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人魚女王の城

「うぉ、ぐぅ……」

 全身。特に前面を蝕む痛みに歯を食い縛って、悠華は腕を支えに顔を上げる。

「なんじゃあ、こりゃあ?」

 顔を上げた悠華の目の前にあったもの。

 それは巨大な門であった。

 フジツボらしきものに覆われた木々を繋ぎ作られた、見上げる程の扉。まるで難破船の船底を左右に分けて加工、流用したかのようなそれを見上げて、悠華は呆けたように瞬きを繰り返す。

「そうだ、テラやんは……?」

 やがて、未だに声をかけて来ないパートナーの事に思い当たり、悠華は視線を辺りに巡らせる。

「って、ドコここッ!?」

 そうしてまた目を瞬かせて声を上げる。

 墨を溶いたように暗い水面。

 音を立てて波打つそれが、悠華の居る桟橋の様な足場を中心に、城門方向を除いた三方に取り囲むように広がっている。

 しかもその海は、遠くに行くに連れてゆるゆると立ち上がっていて、広い球の内側を思わせる。

「幻想、界? いーつの間にアタシ……」

 見覚えのある海の形。それに悠華は、今居る場所が幻想界のいずこかであることを悟り、身を起こす。

「確か、いいんちょのヴォルスにしがみつかれて……」

 立ち上がった悠華は、記憶にある部分を口に出しておさらいしながら首捻り。

「およ……変身が?」

 そしてそこでようやく自分の体をはっきりと眼に入れたのか、日焼けした腕やギュッと引き締まった体を改めて見回す。

「そうだ、ヴォルスになったいいんちょが自爆して……ッ!? いいんちょが自爆ッ!?」

 グランダイナのヒーロースーツを弾き飛ばした爆発。それを起こしたものを口に出して、悠華は弾かれたように顔を上げる。

「自爆なんかして、マーくんも無事なはずがッ?! それに、テラやんもあの爆発にッ!? なんてこったッ!?」

 救うべき仲間、そして一蓮托生のパートナー。

 自身をこの幻想界の海へ弾き飛ばした爆発に同じく巻き込まれたものと、爆心地そのものの姿を求めるように、悠華は辺りの海へ眼を向ける。

「テラやん!? いいんちょッ!? マーくんッ!?」

 声を張り上げ、仲間たちを呼ぶ悠華。

 だがそれに返ってくるのは、桟橋にぶつかる波の音と跳ね上がった飛沫だけであった。

「もしかしてテラやんは出た場所が悪くて海にッ!? だったらッ!」

 悠華は相棒は落ち所が悪かったのかと推し量って、桟橋の端へと足を向ける。

『フフ、その必要は無いわ』

 冷やかな笑みに続く制止の声。

 ぞわりと肌の逆立つような寒気を帯びたそれに、悠華は凍りついたように足を止める。

 そして固く強張った首を動かして、自分を引きとめたものへと顔を向ける。

「……さ、サイコ・サーカス……」

 絞り出すように、飛び込みを引き止めた声の主を呼ぶ悠華。

『ようこそ。招待を受けてくれてありがとうございます』

 船底門の傍ら。そこに立つサイコ・サーカスが招待客を笑顔を見せながらの礼で迎える。

「招待? 見たくもないひっでーショーにはとーっくにきょーせー参加させられてるけんど?」

 丁寧な、しかし冷ややかな作り笑いでの挨拶に、悠華はおどけ口調の皮肉を返す。

『あら? ショーの始まりはまだまだよ? 今までの招待状を前座と勘違いされては困るわね』

 だがサイコ・サーカスは皮肉を気にした様子もなく、冷たい笑みのまま小首を傾げて見せる。

 今までのが前座ですらないと言うその言葉に、悠華の顔が堪らず強張る。

「なん、だと……!?」

 反射的に拳を構え、後ずさる悠華。

 その様にサイコサーカスは眼を細めると、倒した上体を起こして門へ注目するように平手で指す。

 続いて左右に割れ始める、フジツボまみれの門。

 錆の擦れるような重い軋みを立て、その奥に控えていたモノの姿が露になる。

「んなッ!?」

 悠華は目を剥き絶句。

 開かれた門の奥。

 そこに居たのは一人の人魚。

 扇形の巨大な二枚貝に、珊瑚や真珠を飾り立てた豪奢な椅子。

 そこにゆったりと腰かけた、青い鱗の人魚である。

 紺色の髪に王冠を戴き、左右非対称なヒレのコートを羽織ってこそいたが、その姿は紛れもなく、湖で自爆したはずの梨穂のヴォルスである。

「んなバカな……ッ!? だってさっき……」

 そんな印象を否定するかのように、悠華は頭を振って後退り。

 だがそれに、ヴォルス・マーメイドクイーンは、サイコ・サーカスと揃って口の端をつり上げる。

