キノコとセミと
「さ、サイコ・サーカスッ!?」
唐突に現れた恐ろしい敵。
その闇と金のピエロ服姿に、地水火風四組の契約者と竜は、跳ねるようにして向き直る。
だが当のサイコ・サーカスは、現れた時とは裏腹に、緩慢に首を一巡り。
身構える四組八名を見渡して、肩と合わせてため息を落とす。
『本当につまらないわ。せっかく我らが道理も何もかもを吹き飛ばして、本音をぶつけ合えるようにしたと言うのに』
聴かせ、見せつけるように落胆を露にするサイコ・サーカス。
その大仰な仕草のまま、飾り玉のついた手袋を持ち上げてその上にあるものへ顔を寄せる。
『少しもめただけで治めて、引き出した本音をうやむやにしてしまう。本当につまらないわ、ねえ?』
サイコ・サーカスが語りかけるのは、青白いキノコ。大振りのエリンギほどのサイズのそれは、ドーム状に開いた傘から胞子を撒き散らす。
それはまるで相づちを打つかのようで。
実際、柄の部分に浮かんだ顔のような溝からは、微かなうめき声が漏れ出ている。
「そのキノコのヴォルスで私たちを暴走させていたのねッ!?」
梨穂はそのサイコ・サーカスの掌に収まったキノコを指差し、不快感のまま叫ぶ。
おそらくはあの胞子と思えるものが、感情に作用する幻惑効果を含んでおり、それによってホノハナヒメも梨穂も、らしからぬ暴走に走らさせられたのだろう。
その答えに至った契約者たちは残らず口元を隠し、漂い広がる胞子から間合いを開ける。
『暴走、ねえ?』
だがサイコ・サーカスは、ヴォルス・マタンゴを手にゆらりと首を巡らせる。
「なにがおかしいの!?」
梨穂は強敵の白い顔に浮かぶ冷笑を見とがめ、柳眉を寄せる。
『だって暴かれた本気の本音を、暴走の一言で片付けられるとは……』
サイコ・サーカスはそう言って、沸き上がる笑いを堪えるように頬や肩を震わせる。
「だから! なにが言いたいのよ!?」
『はっきりしろッ!?』
とうとう焦れるあまり、いらだちを露に一歩進み出る梨穂とマーレ。
対してサイコ・サーカスは、白い顔満面に笑みを浮かべて口を開く。
『ずいぶんと、そのティッシュよりもうすっぺらな理性に自信があるようだと、滑稽じゃない? ハハハハハハハッ!?』
嘲笑。
腹を抱えんばかりの全力全開。堰を切ったように止めどない笑いで梨穂を指差し嘲るサイコ・サーカス。
「おのれェエッ!!」
その笑い声に、梨穂は怒りのままに水流を一射。
氷刃の峰を銃身に放たれたレーザー水流。だがそれは軽く身を傾けたサイコ・サーカスにかわされる。
しかし水流を避けられながらも、急所の動きを先行して二射、三射と重ね撃つ。
『アハン? もっと良く狙ったら?』
鋭さを増した水流。しかしサイコ・サーカスはその隙間を縫うように身をかわして嘲笑う。
梨穂はその笑みに向かって、足を踏み出し距離を詰める。
「いいんちょ!?」
先走って踏み込もうとする梨穂をグランダイナは引き留める。
「手出し無用ッ!!」
だが梨穂は鋭い視線と声一つでそれを拒絶。
その剣幕にグランダイナは、いつでも踏み出せるように構えながら、半歩身を引く。
合わせてグランダイナはホノハナヒメと鈴音へ顔を向け、眼を瞬かせて目配せを交わす。
梨穂はそんな無言の契約者仲間のやり取りをよそに、すぐさま水鉄砲を踊るように避け続けるサイコ・サーカスへ視線を戻し、さらに銃撃。
殺気だった梨穂の形相。その通りに勢いを増す連射。
一撃一撃の間隔を狭めるだけでなく、縦、横の薙ぎ払いを織り交ぜつつ、さらに梨穂はサイコ・サーカスとの距離を詰める。
『また果敢に踏み込んでくるじゃない』
切れ味鋭い豪雨の中、涼しい顔でステップを踏むサイコ・サーカス。
「お前を恐れる必要などないもの。踏み込むのに躊躇いなんてないわ」
徐々に距離をとる楽しげな白い顔。
それを梨穂は睨み据えて、雫を散らしながら追いかける。
『この前は私に手も足も出なかったのを忘れたのかしら?』
くるりと下がりながらターンするサイコ・サーカス。それに合わせて、白く形の良い鼻が鳴る。
「そんな安い挑発に乗せられるとでも? 二度も後れを取るつもりはないわ……」
サイコ・サーカスの誘う様な嘲笑。それに梨穂は冷やかに返しながら。さらに傘から水のレーザーを連射。
逃げ場を奪うように取り囲んでいく弾幕。
『お、と!? よッ?』
それにはさすがのサイコ・サーカスも、追い詰められていくようによろめきながら後退りする。
そして片足だけで大きくよたついた瞬間を狙い、その体を支える一本足へ水流を放つ。
