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大脱走スマッシュ&クラッシュ

『悠華ッ!? そんな、いつの間に!?』

 強固な装甲を三ヶ所も破られながら敵に対峙するグランダイナへ、テラが駆け寄る。

「もう一発ってーパンチをぶちこむ直前……やられた、ね」

 向き合う敵から視線を外さぬまま、グランダイナは右腕に深々と突き刺さった刃を引き抜き、握り潰す。

 ナイフを受けた苦痛に動きが鈍り、さらなる押し込みにと放った拳にカウンターを合わせられた。

 その結果が今の通り。

 サイコ・サーカスは素早くグランダイナの攻勢から抜け出し、折れた腕をもすでに再生させていた。

 グランダイナが握力だけでへし折った手首。肉と骨がシェイクされた複雑なダメージを刻まれたそれを、サイコ・サーカスはほんの一撫でで完治させてしまっていた。

 そして治癒後の具合を確かめるように手を二、三と握開。合わせて首のダメージを追い出すように左右に。

「……ったくもー、アタシの全力全開の成果をあっさり治してくれちゃって。心が折れそーだよ」

 グランダイナはそんなサイコ・サーカスの様子に、愚痴混じりの軽口を叩く。

 グランダイナの装甲も、すでにこじ開けられた穴が塞がり始めている。

 だが砕けたシールドバイザーはまだそのままで、風穴周りを汚す赤も根深いダメージを物語る。

『それはつまらないわね。お前がどう対応してくるのかは密かに楽しみにしているのだけれど?』

 おどけ調子の軽口に対して、サイコ・サーカスは冷ややかな笑みを浮かべて首を傾げて見せる。

 それにグランダイナは刺された右腕の血を拭いながら肩を上下させる。

「だーったらもっと手加減しーてくんないかねー? アタシがへこたれたらつまんないんしょ?」

 そして首を軽く捻って、緊張感のない砕けた言葉を投げかける。

『それならそれで大人しくショーを見てもらって、そのドラゴンの分と合わせて見物料をいただくまでよ』

 しかしサイコ・サーカスは冷ややかな笑みのままに、手元に呼んだ大量のナイフで扇を作る。

「やっははは、やっぱダーメかー」

 サイコ・サーカスからの返しに、グランダイナは聞くまでもなかったとばかりに笑い飛ばして拳を構える。

 事も無げにあっけらかんと構えるグランダイナであった。が、それとは真逆に、戦況は最悪と言っていい。

 未だに全力をぶつけても遊ばれるほどの戦力差。

 周囲の後押しを受けての面が強いが、力を付けてきているにも関わらずである。

 さらに悪いことに、仲間たちの救援も望めない。

 サイコ・サーカスによるジャミングで、外界との念話は遮られている。

 である以上、瑞希たちが異変を察知して動くのを期待するしかない。が、それは都合の良すぎる、見通しの甘い考えである。

 つまりグランダイナたちは、未だに全力を引き出せない相手に、孤軍奮闘を強いられているのである。

「やーれやれー……こーゆー万が一の可能性に挑む、ってーのはアタシのキャラじゃ無いんだけーどねー」

 そうした酷く分の悪い状況。それを頭の中で転がして、グランダイナはいつもの軽口混じりに嘆息する。

『だから言ってるじゃない。諦めて私のショーを見るならそれはそれで構わないって』

 それにサイコ・サーカスは黒刃を扇がせながら言う。

「じょーだん! イカれたぼったくりサーカスなんざに払う命は無いってーの!」

 対してグランダイナは大げさなまでに肩を上下。サイコ・サーカスの言葉を鼻で笑い蹴散らす。

 だが次の瞬間、空に裂け目が走ったかと思いきや、その裂け目から足が飛び出す。