『言ったでしょう? 招待状だと』

『あんなものはただの分身に過ぎないわ。少しばかり手をかけて仕上げはしたけれど、ね』

 冷ややかな嘲りと合わせて浴びせられる種明かし。

「アレが分身……!? なら、アレに入ってたマーくんはッ!?」

 クイーンとピエロ女が分身だと言う爆発したヴォルス。その内にいた水竜のことに悠華は思い当たり、声を上げる。

『お前が心配している者たちなら……ほら、この通り』

 そんな悠華を前に、マーメイドクイーンは鱗とヒレを備えた左掌に一塊の氷を取り出して見せる。

「……なッ!?」

 透明度の高い氷の直方体。その中に封じられたものの姿に、悠華はまなじりが裂けんばかりに眼を見開く。

「テラやんッ!? マーくんもッ!?」

 絡み合うように身を重ねて封じられた竜の兄弟。

 その肌に色濃く刻まれた焦げたような傷跡。

 そんな重傷を負って微動だにしない二頭を封じた氷をマーメイドクイーンは左手の人差し指一本で支えて弄ぶ。

『まんまと罠にかかって……まったく間抜けなドラゴンどもだわ』

 人魚女王の手の中にある氷の棺を見やり、笑みを深めるサイコ・サーカス。

 そんな心の底からの、湧きあがるままに浮かんだといった風情の笑顔のまま、ピエロドレスの女は跳躍。宙返りして船底門の右片割れに飛び乗る。

『ああ! 最初のピースが揃って、ここからようやく最高のショーが幕を開けるのよッ! 水の守護竜とその契約者が海から始める、歪な幻想の世界の滅びがッ!!』

 感極まって張り上げた声によるプログラムの開幕宣言。

「ざっけんなッ! 何しでかす気か知らないけどッ! テラやんもマーくんも、いいんちょだって返してもらうッ!!」

 瞬間、悠華の顔が一変。

 子を狙われた雌獅子か母熊の如き相を浮かべ、右サイドにまとめた黒髪をぶわりと逆立たせる。

「ぜぇあぁあああああッ!!」

 咆哮。

 新たな波さえ起こすような怒号と共に踏み込む悠華。

 同時にその右拳が発光。

『むッ!?』

 真夜中に火山が爆ぜたかの様な眩さ。それにマーメイドクイーンは斜に顎を引いて目を庇う。

 その隙に悠華は一気に間合いを詰め、光り輝く拳を突き出す。

 が、全体重を込めたその拳打は、若き人魚女王の振り上げた尾に激突。相殺される。

 しかし打点から弾けた光は、拳から悠華の体を呑みこむ。

 拳、腕から肩。胴。包まれた端から黒い鋼鉄を纏っていく悠華の体。

 やがて全身がヒロイックなバトルスーツに包まれ、細く小さなグランダイナへと変化。

 直後、その全身がオレンジの光を放ち爆発する。

 人魚女王をその玉座ごと押し流すほどの衝撃波。

 163センチの少女を2メートル超の巨躯へと変えた、爆発的な膨張が生み出すその中心。そこで完成したグランダイナが拳を突き出したままその眼光を鋭く煌めかせる。

「ヤッハァアアアッ!!」

 そして爆風で押し流したマーメイドクイーンに、息を間も与えず再度の怒号。気合と足音を後に残して、グランダイナは内に秘めたマグマを露わに突っ込む。

 重く、しかし爆発的な突進から、大気を砕いて放たれる拳。

 対するマーメイドクイーンは尾を一振り。水飛沫を後にして宙へ舞い上がる。

『ふん! 意外な威力ではあるけれど、所詮は残りカスを振り絞ってのこと! 無駄な抵抗よッ!!』

 そして拳を飛び越えて、水の無い空間で泳ぐように身を翻すと、呼び出した剣付きの傘ごとに躍りかかる。

「ふんッ!」

 しかしグランダイナは右腕をかざし、体ごと突き上げるように跳ねあげる。分厚い手甲は傘と刃との境界へと自ら飛び込む形になる。

『なッ!?』

「はああッ!」

 ベストポイントを撃ち抜いた防御行動に驚き目を見開く人魚女王。

 降ってくるその声をグランダイナは気合で掻き消し、跳ねあげた勢いのまま押し返す。

『ば、バカなッ!?』

 放物線を描き跳ね返るマーメイドクイーン。

 その拍子に手からは竜を閉じ込めた氷の棺が零れ落ちる。

 グランダイナは無論次なる攻撃、ではなく、テラとマーレの保護を優先。海へと向かう氷へ手を伸ばす。

「テラやんッ!」

 だが伸ばしたその指先が氷へ届こうと言う刹那、レーザーの様な水が腕を撃つ。

「ぐッ!?」

 ピンポイントに集束した津波とでも言うべき水の狙撃。グランダイナはそれに呻きながらも、伸ばす手を引かずに踏み込む。

 だが同時に棺の真下、暗い海から立ち上がった水柱がグランダイナの指先から竜の兄弟の身柄を奪い去る。

