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雨に揺れる影

「ぎゃーすッ! 土砂降りだぁあああッ!!」

 盛大な悲鳴を上げて走る悠華。

 突然にバケツをひっくり返したかのように降りだした雨に、鬼ごっこは屋根を求めての逃走へと変わっている。

 悠華は陽に焼けた肌に雨粒を弾けさせながら、悠華は三人に先行して水浸しの地面を踏み込む。

「みんな、早くあそこへッ!」

 そんな悠華に続く梨穂が、鞄を頭の上で傘にしながら前方を指差し叫ぶ。

 細い指が示した先には、ホームセンターが。

「ひぇー! 急げ急げ!」

 梨穂の示した方向へ、悠華は友を促してさらに足を急がせる。

「うひぇー……いきなりの雨なんてあぁんまりぜよぉお……」

「もう……予報じゃ雨なんて言って無かったのに」

 ガラス張りの店頭に張りだした屋根。

 その下に逃げ込んだ四人は、制服や髪から水を滴らせて唸る。

「あっはははははは! もうこんなに濡れちゃったら笑うしかないよ」

 勢いの弱まらぬ雨を睨む悠華と瑞希をよそに、鈴音はびしょぬれの髪を掻き上げてケタケタと笑い飛ばす。

「……流れ落ちなさい」

 しかし濡れたままの三人をよそに、梨穂は呟きイヤリング型の法具を弾く。

「は?」

「え?」

「お?」

 呆けた三人の視線の先、小さく閃いた青い光が広がり、梨穂の体の表面にまとわりついた水分が離れて落ちる。

 そうして制服の繊維にまで沁み込んだ水分も例外なく追い出した梨穂は、乾いた髪を掻き上げて息を吐く。

「ふう……試しに操ってみたけれど、上手くいったわね」

 梨穂はすっかり雨水を追い出して乾いた服や体を眺め、その具合にうなづく。

「ちょっといいんちょ! それどうやったのッ!?」

 一人だけ乾燥を終えた梨穂と、それを実現した仕掛けに悠華が食いつく。

「ん? 水流操作のちょっとした応用よ。髪を含む体表面、服についた水を離れるように操作したのよ」

 顎に指を添えての種明かし。

 魔法の仕組みを語る梨穂の頬笑みは自慢げで、上機嫌なのが透けて見える。

「えー! ずっるーい!? 一人だけさっと乾かしてー!」

「アータシ達にもやってもらって良いかね?」

 一人だけの乾燥終了に鈴音がブーイング。悠華は右頬に張り付いたサイドテールをはがしながら水分除去を依頼する。

「それは別にいいのだけれど、これ思ってたより加減が難しいのよ。失敗したら眼球まで乾いてしまうんだから……」

 そんな二人に応えながら、梨穂は瞬きをして眼球の潤いを取り戻す。

 その一方で瑞希は一滴の雫もついていない眼鏡を弾き、熱を放つ。

「……なるほど、こんな感じね」

 緩く波打った髪の乾き具合。瑞希はそれを指先で確かめながらうなづく

「へえ、やるものね」

 簡単な仕組みの解説を聞いただけでの再現。しかも水分を移動させるのではなく、熱によって蒸散、乾燥。

 そんな真逆の属性で応用再現して見せた瑞希に、梨穂は感嘆の声を贈る。

「体を濡らす水に的を絞ると言う発想を聞けたからだけれど……補助タイプの私としては、これくらいは使えないとだもの」

 対する瑞希はすっかり乾いた服をつまんで笑みを返す。

「もー……二人だけでパリッと気持ちよくぅ……」

 そんな二人のやり取りの傍らで、不満げに唇を尖らせる鈴音。

「こうなったら私も風をドライヤーにして……」

