、ハヌマーンは堪らず人の盾を手放し、体勢を崩す。
「……草薙の返しッ!」
軌道と姿勢を崩しながら飛び込んでくるヴォルスに、ホノハナヒメは晃火之巻子から引き出した炎の帯で受け止める。
接触に続き、噴き出す炎。
発動こそしたものの、その威力は失速したぶつかり具合に対する反発相当でしかない。
ヴォルスは跳ね返されながらも腕を振るい、その浅いカウンターで生じた炎を振り払う。
床を踏みながら炙られた空気を吸い込むヴォルス。
「はぁああッ!!」
そこへ梨穂が水飛沫を散らしながら滑るように肉薄。その勢いのまま氷刃の刃を備えた魔傘を振り下ろす。
雌の猿獣人は舌打ちをしながら、その袈裟がけの一撃を跳んでかわす。
その前で梨穂は切りかかった勢いのままにコートの裾と飛沫を翻してターン。滑りながら開いた間合いを詰め、右手一本に持ち替えたウェパルを振り上げる。
しかしその斬撃も深く膝を曲げたハヌマーンに潜られ、空を切る。
だが身を沈めた底を狙って、控える左手に作っていた氷の刃を振り下ろす。
『甘いッ!』
だが息を挟ませぬ二刀目を、ハヌマーンの一対目の腕が白刃取りに受け止める。
鋭い呼気と共に手の間に挟んだ刃をへし折り、残り四つの拳の内二つを突き出す。
対する梨穂は半ばから折られた氷剣を投げ捨てて跳躍。空中で後ろ回りに身を翻して、水のレーザーを連射する。
敵を貫こうと迸る針のように鋭い水。
しかしヴォルスは目の前にまで迫ったそれを掌で逸らして弾き、続く水の弾丸を飛んでかわす。
「テラやんッ!」
それに合わせるように、グランダイナは相棒へ向けて叫びながら踏みこみ跳躍。
『おおッ!』
そしてパートナーが招き寄せたビニール詰めの土を空中でキャッチ。飛び込む勢いのままに、四十リットル八キログラムもの園芸用土を叩きつける。
『うぶぁッ!?』
破れた袋から飛び散る土と沈んだ首の奥から洩れ出る呻き声。
「イヤッハァアッ!」
飛び上がりかけのところで落ちたヴォルス。漂白剤と土まみれになったそれへ、グランダイナはすかさず掬い上げる形でアッパー。異形の体を大きく打ち上げる。
『まだまだ行くよ、悠華ッ!』
「まーっかせんさーいッ!」
たたみかけろと促す相棒の声に、グランダイナは地鳴りを添えて答える。
浮き上がった敵を追いかけて飛び上がった巨体の手元には、またも土を詰めたビニール袋が。
グランダイナは指をめり込ませたそれを振りかぶり、投げつける。
『しゃらくさいッ!!』
対するハヌマーンはとっさに六つある手の一つを平手に突き出す。
『ぶ!?』
が、土の袋は接触と同時に爆発。
接触点の逆側から裂けた袋は突き出した腕にまとわりつき、その流れに乗った土が猿面を埋める。
『まだまだ行くって……』「言ーったでしょがーッ!」
叫びながらグランダイナは逆の手に掴んだ三発目になり土袋を投げる。
否、三発目どころでは無い。四発目のビニール袋を掴んだその周囲には、すでに無数の土を詰めた袋が浮かんでいるのだ。
テラが園芸・ペットコーナーから根こそぎ取り寄せたらしき土の群れ。
その内の一つを足場に踏んで、グランダイナは手当たり次第掴み次第に袋を投げつける。
「いいいいいやっはあああああああッ!!」
『ぶ、あ、が!? げ! ぶぅッ?』
絶え間無くぶつかり弾ける土。六腕を使って振り払っても、その端から視界を埋めて鼻口を塞ぐそれに、ヴォルスは堪らず喘ぐ。
『随分苦しそうだな』
「そうね。洗ってあげましょうか?」
溺れるようなその様子に、マーレと梨穂はあわれむように呟いて、玉にまとめた水を放る。
しかしその言葉とは裏腹に、土まみれのハヌマーンに触れた水は大した量ではない。
その水を含んだ土は泥になり、さらに土をハヌマーンの体へ絡み付かせることになった。
「ん? 水が足りなかったかしら?」
『まあ、間違うこともあるさ。気にすることはない』
そして白々しくとぼけながら、敵に追加される土に水を注ぐ。無論、洗い流したりはしない量で。
『ぐ……! こんな、泥ごときィイイイイッ!!』
我慢の限界だとばかりに積もり積もった泥を引き裂き吠えるハヌマーン。
そして包み込んでいた泥から飛び出して、顔面を狙った虫用の腐葉土と水を回避。
湿った鈍い音を鳴らして床に降りると、泥の絡んだ髪のまま、グランダイナへと躍りかかる。
『よくもッ!!』
怒りの乗った拳。体重の乗ったそれをグランダイナは掴んでいた袋を手放し、ブロック。
しかし装甲は受け止めきったものの、不安定な足場が揺らぎ、黒いヒーローの巨体がバランスを崩す。
『あああッ!』
ヴォルスはそれを好機と残った腕をグランダイナに絡めてのし掛かる。
揺らいだ足場が崩れて床へ。
グランダイナはそのまま敵ともつれ合いながら、床に背中をぶつける。
