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猿面多腕の人形師

 晃火之巻子の上に展開した立体マップとにらめっこするホノハナヒメ。

 それに向かって、虚ろな目の人々がバールや金鎚を構えて襲いかかる。

「おおりゃ!」

 探査に集中する炎の巫女の壁として、悠華の棒が襲撃者の凶器とその持ち手を打ち据え阻む。

『そらッ!』

 得物が床にぶつかりけたたましく鳴り響く中、テラのたてがみもどきが輝き、襲撃者の足を土で突き上げる。

「水よ!」

『逆巻け!』

 打たれ転ばされるまで接近してきた者たちの奥、次陣として控えている者たちを、梨穂とマーレが放った水流が押して流す。

「あっははははははは! そぉれバラバラァ!」

『爆撃だぁあ!』

 そして店内の天井近くからは、ゴムボールやらなんやらと殺傷力こそ持たないが勢いのある品々が、鈴音とウェントにより絶え間なく投下され続けている。

「あれは!」

 そんな爆撃に使われる品々。梨穂はその中の一つに目を止めて手を伸ばす。

 伸ばした指先から放たれた水は落ちてくるロープの一端に集い固まる。

 球状になった水に引かれて、ロープは梨穂の手元へ。そして水を頭に蛇のように寄ってきたそれを梨穂は掴み取る。

「ハァッ!」

 そしてロープを掴んだ腕を一振り。その勢いに助けられながら、縄は球状の水を頭に、まるで己を持っているかのように走り伸びる。

 尖兵として使われているぼんやりと虚ろな人たち。その足を取って転ばせ、腕に絡みついて縛るロープ。

「まだ見つからないの!? このままなら全員倒して拘束してしまうわよ!?」

 辺りに走る縄の片端を巻き取り引き寄せながら、梨穂は自信に輝く目を探査に集中するホノハナヒメへ向ける。

「……だから急かさないでッ! 操られてる人たちも、こんな……何もないところから湧いて出てきてるのにッ!!」

 梨穂の軽口に、炎の立体地図とにらめっこしながら返すホノハナヒメ。

 その内容に梨穂の柳眉が警戒に釣り上がる。

「何もないところから湧いて……ッ!? そんなまさかッ!?」

「でも現実に! レーダーの上ではいきなり数が増えていて!」

 ホノハナヒメの叫んだ言葉の内容。底から湧いた嫌な予感に、梨穂と悠華は周囲に警戒の目を走らせる。

 その瞬間。梨穂とホノハナヒメとの間、契約者チームの懐に虚ろな目をした男性店員が現れる。

「なッ!?」

 ホノハナヒメが語ったとおりの、唐突な出現に驚き身を引くホノハナヒメと梨穂。

 その中間点に現れた男は、変身していない梨穂へその虚ろな目を向け、握った鉈を振りかぶる。

「まっずッ!」

 それにいち早く反応したのは悠華だ。

 足音を響かせて踏み込んだ悠華は、二本の棒を刃に噛ませ、跳ね上げ弾く。

「えい、やぁあッ!!」

 悠華は半ばまで断ち切られた棒を投げ捨てて踏み込み、湧いて出た男の腹へ拳を叩き込む。

「お、ごぉッ!?」

 悠華の拳に鈍い呻き声を残し、大きく吹き飛ぶ店員。

 棚の一つへ突っ込むその軌道を目で追っていたホノハナヒメは、手元の立体レーダーに目を落として、眼鏡奥の目を見開く。

「逃げて鈴ちゃんッ!!」

「へ?」

 立体レーダーマップの上部。天井部分に突如として現れた暗い炎に、ホノハナヒメが警鐘の声を投げる。

 直後、呆けた顔で縄の塊を構えていた鈴音の背後に、空間の裂け目が現れる。

 裂け目から飛び出し、出口の形をなぞる様に空を薙ぎ払う一撃。

『うわッ!?』

「きゃんッ!?」

 鞭の様なその一撃を受け、バランスを失い落ちてくる鈴音とウェント。

「すずっぺ! ウェント!」

 落ちてくる風組のフォローにと、悠華は駆けだす。

「邪魔ァッ!」

 そこへ飛び出てきた虚ろな人。

 道を塞いだそれをを蹴り倒して、悠華は仲間のフォローに駆けつける。

「……っとと!」

 鈴音は吹き飛ばされながらも辛うじて宙返り、姿勢を整えて着地する。

 その後ろに悠華が滑り込んで拳を構える。

「大丈夫、すずっぺ!?」

「ありがと、悠華ちゃん」

『なんとか……かすり傷だよ』

 肩越しに見やり、安否を尋ねる悠華に、風組は打たれた場所を抑えながらうなづく。

 そして少女たちが揃って顔を上げると、そこでは空間の裂け目に手をかけた何者かが、裂け目を広げて出てこようとしていた。

「このッ!」

「ヴォルス本体相手だったらッ!!」

 ヴォルスを吐きだそうとする境界線の裂け目へ向け、ホノハナヒメと梨穂は炎と水を加減も躊躇もなしに打ち上げる。

