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柔らかキノコの料理法

「悠ちゃんッ!? 大丈夫なのッ!?」

 瞬時に巻き起こった破壊音の嵐。それにホノハナヒメが親友の安否を確かめるため振り返る。

「あーうん。ちょーっと読み違っちった。だーからセミが片付きしだいに助けてぷりーず」

 グランダイナは親友の心配に、背中ごしに片手をふりふり。おふざけ調子に正直な現状を伝える。

「うん、分かったわッ!」

 平常通りの様子。それから焦りは無用と晴れた声を返すホノハナヒメ。

「急いでやっちゃうからねッ!!」

 その横では額面通りに受け取った鈴音が、息巻き風を渦巻かせる。

「頼りにしーてるかんねー。たーだやっつけ終わっててもかまへんでがしょ?」

 背後に巻き込まれていく風に乗せて二人へ。

「無理はしないでね」

「えー、そいつには脅かされた仕返ししたいからとっといてよ」

 砕け調子に返される笑み緩んだ声。

 そんなほぐれた応答に続いて、ホノハナヒメと鈴音はセミのヴォルスを追って空へ。

 グランダイナはそれをチラリと見送ると、改めて正面のマタンゴへと集中する。

 長く太い腕に反して、あまりにも短い足で距離を詰めてくる化けキノコ。

 構えたままの後退りで、縮まった間合いをあっさりと取り返せるほどの鈍い足取り。

 しかし足の鈍さと頭の弱そうなうめき声に反して反応は鋭く、腕力とリーチも合わせて、間合いに入れば恐ろしい相手である。

「ったく、歯ごたえのよさそうなぷりぷりの体してくれちゃってさぁーあ……打撃の効きが悪いたぁーまた厄介な相手だぁよ」

 そして何よりグランダイナにとって悪いのは、打撃をしっかりと受け止めてしまう、弾力性に富んだ菌糸の体である。

 肘やらなにやら関節らしいくびれこそあるが、間違いなくあの体に軸は入っていない。

 それが証拠に、長い腕が歩みを支えるが、その際に肘でない場所でも曲がるのだ。

 つまりは組んで極めることも不可能。打撃のみならず、関節技すら有効では無い。

 拳法棍術を駆使するグランダイナにとって、非常に相性の悪い手合いの一つと言える。

『悠華、勝算は?』

 そんな不利を察してか、テラが低い声で問う。

「まーったく効かないワケじゃーないから無ーくはないけどさぁーあ」

 それにグランダイナは緩んだ口調で、しかし構えを緩めぬまま返す。

 そう、先に掴む指を蹴り潰したように、輝くほどに気を込めたならば通用はする。

「でーもそれやるとハートがばてちゃいそーでさぁーあ? 倒した後が怖いのよねー」

 そう言ってグランダイナは後退り。

 目をやった先には水と氷の中で踊るピエロ女が。

 消耗した状態で、あのサイコ・サーカスから無事に逃げおおせるかは怪しい。

 グランダイナとしては、そんな強敵を控えての消耗はなるべく避けたかった。

『なるほど、厳しいな』

 テラもまた梨穂と戦うサイコ・サーカスを見やり、しかめ面でうなづく。

「きーっちり意見がまとまってりゃー、火ぃつけて逃げりゃー楽なんだけどさぁ。ヴォルスの森だし」

 ホノハナヒメが森に着火。鈴音がかき消さない程度に風で煽って延焼。

 そうして立ちこめた炎と煙を壁に逃げる。そんな恐らくは最も消耗の少ない生存法を口にしてグランダイナはため息を溢す。

『うんばぁああッ!!』

 その内にいつまでも詰まらない距離に痺れを切らしてか、焦れたように雄叫びを上げるマタンゴ。

 直後、その雄叫びに呼ばれたかのように、地組の周囲の木から一斉に青白い腕が伸びる。

『う、わッ!?』

「まずったッ!?」

 取り囲むように現れた何本もの腕。

 それにグランダイナとテラは見張った目を走らせる。

『しまった?!』

 伸びてきた手にとっさに飛び退いたテラであったが、逆方向で待ち構えていた手に掴まる。

「テラやん!」

 握り締められた相棒を救おうと踏み出すグランダイナ。

「う、おぅッ!?」

 だが踏み込んだ足の真下から腕が突き上げ、その一撃に足を取られてバランスが崩れる。

 加えて受け身を取ろうとした腕も握られ、グランダイナは地面に縫いとめられる。

「う、ぐ!?」

『うばぁー』

 四肢を掴まれ、動きを止められたグランダイナ。そこへのしのしと歩み、マタンゴが腕を伸ばす。

 頭を目掛けて迫る青白く巨大な手。

「ぐぅ!?」

『うばぁあ』

 マタンゴは鋼鉄の胸板に短い足を乗せ、身動きの出来ぬグランダイナの頭をその手ですっぽりと包み込む。

 そのままもぎ取ろうというのか、頭を握った手を持ち上げるマタンゴ。

