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合宿に行こう

「……ってーワケでさぁーあ? もー死ぬと思ったよー……主に婆ちゃんの説教で」

「えッ!? そっちでッ!?」

 窓の外を景色が流れて行く中、瑞希の驚きの声が車内に響く。

 今、悠華たちが乗っているのは、高速道路を移動中の大型ワゴン車。

 合宿を行うキャンプ場へ向けていおりが運転する、六人乗りの車であった。

 ちなみにいおりの持ちモノではなく、レンタカーである。

 その中部座席。そこで悠華は、先日のサイコ・サーカスとの戦いについて話していた。

「そりゃそーでしょみずきっちゃん、ほーほーのてーで帰ってきたら、正座で長々と説教だぁよ!? もー足の感覚無くなっててさ、幽霊にでもなったかと思ったね」

 隣で驚き目を見張った親友に、疲れ笑いの振りをしながら言う悠華。

 助手席に日南子本人が居るにも関わらず、堂々とその仕打ちを非難する態度。それに、瑞希はおろおろと悠華と日南子とを見比べる。

「そもそも正座させるのってさー、まず相手に話聞かせる気が無いと思わなーい? 足が痺れて話どころじゃ無くなるしさーあ」

 だが悠華はそんな親友の泳ぐ目を知ってか知らずか、祖母を非難する言葉を続ける。

「ふん。そもそも話を聞く気の無いバカ孫には、要らん気遣いだろう?」

「そーだねーアタシが聞いてるかなんてかんけーないもんねー」

 しかし助手席の日南子は、孫の聞えよがしの愚痴を鼻で笑い飛ばし、悠華も軽口を重ねて応酬する。

 そのまま向かい合いもせず、ただ笑みを浮かべ合う孫と祖母。

「ま、まあまあ、悠ちゃんも日南子さんもそれくらいで……」

 そんな二人の間に、瑞希がおずおずと宥めに入る。

『やめなよ悠華、心配してくれて言ってるんだって分かってるくせに……』

 合わせて悠華の膝の上からも、テラが呆れ交じりにパートナーを窘める。

 なお、瑞希のパートナーであるフラムは、悠華の膝の上で兄にもたれかかるようにして身を寄せていた。

「……それにしても、逃げ出すのが精一杯だったなんて情けないわね、宇津峰さん?」

 そこで後部座席から挟み込まれる声。

 それに悠華はゆったりと。瑞希は弾かれたように振り返る。

 二人が目をやった先。そこには水竜マーレを膝に、軽く首を傾げて笑みを浮かべる永淵梨穂が座っている。

「委員長……自分だって勝てなかったのに、そんな言い方は無いんじゃないの?」

 瑞希は、ずれようの無いメガネに触りながら、明らかに悠華を見下した発言に苦言を呈する。

 だが梨穂は瑞希の指摘に、笑みを崩さぬままにうなづく。

「確かに。この私でもサイコ・サーカスには土をつけられたわ」

 しかし敗北それ自体は素直に認めた上で梨穂は笑みを深めつつ言葉を続ける。

「けれど、同じ相手に二度も敗れるつもりはないわ。宇津峰さんのように何度もね?」

 鼻を鳴らしての宣言。

「そーだね、いいんちょなら二度目には対策ばっちり組んでるか」

「ええ、もちろん! 二度と後れは取らないわ!」

 自分を見下すような言葉も気にした様子もなく、悠華は追従して持ち上げる。

 その言葉に腕組み何度もうなづく梨穂。

 しかしそれに、瑞希は目を伏せて逆に呆れ混じりのため息を吐く。

「……その再戦のチャンスは、悠ちゃんやみんなが作ったモノでしょうに……」

 聞えよがしに呟く瑞希。その言葉に梨穂の目が剣呑な光を帯びる。

「明松さん、何か言った?」

 低く抑えた声。