「ぬ、わッ!?」

 バイザーを砕かれた顔を狙う靴裏。それをグランダイナはとっさのヘッドバットで迎え撃つ。

『それはそれでいいのよ? ショーの中に組み込むまでで遊べるから』

 グランダイナの額を踏みつけながら、半ば裂け目の中にあるサイコ・サーカスは目を細める。

 そしてヒロイックなバトルマスクを踏み込んで前回りに跳ぶ。

「こ、んの妖怪サーカス見ていけがあッ!?」

 頭上を乗り越えた敵を追いかけ、後ろ回し蹴りに振り返るグランダイナ。

 が、サイコ・サーカスは、まるで見えない空中ブランコに膝を掛けたかのように逆立ちのまま振り子軌道に離れる。

 不可視のブランコによる紙一重の回避。

 それに合わせてサイコ・サーカスは握ったナイフをばら撒くように投げ放つ。

 しかしグランダイナは横殴りの雨と迫る刃にも怯まず突進。

 そうして装甲の厚みに任せて刃を弾き、離脱しようとするサイコ・サーカスを追う。

「せぇあッ!」

 踏み切り、飛び込みざまの拳を繰り出すグランダイナ。

 完全に直撃コースを描く拳。

 だが拳がピエロ女の顔面を捕らえるよりも早く、その身は裂け目の中へ消える。

「クッ!?」

 拳を振り抜いた姿勢のまま、着地する黒の闘士。

 そして背後からの奇襲を先読みして振り向き構える。

 だがその直後、先ほどまで正面だった空間に裂け目が走る。

『見て行きなさーい行きなさい、いいからお客になりなさい』

 裂け目から洩れ出る歌うように節をつけた声。

『悠華ぁッ!!』

「裏の裏ぁッ!?」

 テラの警告と同時に、左踵を軸に振り返るグランダイナ。

 バックナックルを合わせてのターン。だがその拳はサイコ・サーカスの掌に軽々と受け止められてしまう。

「フフ……」

 白い顔に浮かぶ不気味な薄い笑み。続いてグランダイナの拳を握る手に力がこもる。

 サイコ・サーカスの指がめり込み、黒い拳がみしりと音を立てて軋む。

「う、ぐぅ……ッ!?」

 拳からの痛み。

 それにグランダイナは、たまらずカメラアイを明滅させて呻く。

 が、溢れ出た苦悶の声の残りは飲み下す。と、グランダイナは拳を握り潰そうとする手を振りほどくのではなく、逆に掴まえる。

『ん?』

 サイコ・サーカスの口から漏れる小さな声。

 疑問の色を帯びたそれが消えぬ間に、グランダイナは掴まり、捕まえた腕を引く。

「翻土棒ッ!?」

 同時に震脚。

 呼び声に答え、山吹色の光が地面を割って立つ。

『うぐ?!』

 光の柱は、飛び出した勢いのままにサイコ・サーカスのみぞおちを突き上げる。

「ぬ、ぅん!」

 ダメージにサイコ・サーカスが怯んだ隙に、グランダイナはおまけのヘッドバットを叩き込む。

『がッ!?』

 ハンマーじみた鋼鉄の仮面。

 直撃を受けた鼻から血を溢れさせて、サイコ・サーカスはたまらずに仰け反る。

 それに乗じてグランダイナは、緩んだ握り手を振りほどき、翻土棒を呼んだ足を跳ね上げる。

「らぁああッ!!」

『う、ぐッ!?』

 立て続けにサイコ・サーカスの腹部を貫いた上向きの衝撃。

 目を剥き、白黒させて吹き飛ぶ敵から目を離さず、グランダイナは呼び寄せた自身の魔法の杖を掴み取る。

 横、縦と、閃く山吹色の戦棍。

「ヤッハァッ!?」

 右腕を軸に回したそれを後ろ腰に添えて構えるや否や、グランダイナは突進。地響きを後に残し、宙を舞うサイコ・サーカスへ突撃をかける。

 突撃に乗せて繰り出す突き。

 が、サイコ・サーカスは舞い上がりながらも虚空を掴み、それを軸に回転。

