傷だらけの招待状
「みずきっちゃん!? すずっぺもッ!?」
唐突に巻き起こった水柱。その中心へ向かって走っていたグランダイナは、木々の隙間から見える空に、声を上げる。
その視線の先では、変身の解けた瑞希と鈴音が無防備に落ちてきている。
「跳ぶぜよテラやんッ!!」
『え、あ、うん!?』
地上へと真っ逆さまに迫る仲間たちの姿。それにグランダイナは相棒からの返事も待たずに踏み込み、加速。
「エェヤッハァアアアアッ!!」
そして鋭い気合を轟かせ、踏み切る。
地響きを後にしての跳躍。
巨体の重さも重力も振り切って、グランダイナの体は高く、高く。
「みずきっちゃんッ!? すずっぺッ!?」
叫び、手を伸ばすグランダイナ。
だが気を失って落ち続ける友たちは何の反応も返してはこない。
しかしグランダイナは飛びこむ勢いのままに、返事の無い友を掴んで抱える。
右の腕に瑞希。
左腕に鈴音。
左右それぞれに友を抱えたグランダイナは、高価な割れ物を庇うように、しっかりと小さな少女たちを腕の中に納める。
『フラムッ!? ウェント!? どこだッ!?』
そしてテラもまた、姿の見えない妹と弟を探して呼び声を張り上げる。
「上だよテラやんッ!」
落下を始める中、兄弟の姿を求める相棒へグランダイナが叫ぶ。
その声に従って空を見上げたテラが見たのは、身の軽さの為か、契約者たちよりもより高くまで打ち上げられていた弟妹たちの姿であった。
『悠華、頼むッ!』
そんな上空の兄弟たちを認めるや否や、テラはパートナーを頼り、真下に浮き岩を召喚。
「あーいよぉッ!」
そしてグランダイナは相棒の依頼に応え、浮き岩を踏み台に跳躍する。
足場を砕いて上昇する黒い闘士。
そうしてさらに用意された踏み台を繰り返し蹴って、上昇を続ける。
『フラム! ウェントッ!?』
やがて弟妹と同じ高さに並ぶと、テラは砂を袋のように出して気を失ったフラムとテラを保護する。
「テラやん、クッションッ!!」
気絶し、戦闘不能に陥った火組と風組。それらを契約者と竜ともども無事に確保したグランダイナは、落下が始まるより先にパートナーへ指示。
『分かってる!』
それにテラは打たれて響くように応え、上昇の速度を失いつつあるグランダイナの下へ浮き岩を呼び寄せる。
「ナァイステラやん!」
相方が空中に用意した小刻みな足場。
グランダイナは上昇するときと同じくそれを繰り返し踏んで、しかし先ほどとは真逆に勢いを殺しつつ高度を落としていく。
眼下に開いた、枝葉の屋根をその柱ごと薙ぎ倒して作った大穴。
グランダイナはその穴を抜けて、腐葉土に覆われた地面へと降りる。
静かな、腕の中の仲間たちを庇っての柔らかな片膝立ちの着陸。
「ふぅいぃ……」
それに成功したことにグランダイナは深く安堵の息を吐き、抱えた友たちを地面へ下ろす。
「う、うう……」
「く、う……」
「……二人ともひっでぇケガ……アタシがもっと早く駆けつけれていれば……」
しかし安堵も束の間。微かに呻く瑞希と鈴音をの傷を診て、グランダイナは悔しさの滲んだ声を絞り出す。
『それにしても、梨穂とマーレ、それにサイコ・サーカスはどこに……?』
傷だらけの二人に渋面を浮かべて、テラはこのあたりでぶつかり合っていたはずの者たちを探して辺りを見回す。
「そうだよ! いいんちょたちはッ!?」
相棒の疑問と警戒に、グランダイナも傷ついた仲間たちを庇うようにして周囲に眼をやる。
瞬間、周囲の森が大きく歪んで景色が融け始める。
「なにッ!?」
突然の崩壊に、グランダイナは慌てて仲間たちを抱える。
その内に辺りの崩壊はさらに加速。全方位から押し寄せるようにして暗黒の森は崩壊する。」
グランダイナとそのパートナー。
そして倒れた仲間たちだけを残して崩壊する光景。
「う、わ……!?
