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怒りの声

「な、何ッ!?」

『あぁ?! あ、ぅあぁああッ!?』

 驚きに敵を仰ぎ見る目を明滅させるグランダイナ。

 その目の前でマーメイドクイーンは驚き、苦しみに悶えながら、見る見るうちに黒い霧となってサイコ・サーカスへと吸い込まれていく。

 やがて人魚女王の全てはサイコ・サーカスの手を通して吸いつくされ、後にはぐったりと生気を失った梨穂だけが残される。

「まずッ!?」

 変身した自身の全備重量をかけてはいけないと、グランダイナはとっさに梨穂のTシャツの胸元に掛かった指を解く。

 その気づかいが功を奏して、梨穂の服が裂けることは無かった。

 しかしそのために、自ら支えを手放した形のグランダイナは、当然自然に落下していく。

 そんなグランダイナを見下ろして、サイコ・サーカスは梨穂を吊るしたまま冷笑を深める。

『目先だけを見て動くマヌケめ』

 虚空を踏み、猫の子のように吊るした梨穂を左右に揺らしての見下し笑い。

 その逆の手には、指の間に首を挟んでぶら下げた解凍済みの竜の兄弟が。

『考えなしに反射的に動いてばかりいるから、大事なものを取り返せないのよ』

 そしてテラとマーレを見せびらかすように振る。

 そんな光景から、グランダイナは重力に引きずり下ろされるようにして離されていく。

「ウッ……グゥウッ!」

 仲間を囚われたまま成す術もなく離されるこの状況に、グランダイナは眼光を絞って唸る。

『さて、パワーを吸収し終わって、ショーの継続は私一人でも良いのだけ・れ・ど……』

「う、あぅ……」

 そんなグランダイナと梨穂を交互に見やって、サイコ・サーカスは吊るした梨穂の体を振り、もったいつけるように見下ろす。

『でもまだ捨てるには惜しいわね。とことん使いつぶさなければもったいないもの』

 そう言ってサイコ・サーカスは冷たい嘲笑を降らせる。

 降り注いでくる嘲り。それを浴びながらグランダイナは宮殿の屋根に足から着地。

 瓦礫を吹き飛ばし、膝を深く曲げてその衝撃を吸収。

「……ッ! 好きにさせるかぁッ!!」

 そして眼光も鋭く、跳躍。黒いロケットとなって上昇する。

「エヤッハァアアアアッ!!」

 瞬く間にサイコ・サーカスとの間合いを詰め、その勢いに乗せて蹴りを繰り出す。

『だから真正直に過ぎるのよ』

 だがその蹴りは、サイコ・サーカスが嘲笑と共に跳ねた為に空を切る。

 そしてそのまま宙返り。梨穂と竜の兄弟たちを捕まえたまま、船底門と宮殿へ向けて舞い降りる。

「むぐぅッ!?」

 唸り、身を捩ってその動きを目で追うグランダイナ。

 しかし飛翔能力を持たぬグランダイナに、跳躍の慣性を殺す術は無い。そのまま方向転換も出来ずにただつま先から空を走る。

 やがて勢いを失い、海への落下線を描きだすまでの間に、サイコ・サーカスは門の内へ。

 それを見ながらグランダイナは吸い込まれるように海へとダイブ。暗い水面を割り、派手な水柱を上げる。

「くっそ!」

 そして浮上と同時に腕を振ってクロール。敵が仲間を連れ込んだ拠点へ向けて泳ぐ。

 呑みこもうと度々に重なる波。それをグランダイナは懸命に切り裂き押し返しながら突き進む。

 高い波に混じって流れてくる、魚の様な生き物の遺骸。

 正面から黒い霧を散らして流れてくる死んだ幻想種。

 ぶつかってくるそれを押し退けるも、すかさず10メートル超のサメ型幻想種の遺骸が続く。

「クッ! ゴメンよッ!!」

 グランダイナは正面から迫るそれに手をかけ乗り上げ、詫びつつ足場にして跳ぶ。

『ハッハハハハハハハハ! 我らを認めぬ幻想種ども、滅びろ! この最高のショーの中で滅びるがいいッ! アハハハハ、ハァーハハハハハハハハハハハッ!!』

 どこからかこの光景を見ているのか、汚穢の中に散っていく幻想種の姿に、心底楽しそうなサイコ・サーカスの高笑いが響き渡る。

 高笑いの中、グランダイナは宮殿回りの僅かな土地へ向けて飛ぶ。

 そして膝をついての着地から振り返る。