 そして緑色の宝玉で飾られたブレスレットを一擦り。

 契約の法具を中心に吹き出した風は荒々しく鈴音の身を走り抜ける。

 その風は確かにいくらか体表の水分を吹き飛ばしはしたものの、しかし強く一当てしただけの風は雨水の全てを追い出すことは出来なかった。

「……は、はぷしゅん!」

 中途半端な気化促進で体温を下げてしまったことで、鈴音は身を震わせてくしゃみを一つ。

「ああ、慌てないでくれればやったのに」

 可愛らしいくしゃみと一緒に飛び出した鼻水に、瑞希はハンカチを当てながら、法具である眼鏡を発光。乾燥ついでに冷えた体を温める。

「うぅ……どぼじで……」

 鼻を押さえられながら、不満げに呟く鈴音。

「みずきっちゃんといいんちょは、アータシらよりも器用で幅広いタイプだぁかんねー。マネしようと思ってもむずかしーんよね」

 それに悠華は苦笑を浮かべて腕組み。いつものおどけ調子でそう言って、寒気に身を震わせる。

「おうふ……いっくしょおいッ!!」

「あ、悠ちゃんちょっと待ってて! 急いで悠ちゃんも乾かすから!」

 悠華の放った派手なくしゃみ。それに瑞希は慌てて右の手を悠華にかざして乾燥用の温熱波を放つ。

「うぇーい……あんがとみずきっちゃーん」

 悠華は瑞希の乾燥魔法を受けながら、鼻を鳴らしてもう一度体を震わせる。

「マネしようとしても難しいと言えば、この前に宇津峰さんがやって見せた「アレ」の使い方の方が難易度高いと思うんだけれど?」

「うぇい?」

 そうして瑞希に温められている所へ投げかけられる言葉。それに悠華が鼻を鳴らして振り向けば、悠華や鈴音へ向けて右手をかざした梨穂の姿が目に入る。

「テラと……契約した幻想種と一体化しての瞬間的なパワーアップよ。あの力を使いこなすことが出来れば、これからの戦いも有利になるのだけれど」

 悠華たちの髪や服に沁み込んだ水分を動かしながら「アレ」と現した言葉の中身を語る梨穂。

 だが悠華は脱水と乾燥の魔法を受けながら、苦笑交じりに首を捻る。

「そりゃーそーなんだけんどねー……あん時は無我夢中だったから説明もむーずかしーんだよねぇ」

 困り笑いのまま、説明の言葉を探す悠華。

 サイコ・サーカスを追い詰め、その正体を暴き出した力。しかしその力を振るった悠華自身にも未だおぼろげな感覚しかつかめていないのだ。

 そんな曖昧な認識では、当然理の通った具体的な説明など出来るはずもない。

「うーん……テラやんと良い具合にシンクロできたからとしか言えないんよねぇー……ってゆーてもこれもいおりちゃんの受け売りなんだけんどもねぇ」

 悠華はそう言って眉を八の字に下げ、肩を上下。

「そのための象形拳だ、って言ってたよね?」

 瑞希が二人を乾かしながら言うとおり、日南子といおりが象形拳の修行をさせたのは、悠華とテラの同調を安定、強化するためのもの。

「そうそう。悠華ちゃんが一体化したって言ったら予想外の効果だったとも言ってたけど」

 また鈴音が続いて補足したように、師匠二人はあくまでも悠華のパワーを高いレベルで安定させることを狙っていたのである。

 戦いを重ねたことで気構えが多少は改まったとはいえ、未だにムラッ気の強い悠華の心命力。それを契約竜であるテラとの同調を高めることで補おうとしていたのだが、実際に悠華が見せた結果は師匠たちの想定を上回るものであった。

