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三人集まれば姦しい。四人集まれば……

 一時間目の授業の終わった山端中学二―B。

「ん、んんー……」

 教科書や筆記用具をまとめて一息つく生徒たちの中、悠華もまた椅子に座ったまま伸びをする。

 そうして背筋を伸ばして体を捻る。すると整然とした机の列の中、ポツリと一つだけの空席が目に入る。

「……らっきー……」

 出席していればその席に座っているはずのクラスメート、荒城智子。

 悠華は彼女の事を思い、そのあだ名を呟く。

 あの日、サイコ・サーカスのピエロメイクの下から智子の顔をさらけ出した後。連休の終了から数日。智子はずっと学校に来ていない。

 予期せずに暴いてしまった敵の正体。その予想だにしなかった現実に、悠華の顔は曇る。

 否、今にして振り返れば予感はあった。

 智子が時折見せた異様な態度。イコールで結ばれた今となっては当然であるが、サイコ・サーカスに通じる異様な冷たさを含んだ目や嘲りを含んだ笑み。

 そしてヴォルスの襲撃とも近い、奇妙なタイミングでの遭遇と発見。

 そんな今までに見せてきたことからすれば、可能性程度には結び付けることも不可能では無かったはずであった。

「悠ちゃん、どうしたの?」

 伸びのまま顔を曇らせる悠華へ、隣の席の瑞希が囁く。

 その気づかいの声に、悠華は柔らかな笑みを親友に向ける。

「ああ。あーんがと。ほら、今日もやーっぱりらっきーが来てないからさぁーあ……」

 悠華がそう言って指さし示す。その先をたどって瑞希が眼鏡奥の目を空席に向ける。

「……うん。問い詰めなきゃいけないのに、あれから一向に姿を現さないのよね」

 梨穂を救出したあの後、サイコ・サーカスの正体は仲間たち全員に知らせた。

 当然知った以上は待ちの一手で見逃し続ける訳もなく、いおりや悠華たちで家は訪ねた。

 だが、いつ訪問しても荒城家は留守。

 欠席している智子本人どころか、その父母でさえいつ訪問してもいないのだ。

 しかもいおりの話では連絡先として登録されている電話番号にさえ、全く繋がらないと言う。

 おまけにそれを他の誰かに話して協力を仰いでも、誰もが行動を起こす前に忘れ、しかもそれをまったく怪しく思っていないのだと。

「いおりちゃんも言ーってたけんど、妙な話だよねぇ」

「うん。まるで頭の中を操られているみたい……」

 智子、つまりサイコ・サーカスを包む、不気味な現状。

 まるで何者かが潜んだ、濃霧の立ちこめる深い森に迷い込んでしまったかの様な状況に、瑞希は己が身を抱くように腕を回す。

「だね。まったく気味が悪いったらないよ」

 小さく華奢な体の、しかしこれまで勇敢に戦い続けてきた少女さえも怯えさせる不気味さに、悠華もおどけた調子を消してうなづく。

「とにかく、今日も四人で行ってみようかね。なんとか手がかりは見つけないと……」

「うん」

 そうして放課後の予定を定め、うなづきあう悠華と瑞希。

『……二人とも、そういう話は念話でしたほうがいいわ』

『そうそう。変に思われるかもしれないよ?』

 そこで不意に投げ掛けられた声無き言葉。

 それに悠華と瑞希が視線を巡らせれる。するとそれぞれの席から視線を送ってくる、梨穂と鈴音と目が合う。

『いやあ、ゴメンゴメン。うーっかりしてたわ』

『黙ってるのもどうかと思って、つい』

 ウインク混じりに手を振る鈴音。黙々と手を動かしながらチラチラと目だけは向けてくる梨穂。

 そんな対照的な二人に、悠華と瑞希は揃って思念を返す。

『あはは。頼もしいのに時々危なっかしいよね悠華ちゃんも瑞希ちゃんも』

 すると鈴音はそのにこやかな顔通りのストレートな、弾む思念を送ってくる。

『まあそんな迂闊さはともかく、状況を切り開く手がかりが欲しいのは同感ね』

 対する梨穂からのは、斜に構えたような同意。しかし言葉の内容とは違い、念そのものに刺すようなものは含まれていない。

『相変わらず一言多いんだから……』

 そんなひねくれた思念に、瑞希が軽いため息に乗せて一言。

『なら、おまけの一言がいらないようにできるわよね?』

 すると梨穂からもお返しの思念が。

 相変わらずにこやかに握手とはいかない二人ではある。が、その念や言葉の応酬からは剣呑さが大きく薄れ、ある種の気安ささえ漂う。

 事実、目配せ交わす瑞希と梨穂、二人の口元には小さな笑みさえ浮かんでいる。

 先日の合宿の途中まではいがみ合ってすらいた二人であった。が、憑き物と一緒にわだかまりを流して落とした梨穂が全員に詫びてからは、合宿以前のギスギスとしたにらみ合いは無くなっていた。