 その視線の先には、激しい波の中で黒い霧と散っていく水棲幻想種たちの姿が。

「クッ! 好き放題にッ!」

 そんな犠牲者の姿に歯噛みし、グランダイナは敵の宮殿へ向けて踵を返す。

 しかし突撃するグランダイナを拒むように、フジツボまみれの門は音を立てて閉まっていく。

「イィィヤッハァァアアアアッ!!」

 それにグランダイナは両足を山吹色に輝かせて踏み込む。

 桟橋に似た足場に、深い足跡を刻んでの猛加速。

 しかしそれでも、船底のような門の間隔は、すでにグランダイナの肩幅よりも狭まっている。

「うぅ、おりゃぁああああああッ!」

 だがグランダイナは閉じかけた門へ肩からぶち当たる。

 グランダイナの開けた風穴ばかりか、基部までもが割れて壊れる。

「ふぅーいー……」

 基部と風穴から亀裂を走らせ、大きく傾いた門。

 それを振り返って、グランダイナは深く息を吐く。

『あらあら、そんなに懸命に来てくれてありがたいわね。いらっしゃいませ』

 そこへかけられる歓迎の言葉。

 高い塀に囲まれた、中庭のような空間。

 いくらかは開けた場所にも関わらず、サイコ・サーカスの声は上下左右、四方八方に反響。出どころの当たりがつけられない。

「うん、みんなも連れてきて見せてあげたいから、今日のところは三人を返してくんない?」

 そんな歓迎の挨拶に対し、グランダイナは指を絡めて組んだ手を、顔に添えて首傾げ。しかも両目を瞬きするように明滅させてのオマケ付きでだ。

 可愛らしい仕草での懇願。

 だが、そのポーズを取っているのは、二メートル超の鋼鉄のヒーロー。二メートル超の鋼鉄のヒーローなのである。

『……その申し出は魅力的だけれど、お断りさせていただきます』

 当然ながらサイコ・サーカスは、冷めた声でグランダイナの願いを却下。

「やーっぱダーメかぁー」

 しかしグランダイナはその答えを予想していたかのように一言。わざとらしくその場で石を蹴る真似までしてみせる。

『嘘を吐くのは止めたら? ここで退くつもりなんて無いくせに』

 逞しいヒーローの姿ではギャグにしかならないと分かっていた。そう言わんばかりのグランダイナへ投げ掛けられる声。

「なーんのことかな?」

 しかしグランダイナは、全方位からの冷ややかな突っ込みに軽く肩をすくめて首を傾げる。

『そうやってとぼけても無駄よ。この場で我々を叩きのめしてやりたいと思っているくせに』

 だがサイコ・サーカスから返ってきた言葉は、表面的なポーズなど見透かしていると言わんばかりの冷ややかな声。

 そんな全てを見切ったと告げるような声に、グランダイナは顔を隠すように右手を持ち上げる。

「ばーれちまってちゃしょーがなーいね」

 そしてその手でクリアバイザーを軽くはたき、あっけらかんと言い放つ。

『なに?』

 見透かされた上でなおもフリを続けるグランダイナ。それを不気味に思ってか、サイコ・サーカスの声にも僅かな揺らぎが生まれる。

 しかしグランダイナはそれに構わず、片手を腰に、逆の手を首に添えて右に鳴らす。

「こーこまでやらかしたのを見せられちゃさぁーあ、黙ってらーんないもんねー……」

 そして左へ返し、鳴らした刹那、その眼光が鋭く弾ける。

「……よくも、あんだけ……」

 低い声を絞り出しながら、怒りに全身のエネルギーラインから光を溢れさせる。

 普段通りのおどけ口調の奥から現れた、噴火にも似た怒りの心。

「あの幻想種パンタシアのみんなだって、もっと生きていたかっただろうに……生きていられただろうってのに……ッ!!」

 グランダイナは憤怒に輝くままに拳を固め、建物の方へと一歩踏み出す。

 足裏が地面に触れるや否や、生まれる波紋。

 さほど強い足取りで無いにも関わらず、地響きとそれに沿った光が波打つように小さな島を揺るがす。

「ショーだかなんだか知らないがッ! 面白半分に命を傷つけ! 奪って! 気に食わないんだってぇのッ!!」

 そしてらしからぬほどに激しい怒声と共に、さらに一歩。

 重く踏み込んで、一際大きな地鳴りと波紋を起こす。

 それは小島全体を覆う宮殿の土台を崩し、根元から大きく傾け歪ませる。