 二重螺旋を描くように絡まり昇る赤と青。

 それは無防備に出現しようとするヴォルスへ、何の抵抗もなく直撃する。

 立ち込める分厚い蒸気。

 そこへ向けてホノハナヒメと梨穂は、一撃で仕留めたと驕ることなく、浄化の炎と清めの水を連続で放ち続ける。

 相反する属性の攻撃魔法が打ち込まれる度、厚みを増す蒸気のカーテン。

「まだまだッ! サイコ・サーカスレベルだとしたらこの程度では!」

「うん、反応はまだあるわッ! このまま押し込んでッ!!」

 レーダーの反応を確かめ、今までにぶつかった強敵を想定してなおもダメ押しの魔法を撃つ。

 が、一際強い魔力の螺旋が蒸気の幕を貫いた瞬間、赤と青の魔力は二つに引き裂かれて蒸気の蜘蛛の中から落ちてくる。

「なッ!?」

「クゥッ!?」

 跳ね返されて降ってくる炎と水。それをホノハナヒメはとっさに振るった炎の巻物で受け止め掻き消す。

 少女たちの頭上で爆発的に広がる水蒸気。

「それ!」

 分厚いそれをかけ声一つに振り払う鈴音。

 そうして蒸気の幕が晴れると、すでに天井近くの裂け目から異形の存在が現れていた。

 頭から長く靡く銀。

 その毛は頭のみならず全身を覆い、照り返した輝きを纏っている。

 しかし光輝くその身から伸びる腕は六本。

 そして長髪を蓄えた頭はサルのそれ。

 青地に白と黄で模様を描いた腰巻と胸当てで飾られたその姿は、独特な文化を持つ部族の貴族か、守護神のようにも見える。

 宙に浮かぶ猿面多腕の雌獣神。

 ヴォルス・ハヌマーンとでも呼ぶべき異形の女神は、そのままゆるゆると悠華たちへ向けて舞い降りて来る。

「……ようやくお出ましってぇワぁケね!」

 神々しくも禍々しいその姿に、悠華は鋭く息を吐いて拳を構える。

 この場の黒幕らしき雰囲気を匂わせたそれに対して、悠華は固めた右拳を左掌に打ちつける。

 打ちつけた手の間から溢れるオレンジの光。その溢れる輝きに合わせて、悠華はその目元を引き締める。

「みんな、変身ぜよッ!!」

「ええ!」

「待ってました! もう手加減抜きでいいのねッ!」

 声を張り上げて呼びかける悠華。それに梨穂と鈴音は力強い声で応える。

 仲間たちの答えに続き、悠華は輝きを灯した手を掲げる。

 左右に広げて作った軌跡で円を作り、丹田の前で合流。そして弾けた光をその身に纏う。

 オレンジに次いで力強く溢れる青と緑。

 土、水、風。それぞれの力が流れて散り、グランダイナを始めに変身を終えた三人が姿を現す。

 そして先立って変身していたホノハナヒメを後衛に、グランダイナと鈴音で前衛、梨穂を中衛の遊撃手としての陣形を組む契約者たち。

『みんな、油断しないで!』

『あいつ、かなりのパワーだよぉ!』

 陣形を組んで身構えるパートナーたちへ、テラとフラムが警告の声を上げる。

「分ーかってるってー」

「……うん。あのサイコ・サーカスと互角かどうかはともかく、見るからにタダものじゃないって分かる」

 悠然と降りてくるハヌマーンの姿を見上げながら、グランダイナは拳を握り直して構え、ホノハナヒメは強張った顔でうなづく。

『逆に言えば、歯ごたえ抜群って事でもあるわけだよな』

「だよね! ばっちり楽しめそう!」

 しかしそんな二人とは対照的に、風組は強敵の気配でさえも歯ごたえの予感として、警戒が三、期待が七と見える笑みを浮かべて短杖を構える。

『あんまり浮つくなよ』

「まあ、やたらに怯えて呑まれるなって意味では同意だけれどね」

 そんな風組をマーレが窘め、梨穂が肩をすくめながら呼び出した魔傘をその手に握る。

 そこでようやく床を踏むヴォルス・ハヌマーン。

 まるで竜とその契約者たちの準備が整うのを待っていたとでも言わんばかりのその態度に、契約者たちはそれぞれに構えに力を込める。

『ふん……かろうじて我らを何度か押し返した程度で、逃げずに立ち向かうつもりとは……愚かな』

 だがハヌマーンは契約者たちを視線で一撫でして軽く鼻を鳴らす。

『お前ッ?!』

「まさか!」

 声色こそ違うが覚えのある嘲笑に、グランダイナを先頭とした一行に緊張が走る。

 そのまま警戒を露に後退りする契約者たちに、ヴォルスは笑みを深める。

『どうした? 我らと戦うつもりになったのではなかったのか?』

 笑いながら間合いを詰めてくる六本腕の雌サル。それに合わせて退る契約者。

 挑発に引かれるように吹き出そうとする風を抑えながら、それを繰り返す契約者たち。

