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山の課題は?

 くろがね市から遠く離れた山の中。

 駐車場に車を預けた宇津峰一行は、それぞれに荷物を背負い、曳いて踏み均された木々の間を通って林の奥へ。

 陽と風の良く通る、程々の間隔に拓かれた木々。

 完全天然自然のモノではなく、人好みがするように手の加えられた配置の草木たち。

 しかしそんな中でも鼻に滑り込む、土へと変わりゆく朽ち葉の匂い。

 そうして出来た腐葉土を糧に生きる虫たちのくらしの気配。

 そんな虫や草を食む生き物たちの出す臭い。

 木立を吹き抜ける風は、そんな自然の、命の匂いを確かに含んでいた。

「ところでセンセ?」

 そんな命の気配を孕んだ空気の漂う道。

 軽く開かれただけのそれを進みながら、悠華は傍らのいおりへ声をかける。

「なに、宇津峰さん?」

「吹上先輩とは最初からウマが合ってたっていってたッスけど、ケンカとかもぜぇーんぜんしたこと無いんスか?」

 悠華のその質問に、いおりは視線を木立の間へ泳がせる。

「あー……うん。まったく無かったってことは無いわよ」

 目をザバザバと泳がせながら言い淀むいおり。

 そして泳ぐままに教え子たちにいおりの視線が戻る。

 すると話の続きを待つ教え子たち四対の目とぶつかる。

「う……うぅ」

 続きを促すような八つの輝き。

 それにいおりは冷や汗混じりに唸り、目を逸らす。

「どういう事があったんですか?」

「今はより仲良しになれた。そんなぶつかり合いだったんですね、素敵です!」

 肩を並べて戦い抜いた過去、そして今なお親友と呼べる関係。

 それから、きっと絆を深める事件だったに違いないと、瑞希を筆頭に期待して詳細を求める少女たち。

「そ、そうねぇ……でも、そんな期待されるようなのじゃなくて、つまらない上に長くなる話よ?」

 しかしいおりは視線をあちこちへ逃がしながら、やんわりと話すことを渋る。

『そんなこと無いですよぉ。父様母様から聞いたことありますけど、熱い話だったと思いますよぉ』

 だがそこへ挟まれた言葉に、いおりは弾かれたように木立の中をさすらう視線を戻す。

『ああ、ボクもあの話は好きだね』

『あの互いを想う心と、今までの行動、そして友情を枷に縛られたことでのせめぎあい、オイラもアレは気に入ってるんだ』

 戻した視線の先には、かつての契約竜たちから、件のエピソードを聞いているらしい竜の兄弟たちが。

「あ! いや、その!? そう言ってくれるのはありがとう! けど、取り合えずここでは止めにしない? 長引くのは間違いないし、ね?」

 アム・ブラとルクスの子どもたちに、いおりは慌てて話を別方向に持って行くように誘導する。

『何を恥じらうことがあるのです?』

 しかしそこに、マーレがその長い首を捻りつつの疑問を一言。

 強引に挟みこまれた水竜の言葉に、いおりの顔が強張り固まる。

『堂々と誇って良い物語を、何故そんなに恥ずかしがるのです?』

 引きつったようないおりの顔。

 だがそんな反応を見てもいないのか、マーレは持ち上げた首を逆にくねらせて言葉を続ける。

『オレなら功績は功績として、遠慮なく語って誇りますがね? 何故それが出来ないのか……』

「あぁーっとぉ! 言ーにくいんならいーんスよーッ!」

 マーレの口から綴られ続ける言葉。それを皆まで言わせずに悠華が大きな声で遮る。

『……おい、なんだよいきなり……』

 唐突に話をぶつ切りにした声。それにマーレは一瞬身を震わせて抗議の目を向ける。

「ゴメンゴメンマーくんや。でもまあ話を最初に振ったアタシが言うのもなんだけど、無理に聞きたいわ―けじゃないしさ、そーゆーモンってことにしといてくんない?」

 悠華は拝むように片手を立ててウインク。そうして軽い調子ながら素直に謝って、話をここで終いと打ち切りにかかる。

「それもそうよね。先生を困らせるのは良くないわ。言いだしっぺもこう言っていることだもの」

 すると梨穂はそう言って、口を開きかけたマーレの顔に手をかざして制する。

 悠華に助け舟を出しながら、非難めいた意思を含む視線を送る梨穂。

 友へ向けられたそんな視線に瑞希が眉をひそめて眼鏡に触れる。

「いんやー、まとめてくれてあんがとねいいんちょ!」

 しかし当の悠華はまるで気にした風もなく、話の切り替えに手を貸してくれたことに素直に礼を言う。

「お、この辺でなぁい?」

 そして林から抜けて、川に面した開けた場所へ。

