セミ焙る火と風
時間を遡り、グランダイナがヴォルス・マタンゴの相手を請け負ったころ。
火と風の連合はグランダイナと分散。森の中を飛翔するシケーダを追いかけて飛ぶ。
「あはは、待て待て!」
『悠華の見立て通り、中々すばしっこいじゃんか』
ホノハナヒメに先んじて飛ぶ緑の風は、いつも通り楽しげに笑いながら木々の間を縫って行く。
「ねえねえ! このまま追いかけてやっつけちゃっていいかな? いいよね!?」
鈴音は横向きに渡った幹を潜りぬけて、後に続く炎の巫女へ尋ねる。
しかし許可を求めるような問いではあるが、その輝く瞳は答えを聞いてはいない。
「分かったわ! 思い切りやって!」
「その答えを待ってたよッ!」
ホノハナヒメの期待通りの答えに、鈴音は腰や裾のリボンフリルを羽ばたかせて加速。葉と枝を吹き飛ばして怪物セミへ直進する。
『瑞希、任せちゃっていいのぉ?』
その無謀な突っ込みを眺めて、フラムは不安げにパートナーに尋ねる。
「大丈夫。私が主導権を取って一々指示を出すよりも、のびのび好きにやってもらってフォローに回った方が上手くいくもの!」
しかし鈴音を行かせたホノハナヒメは、迷いなく相棒に向かって首を縦に。
「五十嵐さんッ! 敵のコースを制限するから! 私を利用するつもりで戦って!」
そして先行する緑の光へ向けて声を張り、晃火之巻子から出した炎をむしり、札として左手に握る。
「オッケー! 瑞希ちゃんに任せるよ!」
前方から投げかけられた了承。
それを受けてホノハナヒメは、左手に握った炎の札を上方向へ放る。
枝葉の屋根を貫いて、闇に放物線を描く赤い炎。
それが前方の暗闇を縦に裂き、弾ける。
光と熱を撒き散らす赤。
それを背に、大柄なものと小柄なもの。二つの影が舞い踊る。
『ジジジッ!?』
「うわお、派手じゃない!」
驚き戸惑い急旋回するシケーダ。それに対して、まるで至近距離の花火を楽しむかのように炎を潜る鈴音。
「まだまだ行くよッ!」
焦りと楽しみ。対照的な二つの声を聞きながら、ホノハナヒメは次々と炎の札をむしり作っては森の中へ投げて行く。
その内上方向に放ったものは、先ほどのようにミサイルさながらにヴォルス・シケーダを襲う。
『ジジッ、ジジジッ!?』
雨あられと降り注ぎ爆ぜる炎。それに追い立てられるように、セミは羽根を焦らせて逃げる。
「待ってましたッ!」
その逃げ道へ滑り込む鈴音。そして突っ込んできた複眼の間へ膝を突き入れ迎え撃つ。
『ジギジィッ!?』
逃走ルートに待ち構えての膝蹴りに、のけ反り吹き飛ぶシケーダ。
後ろ飛びのその軌道は、連なり爆ぜる炎へ真っ直ぐに飛び込むかと思えるもの。であったが、怪物ゼミは素早く宙返り。微細動する羽根で真後ろの炎を押し返す。
「そぉっれぇッ!!」
そこへ鈴音は飛びこみざまに引き構えていたメイスを振り下ろす。
が、縦一文字に空を裂く風の塊は、シケーダがいち早く身を翻したために空を切る。
小さく弧を描き、鈴音の脇をすり抜けるヴォルス。
「うッ!?」
すり抜けざまに振るわれた爪。それに鈴音はとっさに身を捩る。
「痛ッ」
左肩の白い肌が引き裂かれ、赤い雫が溢れ出る。
その苦痛に顔を歪めながら、振り向きざまに風の刃を抜き放つ。
しかし未練を見せない素早い離脱に、カマイタチは外骨格表面を浅く傷つけて終わる。
鈴音は強引に刃を振るった左肩を押さえ、宙返りに離脱。そのまま腐葉に覆われた地面に落ちて転がり起きる。
対する怪物セミも羽根を震わせて宙返りに反転。
だがそこで待ち構えていた炎の札から伸びた鎖が濃緑色の虫を縛る。
『ジジ、ジッ?!』
「大丈夫、五十嵐さん!?」
『傷は!? 深いのぉッ!?』
火の粉を散らしながら、負傷した肩を押さえる鈴音の元へ降りるホノハナヒメ。
「へ、平気。避けたから、そんなに深くないよ……」
傷の具合を心配する火組に、苦痛にしかめた顔のままうなづく。
その言葉通り、確かに骨にまで達する深手は避けた。だが肌と肉を裂いた傷の痛みは、少なからず動きを縛ることになる。
「……とにかく、今のうちに」
拘束する炎の中でもがくヴォルス・シケーダ。
鈴音はそれを復帰前に仕留めようと足を踏み出す。
「待って、これを」
ホノハナヒメはそれを引き留めて、手に持った炎の札を鈴音の肩に貼る。