 表面上は笑みの仮面で覆い隠した顔を瑞希へと向ける梨穂。

「ええ、悠ちゃんが助けてなければ二度目も何も無かったのに、よくも悠ちゃんにそんなことを言えたものよね、って言ったの」

 しかし瑞希も負けじと睨み、ストレートに質問に答える。

「……言うじゃない?」

「ううん? 永淵委員長ほどひどい言葉は言えてないつもりだけど?」

 座席を挟んで睨み合う火と水。

 煮え立つような空気。

「ふふふ……」

「ふふ、ふふふ」

 後部座席と中部座席の間で空気がぐつぐつと煮え立つ。

「もう、いいんちょもみずきっちゃんも止めなって……アタシなら別に気にして無いんだからさ」

 悠華はそう言って煮詰まりつつある空気を割り、間に取り持ちに入る。

「だからって、あんな言い方……ッ!」

 こればかりは、と矛を収める様子を見せない瑞希。

「……う、うぅ……」

 しかしそれを小さなうめき声が遮る。

「どーしたん、すずっぺ?」

 そのうめき声の出どころ。後部座席の一つを覗き込む悠華。

 そこには窓に頭を擦り付けるようにした鈴音が。

 出発からしばらくして、相棒のウェント共々、妙に静かになってはいた。だがここまでぐったりしていたとは、隣に座る梨穂でさえ気づいていなかった。

「五十嵐さん! 具合が悪いのッ!?」

『ウェントもどうしたんだッ!?』

 そんな風組の異常に、瑞希とテラが顔色を変える。

 心配する一同に、風組の二人はぐったりと青くなった顔を上げる。

「ぎ、ぎぼぢわるいぃい……」

 そして声を揃えて、えずきながら訴えた症状。

 そう、車酔いである。

「ちょ、窓開けて!? 換気ッ! あと袋、袋ォッ!?」

「五十嵐さんもウェントも、窓からなるべく遠くを見て!」

「婆ちゃん酔い止めのツボってドコッ!?」

「バカたれッ! 未熟者に経絡秘孔なんぞ使わせるかッ! それよりビニール袋!」

 鈴音の吐き気の訴えに、隣の梨穂が悲鳴を上げ、車内はてんやわんやの大騒ぎとなる。

『だいたいウェント、お前までどうしたッ!?』

『……あー、うー? なんでかボクまでどんどん気持ち悪くなってきてぇ……うぐっ、前は全然こんなこと無かったのにィイ……』

「なんでもいいから袋を早くッ!!」

「はいコレ! ……って、いいんちょが回復術かけた方が早くねッ!?」

「あ!」

 ハチの巣を放り込まれたように騒ぎながら、介抱の為に動く女子中学生たち。

 いおりはそんな、慌てふためくと言う形でまとまる教え子たちの姿をミラー越しに見やり苦笑。

「五十嵐さん、次のサービスエリアで一時休憩にするから、それまでなるべく楽な姿勢でいてちょうだい」

 そして車酔いに苦しむ鈴音へ柔らかく声をかける。

「……せんせー……私とウェントだけ空飛んでついて行っちゃダメれすかぁ……?」

 すると鈴音は酔いの苦しみのあまりに突拍子もない案を口に出す。

「それはちょっと悪目立ちしすぎるわね。もう少しだから車の中で辛抱して頂戴」

 その非常識な提案には、いおりも再び苦笑い。人間離れした行動はしないようにと釘をさす。

「……ふぁい、汚さないように頑張りましゅ……」

「そういう意味じゃないの、無理はしないでいいからね?」

 対する鈴音の力無い返事。

 それに無理は無しと念を押して、いおりは正面へ集中し直す。

「……状態悪化を解除する術はかけるから、できれば吐かないで頂戴よ?」

 その一方で、後部座席では梨穂による回復術の光が灯る。

「……あぅう、意識させないでぇ……余計に気持ち悪くなるぅ……」

『うぅ……ボクもまた気分がぁ……』