『……好き放題に言ってくれるじゃない』

 グランダイナが怒りから発した言葉と力。それにサイコ・サーカスの不快げな声が響く。

 それを掻き消すように、グランダイナはさらに踏み込み島を揺らす。

『……いいわ、次のショーを始めましょうか』

 そんな低く抑えた声に続いて、宮殿の正門が開く。

 軋んだ音を立て、半ば崩れるようにして開く観音開き。

 支えの一つを無くし、上部も落下。

 それが地面との衝突で砂煙を上げる。その横をすり抜けるようにして進み出てくる人影。

「……いいんちょ?」

 その人影は長い黒髪をなびかせた、発育の良い女子中学生。永淵梨穂に間違いない。

 しかしその両手にはそれぞれ、直の片刃と反り身と、黒い剣が握られている。

 石畳に切っ先を引き摺り、裂け目を刻みながら進み出てくる梨穂。

 揺れるような足取り、削られたようにこけやつれた頬。

 それからは命の力を大幅に奪われていることを窺わせる。

 だがぎらつき輝くその目からは、激しく渦巻く力が感じられる。

 その異様な光を持つ目に、グランダイナは拳を握る。

 が、梨穂が大きく揺らいだかと思いきや、次の瞬間にその身はグランダイナと肉薄。腕を持ち上げ構えるまでの間隙に流れ込んだのだ。

「シャァッ」

 歯と唇、その隙間を擦るような吐気に合わせて振り上がる刃。

「う!」

 それにグランダイナは微かに呻いて後退り。脇腹へ掬い上げてくる左の湾刀に右腕を盾にする。

 装甲で受け流していなした。かと思いきやすかさずに右の直刀が降ってくる。

「くぅ!」

 鋼鉄のヘルメットを叩き割ろうと迫る刃。とっさにグランダイナはその持ち手を掴み、身を翻して投げ飛ばす。

 生身の梨穂を地面へ叩きつけるワケにもいかず、大きく放り出す形で宙へ。

 しかし梨穂は空中で身を捩り、着地と同時に受け身、反転。

 身を翻した勢いに乗せての斬撃。

 グランダイナは遠心力を受けて迫るそれを叩き落として、続く逆の曲刀を受け止める。

「う、うぅううううッ!!」

「いいんちょ! まだッ!?」

 唸りながら、手首で止められた剣を押し込んでくる梨穂。その未変身の生身とは思えない圧力に、グランダイナは呻く。

『さあて、竜の戦士による救出ショー。はたして水竜の戦士を無事救出できるのでしょうか?』

 そこで響くサイコ・サーカスの楽しげな声。

 合わせて叩き逸らした直刀が振り上げられる。が、グランダイナは空いた手で黒い刃を摘まみ止める。

 直後、剣を持つ梨穂の両腕が割れ、裂け目から血飛沫が爆発する。

「いいんちょッ!? サイコ・サーカス、いいんちょに何をッ!?」

 刃を押し込む腕から血を流す梨穂。血煙越しのその姿に、グランダイナは仕掛人であるサイコ・サーカスへ叫ぶ。

『何のこと? 私はただ、そいつの望みを叶えただけ。お前を倒したいという、願いをね』

 しかしサイコ・サーカスから返ってきたのは冷たい一言。

 嘲りさえ含んだそれに続いて、梨穂からの押し上げがその圧力を増す。

「……まだ手加減をするつもり……ッ!? また本気を出さずに終わらせる気だとッ!? あの時のようにッ!?」

「あの、時……?」

 いつの事かと疑問符を浮かべるグランダイナ。戸惑い両眼を瞬かせるその顔に、梨穂は歯ぎしり眉間を寄せる。

「そう、だろうねえッ!!」

「うぐぁああッ!?」

 梨穂が怒りに任せて振り抜いた双剣。それに合わせて生じた黒い波に、グランダイナは津波に呑まれるように押し流される。

 そして背中から壁に叩きつけられると同時に、その身を守る装甲がはがれて散る。

「うぅ、ぐぅ」

 壁を背にずり落ちる悠華。

 尻もち呻き顔を上げたその鼻先に、黒い刃が突きつけられる。

 その刃を握る梨穂は、腕から血を滴らせたまま険しく歪めた顔で悠華を見下ろす。

「お前はあの時からそうだった……そうやって私を歯牙にもかけずに見下し続けて……ッ! それが私には許せないッ!!」

今回もありがとうございました。

次回は7月31日18時に更新いたします。

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