『とーにかく、今日もらっきーの家に放課後に全員でってことでオッケー?』

 いくら気安く和やかになったとはいえ人間同士、少女同士。ふとしたことを引き金にエスカレートしかねない。

 それを心配しして、悠華は二人の思念に割って入り、先んじて話をまとめにかかる。

『うん。まだ他にどこを探せばいいのかも分からないし』

『それはそれとして、先に先生から新しい情報はないか、話を聞いてからにした方がいいわね』

 すると瑞希は真っ先に悠華の出した方針に賛成。また梨穂も、足りない行動を補足してうなづく。

『ヴォルスもしばらく出てきてないからね。出てきたらぶっ飛ばして話を引っ張り出せるかもなのに。つまんない』

 そして話のまとまる一方で鈴音は不満げな思念を溢れされる。

『そんな物騒な……』

『けど、一理あるわよね。誘い出し……釣るのも手の一つね』

 鈴音から流れてきた思念。それを浴びて、瑞希と梨穂それぞれから上がる対照的な反応。

『だよね!? いっそ私が囮になってヴォルスを誘き寄せたら楽じゃないかな!』

 乗り気の梨穂に対して、名案だろうとさらに推す鈴音。

『うん。いーい手だとは思うけんどねぇーえ……』

『いくらなんでも危ないんじゃ……』

 しかし悠華と瑞希はそれにブレーキをかけようと、難色を乗せた思念を送る。

『えー……でもこのままじゃ八方塞がりのまんまだし、他にいい手も無いんでしょ?』

 だが策の危険性を考え心配する二人に対し、鈴音は虎穴に飛び込むのは今しかないとばかりに不満げに主張する。

『まあ危険なのは確かに。二人が渋るのも分かるわね』

 そこへ鈴音の囮作戦に乗り気だった梨穂からも、ブレーキをかける二人に同調する。

 それには鈴音も自分の席で不満に唇を尖らせる。

『だからやるのだとしたら最低でも二組で組んで。もしくはいつでもフォローできるように誰かが傍に控えている状態でやるべき、ということになるわね』

 が、鈴音が反発の思念を放つよりも早く、穴を埋めた補強案を出す。

『まあ、そういうことなら』

 自身の提案を発展させた意見を出されては反発する必要も無くなり、鈴音は出かかっていた矛を呑み込む。

『では今日のところは全員で、ね。さ、次の授業の支度、支度』

 そうして梨穂は話はまとまったとばかりに、教科書ノートの入れ替えに手を動かし始める。

 それを受けて、鈴音もまた自分の席で準備を始める。

「さて、次の授業は……」

「数学だね」

「そっかぁ、じゃーおやすみー」

 しかし悠華は次の授業の内容を聞くや否や、腕を枕に机に突っ伏す。

「ちょっと悠ちゃん!? 始まる前からッ!?」

 いきなりに寝に入る悠華へ、隣の瑞希から突っ込みが入る。

「だぁって始まれば眠くなるんだからー、遅いか早いかの違いならぁ……おやすみー」

 しかし悠華は目も開けずに、顔を持ち上げ手をひらひら。そしてもう一度眠りの挨拶をして腕枕に頭を落とす。

「だぁめでしょッ! 起きて! 頑張ってッ!」

 そんな悠華の脇を目掛け、手を伸ばす瑞希。そして脇に突き入れた指先を暴れさせる。

「うひゃッ!? ニョホッ?! ちょ、みずきっちゃん、止めッ!? ヒヒヒャハハハハハハハハッ!?」

 脇から脇腹にかけてを襲うくすぐり。悠華はそれに堪らず悶え、暴れた手足が椅子や机にぶつかり、ガタつかせる。

「ダメッ! 止めて欲しかったらちゃんと起きてて! このままじゃ悠ちゃんの為にならないんだからッ!」

 しかし瑞希は悠華の制止を求める言葉を拒否。らしからぬ強情さでくすぐりを強行し続ける。

「ひひひゃッ!? も、マジ勘弁ッ! 脇弱いの知ってるっしょッ!? ニョホヒヒヒッ!?」

「だったら頑張って起きてて! あんまりあからさまに怠け続けたら、先生にだってきっと迷惑がかかるんだからッ!?」

「フヒャヒ! 分かった、分かったからみずきっちゃんッ! ヒャハハ! 降参! 参った! 頑張る! なるだけ起きてるから! もー堪忍ッ!」

 瑞希のくすぐり攻めに悶えながら、悠華は両手を上げて口と仕草の両方で降参の意思を示す。

「ふぅ……もう、分かってくれたならいいんだけど……」

 すると瑞希は手を引いて、息を整えながら眼鏡を触る。

「ひぃー……ふぅー……も、ホーント、くすぐるのだけは勘弁してちょーよ、マジで……」

 その隣では、笑い疲れて息切れした悠華が結局机に突っ伏している。