 だが、効果はきちんと上がっていないようで、さらなる不調を風組は揃って訴える。

『今は多分、お互いに気分が悪いのが巡って、悪循環的に調子を崩してるんだ。瑞希、ウェントの事、頼むよ』

「うん、任せて。おいで、ウェントくん」

『うぃい……おねがいしまっす』

 テラの推測。そして要請を受けて受け入れ態勢を整えた瑞希と、そこへフラフラと飛ぶウェント。

 瑞希の膝の上。そこに展開した回復術の陣に身を横たえたウェント。

 悠華はサイドポニーの髪をいじりながら、そんな鈴音のパートナーから自身のパートナーへと視線を移す。

「テラやん。車の揺れとか何とかなる?」

『それはまあ、繊細な操作は要るけど……何とかなるかな。やってみるよ』

 その提案を受けて、テラは全身から光を波紋として放つ。

 それが車内に行き渡ると、車内に伝わる振動が消滅する。

「おお!? やるねテラやん!?」

『うん……でも思ってたよりきついやコレ』

 パートナーの仕事の出来に感心する悠華。

 対するテラは想定以上にかかった負荷に、思わずしかめ顔を見せる。

 そうこうしている内に、一行を乗せた車はサービスエリアへ。

 駐車場に停まるや否や、梨穂がドアを開けて飛び出す。

「ふぅ……セーフ……」

 車の外で豊かな胸に手を置く梨穂。

 梨穂が吐瀉物の直撃を免れたことに安堵すること。そしてそのあからさまな態度に、瑞希が眼鏡に手をやる姿。

 悠華はそれらを交互に見やり、肩をすくめて右にまとめた髪を弄る。

「すずっぺ、立てる? 一回出した方がすっきりすると思うけど、付き合おうか?」

 しかしそれはとりあえず置いておいて、今具合の悪い鈴音へ尋ねる。

「う、ううん。それは大丈夫……外に出て少し休めばこれくらいは」

 吐き気の峠は越えたのか、青い顔ながらも気丈に微笑み返してくる鈴音。

 そうして梨穂が飛び出したのとは逆のドアを開けたのを受けて、悠華も瑞希と共に車を降りる。

「婆ちゃん、お願い」

「はいよ」

 日南子へ一声かけてから、悠華は車体を大きく回って鈴音の所へ。すると梨穂も気がついて、いそいそとついてくる。

 車体に半ばもたれかかるようにして深呼吸を繰り返す鈴音とウェントの風組。

「すずっぺにウェントも、ホントにダイジョブ?」

 そこへ気づかって声をかける悠華。

「まぁ……うん。だいぶ落ち着いてきたと思うよ」

 まだ血の気の薄い顔でうなづく鈴音。

 そこへ日南子が指を解しながら、孫とその友だちを超えて前に出る。

「さぁて、楽にしてなよ? ちょいとマッサージしてみるからね」

 日南子は鈴音へ柔らかな声音で語りかけながら、その小さな手を取る。

「まずは手心、神門からかね……」

 鈴音の掌を指で探った日南子は、中心部と小指側の手首の辺りの指圧を始める。

「うぁあ……きくぅう……」

「ほい、じゃ後ろ開けておくれ」

 気持ちよさげに息を溢す鈴音。それに日南子は十回ほど指圧を繰り返すと、立ち位置の変更を指示。

 それに鈴音が戸惑いながらも一歩前に。すると日南子はするりとその背後に滑り込む。

「はう」

「はい次は天柱」

 首後ろ。生え際中央から少し左右にずれた辺り。そこを親指で、残る指で後ろから頭を支えるようにしながら指圧。

「あふぅ……」

「このあたりは、ツボ療法の教本にもあるモンだからね。マネしても大丈夫だよ」

 すっかり体を預ける体勢になった鈴音。

 その首、掌を交互に圧し解しながら、日南子は向けられた目に解説する。

「なんだかツボ押ししてるだけにしては、妙に良く効いてるように見えるんですけど?」

