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煽って煽って煽り倒せ

 マーメイドクイーンは顎を上げた姿勢のまま、放物線を描いて海へ。

 顔面からの着水に、水柱と音が高々と上がる。

 同時に竜兄弟を封じた氷を持ち上げる水柱がその力を失い、その高度をみるみるうちに下げる。

「今度こそはッ!」

 再び仲間たちの氷漬けを確保しようと駆け出すグランダイナ。

 だがその足は降り注いだカードによって縫い止められる。

『それ!』

 そして続いて降ってきた闇と金色のピエロの蹴り。それにグランダイナはとっさに腕を盾とするが、その防御ごとあえなく押し退けられる。

「ウッ……クゥッ!」

 グランダイナは歯噛みしながら踏ん張り、立て続けに放たれたカードを身を屈めてやり過ごす。

『ふん!』

「うぐ!?」

 だが体を折って低くした頭を目掛け、振り子軌道に迫るピエロシューズ。

 それをグランダイナはとっさに横っ跳び。

 靴のつま先がバイザーを掠めて火花が散る。

 目を切るように弾けるそれを受けながら、グランダイナは横転がりに受け身を取る。

 そうして転がった勢いに乗せてグランダイナが跳ね起きる。が、同時にその目前には投げつけられたカードが。

「ふんぬッ!」

 だがグランダイナは眼前のカードから逃れるのではなく、逆に踏みこむ。

 頭突きの形で頭から突っ込み、カードの弾幕を真っ向から弾き、突き破る。

 その勢いのままサイコ・サーカス目掛けてタックル。

『アーハン?』

 だがサイコ・サーカスはまるでそれを読んでいたかのように跳躍。前回りにグランダイナを飛び越えすれ違う。

「うの!? おぉうッ?!」

 水際で踏みとどまってつんのめり、危ういバランスを強引に傾けて後ろ蹴りを突き出す。

『甘いわ』

 しかしサイコ・サーカスは嘲笑を浮かべてバックステップ。つま先をかわすと同時にカードをばら撒く。

 そしてカードは黒い装甲にまとわりつき、爆発する。

「……ッ! どっちがッ!」

 だがグランダイナはその爆発に乗じてジャンプ。水上へ身を投げ出す。

 身を捻り、仰向けになって、竜の兄弟を受け止めに手を伸ばす。

 しかし、仲間の救援を第一に動くグランダイナを、巨大な津波が呑みこむ。

「ぐあッ!?」

 グランダイナを呑みこみ、そしてさらにサイコ・サーカスをも巻き込もうとする大津波。

 空間の裂け目へ潜り、サイコ・サーカスは水の下から逃れる。

 直後、グランダイナを取り込んだ津波が船底門の前に黒い闘士の体を叩きつける。

 歯を食いしばり、仰向けに倒れたずぶぬれの体を腕を支えに起こすグランダイナ。

 満身創痍ながら煌々と輝くその目が見据える先。

 そこには水柱を支えに浮かぶマーメイドクイーンの姿が。

 その左手の黒いシャムシール。その刃の上には直方体の氷の棺が乗っている。

「くぅ……」

 またもの奪回失敗。未だ敵の手の内にある仲間たちの姿に、グランダイナは悔しさを滲ませて唸る。

『……どういうつもりかしら?』

 一方、船底門の近くに出たサイコ・サーカスは、マーメイドクイーンを見上げて首を傾げる。

 もろともにと繰り出された大波の真意を尋ねる問い。

『邪魔をしないでちょうだい。ヤツは、私が叩きのめす……!』

 同胞の問いに、人魚女王は刃を備えた傘でグランダイナを指して答える。

『……悪い方向に自我が強まってしまったワケね。苗床に逆に侵食されているようじゃ世話無いわね』

 ますます梨穂からの影響を濃くした物言いに、サイコ・サーカスは嘆息混じりに頭を振る。

 そしてふわりと飛び上がると、開かれた門の縁に腰掛け腕を組む。

『なら好きにしたらいい。ただし、私はそこの甘ちゃんとは違うから、二度と援護はしないからそのつもりで』

 そしてマーメイドクイーンを見下ろして一言。

 冷ややかな除名、切り捨てにも等しいその宣言。しかし人魚女王はサイコ・サーカスを一瞥して鼻を鳴らす。

『元々必要ないのよ。小細工抜きなら負ける道理も無いのだから』

 どこまでも強気な言葉。それにサイコ・サーカスはただ呆れ、諦めたように肩をすくめるばかり。

 しかしマーメイドクイーンは気にした風も無くそれを無視。改めてグランダイナへと目を戻して剣を構える。

「あ、話終わった?」

 対してグランダイナは首や肩を解しながら尋ねる。

 そっちの話なんかどうでもいい、と言わんばかりの黒い闘士の態度に、マーメイドクイーンの頬が引きつる。

『ふ、フン……卑劣な小細工を使っただまし討ちを必要としている割には、随分と余裕をかましてくれるじゃない?』

 しかし顔を引きつらせながらも、人魚女王は務めて冷淡な声をグランダイナへ投げつける。

 だがグランダイナはその言葉を受けながら、ただ首を鳴らして解す。

「……武士の嘘は武略って名ゼリフを知らないたぁねー。やーっぱお前は見た目どーりのいいんちょの偽モンにしかなれないわー」

『なん、ですってぇッ!?』

 見切り、見下げ果てたと言わんばかりに頭を振るグランダイナ。その一言にマーメイドクイーンは左右それぞれの得物の柄を潰れんばかりに握りしめる。

「アータシも経験あるから知ってっけーどさぁ? おまーらヴォルスって、取りついた相手の一面だけを写した偽モンなわけじゃん?」

 歯ぎしりして堪える梨穂のヴォルスを斜に見上げて、グランダイナは軽く鼻を鳴らす。

「ブチ切れた時のいいんちょをコピーしたんだろーけどさ。いいんちょからしたらギリギリの冷静さってのが足りないよね? あ、だからアタシに息つく間なんかくれちゃうわけか」