「ヤァアッ!!」

 瞬間、手の中から轟く気合。

 合わせてグランダイナの全身を走るエネルギーラインが輝く。

『うんばッ!?』

 辺りをオレンジ色に染める光。

 それはグランダイナが全身から放った大地の力。

 波のように広がるそれに圧されて、その発生源を縛り押さえるものが弾かれる。

「ハアッ!」

『うばッ?!』

 のし掛かる足が浮いた隙を突き、グランダイナは緩んだ拘束を振りほどく。

 そして間髪入れずに足を振り上げ、背中からマタンゴを蹴り飛ばす。

「ふん!」

 グランダイナはその勢いに乗せて起き上がると、振り向き様にローキック。テラを捕える腕を刈り取る。

 そして捕まえた腕ごと宙を舞ったテラを捕まえ、小さな体を握りしめる手をむしり取る。

「ダーイジョブかい、テラやん?」

『あ、ああ。助かったよ悠華』

 左腕に抱えたテラへ向けて、グランダイナは片目だけを明滅させて目配せ。

 それにうなづき息を整える相棒を認めて、グランダイナは改めて腰を落とす。

『うぅばぁあ』

 テラを抱え、逆の手に拳を固めたその先。

 そこではマタンゴがすでにのたりと身を起こしていた。

「……ったく、大して堪えてやしない。軟体の奴ってのはどーしてこう厄介かねぇ」

 拳を突き出し身構えたまま、うんざりと溢す黒いヒーロー。

 その呟きのとおり、すでに前進を始めたマタンゴには蹴り飛ばし、叩きつけたダメージなど欠片も残っていないように見える。

『ああ、前に戦ったタコも……』

 鋼の腕に抱かれながら忌々しげにテラが呟く。

 その言葉半ばに眼を剥き顔を上げたテラと、吊られて視線を落としたグランダイナの目が一瞬重なる。

「そーだよ、それだよテラやん」

 グランダイナはそう言って顔を上げ、深く息を吸って吐く。

 そして突き出した拳を解いて猛獣の爪を模り作る。

 その虎の爪にまとわり集う土と石。

 そうして出来あがったのは鋼のように光り輝く獅子の頭。

 テラの頭を模したオーバーアームであった。

 普段使う巨大な物とは違い、手から肘までをカバーずる程度のコンパクトな攻性手甲。

 鋭いそれを突き出して、グランダイナはマタンゴと互いに間合いを詰める。

『うんばぁ!』

 腕を振り上げる化けキノコ。

「ずぇあッはぁッ!」

 同時に響く気合と地響きの合奏。

 足を取ろうと地面から生えてきたキノコの手を置き去りに、黒い巨体はマタンゴの懐へ。

 滑り込んだ勢いに乗せての手甲を纏う突き。

 それはテラが食いつくかのようにキノコの柄をえぐり、潜り込む。

『うンば!?』

 うめきよろめくマタンゴ。

 その隙に乗じてグランダイナは突き入れた拳を引き抜き、横転。使いかかろうと降ってくる巨大な腕から逃れる。

「ヤアッ!」

 そして回り込んだ脇へ、獅子の頭を斜に一閃。

 牙による幾筋もの裂け目を、獣がつけた爪痕のように刻む。

『うんむぅう!』

 グランダイナを追いかけて、マタンゴはその弾力ある体を捩る。

 しかしグランダイナは低い姿勢から一気に跳躍。

 薙ぎ払う腕を飛び越え、落下しながらに右手の牙で青白い傘を食いちぎる。

『う、ばッ!?』

 大きく開いた頂点の一部を削り取って一撃に、身悶え捩るマタンゴ。

「ハァアッ!!」

 その隙にグランダイナは地響き轟かせ、肩から突き上げるようにぶち当たる。

『ばふぅあ!?』

 至近距離からの体当たりで大きく吹き飛ぶヴォルス・マタンゴ。

 青白いマタンゴはそのまま黒くねじくれた木の幹へ激突。大きくその身を歪ませる。

「ヤァハァアッッ!」

 ピッタリと幹に張りついた化けキノコ。そこへすかさずグランダイナは右突き。木の表面を滑り抜けるよりも早く貫く。

『う、ぶ、あ?!』

 マタンゴは頬に当たる部位を潰す形で木に固定。その口からは歪な呻きが絞り出される。

「その軟らかさが命取りだッ!」

『たらふく食らえッ!!』

 眼光鋭く叫ぶ地組。直後、幹に押し込んだマタンゴの口が爆発的に膨れ上がる。

『おぶばぁあああッ!?』

 濁った声とともにキノコの口から溢れ出す土くれ。

「うっお、えっぐぅ」

 突き入れた空間に収まりきらず、暴れるように溢れ出し続ける土くれ。

 口だけでなく、拳を突き入れた裂け目を押し広げて流れ出したそれに、グランダイナは自身の仕業ながらに怯む。

 以前に戦った軟体系のヴォルスにも使った技、超圧縮の解放。

 頭のパーツだけで、五十メートル八コースのプールを満たすほどの土砂を超圧縮して作り上げた獅子のオーバーアーム。