 上昇する相方とその弟を閉じ込めた氷。歯噛みし、顔を上げてその軌道を眼で追うグランダイナ。

『よそ見してても、いいのかしら!?』

 だが同時に、水飛沫を帯びた人魚女王が、空を流れて滑り込んでくる。

 飛び込みながら振るわれる左手の黒湾刀。

 横薙ぎの黒一閃。

 それにグランダイナは強引に上体を振り戻して仰け反る。

 その勢いに乗せて黒い闘士は足を振り上げ、連撃を牽制。僅かに突っ込みの鈍った隙に乗じてバク転で間合いを開く。

 靴裏が足場を踏むと同時に、鋭い呼吸と共に踏み込むグランダイナ。

 飛び込みながらの戦車砲じみた拳。

 だがそれはマーメイドクイーンがとっさに開いた傘を盾に防御。

 拳を受け、大きくへこみ撓む魔傘。

 元に戻る傘布。その反発力に乗って、中心部から刃を伸ばしたそれは暴風に攫われたかのように吹き飛ぶ。

「むうッ!?」

 あまりにも軽い手応えを残して飛ぶ傘に、グランダイナが呻く。

 その一方でうねり波立つ水面を、水切り石のように軽々と弾んでいく傘。

『かかったわねッ!!』

 すでに傘を手放していた持ち主は、黒い刃を構えて下方向から掬い上げるように弧を描いて襲いかかる。

 だがグランダイナは息を呑んで逆に踏みこみ、掌を振り下ろして黒い刃の柄尻をはたく。

 しかしマーメイドクイーンは剣を押し返す一撃に乗り、反転した流れに逆らわずターン。

 その回転の間に人魚女王は刃の向きを変え、流れに乗せて一薙ぎ。

 夜すらも切り裂く闇の刃。

 その一撃をグランダイナは肘から立てた左腕で捌きかわす。

「ヤアッハアッ!!」

 そしてすかさず右の突き。獣の爪に見立てたそれはまっすぐにマーメイドクイーンの胴を打つ。

『ぐぅッ?!』

 熊の張り手すら比較にならぬ超重の痛撃。それには人魚女王も堪らず、エビのように後ろ跳ね。

『う、ぐ……ッ! 倒れ損ないのクセをして生意気なッ!!』

 尾からの飛沫と、右手からの水鉄砲を放ちながら後退するマーメイドクイーン。忌々しげに吐き捨てるその顔は、焦れと苛立ちに歪んでいる。

『冷静になれ。じきに怒りに任せた反動がでる』

 そこへ上から降りかかる冷ややかな声。

 同化した相手に引っ張られている様子の同胞を見下ろすサイコ・サーカス。その目には呆れの色すら無く、ただ無情に情報の伝達に徹しているようである。

 それは理性が四肢の反射行動を抑えようとしているようにも思える。

『……ふん、言われずとも!』

 しかしマーメイドクイーンは、上からの助言に反感を滲ませて吐き捨て、波に運ばせた傘を受け取り、二刀の構えを取る。

『だからこうして力を使わせて、リミットを早めているのよッ!!』

 建前の理由を叫び、人魚の女王は右手の傘から水鉄砲を連射。そしてレーザーのような水を放つのに合わせ、体の下に作った水のレールを泳ぐ。

 縦横自在。昇りては下り、曲げては返しを繰り返す水のレール。

 その上を、ただ空を蹴るよりもずっと早く滑り迫りながら、射撃を続けるマーメイドクイーン。

 そうして繰り出される殺意ある雨を前に、グランダイナのエネルギーラインはその輝きを失う。

『ハハハッ!? もう反動が出たのかだらしない!』

 石像のように動かなくなったグランダイナ。ヴォルスの人魚はその姿に哄笑を上げ、コースを固定。加速する。

『今すぐ一気に仕留めてやるわッ!!』

 両手それぞれの剣を大きく引くマーメイドクイーン。

 対するグランダイナは息を吸いながらよろめくように一歩退がる。

『トドメぇッ!!』

 輝きを無くした弱々しい姿に、自ら生み出した弾幕を追い越して容赦無く二刀を降り下ろすマーメイドクイーン。

 しかし挟み込むようなそれを前に、クリアバイザー奥でグランダイナの両目が煌めく。

「ヤアッ」

 鋭気と共に轟く踏み込み。

「ハアッ!」

 左右からの双刃を装甲に食い込ませながら、グランダイナは震脚に合わせた右掌底を振り上げる。

『がッ?!』

 無防備に突っ込んできた顎。それをきれいなカウンターの形で打ち上げる掌。

「翻土、転翔ォ!」

 暗い空へ仰け反り撃ち上がる人魚。

 グランダイナはそれを前に、掌底を振り上げた姿勢のまま、繰り出した技の名を告げる。

今回もありがとうございました。

次回は7月17日18時に更新します。

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