「ああそうだね。ここにテントを張るよ」

 日差しの降り注ぐ川辺を見回す悠華。その後ろから出てきた日南子が確かめうなづく。

「……ああ、重かったぁ」

 日南子の告げた目的地への到着に、瑞希は大きく息を吐いて背中の荷を下ろす。

「もぉー瑞希ちゃんってばだらしないなぁー」

 対してその後に続いて林を出た鈴音は、道中で乗り物酔いに苦しんだのがウソの様ないたずらっぽい笑みを浮かべて荷物を地面に。

「そう言うセリフは身体強化を弱めてから言ったらどう、五十嵐さん?」

 そこへ同じくリュックサックを下ろした梨穂が皮肉げに突っつく。

「わー! 山の中の川なんて初めてッ!」

 しかし鈴音は梨穂の一言などどこ吹く風と、到着のテンションのままに川へと走る。

 言葉に含んだトゲをかわされて、梨穂は声無くうめく。

 はしゃぐ鈴音をムスリと見据える梨穂。その肩でマーレの前ビレが弾む。

「五十嵐さん、一人だけで離れて行かないで!」

 その横をすり抜けて、荷を担いだままのいおりが鈴音を追いかける。

「って、いおりちゃんもタンマタンマ! 荷物は置いてって!」

 川へ向かういおりの背中に続いて、悠華も一番の大荷物を放り出して走り出す。

「やれやれ……さてテラくんや、支度を手伝ってくれるかね?」

 そんな孫たちの様子に日南子は肩をすくめる。そして足元に立つ孫のパートナーに目を落とす。

『はい! オイラに出来ることは何でも言って下さい!』

『あ、あたいもガンバるよぉ! 火が要るならすぐにでもぉ!』

 はりきりうなづくテラ。その隣ではフラムが先走り気味に火の息をちらつかせる。

 そんな竜の兄妹に日南子は笑みを溢してうなづく。

「そうかい? じゃあ火が要るようになったら嬢ちゃんに頼もうかね」

『りょーかいですよぉッ!』

 口の端から漏れ出る火を止め、居住まいを正すフラム。

「わぁ! 何アレ!?」

「ああ!? 待って、待って! 一人でどんどん行かないでッ!!」

「だからいおりちゃん! テントのパーツ入ったの背負ったままだからぁ!?」

 その一方ではしゃぐ鈴音と、それを追いかけるいおり。そしてさらにそれを追いかける悠華。

 そんな三人の姿を見やり、日南子は深い、深いため息を一つ。

「いいかげんにしなアンタらッ!! まず最初にやることがあるだろうがッ!!」

 そして怒号一発。

 吐いた息を吸い戻して放った怒鳴り声は、大気を揺るがし、枝葉すら騒がせる。

 そんな衝撃すら帯びた一喝には、さすがの鈴音も身を震わせて足を止める。

「さて、熊避けも終わったし、準備始めよっかねー」

 しかし悠華はのんびりと、いおりに捕まった鈴音と共に仲間たちの元へ足を向ける。

「え!? 熊注意って看板見かけたけどホントにいるのッ!?」

 襟首を掴まれて猫のようになった鈴音が、悠華に聞く。

 すると悠華は後ろ頭に手を組みうなづく。

「ああ、マジで出るよ。このもうちょい奥にさー。何度か婆ちゃんに放り出されたコトがあって、そん時に一、二回見かけたコトあるし」

「よ、よく無事だったわね」

 まるで道案内でもするかのような悠華の説明。それにいおりは、教え子を捕まえたまま頬を引きつらせる。

 契約者となった今なら、変身すれば対処可能な相手ではある。だが普通に考えれば、まず間違いなく一方的に捕食されるような獣である。

「ああ。見たって言っても、離れた場所から隠れてッスから。で、鈴を鳴らしながら逃げたんで」

 悠華は何事もなかったかのように熊を見かけた当時の状況を語る。

「で、もう一回はどんな感じだったの?」

「ん? もう一回? そっちはね、婆ちゃんが熊をぶん殴ってたトコを見かけたんよ」

 鈴音に促され、続きを語る悠華。

「は? 熊、を?」

 その内容に、いおりと鈴音は揃って目を剥き、口を開いて絶句する。

「まぁー……アタシもその時寝起きだったし、見間違いかなんかだと思うんだけど……」

 説明する悠華本人でさえ、信じられないとばかりに冷や汗交じりに額を押さえる。

「でもまあ、婆ちゃんだし……」

「いやいくらお師匠様でも、契約者でもないのにそれは……」

 そうして悠華が根拠として着け足した一言。

 それにいおりは否定しきれない様子でうめき交じりに呟く。

「ほらモタモタすんじゃないッ!」

 話しながら戻っていた悠華たちを襲う一喝。

 それには悠華もいおりも鈴音も堪らず首をすくめる。

「ね? これは熊でもビビるッスよ?」

「そうね、分かるわ」

 祖母の迫力に対して同意を求める悠華に、いおりは強張った顔でうなづく。そしてその手に掴まれた鈴音もまた無言で繰り返し頷く。

