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惑わしの胞子

「イヤッハァアアアアアッ!!」

 叫びと共に振り払った黒金の足が、雑草を薙ぐ鎌のように不気味な腕を刈り取る。

「ハァアアッ!!」

 直後、飛び上がったヴォルスの腕を、炎が横一文字。芳ばしい香りを残して焼き払われる。

「あははははッ!!」

 その香りを散らして、軽快な笑い声を伴った風が吹き抜ける。すると腕だけのヴォルスのみならず、その土台となっている木や土もごっそりと抉れて吹き飛んでいく。

「凍れ」

 そして飛沫を散らしながら流れる青は、次々とつららのような弾丸を放って敵を凍てつかせていく。

「ったく、キーリがないねー」

 だらりとしたおどけ調子に溢すグランダイナ。

 しかし振り上げたその手は、際限無く生える腕を握り潰し、根本の土もろともに引っこ抜いていた。

「この腕って、やっぱりサイコ・サーカスが出すような分身で、元から絶たなきゃダメなのかな?」

 推測を口に出しながら、グランダイナに背後から掴みかかる手に炎を放つ。

「そーゆーコトだろーねー」

 グランダイナはだらり調子に応えながら、左足を軸に反転。火のついたヴォルスの腕を踏みつぶす。

 足首まで埋まった足を中心に火の粉と土くれが弾け飛ぶ。

「ねー、それよりもなんだかさっきから美味しそうな匂いが漂ってて集中できないんだけど?」

 そこへ風の塊であるメイス、レックレスタイフーンを振るった鈴音が口を挟む。

 鈴音が言うとおり、その杖が生んだ風に乗って、度々芳ばしい香りが流れてくる。

 その香りは確かに食欲をそそる。

「あー……多分こいつらキノコのヴォルスなんだーねぇ。ヴォルス・マタンゴとか?」

 引っこ抜いて握ったままだった腕を眺めて、グランダイナは首捻り。

 ほんのりと繊維が見える腕は、グランダイナの呟くとおりキノコの子実体であるように見える。

 底から土の塊をぶら下げたそれを、叩きつけるようにして投げ捨てる。

「ちょっと味も見てみたいなぁ……こう、ホクホクこんがりに焼けたのを醤油でさっと味付けして。あ、バターを添えてもいいかも」

 腕として動くキノコをメイスで殴りつぶしながら、鈴音は口の端からよだれを溢して一言。

 そんな食欲全開な鈴音の姿に、グランダイナとホノハナヒメは揃って首を捻る。

「さすがに止めた方がいいと思うけれど……」

「アータシもそー思うよ」

 苦笑を浮かべるホノハナヒメ。対して表情の変わらぬ鋼鉄の仮面に覆われながらも、その下に友と同じ苦笑いの透けて見えるグランダイナ。

 そんな二人の制止意見に、鈴音は周りの敵を吹き飛ばしつつ振り返る。

「えーなんでー……ゲテモノだけど結構おいしそうなのにー」

 唇を尖らせて不満げな鈴音。

 突風の様にストレートな感情。叩きつけられるようなそれに、グランダイナとホノハナヒメも手近なキノコ腕を迎え撃ちながら笑う様な息を溢す。

「いやだってさぁーあ、アタシ前ヴォルスに侵入されてヒッデー病気したし? これもどー考えても、上手くいかなきゃ死ぬレベルの毒キノコっしょ?」

 そしてグランダイナは、木の幹から伸びて掴んできた一本を逆に引きちぎると、体験談を添えてそれを示す。

「び、病気……?」

 それにはさすがの鈴音も顔を強張らせる。

「そーそー。熱がガンガン出てろっくに動けやしないんだ、から!」

 力強い言葉の区切り。

 合わせてグランダイナは掴んだ腕型のキノコを投擲。

 固まった鈴音へと迫っていた魔手を狙撃する。

「おーまけに体ん中に巣を張ってたヴォルスに心のパワーも持ってかれて、体まで乗っ取られるかもしれない、そーんな病気。いやー、みずきっちゃんが来てくれなかったらどーなってたやら」