 つまり今ヴォルスの口中では競技用のプールを満たすほどの土砂がそのままいきなり転送されてきたことになる。

 以前、この手をぶつけた敵は校舎にまとわりつくほどの巨大なものであった。

 が、今大量の土砂を受けているのは人類の成体よりやや大きい程度の化けキノコ。

 当然マタンゴの体内に受け入れられるキャパシティなど、全身を用いても存在しない。

 許容量を超えた土砂はマタンゴの口ばかりか、新たな裂け目を広げて、作ってまでとめどなく溢れ続ける。

 そしてついに、拳を突き入れたグランダイナの足元までも埋めようとするまでに。

「おっと、やっば!」

 危うく自ら土砂に足を埋めかけた事に、グランダイナは敵を縫いとめる拳を引き抜くと同時に飛び退く。

 直後、振った上で開封した炭酸飲料のように拳の開けた穴から飛び出す土砂の塊。

「うわっとっとぉ!?」

 呑みこむように迫るそれをグランダイナは右の足を突き出し迎え撃つ。

「こりゃちーっと派手にやりすぎたかねー」

 自信を中心に裂けた土砂の津波。

 それにグランダイナは蹴りを繰り出した姿勢のまま左右へ交互に目をやる。そして鋼鉄の仮面越しにも苦笑してると分かる声を溢す。

「ま、こーのチャンスを逃す手は無いってね……翻土棒ッ!!」

 グランダイナは得物の名を呼びながら、土砂を切り裂いた右足を振り上げ、震脚。

 その声と地響きの導きに従い、地面を突き破り現れる山吹色。

 夜明けをもたらす陽のように天へ昇る光の棒。

 光が闇を貫き上るその間に、グランダイナは足を振り回してターン。

 そして降ってきた棒状の光を右手で掴み、脇に抱える形で構える。

 それから砲撃のように突撃。土に埋まった化けキノコに黒い砲弾となって一息に肉薄。突進の勢いのまま、翻土棒の一端を突き入れる。

『うばッ?! あばぁッ!?』

 突き入れた山吹色の戦棍。

 後ろの幹をも貫き、マタンゴの青白い柄を大地へ繋ぎとめる杭に、化けキノコは土と棍に縛られた体を捩る。

 身悶えするヴォルス。

 その背中と正面。

 翻土棒とそれがこじ開けた穴を中心に、オレンジ色の光が二つの魔法陣を作る。

 化けキノコを挟み込み、軸である棍と共に捕らえた浄化の力。

 標的を捕らえた魔法陣を前に、グランダイナは一度飛び退く。

「ヤッハァアアアッ!!」

 そして着地と同時に深く沈めた膝を伸ばし、後ろ向きのベクトルを反転。弾ける気合の声に乗せた拳を浄化陣の中心へと叩きこむ。

『うぼばぁッ!?』

 黒い鉄拳によって、さらに突きこまれた翻土棒。

 深さを増した杭に、ヴォルスの口から土と共に苦悶の声が吐き出される。

「命支える大地……」

 それを正面に、グランダイナはバイザー奥の眼光を鋭く、静かに浄化の言霊を唱える。 

「豊かなるその袂に抱かれるまま身をゆだね……命の輪に還れッ!!」

 そして拳を突き入れた姿勢そのまま、言霊を結びまで一気に叩き込む。

『うばぁッ!? あ、ばぁあああああッ?!』

 輝きを増す魔法陣と、高まる断末魔。

 そして爆発。

 弾け広がる音と風は、最期の絶叫も光に転じた体をも押し流す。

「とーりあーえず、これでダイジョブかねー」

 その爆発を真正面から受けながら、グランダイナは手元に戻ってきた翻土棒を掴んで溢す。

 幻惑の胞子の出どころであるマタンゴ。根を絶った事で、仲間たちがヴォルスの胞子に惑わされる心配が無くなったのは間違いない。

『ああ。これでサイコ・サーカスの手下を仕留めて、厄介なのを封じたのは間違いないよ』

 グランダイナに抱えられながら、テラもうなづいて肯定する。

 やがて爆風も和らぎ、その中心には、倒れたキャンプ客らしい中年男の姿が現れる。

 グランダイナは依り代らしき男を見下ろすと、男が横たわる土の山を翻土棒で一突き。

 すると突き入れた翻土棒の端が、山となった土砂をすするように吸い込む。

 横たわる男は土が吸い尽くされる直前に、オレンジの魔法陣を通ってこの場から姿を消していた。

「ほーんじゃ、後はみずきっちゃんとすずっぺを手伝って、全員で……」

 そうして土を吸収した翻土棒を肩に弾ませ、グランダイナは呟く。

 が、その言葉を遮る爆発。

「なにッ!?」

 唐突に爆ぜた音。それにグランダイナは弾かれたように振り返る。

『み、水柱!?』

 振り向いた地組の視線の先。

 そこには大量の水が天を貫くような太い柱となってそびえていた。

今回もありがとうございました。

次回の更新は6月12日18時です。

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