戦場はホームセンター
「逃げてぇえーッ!!」
先を行く仲間たちの背へ叫ぶ悠華。
その勢いのまま、三人が反応する暇もなく開きかけの自動ドアへ叩きつけるように押し込む。
「うきゃんッ!?」
「悠ちゃん!?」
「なにを……ッ!?」
自動ドア奥の固い床に倒れた三人。うつ伏せから振り向いた少女たちの頭上を何かが通り過ぎる。
鈍く輝くものが過ぎったその直後、店の奥からけたたましい破砕音が響く。
「……え?」
激しい音の源を見れば、斧を受けて割れた内ドアが。そして改めて背後の駐車場へと目を移す。
すると幕のようになった雨の中に、鈍く輝く物を携えたシルエットがいくつも揺らめく。
「う、わッ!?」
「奥へ! 早く逃げてッ!」
背後に現れた禍々しい気配の群れ。それに少女たちは慌ててホームセンターの中へ転がりこんでいく。
割れながらも両開きにスライドしたドアを通って、逃げ込む少女たち。
鈴音を先頭に瑞希、梨穂、そして殿に悠華という並びで少女たちが転がり込むと、その後ろでガラスの砕けるけたたましい音色が鳴り響く。
「来てッ!」
破壊の音に追い立てられながら、四人は揃ってそれぞれの契約の法具を弾く。
法具を中心に溢れる四色の光。
橙、赤、緑、青。小さく、しかし確かな強さを帯びた輝きを門にして、地、火、風、水それぞれの力を司るドラゴンたちが姿を現す。
『何があったんだッ!?』
『凄く濃いヴォルスの気配だよぉッ!』
宙返りしての着地から悠華と並走する形で走るテラ。その一方で妹のフラムも瑞希の隣で羽ばたきながら辺りを見回す。
『ははッ! 面白いことになってるじゃないか!』
店の中と辺りに立ち込めるヴォルスの気配。テラとフラムがそれに警戒するのとは対照的に、ウェントは牙を剥いて宙を舞う。
『浮かれるなよウェント! これは本気でただごとじゃない!』
竜兄弟次男のマーレは宙に浮かべた水の塊に乗りながら、戦いの予感に浮かれる弟を窘める。
『しかしなんでこんな強い気配に今まで……ッ!?』
長い首を巡らせながら、今自分たちを包む気配に気づかなかったことに歯噛みするマーレ。
噛み合わせた歯の奥から漏れる悔しげな呟き。それを遮るように後ろから風を切る音が近づく。
『危ない!』
テラの警告を聞くまでもなく、揃って陳列棚の陰へ逃げ込む少女たち。
その直後、悠華たちの走っていたコースをバールや金鎚といった鈍器が通り過ぎる。
『よくも!』
「あったまに来たッ!」
自分たちを襲った脅威に、鈴音とそのパートナーが怒りも露わに振り返る。
「ちょっと待って、鈴ちゃん!」
『ダメだよウェントッ!』
だが棚の陰から飛び出そうとした風組を、瑞希とフラムの火組が掴んで引き留める。
「どうして?!」
『なんでだフラム! なんで止めるッ!?』
戦いに行かせようとしない瑞希たちへ、不満も露わに振り返る。
「攻撃してきてる人たちはヴォルスじゃないのッ! だから攻撃は……」
風組の剣幕に負けず、理由を説明しようとする瑞希。
だがその言葉を遮るように、全くの別方向から何者かが躍りかかる。
「きゃッ!」
「やっばッ!」
身を強張らせる瑞希。悠華はとっさに友と躍りかかる者との間に割って入ると、襲撃者のみぞおちへカウンターパンチ。
「うぐぅえッ」
飛び込んできた勢いを反転させて跳ね返る男。
濁った苦しみの声を残して、青いスタッフジャンバーの背中から商品棚へぶつかる。
「こっちへ!」
店員の上に降り注ぐ洗剤のボトル。それを尻目に、悠華は瑞希の手を引いてさらに店の奥に。
『だからなんで逃げるんだ!? 雑魚のとりついたのなんかぶっ飛ばしちゃえばいいだろ!?』
そんな逃げ腰に、納得いかないとウェントが羽ばたきわめく。
『分からないか!? 今さっきのも、ここで襲ってきてる人間たちはヴォルス憑きじゃない! ただ操られてるだけだ!』
悠華の先導で動きながら、マーレは弟を一喝。蹴散らすわけにはいかない理由を叩きつける。
『は? うそぉ!?』
「ウソなものですか! 本体らしい気配はどこにもないじゃない! これで私たちが変身して正面突破なんてしたら脱出は出来ても辺り一面血の海よ!?」
逃げの一手を選ばざるを得ない理由に目を見開くウェントへ、梨穂がさらに理由を重ね乗せる。