 やがてハヌマーンは六腕の一つを軽く持ち上げ、その指を踊らせる。

 虚空を揉みほぐすような、前触れの無い動き。それに八名四対のチームは残らず疑念に動きを鈍らせる。

 そして最後尾に控えていたホノハナヒメは、ふと悪寒に襲われたように身を震わせて背後へ眼鏡を向ける。

「きゃッ!?」

 直後、その口を突いて出た短い悲鳴に、全員が振り返る。

 そこにはいつの間にか斧を振りかぶった男が待ち伏せていた。

「ああああああッ!?」

 口の端から泡を飛ばして、男は凶器を振り下ろす。

 縦一文字に赤毛の脳天へ落ちるそれに、契約者たちは弾かれたように分散。ビリヤードの一打目を三次元に押し上げたように散り散りになってかわす。

『ふん、惜しいな』

 奇襲を避けた動きに、ハヌマーンは笑みのまま一言。

「やってくれたじゃないのッ!!」

 悠然と佇む敵に、鈴音が痺れを切らしたとばかりに風の翼を羽ばたかせる。

 自身を包む風を渦巻かせ、空を蹴るようにして突進。

 歯を剥いてメイスを振りかぶった鈴音は、そのまま瞬く間にハヌマーンへと肉薄。嵐を固めた鎚頭を勢いのままに振り下ろす。

「なッ!?」

 だが暴風そのものであるレックレスタイフーンは、六つ腕の一つにその柄を握られ、止められる。

 目を剥き、絶句する鈴音。だが白い毛に覆われた体に嵐のメイスは届いていない。

 レックレスタイフーンごとに鈴音を受け止めたまま、ハヌマーンは再び手の一つを踊らせる。

「させるかッ!」

 だが梨穂がそれに割り込み、踊る指を狙撃。

『おおっと?』

 だが魔傘ウェパルの先端から迸る水レーザーに、ハヌマーンは狙われた手を跳ね上げてその軌道から逃がす。

 そして逃がしたのとはまた別の手指を動かす。

 その二つの手に導かれたように、二人の頭上の虚空から物騒な道具を持った人が躍り出る。

「なッ!?」

 こぼれ落ちるようにして現れた人。その虚ろな瞳を振り仰いで、緑と青は息を飲む。

 その襲撃を反射的に撃ち返そうと二人は力を込める。

 だが、武器を手に襲ってくるのがヴォルスをその身に宿してはいない犠牲者だということを思い出すと、慌てて身を捩って武器の軌道から逃れる。

 しかし虚を突かれたために生じた硬直に、二人は凶器の下から完璧に逃がれる時間を奪われる。

「ウッ!?」

 変身による防護。その上から掠めただけとはいえ、確かに身を襲った衝撃に二人は揃って呻く。

「えげつない真似をッ!!」

 一般人を尖兵として使うヴォルスのやり口。それに湧きあがった怒りのままに吐き捨て、グランダイナが踏み込む。

 やはり操られるままに現れ、ヒーローの行く手を塞ぐ一般人。

「フゥ!」

 しかし鋭い呼吸と共に、グランダイナは勢いを緩めずに踏み込む。

 そしてそのまま服の襟を掴むと、ヴォルスにいいように使われているその人を、ふわりと投げて飛ばす。

 邪魔に入った傀儡を土のクッションの上へ除けて、ハヌマーンへ。

 鈴音と組み合った白い半人半獣の女へ向けて、突撃の勢いに乗せた左拳を振るう。

『うむぅ!?』

 下から掬い上げる形の拳に、六腕のハヌマーンはその猿面を強張らせて上体を反らす。

 紙一重にかわされた左アッパー。その隙に逸らしかわした勢いに乗せた膝が飛んでくる。

 だがグランダイナは右腕でそれをブロック。逆に強固な装甲との衝突で膝に痛打を響かせる。

『グッ!? 生意気なッ!』

 しかしハヌマーンは苦痛による顔の歪みを怒りに染め直し、掴んだメイスもろともに鈴音の体を振り下ろす。

「うわひゃぁあッ!?」

「すずっぺッ!?」

 友を武器と利用しての一撃に、グランダイナは緑の少女と一塊になって大きく吹き飛ぶ。

 グランダイナの巨体で包み込む形で転がり、そのまま陳列棚へ。

 衝突を基点に連なり響く破壊の音色。

 しかし崩れる棚と品物の砕けるその音色の中、緑の風が渦巻き吹き上がる。

 それに短く呻き、顔をしかめるハヌマーン。

 対するグランダイナは、身の上に積もった商品の残骸を押し退けて立ち上がり、拳を構え直す。

「えーげつない手を使っといて、こーんなモンなのかねぇーえ?」

 そしてどっしりとした構えのまま、手招きさえして見せる。

『ふん。減らず口を……』

 そんな何のダメージも受けていない様子に、ハヌマーンは六つの腕を解すように回しながら鼻を鳴らす。

今回もありがとうございました。

明日も更新しますので、ガンガン行きますよ!

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