 完全にされるがままになっている鈴音に、梨穂が訝しげに眉を寄せる。

「ん? ああ多分、昔に妖怪変化を殴り倒した時の要領でやってるからじゃないかね?」

 梨穂の疑問に、指圧マッサージの手を止めぬまま答える日南子。

 するとそれまで前のめりに見学していた梨穂と瑞希は、冷や汗を浮かべて半歩引く。

「よ、妖怪、ですか?」

「それも、殴り倒す感覚って……」

 足の動きと同じく、顔も声も引いて呟く二人。

 それを日南子は気にした風もなく、手を休めぬまま再び口を開く。

「うん。まあ正確にいえば気持ちを込めて押し込んでるって言うのかね。みんなが妖怪みたいなもんと契約して感受性が上がってるからこそって部分もあるだろうけれど」

「お師匠様の言うとおりよ。私たちも相手の放つ心命力の影響を色濃く受けるの。闘気や殺気に呑まれれば本来の力は発揮できないし、逆に慈しみで癒され、奮い立つこともあるのよ」

 日南子の説明を引き継いで、補足するいおり。

「だから相手や状況に呑まれずに、安定した自分らしい精神状態を保つのは重要よ」

「そいつはやっぱ経験からッスか?」

 アドバイスをまとめるいおりに、横から腕組み姿勢の悠華が首を傾げ尋ねる。

 するといおりは、苦笑交じりに小さく顎を引きうなづく。

「まあ、ね。私は動揺すると芯から揺れてしまうタイプだったから……心構えくらいは、ね」

 そう言って過去の失敗を思い出してか、小さなため息をこぼして左耳に触れる。

「だから、逆境でも根っこでは落ち着いて行動できる宇津峰さんの事は頼りにしてるのよ? そこは裕香と良く似てるわ」

「買ーい被りすぎッスよ、いおりちゃんセンセ」

 いおりの言葉に、悠華はおどけ調子に返しながら視線を外す。

 そして祖母の施術を見守る仲間たちを見やり、師へと視線を戻して再び口を開く。

「ついでにも一つ。合宿の提案もやっぱ十年前の経験からッスか?」

 が、その質問にいおりは首を横に振る。

「いいえ、違うわ。こっちは個人的な持論。そもそも私と裕香は最初に話したときからかなりウマが合ってたから、連携で苦労したこと無いのよね」

「なんスかそれ! 自慢スか!?」

 肩をすくめて言ういおりに、悠華はわざとらしく唇を尖らせて見せる。

 しかし直に顔をふにゃりと緩める。すると、仲間たちを眺めながら口を開く。

「いーっつもこんな感じだったら良いんスけーどねー……」

 口を挟むことなく興味深げにツボの位置を見る梨穂。

 そんな梨穂に食ってかかることなく、抱きあげた風竜の治療を進める瑞希。

 日南子の腕に大人しく身を委ねている鈴音。

 ぶつかり合いも気まぐれも起こさずにまとまっているその姿を眺めて、悠華は顔を緩めて溢す。

「そうね。こんかいの共同生活が、関係が好転するきっかけにはなると思うけど」

 それにいおりも耳を触る左手で頬杖を突くようにしながらうなづく。

「さて、宇津峰さんたちも寄っておきたいところがあったら寄ってらっしゃい」

「はーいなッス」

 そう言って運転席へ戻るいおり。それを返事をしながら追いかけ振り返る悠華。

 その途中。遠くの人々の中に何かを見つけたのか、悠華は目を瞬かせて、擦り、細めて凝らす。

「……らっきー?」

 その口から出たのは、ここにいるとは思えないクラスメイトの名前であった。

今回もありがとうございました。

次回の更新は5月1日の18時になります。

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