『あ、らぁッ?!』
とっさに飛び退いたサイコ・サーカスは、着地と同時に踏みつけた石と木の葉とで足を滑らせる。
「もらったッ!!」
体勢を崩した隙。待ち構えていたそれに乗じ、刃を体に添える形に構えて突っ込む。
「ハァアッ!!」
刃を先に、飛沫を巻き上げながらの滑走。
その勢いのまま、透き通った切っ先は吸い込まれるようにピエロドレスの胸へ。
だがしかしサイコ・サーカスは崩れた姿勢で踏ん張ることなく、逆に自分から仰け反り崩す。
「クッ!?」
仰向け崩れたピエロの体につまずかぬ様、飛び越えすれ違う水の魔法少女。
そのまま水飛沫を散らしながら前回りに宙返り。
正面のねじくれた幹を踏みつけて身を翻す。
「その手のキノコごと斬り伏せてやるわッ!!」
飛び込むようにして切りかかる梨穂。
仰向けに倒れたサイコ・サーカスの手にあるキノコごと、地面に挟み込もうと刃もろともに降る。
『はい残念』
だがサイコ・サーカスはいつの間にか逆の手に握っていたナイフで梨穂の突撃を受け流す。
「チィッ!?」
流れを切り替えられ、木々の間に飛ばされる青。
『梨穂ッ!?』
「いいんちょッ!」
木立の間で梨穂が飛沫を散らして受け身、振り返る。
その隙を突かれねよう、水と土の雨がサイコ・サーカスへ降り注ぐ。
「手出し無用と言ったぁッ!」
だが梨穂は反転も半ばに水レーザーを乱射。
「きゃんッ!」
『うおぅッ?!』
「すずっぺ!?」
横殴りの豪雨にも似た濃密な弾幕。それは援護射撃を真っ向から塗り潰すばかりか、風組の突撃をも阻む。
『そうね。ここからは観客は立ち入り禁止よ』
また弾幕の中のサイコ・サーカスは、押し潰そうとするそれに、片手のナイフで安全圏を切り拓きながら一言。そしてキノコを持つ手を軽く振り、青白いそれを放る。
『うわばぁあ』
放物線を描いたキノコは、空中で瞬く間に巨大化。
下膨れた青白い柄の形はそのままに。ツボの部分から短い足を、濃い青の傘からは長く太い腕が伸び生える。
異形の人型へと変わった化けキノコは、鋭い雨を避けて下がった鈴音へと、明確な形を得た口からヨダレを垂らして躍りかかる。
「ヒッ!?」
押しつぶそうと降ってくるそれに、鈴音は息を呑んで風を渦巻かせる。
暴風に流されるようにバタつき逃げる鈴音。
ボディプレスからは辛くも逃れたものの、緑の魔法少女はその勢いのまま、木の根元にまとわりつく茂みへと突っ込む。
「うあッ!?」
「すずっぺッ!?」
茂みの中に飛び込んだ仲間を眼で追うグランダイナ。
「ダメッ! 悠ちゃんッ!?」
『左だッ!?』
『伏せてよぉ!』
「……えッ!?」
そこへ叩きつけられる口々の警鐘。それにつられるようにグランダイナが身を捩る。
「ぐあッ!?」
刹那、黒い巨体を襲う鋭い一撃。
フラムの警告に従って身を屈めていたため、左から右へと肩に火花を散らして通り過ぎる濃緑色の影。
影を追って頭を向けたその先。
そこには巨大な棘つきの鎧を備えた、人間大の虫が木に留まっている。
ただ木にしがみつく手足は、細く鋭い腕が四つと、それらから下方向に離れた比較的太く長い足の二本。
背中に被る透き通った四枚羽根。
『ジジ、ジジジッ』
そんなヒトもどきのセミの化物は、胸部分から浮き上がった首を捻って威嚇するように濁った鳴き声を上げる。
『うばぁあ』
そしてまた別の方向では、のたりと起き上がった化けキノコがその巨大な両腕を持ち上げている。
『そちらのお客様のお相手は、その二人が務めます』
慇懃に一礼するサイコ・サーカス。
梨穂の攻撃を片手間に凌ぎながらの一言。それに続いてサイコ・サーカスの放ったヴォルス、マタンゴとシケーダの二体はグランダイナたちへにじり寄る。
『ジージジジ……』
「あう、ばぁあ……」
木を伝い下りて、草土を踏みつぶして距離を詰めてくるヴォルス二体。
「悠ちゃん……」
「ダーイジョブ、ダーイジョブ……」
鈴音の潜った茂みを背に、寄り集まるグランダイナとホノハナヒメ。
「……う、うう……」
「掴まって」
鈴音がうめきながら頭をさすり、茂みから顔を出す。グランダイナは出てきた友の顔を一瞥して、後ろ手に手を差し出す。
掴まった鈴音を引き上げる、黒い装甲に覆われた太い腕。
まるで丸太の様なそれを支えにした鈴音を、ホノハナヒメが赤い光を灯した手で介抱。
回復を行う二人を庇うように立ち、グランダイナはにじり寄る敵へ交互に眼をやる。
「はぁあああッ!!」
