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木立に潜む者

「そう言えばさ、悠華ちゃんってこの山は何度も来たことあるの?」

 木々の間を迷わず縫っていく悠華。その後ろについて歩く鈴音が声をかける。

「まぁね。毎年何回かは来てるよ」

 背にかけられた問いに、悠華は正面から僅かな間視線を外して答える。

「中学に上がる少し前からは、毎回もっと奥まで運ばれて一人だけで置き去りにされてきたしねー」

 下生えを踏み均して進みながらの語り。その語り口はいつものおどけ調子であるが、その時に味わった危機を思い出してか僅かに震えている。

「そ、それってあんまりじゃない……」

 一人きりで山の深くに放り出された状況を想像したのか、鈴音もさすがに引きつった顔を見せる。

 そんな鈴音の感想に、悠華は深くうなづく。

「うん。アタシはいっつもそう思ってる」

 祖母が鍛練と呼ぶしごき。それに対する日頃の想いを吐き出す悠華。

 しかしそうしながらも、山歩きに馴らされた悠華の足は止まらない。

「ところで悠ちゃん、どうして来た道を真っ直ぐ戻らないの? 日南子さんが通りやすくしてくれたのに」

 そんな歩みの中、瑞希が別の疑問を口に出す。

 瑞希の言う通り、一行は来た道を真っ直ぐ逆に辿らず、悠華が先導して作る新しい道を使って下りているのである。

「ああ。分かりにくかったとおもうけど、登りに使って作った道って、何度も迂回してわざと遠回りにしてあるんだわ」

 言いながら悠華は、片手で宙に蛇行した線を描く。

「あの道をそのまま使ったんじゃ遅くなるし、前に辿ってやろうとしたら、罠が仕掛けてあったからさ」

 説明を続けながら、またもトラウマを刺激されたのか、宙を踊る手がまたも震える。

「婆ちゃんのコトだから、いおりちゃんに命令して準備させてただろーし、加減してくれてたとしても、かえって危ないくらいだろーからね」

『いや、いくらなんでもそれは……』

 祖母の手口を強く警戒する悠華。その説明に相棒のテラが苦笑いをして首傾げ。

 だが悠華はパートナーの疑問に、打たれて響いたような勢いで頭を振る。

「いや、婆ちゃんなら仕掛けてる! アタシが別行動ならともかく、アタシがいるならそれくらいはやる!」

『イヤな……信頼感だね』

 確信を持って断言する悠華。それにテラは苦笑いのままコメントするしかなかった。

「えっと、その……家族相手で、実力も分かってるから遠慮が無いってコト、よね?」

『瑞希ぃ……あんまりフォローになってないよぉ』

 瑞希が宇津峰の孫と祖母の関係を、無理に良いように表現する。が、そこへフラムが突っ込みを入れる。

「……みんな止まって」

 そんな砕けたやり取りで作られた空気。だがそれは先導する悠華の制止によって、瞬時に固く塗り替えられる。

「どうしたの?」

 緊張に張り詰めた空気の中、瑞希が低めた声で尋ねる。

「……おかしい。湿ってるのに、変に埃っぽい」

 森に漂う凪いだ大気。

 その中に感じた僅かな違和感。

 そして不穏な気配に、悠華は足を止めて警戒の目を周囲へ。

 それに倣って、残りの三人と竜の兄弟もまた周囲の気配を探る。

『やっば! こいつはッ!?』

『ヴォルスの気配ッ!? もう囲まれてるッ!』

 どこか楽しげなウェントと、たてがみ型の甲殻を逆立て身構えるテラ。

 それを受けて四人の少女たちは背中を合わせて、それぞれ四方へ構えを取る。

「なんで囲まれるまで!?」

 契約の法具に手をやりながら叫ぶ梨穂。

『気配が微弱過ぎるんだ! 最大限集中しないと分からないくらいにッ!』

 非難するような響きを含むそれに、パートナーのマーレが苛立たしげに返す。

『喧嘩してる場合じゃないよぉ!』

「今はとにかく、周りを囲んでる敵に集中!」

 にらみ合いさえ始めそうな水組をたしなめて、瑞希は担当の方位を睨んだまま眼鏡を弾く。

「あははっ、楽しくなってきたきた!」

『ニヒヒ、さあて思いっきり暴れてやろうか!』

 その別方向では戦いの予感に笑みを浮かべた鈴音が、その左腕を飾る腕輪を撫でる。

「浮かれてちゃーあーしもと掬われるよ?」

『悠華も、油断しないでくれよ?』

「はーいはい、わかってるよーっと」

 そして悠華もまた相棒の厳しい一言に苦笑しながら、指輪を付けた拳を掌へ打ちつける。

「変……」

 少女たちは各々に契約の法具から力を解放。

 光。

 火。

 風。

 水。