 そうして騒ぎを終えて一息ついている当人たち。

 しかし盛大な机のガタつきと、けたたましい笑いの中心部であった二人には、教室中の視線が集まっている。

「あ、う……」

 全方位からの突き刺さるような視線に、瑞希は今さらながらにうつむき恥じらう。

「ぜー……ぜぇ、ひぃ……」

 しかし悠華はそれどころではないと机に倒れ伏したまま、荒い呼吸を続けている。

 梨穂はクラスメイトと共に悠華と瑞希の姿を眺めて、呆れたようにこめかみを抑えてため息を一つ。対する鈴音はこみ上げるままに腹を抱えて笑っている。

 そんな騒動があった放課後、悠華たち四人はひとまとまりになって町を歩く。

「あーもう、今朝はホント最高だったよ。悠華ちゃんがあんな笑い転げて、アハ」

 四人の中で最も小さい鈴音がまた朝の騒動を思い出して笑う。

「それにしても悠華ちゃんがあんなにくすぐりに弱いなんて……ねえ、私もちょっとくすぐってみても良い?」

 そして鈴音は指を蠢かせながら悠華へ視線を送る。

「ちょーいとマぁジで勘弁してよ! くすぐりはガァチでヤバいんだってーッ!」

 その怪しい視線と指から悠華は我が自分自身を抱いて身を引く。

「うひひ……良いではないか、良いではないか」

 しかし嫌がり逃れる悠華に、鈴音は怪しい笑みを深めて手を伸ばし追いかける。

「あの、鈴ちゃん? 私が言うのもなんだけど、止めたげて」

 そこへ弱々しくも割って入る瑞希。

 その親友からの助け船に、悠華の目が輝く。

「えーッ!? だって悠華ちゃんをくすぐってはしゃいでたのは瑞希ちゃんじゃん! ずるい!」

「うう、それを言われると……」

「うん。知ってたー」

 しかし先にやらかした事を盾にした非難に瑞希は退けられ、鈴音は改めて指をわきわきと、悠華へ迫る。

「ふひひ。くすぐられるのがイヤだったらただちに逃げたまえー」

 追いかけっこも一興と迫る、悪い笑顔の鈴音。

「う、うぬぅー……」

 それに悠華は脇を締めて小さな友と対峙。進行方向を背にしてじりじりと後退り。

「こらこら、往来で騒がない。危ないでしょうが」

 そんな鬼ごっこの予兆に、今度は梨穂が咳払いを添えて止めにかかる。

「時と場所を考えなさい五十嵐さん! 車も通るんだから轢かれたらどうするの!?」

「一人で先走ったりする委員長が時と場所とか言う?」

「うっぐッ!?」

 だが梨穂もまた己の行いを鋭く突いた一言に、目を逸らして押し黙るしか無くなった。

「いいんちょまでッ!?」

 瑞希に続いて梨穂までもが封じられ、悠華はもはや孤立無援。

「さぁって……なるべく粘って楽しませてね」

 そんな悠華に、鈴音はまた満面の笑みを向ける。

「や、はっははは……」

 しかし対する悠華もまた、先ほどとは打って変わって、声を出して笑い始める。

「およ?」

 そんな悠華の様子に、鈴音は空をくすぐりながら首傾げ。

 瑞希と梨穂もそれには同じく、怪訝な目を悠華へ向ける。

「友だち相手にゃあー使いたくなーかったけんど、やるしかないみたいだーね」

 仲間たちからの注目の下、悠華は口元を吊り上げて拳を構える。

「宇津峰流闘技術奥義……」

「うえッ!?」

 ヴォルス相手にさえ出したことの無い、奥義の宣言。

 気を高め、はっきりと示した抵抗の意思。それには鈴音のみならず三人残らずに目を剥く。

「……宇津峰流闘技術奥義……ッ!」

 さらに気を溜めるように構える悠華。

 拳の鳴る程のそれに、三人は微かにうめいて息を呑む。

「……逃げの一手だよーん」

 が、悠華はみなぎらせた気を霧散。踵を返し、脱兎の如く逃走。

「だあッ?!」

「そんなんアリッ!?」

「宇津峰家に代々伝わる戦闘理念だもんねー」

 虚を突かれもつれる少女三人。

 悠華はそれを尻目に、歩道を蹴って疾走。

「そうこなくっちゃ!」

「ああもう! じゃれあいは程々にしなさーいッ!!」

「ゆ、悠ちゃん、みんなも、待ってぇ!」

 悠華の背中へ向け、口々に声を上げて走る三人。

 そうして少女たちは厚い雲の広がる暗い空の下へと向かう。

今回もありがとうございました。

次回も明日、ただし何時に更新かはランダムですよ。

今後もよろしくお願いします。

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