そうしてグランダイナたちが固まって身構える一方。梨穂は一人サイコ・サーカス目掛けて躍りかかる。
『アーハン? こんな小雨なら傘を差すまでもないかしらん?』
だがサイコ・サーカスは挑発まじりに振り下ろしから逃れ、続く切り上げも手を鳴らしながら避ける。
「すぐに濡れ鼠にしてやるわよッ!」
軽々と余裕溢れた足取りのピエロ。梨穂はそれを追いかけながら横一閃。しかしそれは辺りの木々を輪切りにするだけに終わる。
「悠ちゃん、どうするの?」
サイコ・サーカスと、それを一方的に追いかける梨穂。
それを邪魔させまいと壁になった二体のヴォルス。
二重の方向から援護を拒絶する状況に、ホノハナヒメはグランダイナに決断を頼る。
それにグランダイナは巫女服姿の親友を見、それから梨穂とサイコ・サーカスへ眼をやる。
続けて鈴音と竜の兄妹と顔を見合わせ、そしてにじり寄るヴォルス二体へ。
「とにかく目の前の敵を叩くッ! 身を守るにも、まーずそれだぁねー!」
グランダイナは力強くうなづき、近づく敵を指差し構える。
「い、いいの!? サイコ・サーカスはッ!?」
右拳を腰だめに左掌を前にした構えをとるグランダイナ。それにホノハナヒメが戸惑い問い重ねる。
「いいんちょに任せるッ! 先に邪魔モンを片付けてからのが間違いないって!」
微動だにしない構えのまま、グランダイナは迷いなく状況を切り開く順序を口に出す。
「キノコはアタシが、セミははしっこそうだからみずきっちゃんとすずっぺで頼むよ」
「わ、分かったよ!」
声を張ってうなづき答える鈴音。
必要以上に大きなその声を引き金にしたかのように二体のヴォルスが動く。
「ヤァッハァッ!!」
傘にぶら下がった腕を受け止めるグランダイナ。
だがその別方向から、シケーダが木々を迂回して突っ込んでくる。
「ハァアッ!」
「アッハァ!」
だが突っ込むセミの眼前を炎の幕が壁となって塞ぎ、次いでメイスを振り上げた鈴音が飛びかかる。
しかしその一撃をシケーダは巧みな飛翔で回避。瞬く間に森の作る闇の中に姿を隠す。
「ふん! ハァアッ!」
そしてグランダイナもまた組み合ったキノコの化物の足を蹴り上げ、近くの木の幹へと叩きつける。
『うばはあ!?』
「コッチは任せて! このマスクはコイツの胞子を通さない!」
グランダイナは逆スペードのクリアバイザーに守られたヘルメットを叩いて仲間たちへ。
平常心を失わせるマタンゴの胞子。
未だに周囲に漂うそれを跳ね返す勝算を示して、グランダイナは踏み込む。
ねじくれた木に叩きつけた敵目掛け、地響き鳴らして打ち出される蹴り。
『うんば』
だがマタンゴがぬらりと体を傾けたために、蹴りはその後ろの幹を直撃。大砲もどきのそれは太い木の半ばから上をマッチ棒のように折り飛ばす。
そのまま木の上半分は後方の木々へと激突。ねじくれ立つ幹を薙ぎ倒して森をこじ開ける。
「浅いかッ!?」
体型の異形さから投げの決まりが緩かったか、それとも打撃に耐性があるのか。マタンゴの異常なまでに早い復帰と反応に、グランダイナは眼を瞬かせる。
『うんばぁ』
その隙に粘っこいうめきと、それに反して素早い腕が黒いヒーローの軸足を掴む。
「しまッ……!?」
息を呑むグランダイナ。
その巨体を、グランダイナの足よりも太く長い腕が振り上げ、手近な木へと叩きつける。
「ガッ!?」
『悠華ッ!?』
背中から叩きつけられ、幹をへし折るグランダイナの巨体。
直後、マタンゴは掴んだ手を離すことなく腕を反転させようと身を捩る。
『させるかよッ!!』
それをさせじとテラは散弾めいた岩の弾丸を発射。
『うんばぁ?』
しかしその全てはマタンゴの柔軟な表面を僅かに沈めるだけに終わる。
そして流れ弾覚悟の援護も虫さされ程度にしか感じていない様子のマタンゴは、そのまま動きを止めることなく、グランダイナの体を振り回す。
「い、ヤッハァアッ!!」
しかしグランダイナは叩きつけられた痛みを堪え、掴まっていない方の足でマタンゴの指を蹴りつける。
『うば!?』
指を踏みつぶす山吹色の蹴り。
その一撃には打撃に強いマタンゴであっても堪らずにグランダイナの足を手放す。
放り出されたグランダイナは、遠心力に逆らわずに着地から瞬時に身を起こして身構える。
「……こーりゃ相性の読みを間違ったかねぇ?」
腰を落とし拳を構えるその先では、マタンゴがすでに潰れた指の形を元に戻していた。
今回もありがとうございました。
次回は6月5日18時に更新いたします。