「う? これ、は?」
大きな絆創膏のように傷を塞いだ炎の札に目を瞬かせる鈴音。
痛みを焼き払う癒しの炎。
そんな炎にあるまじき炎で作られた札を貼ると同時に、ヴォルスは拘束する炎を引き千切る。
『ジジジジジッ!!』
その勢いのまま、シケーダは鳴き声も高く突っ込んでくる。
焦って突っ込んでいれば痛手必死のタイミングでの拘束解除。
「草薙の返しッ!」
しかし逆にいきり立って突っ込んできた怪物ゼミを、炎の幕で受け止めてカウンター。突撃の勢いに炎を上乗せしてヴォルスの体は跳ね返る。
「ナイス! 瑞希ちゃん!」
火ダルマになって派手に吹き飛んだヴォルスに、喝采を上げて踏み切る鈴音。
フリルリボンの翼を広げ、暴風を後に残して飛翔。
対するヴォルス・シケーダは振動にも似た羽ばたきで身を包む炎を払う。
『ジジッ!』
火の粉を弾きながら突き出した爪。
それに鈴音はメイスの柄をぶつけ、逸らす。
受け流すのに合わせて、小さく軽い体も横に流す。
そうして振るわれた蹴爪を回避。近くの木の幹に足から飛び込み、膝を伸ばして反転。
レックレスタイフーンを突き出す暴風。
それに化けゼミは短い鳴き声を残して上昇。体の下に潜らせる。
そして枝葉の天井を背に、風を硬く固めたメイスヘッドに続く腕目掛けて蹴りを降らせる。
が、緑の風は落ちてきた蹴りをひゅるりと回避。渦巻くような前回りの勢いに乗せて蹴りを打ち出す。
突き上げるそれを、シケーダは四本の腕を重ねてガード。そして羽ばたき自ら枝葉の屋根を突き破る事で間合いを取る。
『広い空で戦う気か!?』
「あっは! 待て待て!」
広く穴の空いた天井から覗く暗い空。そこへ飛び出したヴォルスを追いかけて、鈴音とウェントも絡み合った木の屋根へ。
『瑞希!』
「うん、私たちも!」
枝葉を激しく揺さぶり折る上昇気流。
それに続いてホノハナヒメは、手元に投げ放っていた札を呼び寄せ回収。パートナーと共に紅蓮の翼を広げて空を目指す。
光を通さぬように絡み合った枝葉。
「祓えの火ッ!」
ホノハナヒメは壁にも似たそれを炎でこじ開けて、森の上に出る。
月も星すらもない、暗雲に閉ざされた夜のような暗い空。
ホノハナヒメの纏う火だけを光源としたような重く低い空。
海のように広がる森の上にのし掛かるその中で、森を突き破った上昇気流は、唸りを上げて標的を追いかけていた。
力任せにうねり飛ぶ緑の風。
それの周囲を跳ねて、ひねり、潜ってセミのヴォルスが逃げ回る。
それは飛び方を覚えたばかりの幼い鳥が、獲物をがむしゃらに追いたてているかのようであった。
『あのままじゃばてちゃうよぉ』
フラムはそんな、ペース配分も何もない鈴音の暴れ方に、呆れ混じりにため息。
「でも、五十嵐さんのは細かい事を意識して出せるパワーじゃないから。フォローするのは私」
そんなパートナーのコメントに、ホノハナヒメは分かっていると首を縦に。
そして回収していた炎の札を暗い空へと投げ放つ。
星明かりすら無い空に、煌々と輝く赤。
小さくとも目につくそれに、ヴォルス・シケーダは強いられるままに急旋回。
「アハ! ナイスパスッ!」
鋭角に跳ね返ったセミを、鈴音は魔法の鈍器で迎える。
だがジャストミートの直前に、シケーダの軌道が曲がる。逃げるような急変化に、風の塊はセミの急所を捉え損ねる。
「ファウルしちゃった!?」
鈴音は、外骨格を掠めるに留まった一打をそう言い表して、セミの背中へ向けて身を翻す。
ボール扱いされながらも、ヴォルス・シケーダは風の鈍器から逃れようと加速。
しかしその逃走コースに、炎の帯を纏ったホノハナヒメが割り込み塞ぐ。
「逃がさないわッ」
闇を焦がす眩い炎。
それに巻かれては堪らないと、シケーダは再び慌てて旋回する。
『行かせないよぉッ!』
その逃げ道を塞ぐようにフラムのファイアブレス。
「逃がす気は無いと言ったわ!」
一文字に空を走る炎の吐息。それから体を傾け逃げるセミの逃げ道を、晃火之巻子からの炎がさらに塞ぐ。
『ジ、ジジッ!?』
炙られて乱れた気流に包まれ、よたつき森へと降下するシケーダ。
「待ってましたぁ!」
だが降下するセミの下へ、滑るように飛んできた鈴音が割り込む。
『ジジ!?』