「強くシンクロすれば……ねぇ、それをどうやるかが問題なんだけど」

「まあ、みんながみーんなアタシみたいに、拳法の型で文字通り形からシンクロってぇーワケには行かないだろーしね」

 悠華の場合はテラをモデルとした象形拳が契約の繋がりを強めて一体化へと通じる手段となった。

 だが他の三人は、悠華のように幼いころから拳法を収める環境に身を置いていたわけではない。同じ手段で一体化に至れる可能性は低い。

「……ってゆーか、アタシの場合あれでよーやっと全盛期の先輩やいおりちゃん先生に並んだようなモンみたいだし?」

「……いくらなんでもお二人を高く評価しすぎでしょう……どれだけ契約者時代の先生は強かったのよ」

 言いながら軽々と笑い飛ばす悠華。それに梨穂がこめかみに指を添え、頭痛を堪えるようにして突っ込む。

 過小過大が過ぎるとの突っ込みである。が、悠華の言もある意味では間違っていない。

 悠華たち四人の力もピークにまで達すれば、先代たちに匹敵するレベルには間違いなく届く。

 先代たちが特に秀でていたのはその高い安定性。悠華たちが爆発させて達するレベルの力を保ち続けられるという点に他ならない。

 安定して全力を出し続けられる形態を得たことで、ようやく同じ強みを得たというのは間違いではない。

「いやいやいや。過剰でもなんでもないってぇ。ハートの力がダイレクトに出る心の道場の組手でも本気を引き出せたことすらなーいしー」

 しかし悠華は組手とはいえ戦ったことのある経験から、片手をふりふり梨穂の認識を否定する。

「まさか……ウソでしょ?」

「ううん。ちゃんと戦える環境だったら、私たち二人がかりでも圧倒され通しだったもの……それも変身なしで」

 悠華の言葉に、梨穂は信じられないと言わんばかりに呆然と頭を振る。が、悠華の言葉を補強する形で瑞希が証言を重ねる。

「へえー……先生ってホントはそんなに強いんだ。私試合はまだだから、今度お願いしようっと」

 そんな話を聞いた鈴音は目を輝かせて、弾んだ声で手合わせを望む。

「……まったく、分かってはいたけれど、私一人ひどい遅れよね。拒んでたのは私だけれど」

 一方で梨穂は髪をかきあげ、自嘲気味な笑みを一つ。

 悠華と鈴音から離れたその手はすでに脱水魔法をかけ終え、二人の髪や服の乾燥を終了させていた。

「なーに言ってんのぉー。そーれでもマーくんとたーった二人で、アタシらと互角以上に動けてたじゃなーいのー」

 悠華は二人に乾かしてもらった服や髪をひらひらと踊らせながら笑い飛ばす。

「そうそう。あれだけ私たちを巻き込んで大暴れしてたんだし、委員長一人が特別弱いとかそんなワケないって」

 そして鈴音もまた悠華に続いてケラケラと笑う。

「……ひどく思いあがってしでかしたことは反省してるから……お手柔らかにお願いよ」

 鈴音に蒸し返された過去の行い。それに梨穂は頭痛を堪えるような苦い顔で手加減を願う。

「あはは……それにしても、雨が止まないね」

「うん。せーっかく乾かしてもらったってーのに、これじゃ進むのも帰るのも出来ないねー」

 瑞希は眉の下がった困り笑いを浮かべて、屋根の外で降り注ぐ雨へ目をやる。

 悠華もそれに合わせて、勢いを緩めずに振り続ける雨に腕組みため息を吐く。

「んー……なら、委員長が降ってくる雨を操って全部弾いちゃえばいいんじゃない?」

 進退窮まって澱んだ空気を吹き飛ばそうと、鈴音が名案だと言わんばかりに弾んだ声で言い放つ。

 が、梨穂はそれにこめかみに指を添えたまま首を横に振る。

「さすがに変身もせずに次から次に降ってくる雨を跳ね返し続けるのは無理よ。それに、出来たとしてもそんな悪目立ちする事出来ないわ」

 そう言って肩をすくめて見せる梨穂。それに鈴音も予想通りとばかりに口の端を持ち上げ、後ろ頭に手を組む。

「それもそうだよね。まあ、しばらくは雨宿りするしかないか」

 そしてダメ出しされると思ってたと一言。

「だぁね。しばらくは待ちかぁ」

 潔い諦めのそれに悠華も頷いて、改めて屋根の外へ目を向ける。

 激しく地面にぶつかり弾ける雨。

「ここでこうして立っていても仕方無いし、中に入らない?」

「いいのかな? 冷やかし前提になっちゃうのに」

 それを眺めながら店内へ入ろうと促す梨穂に、図々しくはないかと首を傾げる瑞希。

「ま、良いじゃん? 最悪あーんまり降り続くなら傘も買うしかなーいし?」

「それもそうだよね。乾いてもちょっと冷えるし」

 入るか入らないか。二つの意見が出る中、悠華は傘を買う可能性も含めて店内に入ることに賛成。続いて鈴音が抱いた体を震わせる。

「あ、ゴメンゴメン。じゃあ入らせてもらおうよ」

 寒がる鈴音の姿に、瑞希も慌てて店に入る側に加わる。

 そうして意見を一致させた四人はガラス張りの自動ドアへ向けて歩き出す。

「ん? 今、何か……」

 背筋に這う不穏な気配。不意に襲ったそれに悠華が振り返る。

 すると雨の降り注ぐ駐車場に、傘も差さずに立つ人影が。

 次の瞬間、雨ざらしの人影はゆらりと身を揺すり、鈍く輝く物を振りかぶった。

今回もありがとうございました。

また明日も更新しますよ!

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