景色の崩落に身を強張らせるグランダイナたち。
そして目を開けた地組が見たのは、夕陽が漏れ射す、人間界の森であった。
「戻って、来れたってーの?」
辺りの森を見回しながら呟くグランダイナ。
『じゃあ、サイコ・サーカスは逃げた……いや、またオイラたちを見逃したのか?』
そしてテラもまた同じく辺りを見回して呻く。
「どうした! 急に姿が見えなくなったが!?」
「襲われたの? って、酷いケガじゃないのッ!?」
そこへ日南子といおりが木々をかき分けて駆けつける。
駆けつけてきた保護者二人に、グランダイナは変身を解除。装甲を輝く砂として風に流して、日に焼けた女子中学生の姿に戻る。
「婆ちゃん、いおりちゃん先生」
『はい。ヴォルスが三体襲ってきて……オイラたちが当たった相手は何とかしたんですけど……』
状況を説明するテラ。
それにうなづきながら、いおりは傷を負って倒れた瑞希を担ぎ起こす。
「そう……それで、永淵さんは? それにマーレ君も、どこに行ったの?」
この場にいない水組。それに対するいおりの疑問に、悠華もテラも眉をひそめてうつむく。
「それが……分からないんッスよ。怪我したみずきっちゃんたちを助けたら、アタシらはこっちに戻ってきちゃったんス」
『オイラたちと一緒には戻って来れてないんですよ』
はぐれた事実を、地組は師へ悔しげに告げる。
「そんな……」
「とにかく、もう日も落ちる。あたしが探すから、アンタは先生と一緒に怪我した子たちをキャンプに運びな」
教え子か行方知れずという事態に、いおりが目を剥く。
日南子が衝撃に黒目がちな目を揺らすその肩を叩き、孫ともどもに指示を出す。
「し、しかし……」
自分も残ろうというのか、食い下がろうとするいおり。
だが日南子はそれを首を横に振る。
「いいや、子どもたちだけにしておくわけにはいかん。大室先生にはそちらをお願いしたい」
「……しかし、しかし……」
師の理と、生徒への想い。
その板挟みに、いおりは苦しげに頭を振る。
「……いえ、分かりました」
だが有無を言わせまいと見据える日南子に、首を縦に。
しかしその顔は、苦渋に歯を食い縛ってのものであった。
「……孫を頼みます」
「ええ、お師匠様もお気をつけて」
「頼むよ、婆ちゃん」
そんな苦渋の承諾をしたいおりに、日南子は悠華のことを託して踵を返す。
そうしていおりと悠華に見送られて、木々の間へ消える日南子。
「……とにかく行きましょう。ここにいても落ち着いて治療できるわけじゃないし」
日南子の姿が森の中に消えると、瑞希を担いだいおりが先導してキャンプ地への移動を始める。
「ういッス。テラやん、フラちんたちは頼んだよ」
『ああ、分かってる』
先立って緩やかな下りを数歩進んだいおり。
それに続いて悠華が鈴音を背負い、テラがフラムとウェントを小さな浮き石の担架に乗せる。
そうして怪我したメンバーを担ぎ背負って、テントの所まで降りた一行。
テントの中に負傷した瑞希と鈴音、フラムとウェントを運び入れ、傷の手当てをして寝かせる。
「テラやん。みんなの治療は頼める?」
『治癒力を少し促進させるくらいなら何とか』
物質界であるため、いおりは苦痛を焼く癒しの火を使うことが出来ない。
そして悠華もまた、自動での自己治癒だけしか回復の手段を持ち合わせていない。
心命力を用いた回復術の所有者が居ない中、テラがテント内を休息効果を高めた空間として整える。
「宇津峰さんも消耗しているんだから、無理をしてはダメよ?」
大地に由来する癒しの力を巡らせたテント。その入り口を開けていおりも中へ。
そしてその手に持っていたおにぎりの並ぶ皿を悠華へ差し出す。
「どもども。でもアタシはへ―きッスよ。腹いっぱいに食べちゃえば元気いっぱいッスから」
心配無用とばかりに笑い飛ばし、握り飯を受け取る悠華。
あいにく負傷者と行方不明者で予定が狂ったために、飯ごうで仕込んだ飯しかなくなってしまったが、空腹を満たすのならばこれで充分。不足は無い。
「それで、話してもらえるかしら? 詳しい情報を、わかる範囲で構わないから」
塩の効いた握り飯を頬張る悠華へ、いおりが言葉をかける。
それに悠華はうなづくと、口に含んだ一齧り分の塊を咀嚼。
喉を鳴らして腹に送ってから口を開く。
「ういッス。アタシらだけになって動き始めてちょーっとしたトコで、変な森に引っ張り込まれてたんスよ」
そう言って悠華はおにぎりをもう一齧り。