鈴音の通せんぼにヴォルスは戸惑い急ブレーキ。
『やっちまえ鈴音!』
「そいやぁあ!」
減速しきれずに落ちてくる敵を見上げて笑うウェント。
そんな相方に押し上げられるままに、鈴音はメイスを逆手持ちにした右手を突き上げる。
同時に、レックレスタイフーンの実体の無い打突部が爆発。暴風によるロケットじみた推進力が緑の少女を急上昇させる。
『ジギィッ!?』
真下の木を薙ぎ倒す風に押し上げられるままに、セミの腹を抉るメイスの柄。
「当たったぁッ!!」
逃げ回り続けてきた敵をようやく捉えたことに鈴音は会心の笑みを弾けさせる。
そして鬱憤を吹き飛ばすような喝采のままに、ヴォルスもろともに上空へと押し上げ駆け昇る。
だがヴォルス・シケーダもただ突き上げられるままで終わるまいと、四本の腕の先を鈴音の腕へ食い込ませる。
「あうッ!?」
腕を襲う痛みに、片目を瞑り顔をしかめる鈴音。
痛みに波を食いしばり、腕を刺す爪をはがそうと掴む。
だがその直後、セミの鋭い口が起きて鈴音の鼻先へ向けて突き出される。
「うッ!?」
鈴音はとっさに首を右へ倒し、杭のような口吻をかわす。
しかし傾け避けたかと思いきや、逃げた首を追いかけて再度針が落ちてくる。
それを鈴音は首を切り返し、髪の一条と引き換えに直撃を免れる。
さらに休む間もなく繰り返される、殺意に研磨されたキス。
それを鈴音は右、左と首振り繰り返して避け続ける。
「ど、どうしたら……!」
辛うじてかわせてはいる。だが、がっちりと皮膚に食い込んだ爪をはがすことも出来ず、敵の密着を振り払うことも出来ない。
そうしているうちに、またも降ってきた鋭い口が、避けた鈴音の耳に赤い筋を残す。
このままでは遅からず、額を杭に撃ち抜かれることは必至。
「五十嵐さんッ!!」
そんなジリ貧の状況に投げかけられる声。
その声に針を避けつつ振り返れば、炎で描いた儀式陣と共に飛翔するホノハナヒメが。
「瑞希ちゃんッ!」
助けに駆けつけようと昇ってくる炎の巫女に、鈴音は顔を輝かせる。
だが上昇する鈴音たちの勢いは未だに衰えず、ホノハナヒメのスピードでは追い付けそうに無い。
「ええいッ!!」
そこで鈴音はセミのキスをかわしながら、メイスヘッドを再度爆発。
さらに合わせて、リボンフリルの翼を羽ばたかせて気流を操作。森へ向けて宙返りする。
「いっくよおおおおッ!!」
眼下一面に広がる広大な森。
それとの間で、文字や図面を描いて輝く炎。
鈴音はその中心へ向け、風を爆発させてさらに加速する。
そうなれば焦るのはヴォルスの方だ。
先ほどまでとは逆に、繰り返し下と上へ交互に眼を向け、解放されようと手足を暴れさせる。
だがそんな抵抗の中、鈴音は身に纏う風をさらに強める。
そして、激突。
暴風に後押しされたヴォルス・シケーダの背が、地表に落着する隕石の如く、炎の浄化陣の中心へとぶつかる。
『ジジジギジギギジィッ!?』
上からの圧力。
下からの反発。
そして背を焼く火炎の熱。
押し潰し焼く挟みうちに、シケーダからけたたましい悲鳴が上がる。
化けゼミの羽根は焼け、完全に浄化の炎に縛られる。
直後、鈴音は敵の腹を蹴りつけ、巻き起こる炎の中心から飛び立つ。
「眞心の火の畏以て祓い清めるなり」
合わせてホノハナヒメの唇が祓いの祝詞が紡ぎだす。
「禊祓の晃火を以て……」
言葉が重なるにつれて、炎が勢いを増して立ち上がる。
「罪穢れをば、払い清めん!」
そして浄化の祝詞が結ばれると同時に、炎がヴォルス・シケーダを中心にして爆散する。
闇色の空を焼き尽くす光。
その中心に残っていた人影は、その光に吸い込まれるようにして消える。
浄化を終え、潮が引くように戻ってくる闇。
「はぁ……勝てた」
その中でホノハナヒメは深々と安堵の息を吐く。
『瑞希、良くやったよぉ』
「やったね瑞希ちゃん!」
『バッチリ決まったじゃん? スカッとしたよ』
フラムは浄化を終えたパートナーを称え、鈴音もまた風に乗って火組の元へ近寄る。
そんな仲間たちに、ホノハナヒメは額を拭いながら微笑みうなづく。
「うん。これで悠ちゃんのところに……」
だがその言葉は、不意に叩きつけてきた大量の水によって遮られた。
今回もありがとうございました。
次回は6月19日18時に更新です。