 重ねての挑発。

『このッ!!』

 それにマーメイドクイーンは顔を火を噴きそうな怒気に染め、身を支える水をうねらせる。

 流れに乗り、氷の刃を振りかぶって躍りかかる人魚女王。

 猛然と迫るそれを、しかしグランダイナは軽いステップでかわす。

『貴っ様ぁあッ!!』

 黒い闘士の脇を空振り通り過ぎて、マーメイドクイーンは舌打ち。

 いきり立つままに身を切り返す。

「イヤァッ!」

『ぶ!?』

 だがグランダイナは短い気合と共に蹴りを繰り出し、振り返ってきたその鼻っ面へめり込ませる。

 黒い雫の軌跡を残し、跳ね返るヴォルス。

 グランダイナはすかさず鱗に包まれた手首を握る。

「ハアアッ!」

 そして掴んだ手首を握りしめ、踏み込み振り下ろす。

『お、ごぉッ!?』

 爆音。

 そして人魚の体は、桟橋のような足場を割って沈む。

『ば、バカな……怒りや憎しみで溢れた心命力は、竜には受け付けられず……すぐに中毒を起こして自滅するはず、なのに……!?』

 瞳、全身のライン。そこから未だにまったく光を失わないグランダイナ。

 その姿にマーメイドクイーンは足場の中で潰れたまま疑問の声を絞り出す。

 理解不能、不能と、幾度もその顔で繰り返すヴォルスの人魚。その身へグランダイナは拳から圧し掛かる。

『うぐっはぁッ!?』

「……なのにもなにも無いってーの。お前らのやり口に、一周回って頭が冷え切るまでブチ切れてるだけなんだっつの」

 精悍にして重厚な巨躯。

 その重みに、口から黒い雫を飛沫と吐き出す人魚。

 足場と骨格の軋み音の中で呻くそれに、グランダイナは押し込む力を緩めぬまま、その眼光をさらに鋭く煌めかせる。

 バイザー奥のみならず、全身から放たれる眩いほどの輝き。

 その中にはほんのひと摘みほどの濁りも存在せず、どこまでも純粋な、激しく乱れの無い光である。

 それは丁度、弱まれば赤とも黄とも見える太陽の光が、最高潮に達した時には純粋な眩しさとしか見えなくなるのに似ている。

『おぉ……ッ?! うあ、おぉッ?!』

 その輝きを真正面から浴び、悶え苦しむマーメイドクイーン。

 辺りの闇を押し返すほどの輝きの中、割れた足場を崩しながら、尾や腕、首を振り回して身を捩る。

「このまま分離してくれりゃー、楽でいーんだけんど……」

 梨穂に巣くったヴォルスを輝きで燻りだし、力で絞りだそうとするグランダイナ。

 直後、人魚女王を叩きつけて歪んだ足場から、一際大きな軋みが響く。

「お、う!?」

 続けて大きく歪み、撓む足場。

 波打つように揺らいだそれは、マーメイドクイーンとグランダイナを中心に、音を立てて崩落する。

 そしてヴォルスとグランダイナは、揃って大きく波打った黒い海へと吸い込まれるように落ちていく。

『ッ! いいかげんに、放せッ!!』

 押し込みに使われる土台の崩壊。そしてその下には自身の土俵である海が控える。

 この状況に、マーメイドはその下半身と両腕を一層激しく振り回し、拘束を解こうとする。

「だーれがッ!」

 だがグランダイナはその抵抗をものともせず、押し込んだ拳を開き、その太く長い指をマーメイドクイーンの豊かに膨らんだ胸元。その谷底の肉に食い込ませる。

 そうしてもみ合い絡み合いながら、グランダイナはマーメイドと共に水飛沫の中に姿を消す。

『放せッ! このッ!』

 得た水をかき混ぜもがくマーメイドクイーン。

 右の傘を手放し、グランダイナの顎へ掌底。しがみつくグランダイナをはがそうと突っ張る。

「むぐ、ぐぅう……ッ!」

 しかしグランダイナはその抵抗をものともせず、鎖骨や肋骨の隙間に指をねじ込ませる。

『お、ぐぅッ!?』

 その指先から流しこんだ心命力の輝き。それにマーメイドクイーンは目を見開き、首とあばら下のエラを全開に呻く。