 そしてさらに体験談の詳細を添えて、震脚からの裏拳。

 光が大地に波紋と伝わり、同時に振るった拳が近づいてきていた菌糸の腕を砕く。

「……そ、そんなコトに……ッ!? 来ないでッ!!」

 グランダイナの上げた症状を聞き、鈴音は血の気の引いた顔で震え、またすぐ傍にまで迫った魔手をメイスで迎撃。

 怯えたその顔は、まるでウェントと契約する前、発作で動けなくなっている時のそれであった。

 今の鈴音にとっては、四方から迫る腕は自身を病という泥沼へ再び引きずり縛ろうとする枷のように見えているのかもしれない。。

「落ちついて五十嵐さん!」

「ダイジョブだって、ウェントんだけじゃなくアタシらだって付いてるし!」

 そんな鈴音を、ホノハナヒメとグランダイナがフォロー。

「……なるほど。しかし、一方的に侵食されるだけだったなんて、情けないわね」

 しかしその一方、あと一人の魔法少女である梨穂は、身を翻して氷の弾丸を乱射。

 冷ややかな声と共に放たれた弾丸の雨は、一つも漏れずに腕型のキノコに命中。撃ち抜いたその全てを瞬時に凍らせ砕く。

「なんて言ったの?」

 その一言を聞き捨てならないと、ホノハナヒメがレンズ奥の目を光らせる。

「聞こえなかった? 自分の体内に侵入してきた敵を一人で何とか出来ないなんて、情けないって言ったのよ」

 長い髪をなびかせながらスピンにブレーキをかけつつ、軽く鼻を鳴らしての一言。それと同時に魔法の傘から放たれた氷がまた別の腕を二枚抜きに打ち抜く。

「またそんなコトを言う……」

『マーレ。アンタの契約者、口が悪すぎるよぉ』

 悠華を見下し嘲笑う梨穂の態度。

 それにホノハナヒメとフラムの火組は、仲間たち全体を囲うように結界を張りながらも、しかし反感を露にする。

『そうか? 事実を言っているだけだろう? まあ、鈍い兄貴の契約者に選ばれたコトには同情しないでもないが』

「ええ、そのせいで苦労させられたのも明松さん自身じゃなくて?」

 だが青色ベースの水組は、火組の剣幕に怯むことなく、口の端を持ち上げたまま首を傾げる。

「いい加減にしてよね……ッ!?」

『そうだよぉ……兄様と悠華をなんでアンタらがバカにできるのよぉッ!?』

 そんなまったく悪びれもしない水組に、火組の堪忍袋が破裂する。

「ちょ、みずきっちゃんッ!?」

『フラム?! なにをッ?!』

 そしてグランダイナら地組が声を上げるや否や、ホノハナヒメは杖から結界の炎を分離。梨穂へ向けて躍りかかる。

『ふん、来るかッ!?』

「ちょうど良いわ! さんざん噛みついてきてくれてッ! どちらが上か思い知らせてあげるッ!!」

 袴と袖を靡かせたホノハナヒメ。その手が叩き下ろした火炎を、梨穂とマーレは水飛沫を後にバックステップ。

 そして剣呑な光を含んだ笑みと共に、ウェパルの先端から氷の刃を作り出す。

「ハアアッ!」

「アアアッ!?」

 激突。

 互いに真正面から踏み込んだ炎と氷。その杖と刃が甲高く硬い声を上げて重なる。

『なにを考えてるんだよッ!?』

「どうしちゃったってぇのッ!?」

 ヴォルスの気配色濃い敵地。それも無尽蔵とも思える敵に囲まれた真っ只中。

 にもかかわらず衝突を始めた火水両組に、テラとグランダイナは戸惑いのままに声を上げる。

 確かにホノハナヒメこと瑞希と、梨穂は仲が悪い。

 梨穂が積極的に突っかかっていく、悠華との間柄と比べても目に見えて険悪なほどに。

 だがそれでも、無尽蔵とも思える敵に囲まれた目の前の状況を無視。そして相手を武力で直接排除という手段をとるほど冷静さを欠くというのは考えられない。

「ずっとずっと気に入らなかったッ! あなたの力も頼りにした方がいいって分かっていても! 悠ちゃんをこき下ろし続けるあなたを仲間と認めることがッ! 悠ちゃんが、あなたを庇い続けてることがッ!!」