背に広がる強かな衝撃。グランダイナはそれに呻く間もなく、目の前に降ってきた手から顔を背けて逃がす。
しかしそれもつかの間。立て続けに伸びた首を目掛けて別の手が降る。
とっさに振った左腕でそれも払い除けたものの、馬乗りになったサル女はまた別の手を落としてくる。
『さっきは! ふざけたまねを! よくもッ!』
憤りの声と共に降ってくる毛に覆われた腕たち。
泥の色に染まって輝くほどの白の見る影も無くしたそれらは、容赦なく装甲を叩き、節々へ食らいつかんばかりに掴みかかる。
「う、ぐ!」
それをグランダイナは腕を振り回して弾き、振り払って受け止め続ける。
「悠ちゃんッ!?」
馬乗りの姿勢からの攻撃の雨に耐える親友に、眼鏡の巫女は炎の札を援護に投げて放つ。
「こっちを無視するなんてッ!」
「余裕じゃないのッ!」
続けて風と水も、マウントを取るハヌマーン目掛けて接近。
札の形で宙を走る炎。梨穂が先行させて放つ鋭い水。そして暴風を固めた鎚を構えて落ちてくる鈴音。
『やかましいッ!!』
だがハヌマーンは三方向から迫る攻撃に咆哮を一つ。
グランダイナを下方三本の腕と下半身で抑えつけ、残る三つの腕を三方へ。
左右から挟みこむ形で届いた炎と水流を掌で受けて弾き、続く暴風の一打を残る腕で叩いて軌道を逸らす。
「外れた!?」
力を込めた一撃をあっさりと捌かれたことに驚き目を剥く鈴音。しかも流された先は滑走する梨穂のコース上その足を阻む形である。
「さすがにやるぅッ!」
だが鈴音は織り込み済みとばかりに逸らし流された勢いを殺さぬまま、床を転がってその場から退避。
「甘く見られたものね!」
そしてまた梨穂も同時に踏み切りスピンジャンプ。
纏う水飛沫を凍てつかせて、渦巻く氷雨を纏いながら切りかかる青の魔法少女。
しかしその斬撃も、体ごとグランダイナを抑えにかかったハヌマーンの頭上を過ぎり、泥まみれの髪を一房切り飛ばすに終わる。
『甘いのはそちらだったな!』
肌を撫でて過ぎる冷気に、ハヌマーンの口元が笑みに緩む。
が、その直後冷気を浴びたその背を灼熱が降り注いで炙る。
梨穂の陰に隠れて接近していた別の炎の札が泥と霜に塗れたその背中に貼り付いたのだ。
『ぐあッ?!』
「みんなサーンキュ、っとぉッ!!」
突然の逆ベクトルの温度変化に、目を白黒させるヴォルス。グランダイナはその隙を逃さず、抑え込みの姿勢から足を跳ね上げ、巴投げに投げ飛ばす。
中身の詰まった商品棚へ背中から衝突。
ヴォルスを受け止めた棚は歪んで、床との固定具周りも威力に負けて千切れる。
それを二つ、三つと繰り返して、四つ目の棚を歪ませてようやく止まる。
「……あちゃー……やーりすぎちまったかーねぇーえ?」
その間に起き上がっていたグランダイナは、目の前の惨状に気まずそうな声を溢す。
しかし女子中学生には到底弁償など不可能な破壊跡を眺めながら、黒いヒーローは油断無く拳を構える。
『おのれッ!!』
踏み込み駆け出そうとしたその前方で、瓦礫が爆発。泥に汚れた雌サルが飛び出す。
『こうなったら人間の盾を遠慮なくッ!』
躍りかかりながら大きく腕を広げるハヌマーン。
だがその指がうねりだしそうになったところで、不意にその体が硬直する。
『なッ!?』
唐突な金縛りにハヌマーンは驚き目を剥く。
それもそのはず。炎の札を背に受けたとはいえ鎖が伸びたわけでもなく、他に何か縛られるような術を掛けられた様子もないのだ。
現実として動かない体に重ねて視線を巡らせるが、やはり泥まみれになっていること以外には何の異常も見られない。
そう。ヴォルス・ハヌマーンの全身を覆う白い毛は、その一本一本まで泥が絡んでいるのである。
『そう何度も好き放題に……!』
『人質など呼ばせるものか!』
ハヌマーンを縛る金縛りの正体は、絡みついた泥を基にした、竜の長男次男二人がかりでの拘束魔法である。
『お、おのれ! ドラゴンどもがぁ……ッ!?』
動きを封じられた事に怨嗟の声を漏らしながら、飛び出した勢いのままにハヌマーンは宙を舞う。
その途中で自身の近づいている相手。拳を構えて踏み込んでいたグランダイナの姿を認め、言葉を失う。
「いぃいやっはぁあああああああああああッ!!」
『うぎぃぁああああああああああああああ!?!』
そうしてグランダイナは磁石のように引き寄せられるまま、息を呑むハヌマーンの顔面へ輝く拳を叩き込む。
ただ打撃力のみならず、強い心命力の乗ったその拳は猿面を豆腐を殴ったように崩す。
壊れた顔面から濁った悲鳴の尾を後にして、泥まみれのハヌマーンはコンクリートの壁を破って外へ。雨の降り注ぐ曇天の下へと飛び出した。
今回もありがとうございました。
明日もどうぞよろしくお願いします。