 戦うための姿へ変わるため、枷を解いて溢れ出た物をそれぞれに身に纏う。

 だがその途中。四人が背中を向け合って作った空間の中心。そこから一本の腕が唐突に生える。

「ッ!? 危ないッ!」

 不穏な気配に振り返った悠華は、その勢いに任せて三人の仲間たちを突き飛ばす。

「きゃッ!?」

「うひゃん!?」

「何を……ッ!?」

 変身の途上で後ろから押しのけられた少女たち。

 そうしてよたつきながら、声を上げて振り返る。

「ぐあッ!?」

「悠ちゃんッ!?」

 その目の前で、悠華は地面に生えた腕に足を取られて投げ飛ばされる。

 近くの太い幹に叩きつけられた悠華。

 とっさに身を捩り腕を盾にしたものの、叩きつけられた衝撃に体の芯は軋む。

「このッ!」

『よくも悠華をッ!』

 テラと共に、身を包もうとする炎を振り切り飛びかかる瑞希。

 だが友を助けに踏み込んだ少女と竜を、切り返し振り回された悠華の体が薙ぐ。

「うあッ!?」

『ぐぅッ!?』

『瑞希!? 兄様ぁッ!?』

 バットのように振り回された悠華の体。それに打ち返されたボールのように、瑞希とテラの体が弾き戻される。

「おっと!?」

『あらよっと』

 ボールのように打たれて飛ぶ瑞希たち。それを鈴音たちは寸でのところで潜って回避。

「奇襲とはッ!」

 そして梨穂もまた瑞希らを庇うことなくステップで回避。

 そのまま水流を纏い、流れるように木立の間を抜けて走る。

 変身しながら接近する水の少女に対して、悠華を掴んだ手はあっさりとその足首を解放。

「うっわッ!?」

 遠心力任せに放り出された悠華は、そのまま空を梨穂へ直進。

「なッ!?」

 すでに目と鼻の先まで迫ったいた梨穂に回避する間もなく。変身の為に纏っていた水をクッションに悠華の直撃を受け止めるしかなかった。

「あは、やるぅ」

 それに鈴音は纏った光る風の勢いを増しながら、楽しげな笑みを深める。

 だが幹を蹴って敵へ飛びかかろうと構えたその視線の先から、すでに敵の腕は姿を消していた。

「え? あ!?」

 そして次の瞬間、鈴音が足をかけていた幹に磔られてしまう。

 その襟首はいつの間にか幹から枝のように生えた腕に掴まれている。

「……あ、か……ッ!?」

 その状態で鈴音の首は、襟を利用した腕に締めあげられ、塞がれた気道から苦悶の息が絞り出される。

 そうして磔にされた鈴音の体から、緑に光り輝く風が剥がれてしまう。

「クッ、すずっぺッ!?」

 完全に少女たちの変身を妨害した鮮やかな奇襲。

 そして今まさに締め落とされそうになっている友の姿に、悠華は歯噛みしながら立ち上がる。

 朽ち葉混じりの土を蹴って走る悠華。

 散らされてしまった光を再び灯す間も惜しいと、絞められた鈴音へ向けて踏み切る。

「ヤッハァアアッ!」

 飛び込みざまに打ち出す右拳。

 それは鈴音を絞める腕の根元を直撃。宝玉の沈んだ打点からは光が爆ぜ、辺りをより濃いオレンジ色に染める。

 夕日よりも強く濃い光を生む心命力。

 それを受けた敵の腕は溶けるように崩れて消える。

「すずっぺ! 大丈夫ッ!?」

「……ハッ……ハッ……う、うん、平気」

 悠華の受け止め支えられて、鈴音は喘ぎながらもうなづく。

 封鎖を解かれた気道を使って、体内の空気の入れ換え。

「う、ううッ……」

「……ふざけた真似をしてくれて……ッ!」 その間に瑞希と梨穂も立ち上がり、再び契約の法具へと手をやる。

 だが身構えたその瞬間、四組の契約者たちを取り囲む景色が一変。

 夕日に焼かれたような枝葉は黒く染まり、辺りを取り囲む木々も、その幹から禍々しく捻くれたものへと変わる。

「こ、これは……ッ!?」

 瞬く間に夜を呼んだかのような、闇に沈む不気味な森。

 突如として放り出された見知らぬ森に、悠華は見開いた目を巡らせる。

『なんて濃いヴォルスの気配なんだッ!?』

 そしてテラもまた、辺りを満たす濃密な敵の気配に身構える。

「……まーたいつの間にかヴォルスの世界ってわ―けね……となると、サイコ・サーカスがここに?」

 鈴音を庇い、拳を握り固める悠華。

 強敵の名を呟き息を整えるその顔を冷や汗が伝う。

 その呟きを否定も肯定もせず、新たな腕が出てくることなく沈黙。

 動きはなく、しかし色濃い気配はそのままな不気味な静けさ。

 不穏な静寂。そんな中悠華は鈴音を支えて立たせながら、瑞希へ目配せ。

 それに瑞希は小さくうなづいて応える。

 言葉も思念も用いず、意思を通わせる二人。

 共闘し慣れた友同士のアイコンタクト。