 日南子の怒声を受けて、三人は早足に合流。

 そうして全員揃ったところでテントを設置。

 協力して寝所を整えた一行は、その場を後にして山の深くへ。

 密度の上がった木立の間を進む先頭は日南子。

 それから悠華、瑞希と続いて、鈴音、梨穂がその後に。

 そして教え子たちを後ろからカバーする形でいおりが最後尾に着いて歩く。

「これからどうするんですか、日南子さん?」

 枝葉を鉈で拓き、かき分けながら先を行く日南子。その背中に、瑞希が尋ねる。

「もう少し奥に行ったら折り返すだけだよ」

 今後の予定の確認に、日南子は太い枝を落として答える。

「それだけ、なんですか?」

 訓練としてはあまりにも軽く聞こえる内容に、梨穂が拍子抜けした風に首を傾げる。

「ええ、そうよ。仲間たちでまとまって、山歩きを楽しむの」

 一行の最後尾から、いおりが説明を捕捉。

「なんだただのハイキングなんですか」

 そう言って梨穂は、軽く肩をすくめて見せる。

「私たち向けの訓練なんですから、もっと激しく、厳しくてもいいと思うんですけど」

 そしてあからさまに自分には物足りないと、首を横に振る。

「そう思わない、五十嵐さん?」

「ううん? 別に?」

 そのまま前を歩く鈴音に同意を求める。が、話を振られた鈴音はきょとんとした顔を後ろに向ける。

「え?」

「だって友だちと山なんて初めてなんだもん。町と違う風の匂いとか何でも新鮮で楽しいよ」

 目を瞬かせる梨穂。それに鈴音は、輝いた目を辺りに巡らせながら返す。

「楽しんでるのは良いけれど、また一人だけで走っていかないでね?」

 そんな好奇心を目から溢れさせる鈴音に、いおりが苦笑気味に釘をさす。

「あっはは、分かってますってぇ!」

 心配するいおりの言葉に、振り返り笑い飛ばす鈴音。

「今はみーんなと一緒にのんびり山歩きを楽しんでるわ―けだーしねー」

 そんなやり取りをする列の後部を振り返って、間延びした声を挟む悠華。

「そーゆーコト!」

 そんな悠華に、鈴音が親指を立てての笑顔で応える。

「いいんちょもさ、みんなと山歩き楽しもーじゃないの。すずっぺ程じゃなーいにしても、町と違う景色ってのは新鮮っしょ?」

 そうして悠華は続けて、梨穂へこの状況を楽しむように提案する。

「……なんでそう上昇志向が無いのよあなたは……」

 だが梨穂は眉間を押さえ、呆れを隠す気もなくため息を一つ。

「またそうやって悠ちゃんを……」

 悠華をこき下ろす梨穂の態度に、瑞希が不快げに眼鏡を整える。

「アンガトね、みずきっちゃん。でもアタシは気ーにしてないからさー」

 悠華のために憤慨する瑞希。そんな親友を悠華は普段通りの語調でなだめる。

「でも、いつもいつも……いい加減に!」

 しかし瑞希の怒りは収まらず、不快感のままに視線を後ろに。

「本当の事じゃない? 何がおかしいの?」

 対する梨穂は長い黒髪をかき上げながら、そんな瑞希の目を鼻で笑い飛ばす。

「……どうせこの後嫌でもキツイ思いして引きずり上げられることになるんだから、今のうちにスマイルで楽しんどいた方がいいんよ」

 しかしいがみ合う二人をよそに、悠華の口から出たのは乾いた笑みと不穏な一言。

「え?」

『は?』

 そんな実感のこもった諦めを含む言葉に、竜とその契約者たちが揃って呆けた顔を悠華へと注ぐ。

「ちょっと、それどういう意味ッ!?」

「え、この後何があるのか聞いてるの、悠ちゃん!?」

「いったい何が起こるのッ!?」

 悠華の不穏なコメントに少女たちは詰め寄るようにして尋ねる。

「いや……ネタバレは聞いてないんだけど、経験からなーんとなく予想はつくって言うか、ね」

 そんな仲間たちへ悠華は乾いた笑いのまま今後への不安を口に出す。

 そうしているうちに日南子率いる一行は、比較的木が少ない開けた場所に出る。

「さて、ここが折り返し地点だけれど、私たちは別行動を取らせてもらう」

「それじゃあ、夕飯の準備を進めて待ってるから、早く手伝いに来てね」

「え、へ!?」

 そして大人二人はそんな一言を残すと、あっという間に木々の陰へとその姿を消してしまった。

「え、えぇええええええッ!?」

 後には、残された少女たちの声が、木立の間へと沁み渡るばかりであった。

今回もありがとうございました。

次回は5月8日18時に更新いたします。

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