「それはこちらも同じことッ! 私がいつそんなことを望んだとでもッ!? 勝手に同列に引き下げて、腹が立つのよッ!!」

 しかし現に、理を重んじる筈の二人は、爆発した感情のままに炎と水をぶつけ合う。

「こりゃーいーくらなんでもおかしいってッ! でしょ、テラやんッ!?」

 爆発するように拡がる水蒸気。

 グランダイナは広がり迫る高熱の霧から顔を庇うようにしながら傍らのパートナーへ叫ぶ。同時に、その足は足元から生えてきていたヴォルスの腕へ蹴りを見舞う。

『ああ! オイラもそう思う……けど原因はさっぱりだッ!!』

 自身も岩弾で敵を迎え撃ちながら、相棒へ力強くうなづき答えるテラ。

 だが二人の唐突な衝突に揃って異常を感じながらも、その元凶には、グランダイナもテラも推測以上のモノを持ち合わせてはいない。

「たーぶん、ヴォルスのせいだとは思うんだーけどね」

『でも、なにをされたのか!?』

 そう、条件は同じはずなのだ。

 ヴォルスに取り囲まれた空間で戦い、変身の後に痛撃は受けていない。

 しかしにもかかわらず、グランダイナは平常心のまま。瑞希と梨穂は隔意を露に、らしからぬ衝突を続けている。

「フン。火が水に勝てると思って!?」

「ウッ、クゥ……ッ!」

 その間にも、ぶつかり合う青と赤の状勢は、梨穂優勢へ傾きつつある。

 下から襲ってきた氷の刃。瑞希はそれを寸でで金幣に滑らせて後退り。

 そして追い打ちに放たれた水を炎の幕で受ける。が、水流は火炎を貫いて、巫女服の袴を掠め裂く。

 そもそもホノハナヒメは心理的、能力的に防御、サポートを主体としたタイプ。

 攻撃は火炎放射か、相手の力に合わせたカウンター。基本的には距離を取って戦うスタイルである。

 対する梨穂は距離を選ばず、オールラウンドに戦闘力を発揮するタイプ。

 距離を取ろうとしては牽制。そしてすぐさま稼いだ距離を詰めて、ホノハナヒメの苦手な接近戦へと移行。

 両者を比較しても、協力して戦う上での戦力的価値に遜色はない。むしろグランダイナにとっては信頼感、協調性からいってホノハナヒメの方が圧倒的に頼りになる仲間である。

 だが、持ち味の活かせないこの状況では、ホノハナヒメが圧倒的に不利である。

「消火すると言えば水! 生命に欠かすことのできないのも水! そして私たちの暮らす星のほとんどを占めるのも水ッ!」

 後退りするばかりのホノハナヒメ。それを前に梨穂は、追い詰めるように踏み込みを繰り返し、魔傘ウェパルの氷刃を振るう。

 その目には、自身の優勢が覆る考えなど塵ほどもなく、ただ刃から逃れる獲物だけを追いかける。

「ウッ!? そんな!?」

 そしてついにホノハナヒメはその背を木の幹にぶつけ、とっさに引く道を失う。

「つまりは水の力こそが最強ッ! 私こそが四人の頂点ッ!! 一番の存在なのよッ!!」

 ついに追い詰められたホノハナヒメ。そこへ梨穂が氷の刃を振りかぶって止めとばかりに躍りかかる。

「マズイッ!!」

 迫る刃に息を呑み、炎の幕を重ねた金幣を突き出すホノハナヒメ。

 同時にグランダイナは地鳴りを響かせて突進。その体を氷と炎の間に捻り込む。

「おッ?! グゥッ?!」

「ゆ、悠ちゃんッ!?」

「……チッ」

 胸を裂く氷刃。背に弾ける爆炎。挟み込む形で襲う逆ベクトルの熱に呻くグランダイナ。

 それにホノハナヒメは痛みを帯びた悲鳴を上げ、その逆で梨穂は忌々しげに歪んだ顔で舌打ちを一つ。

 冷やし焼く苦痛。それにグランダイナは崩れ落ちそうになりながらも、足を踏ん張り、ホノハナヒメを庇って立つ。

「……二人とも、タンマぁ!」

 胸甲に走った斜め一線。

 刻み付けられた鋭い溝を晒しながら、待ったの声を張り上げる。

 その声と背中の焦げ痕に、ホノハナヒメはビクリと身を震わせて動きを止める。

 だが梨穂はまるで怯んだ様子もなく、傘から伸びる刃をグランダイナの首元へ付ける。

「邪魔をするな……どの道お前も叩きのめす必要があるのだから、順番が前後するだけなのよ?」

 四十センチを超える身長差。しかしそれに怯みもせず、梨穂は壁となって立ちはだかるグランダイナを見上げて冷たい言葉をぶつける。

「わっるいけど、これ以上のおかしな仲間割れは見過ごすわけにはいかないんだよね」

 吹きかけられる冷気。

 しかしグランダイナは首元に押し当てられた冷たさも、言葉に含まれた冷気も意に介さずに返す。

 そんなグランダイナの態度に、梨穂は眉を不快げにひそめて歯ぎしり。

「そうやってお前は……どこまでも、どこまでも私をバカにして……ッ!!」

 激昂し、魔傘を振りかぶる梨穂。

 その勢いのまま身を翻し、逆側からの刃でグランダイナの首へと斬りかかる。

 が、それを黒いヒーローは傘の持ち手を握り、止める。

「クッ!? 離せ! 離しなさいッ!!」

 ウェパルの柄ごと握られた手を取り戻そうと身を捩る梨穂。

 だが全身を使って身悶えする梨穂に対して、グランダイナはその捕まえた腕一本すら微動だにしない。

「頭冷やしなよいいんちょ。ワケ分からんままプッツンして、らしくないよ?」

「……クッ、お前に言われるまでもないッ!」

 身悶えを続けながらも睨み返す梨穂。しかし、その目には確かにいつもの自信と理を重んじる輝きが戻りつつあった。

『……ああ、つまらない。実につまらないわね』

 そこへ投げかけられる声。

 聞き覚えのあるその声に、この場の全員が息を呑み振り返る。

 八対の視線の焦点。そこには小さな一型をしたキノコを片手に乗せたサイコ・サーカスの姿があった。

今回もありがとうございました。

次回は5月29日18時に更新いたします。

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