 その後に悠華は襲撃に備えて目を光らせながら僅かに開けた場所にまで前進。そして再び握った右拳を左手のひらへと寄せる。

「今度こそ……」

 呟き、拳と掌とを弾けさせる悠華。

 直後、それに引かれたように幾つもの腕があらゆる方位から悠華へと伸びる。

「悠華ちゃんッ!?」

「ヤァアッハァアアアアアッ!!」

 悲鳴のような声で悠華を呼ぶ鈴音。

 だがその声を叫びで掻き消し、悠華は輝かせた拳を地面へ。

 土を叩く拳。それを中心に光が暴れ広がる。

「きゃんッ?!」

「う、わッ!?」

 噴火する大地の力。敵を押し流すその眩さに鈴音と梨穂が堪らずその目を庇う。

 暴力的なまでに闇の森を塗りつぶした命の光。

 だが変身せずに放ったそれは敵を薙ぎ払うことはできず、僅かに怯ませたのみ。

 余波から立ち直った不気味な腕の群れは、再び悠華を掴もうと殺到。

「祓えの火ィッ!!」

 しかしその手が届くよりも早く、放たれた火炎が魔の手を薙ぎ払う。

「え?」

 敵を焼き払う炎に、驚き振り向く梨穂と鈴音。

 そこには舞い散る火を帯びた炎の巫女。焔の巻物、晃火之巻子を携えたホノハナヒメの姿があった。

「ナァイスタイミーング、みずきっちゃん」

 その炎に救われた悠華は、ウインクと共にサムズアップ。

「もう、自分を囮に私の変身時間を稼ぐなんて危ないこと、これっきりにしてよ」

 対してホノハナヒメは苦笑気味に肩をすくめて見せる。

 その言葉通り、悠華が変身すると見せかけて敵の注意を惹きつけ、その隙に瑞希がホノハナヒメへの変身を済ませる。、

 これが先のアイコンタクトで交わされた、状況打開のための一手であった。

 結果はこの通り。変身を妨害する包囲網に見事に穴をこじ開ける事になった。

「やっはは、んーじゃ今度やる必要があったらすずっぺか、いいんちょにたーよろーかねー」

 だが悠華は約束は出来ないとおどけて返す。

 しかしホノハナヒメは半ば分かっていたのか、苦笑のまま首をふりふり。

「もう、そう言うコトじゃないのに……」

「あっは! やっるぅ悠華ちゃん!」

 だが呟きの締めにため息を添えるホノハナヒメの一方で、鈴音は自分を餌に策を通した悠華に喝采を上げる。

「……ええ、確かにね」

 そして梨穂もまた悔しげに、絞り出すような声で悠華の策が状況を開いたことを認める。

 そんな梨穂の背へ、一本の腕が伸びる。

『梨穂ッ! 後ろだッ!』

 マーレの警告に息をのんで振り返る。

 その目の前に、冷気のブレスを弾き飛ばしながら魔手が迫る。

 しかしその腕を、炎の帯が焼き切り飛ばす。

「さあみんな、変身よ!」

 そしてホノハナヒメは敵の腕を斬り飛ばした勢いのまま、晃火之巻子を操り妨害を防ぐための結界を展開。

 させじと後続としてヴォルスの腕が少女たちめがけて伸び迫る。

 が、その尽くが金幣より伸びる炎の幕に指を突っ込んでは貫き抜けることなく燃え尽きる。

 キノコのソテーにも似た香ばしい香りの漂う中、少女たちを守る炎の壁。

 変身のための場が整えられたことを認めて、悠華は力強く首を縦に。

「オッケー! みずきっちゃんが守ってくれてる間にさっさと済ませちゃうよ!」

「うん! 思いっきりやりかえしちゃうからねッ!」

「……言われなくたって」

 ホノハナヒメに続いて音頭をとる悠華。

 それに続いて鈴音は気合十分に。梨穂は流れを握られていることへの不満を滲ませながらも、逆らうことはせずに従う。

「変身ッ!!」

 三回目の乾いた音を響かせる拳の打ちつけ。

 それに続いて鈴音と梨穂もまたそれぞれの契約の法具を発動。その身を力に満たされた繭に包みこむ。

 三種の力が形作る蛹の様な状態。

 すぐに三つの蛹は内側から破れ、戦うための姿へと変わった三人が姿を現す。

「こうなれば遅れは取らないわ」

 水飛沫を振り払い、傘を構える青の魔法少女、梨穂。

「さぁ! 思いっきり行くよッ!」

 輝く風を散らして飛ぶ、暴風の魔法少女、鈴音。

「フォローは任せて」

 結界に使っていた炎の帯を巻き戻す、紅蓮の巫女、ホノハナヒメ。

「ほーんじゃ、こーっから一気に逆転と行こうかねー!」

 そして黒い装甲を纏ったヒーロー、グランダイナ。

 地、水、火、風。四人の魔法少女が、揃って暗黒の森へ降り立ち構えた。

今回もありがとうございました。

次回は5月22日18時に更新します

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