そんな教え子に、いおりは水筒からお茶を二人分用意。悠華が呑みこむのを待つ。
サイコ・サーカスの支配する空間に引きずり込まれたこと。
幻惑能力を持つキノコのヴォルスにより、梨穂と瑞希を始めとした仲間内の衝突を煽られたこと。
梨穂が意固地になって、サイコ・サーカスとマーレとのチームだけで挑んだこと。
強引に援護に入ろうにも、キノコを含むサイコ・サーカスの従えたヴォルスに邪魔されたこと。
ひとまずは邪魔者を片付けるために分散して当たったこと。
「……で、何とかアタシらは引き受けた幻覚能力持ちのヴォルスをやっつけたんスけど、みずきっちゃんとすずっぺのほーがどーなったかは、みずきっちゃんたちが起きてくれない事にはなーんとも」
そう言って悠華は、日南子といおりが見失っていた間に起きた事態の説明を締めくくる。
その説明の間に、悠華は目の前に出されたおにぎりを三つほど平らげ、指先に付いた米粒を舐め取る。
「そう……そんなことになっていたのね……」
四つ目の握り飯を掴み取った悠華の前で、いおりは悔しげにうつむく。
「うう、う……」
その一方で、未だ目を覚まさない瑞希と鈴音が、どちらからともなく身を蝕む苦痛に呻く。
「……私がこんな合宿を企画しなければ……あなた達を傷つけることもなかったのに……」
いおりはそんな、無意識ながら苦しむ教え子の姿を見つめて溢す。
下唇を噛みしめたその顔にも、声にも、後悔と自責の念が色濃く表れている。
「いや、アタシがもっと早く助けに入れてなきゃダメだったんスよ!」
そんな悔しげないおりの言葉を、悠華はおにぎり片手に否定。自分の責任を主張する。
「いいえ! せめて私も付いているべきだったのよ。宇津峰さんが責任を感じることはないわ!」
だがいおりは、悠華の言葉に頭を振ってそれを強く否定。あくまでも引率者である自分の責任を強調する。
「そんなこと無いッスって! あれはその場にいたアタシが何とかしなきゃならない事だったんスから!」
しかし悠華はそのいおりの主張をさらに否定。仲間の傷の責任は、あくまでその場にいた自分のものだとする。
「いいえ、私の!」
「違うッスよ!」
互いに相手を庇い、自分を攻めるいおりと悠華の師弟。
『どっちもそこまで自分のせいにしなくたっていいじゃないか』
そんなお互いに譲らない二人の姿を眺めて、テラは苦笑交じりにため息をつく。
テラの呟きが師弟の間に流れるのに続き、テントの外で微かな足音が鳴る。
「婆ちゃんが戻った?」
足音の主を日南子と予想して、悠華は出迎えるべくテントの外へ。
『いや、違うッ! この気配は……』
だがその後ろで、テラが鼻をヒクつかせて契約者の見立てを誤りだとする。
「え?」
しかし制止するにはすでに遅く、悠華はテントを出ていた。
「……な!?」
そして悠華は正面へ向き直って絶句。
「……サイコ……サーカス」
『はぁい』
絞り出した悠華の声に、サイコ。サーカスは右手の指をひらひらさせる。
笑顔の、しかし冷やかな眼光を湛えたピエロメイクの顔に、悠華は堪らず固唾を呑んで後退り。
しかし目の前の強敵に緊張しながらも、腕を広げて傷ついた仲間たちのいるテントの盾となる。
『フフ……そんなに怯えることは無いわ。今はただ、招待状を渡しに来ただけなんだから』
そんな警戒も露わにした悠華の態度に、サイコ・サーカスは冷やかな目のまま笑みを深める。
「しょーたいじょー……ねぇ?」
素手の片手を強調して言うサイコ・サーカスに、悠華は警戒を解かずに身構え続ける。
『ええ、これがその招待状よ』
しかし警戒を露わにする悠華に対し、サイコ・サーカスは後ろ手に隠していたモノを投げつける。
「うッ!?」
投げつけられた青いモノ。とっさに受け止めた悠華は、腕に抱えたそれを見て眼を見開く。
「マーくんッ!?」
投げつけられた招待状の正体ははたして、梨穂の契約竜である水のマーレであった。
『ぐ、うあ……』
「ちょ、大丈夫!? マーくん!? マーくんやいっ!?」
傷だらけで呻くマーレ。腕の中で苦しみ悶えるそれに悠華は繰り返し呼びかける。
『ショーの開催場所やその他詳細は、そのドラゴンに教えてあるわ。それじゃあね』
「なッ!?」
そのサイコ・サーカスの一言に悠華は弾かれたように顔を上げる。
だが顔を上げた時にはすでに、サイコ・サーカスの姿は影も形も無くなっていた。
今回もありがとうございました。
次回は6月26日18時に更新いたします。