そこへ別の客らしき男が金鎚を振りかぶり追いかけてくる。
「だから今は、手加減しながら本体を探すしかない……の!」
目の虚ろな、しかし凶器として十分な道具を携えた追跡者。それに梨穂は後ろ手に水の球を投げつける。
「うばッ!?」
顔面にぶつかり弾けたウォーターボール。ほどほどの勢いで破裂したそれに、虚ろな男はのけ反ったまま得物の重さに負けて倒れる。
「ナぁイス! いいんちょ!」
その最低限の攻撃で意識を奪う加減具合に、悠華は振り返り喝采のサムズアップ。
「どうも。でも浮かれてばかりもいられないわよ。とりあえず私たちの内で加減して無力化出来そうなのは……」
「……私とフラムはどうやっても火傷させてしまうから……」
「まどろっこしいのは苦手ぇ……」
「つまりは水と土のチーム。迎撃できるのはこの中の半分ってこと……」
しかし撃退の成功に安堵したのも束の間。瑞希と鈴音の沈んだ顔での自己申告に、梨穂は苦々しげな顔で歯噛みする。
火と風の二チームを強すぎるとして封印せざるを得ない現状、事実上の戦力は半減。
そんな一行の行く手を遮るように、棚の陰から鉈や枝切りばさみを構えたスタッフが飛び出す。
「邪魔ぁあッ!」
だが刃物が振り下ろされるよりも早く、悠華は立ちはだかる男の片割れの懐へ踏み込み肘を叩き込む。
そしてすかさず、呻いた男の服を掴み、もう一枚の壁に向けてぶつける。
「みずきっちゃん、今のうちに変身ッ!」
「ええッ!?」
陳列棚にぶつけてなぎ倒した男性店員の脇をすり抜け、ホノハナヒメへの変身を促す悠華。
その言葉の無いように、後に続いて走る仲間たちの全員が例外なく目を見開く。
「何を言ってるの宇津峰さん! いくら明松さんがサポート重視のタイプと言っても、火炎バリアに生身の人が引っ掛かりでもしたら!?」
『そうだぞ悠華! いったい何のつもりで!?』
眦が切れんばかりに目を剥いて、ストップをかける梨穂とテラ。
だが悠華は振り返って相方と後続の仲間とを見やると、持ち上げた右の平手を扇ぐように動かす。
「いやいや、今当てにしてんのはバリアじゃなくて、レーダーの方! それとあとは治療魔法だから」
「そっか、悠ちゃんそう言うこと!!」
『ああ! そうだよぉ! やれることがあったよぉッ!』
変身を提案した本当の狙いの説明に、火組はようやく合点がいったか、揃って顔を輝かせる。
「そうと決まれば……転火、変現ッ!」
そしてうなづくと眼鏡のつるを弾き、噴き出した炎をその身に巻きつける。
「晃火之巻子ッ!」
千早を羽織った巫女は炎を振り払って現れるや否や、魔法の杖である金幣を召喚。炎の帯を引き出す。
巻物状に展開した晃火之巻子の上に、赤いワイヤーフレームの立体地図が形作られる。
ホームセンター全体を象った箱状のマップ。
その中で八つの青い火が一塊になって、整然と作られた通路の間を移動している。
そんな四竜と契約者を取り囲むように、弱々しい灯火がまた、ゆらゆらと集いつつある。
「悠ちゃん、右前! 永淵さん、また後ろから!」
レーダーマップの示す敵味方の位置。それに眼鏡を向けながら、ホノハナヒメは仲間たちに接敵を報せる。
「あいやっはぁあ!」
「水よ!」
警報通りに現れた虚ろな目の人間を、先頭の悠華と梨穂は余裕をもって迎え撃つ。
そうして倒れた敵を乗り越えて、悠華たちはさらに前進。
「悠ちゃん左の角からまた!」
「ほいっさあ!」
巫女の警鐘に従って、悠華は正面へ飛び込んで前回り。
すれ違うように角から躍り出た客らしき男の背後に回ると、肘を突き出しながら後ろ跳びに立ち上がる。
背を打つ少女の肘に、大の男が息を吐いて崩れる。
「うー……うー! うずうずするぅう……!」
糸の切れたマリオネット同然に倒れた男性をすれ違いざまに見下ろして、鈴音は焦れたように唸る。
不満に可愛らしく呻きながら、拳を震わせる鈴音。
「そんなこと言ったって、強化無しの人を骨折なしに手早く倒せるの!? 私でも格闘じゃ無理よ!?」
『なにをそんな自慢げに……正確な判断ではあるが……』
梨穂は後方の床に水を撒いて湿らせながら、唸る鈴音に向けて叫ぶ。
「う、ううー……ッ!