 しかし呻きながらも、左に握った暗黒のシャムシールの刃に氷の棺を絡め、黒い装甲へ叩きつける。

 苦し紛れの、鈍器で殴るような剣撃。

 いくら刃が鋭かろうと、刃筋の整っていない剣ではなまくら同然。グランダイナの強靭な装甲を切り裂ける道理は無い。

 だが死に物狂いのもがき、なりふり構わない本気の思いはパンタシアとその契約者の力を大幅に高める。

 それは心命力の影響を色濃く受けるヴォルスにも例外は無い。

 本来は歯が立たないはずのぶつけ方でありながら、異物を取り付けたシャムシールの刃はグランダイナの重甲を刻み、削る。

「……む、うぅッ!!」

 だがグランダイナは、肉体に食い込ませた指の力を緩めるどころか、さらに強める。

 さらに唸りながら全身のエネルギーラインからの光をさらに激しく輝かせる。

『う、あぁッ!?』

 そしてマーメイドクイーンは、その光に焼かれるようにして悶え苦しむ。

『ぐぅ!』

 その苦痛から溢れた声を噛み殺して、ヴォルスは左の刃を大きく振りかぶる。

 だがグランダイナは振り下ろされたその刃を、左手で掴み取る。

『しまっ……ッ!?』

 堪らず声を上げるマーメイド。

 対するグランダイナは、「いい加減に返せ」と言わんばかりに、顔前を横切る左腕越しに眼光を輝かせる。

『う、うぁ……?!』

 そして呻き声に続き、マーメイドクイーンの全身から黒い霧が噴き出す。

 イカやタコの墨にも似たそれ。

 苦し紛れの目くらましかとも思えるがそうではない。全身に浄化の光を浴びての傷から流れたヴォルスそのものである。

 泳ぎが生む流れに乗って吹きつける、血に似た黒い霧。

 グランダイナは視界を塞ぐそれに怯まず、力任せに敵へ身を寄せて、純粋な想いと命から生じた光を押しつけるようにしてさらに寄せる。

『あぐぅあッ!?』

 至近距離の浄化光に、弾けるような激しさで出血の勢いを増すマーメイドクイーン。

 このまま押し込んでいけば梨穂と竜の兄弟を奪い返せる。

 グランダイナという巨石が切り替えた流れは、問題なく勝利へ向かって流れている。

 だがそれも束の間、不意にマーメイドの背後で海水が裂け、まったく違う、吸い込まれるような流れが生まれる。

 声を上げる間も無く、その流れに飲まれるグランダイナたち。

 そして大量の海水と共に投げ出された先は空。

 暗黒の海。そしてその中心にある宮殿を眼下に望む空中へと放り出されたのだ。

「ぐあッ!?」

 直後、グランダイナを襲う横殴りの重い衝撃。

 それに重厚な巨体が大きく煽られる。

「ウッ……グ!?」

 しかし人魚の身を掴む手に力を込め、手放すまいと堪える。

 だがマーメイドクイーンの体はまるで錨を下ろしたかのようにその場から動かない。

「グッ?! サイコ、サーカスッ!?」

 そして視線を走らせたグランダイナは、マーメイドクイーンの陰に白い顔をした強敵の姿を見つける。

『まったくだらしない……見てはいられないわね』

 警戒を強めるグランダイナ。対してサイコ・サーカスは、ただ首後ろで掴まえた人魚へ冷ややかな目を向ける。

「助ける気は無いんじゃなかったっけ?」

 前言をあっさりとひっくり返しての横槍。人魚の体だけを頼りにぶら下がったグランダイナは、敵の真意を探るようにつつく。

 だがサイコ・サーカスはそんな黒い巨漢のヒーローとマーメイドクイーンを片手で支えながら軽く鼻を鳴らす。

『誰がこれを助けるために手を出したと?』

『う、あ!? あぁああああああッ?!』

 そしてピエロメイクの笑みが深まるのに続き、掴んだ腕から黒い霧を吸い上げ始める。

今回もありがとうございました。

次回は7月24日18時に更新します。

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