『むぐぅ……』」
相方に突っ込まれながらの厳しい一言。
それに鈴音とウェントは返す言葉もなく唸る。
「ならすずっぺ! ひとっ飛び武器を持ってきてちょーよ」
そんな後方のやりとりに、悠華は振りかえって一言。
「え!?」
「いいのッ!?」
悠華の頼みに、鈴音と梨穂は揃って目を見開き問い返す。
「うん! 一瞬ならともかく、いいかげんリーチの差がきっついんよ! 頑丈そうな棒をてきとーに一本か二本。長すぎると引っ掛かるから野球のバット位ので!」
ぎょっと驚きを露わにした仲間たちへ、悠華は求める得物についての細かい注文を添える。
『よっし! 悠華の頼みだ、行ってこようぜ鈴音!』
「う、うんッ! 待っててね悠ちゃん!」
悠華の注文にうなづき、一行からひとっ飛びに飛び立つ風組。
「行かせても良かったのッ!?」
『あいつら動き出したら加減なんか利かないぞ?!』
喜び勇んで離れて行った緑の風を指差して問う梨穂とマーレ。
「ま、ダイジョブっしょ」
悠華はそれに答えながら、横合いから飛び出してきた襲撃者の一撃をかわしてその足を払う。
「気持ちよく暴れることが大事なのに、わーざわざ後味悪くなるよ―なことはしないって。すずっぺを追い詰められるよ―なのも、まぁだいないしさぁーあ」
音を立てて転んだ店員を足元に、悠華はそう言って肩をすくめて見せる。
「持ってきたよぉおッ!」
そこへ陳列棚を八艘跳びに渡りながら、鈴音が戻ってくる。
『これって!?』
「悠ちゃん! もうすぐそこまで来てる!」
が、それと同時に火組が敵の接近をキャッチ。警鐘の声を上げる。
「すずっぺパァス!」
「りょぉかぁい!」
それをかき消すように手を上げ叫ぶ悠華と、それに応える鈴音。
近づく敵を追い越して、回りながら飛んでくる長い棒二本。
注文通り八十センチ余りほどのその一本を、悠華は受け取ってターン。キャッチの衝撃を遠心力で逃がしつつ、あいた左手を続くもう一本に合わせて掴み取る。
「イヤッハァッ!」
そして受け取りの勢いを流しきるや否や身を切り返し、降ってくる斧の首を右の棒で打ち返す。
殺意満点の凶器を弾き飛ばし、切り返しての一打で打ちすえる。
そして左手側から迫る者の足を逆の棒で打ち払って転ばせる。
『それッ!』
テラがそれに合わせて、後に続く襲撃者たちの足元を土くれで絡め取り、バランスを奪う。
「ハイィイヤァッ!!」
無論悠華は相棒が作った好機を逃さず、気を放ちつつ棒を一閃。体勢と握りの崩れた襲撃者の武器を弾き飛ばしていく。
「やっはは、いーねぇ。三節翻土棒の二本だけ振ってる感じだぁね」
手に馴染んだ杖の名を出しながら振るわれた棒は、当たる端から敵の凶器を跳ね飛ばし、ノックアウトする。
「そうだわ五十嵐さん、縄とかボールとか、イイ感じに邪魔できそうなものがあったら持ってきて! 操られてる人たちに上からぶつけてもいいわ!」
武器を届けた鈴音の活躍から、梨穂はさらに使える道具を運ぶように依頼する。
「爆撃してもいいのね!? わかったッ!」
すると鈴音は二つ返事にそれを承諾。声のとおりに身を弾ませて、使えそうなものが目白押しの店内を飛ぶ。
「おおう、ナァイスナイス、ナァイスアイデアよいいんちょ!」
それを眺めながら、悠華は突き出した棒を襲撃者の足元に絡めて転ばせる。
そしてすかさず別方向から襲ってきた者の手首を打って凶器を叩き落とす。
「よし!このまま踏ん張ってみずきっちゃんが人を操ってる大本を見つけてくれれば!」
悠華は自身を奮い立たせるように、この状況を乗り切るための方針を口に出す。
「なるべく早く頼むわよ明松さん! 今は持ちこたえているけれどこちらに怪我人が出る可能性はゼロでは無いのだから!」
遠くから飛んでくる縄やゴムボールにサンダル。果てはエプロンと言った無差別極まる品物の雨。
その中に本物の水を混ぜながら、梨穂は探索を急がせる。
「分かってるわ! 一番危ないのは悠ちゃんなんだから、永淵さんもしっかり迎撃してッ!」
対するホノハナヒメは接近迎撃を強いられる親友を心配しながら、立体マップレーダーに集中する。
「さぁて……こーんな趣味の悪い手を使ってくる奴は確実に見つけてぶーっ飛ばしてやぁーんなきゃねー」
そんなやり取りを背中で聞きながら、悠華は左右に握った棒を逆さ八の字を作って構える。
今回もありがとうございました。
明日も更新しますのでどうぞよろしく。