「クッ!」

 見えない鉄棒の上で開脚するサイコ・サーカス。それを追い掛け、グランダイナは突き出した棍を切り上げる。

『ハアッ!』

 しかし大開きの股を狙うそれを、サイコ・サーカスは踏みつけ、大きく跳ぶ。

『そら!』

 グランダイナの攻撃を打ち上げ台にしてのバク宙。それに合わせてサイコ・サーカスは、いつの間にか手の中に握っていたナイフを投擲。刃の雨を降らせる。

 だがグランダイナの装甲にとって、投げナイフ程度の攻撃はいくら降り注ごうと雨粒同然。

 しかし黒い闘士は刃を油断無く装甲に合わせて受け止める。

 そしてその間に棍を逆手に、槍投げのように構える。

「ふんッ!」

 勝負を急ぎ、一気に浄化陣を展開しようというのか、グランダイナは翻土棒を大きく振りかぶる。

『……フフ』

 大技に入るその姿に、冷たい嘲笑を浮かべるサイコ・サーカス。

「ヤッハァアッ!!」

『なッ!?』

 だがグランダイナが短い気合と共に杖を投げ放ったのは下方向。

 地面を目掛けての翻土棒。それにサイコ・サーカスは意表を突かれて目を剥く。

『悠華ぁッ!』

 その間にテラが翻土棒の落着地点へと滑り込み、頭を振り上げて杖を打ち返す。

「ほいさぁッ!」

 反射されて駆けあがってくる愛用の杖。それを掴んでグランダイナは上方向へ急加速。

『くッ!?』

 山吹色の光を曳く黒い砲弾となったグランダイナ。その勢いにサイコ・サーカスは舌を巻いて身を捩る。

 ピエロ女の脇をすり抜けて、グランダイナは真っ直ぐに天井を目指す。

 その勢いのまま、グランダイナは翻土棒を暗い天蓋へと突き入れる。

「三節ッ!!」

 と、同時に天井へ手を付き、体を捻り棍を引き抜く。

 が、引き出されたのはオレンジの光文字で編まれた鎖。天蓋に埋まった一節はそのままに、残る二節を手にしてグランダイナは躍りかかる。

『へえ?』

 すでに着地していたサイコ・サーカスは、冷や汗と笑みを合わせて浮かべながらバックステップ。

「エイィヤァアッ!!」

 その直後、グランダイナが手に持つ棍二節を地面へと叩きつける。

 全体重と重力の篭った一打に、砕けて破れる暗い地面。

「ハァアアアッ!!」

 そして爆音と破片とを押し退けながら、グランダイナはヌンチャク状の棍を構えて踏み込む。

 そのまま光文字の鎖に繋がった一節を使っての薙ぎの一打。

 しかしそれはバク転したサイコ・サーカスの爪先を掠めただけ。

「ハイ! ハイ、ヤアアアッ!!」

 だがグランダイナは打撃の勢いを緩める事は無い。

 踏み込み、腰を切り返しての左右連打。

 それは浅いバックステップで逃げられたものの、すかさず追い掛け、足を狙ってのローキック。

 しかしサイコ・サーカスは足を奪いに行った蹴りを蹴り返しつつバックジャンプ。

 だがそれを狙いすました、翻土棒第三節を伸ばしての抜き打ちがピエロドレスの脇を捉える。

『おぐッ!?』

 光弾けるインパクト。それに照らされるサイコ・サーカスの苦悶に歪む顔。

「ヤアッ!」

 そして逃げ足の鈍った間に、グランダイナは一気に間合いを詰める。

「ハアッ! ハッ、ハアッ!」

 振り戻しての棍打。さらに切り返しの連撃。

 それにサイコ・サーカスの防御が上半身に固まり、意識が頭方向に偏重。

 瞬間、ヌンチャクでブロックする腕を打ち据えると同時に、がら空きの足を刈る。

『うあッ!?』

 横倒しに崩れるサイコ・サーカス。

 そこでグランダイナはすかさず、蹴り払った足を胸につけんばかりに引き戻して突き出す。

 サイコ・サーカスがとっさに腕をはさみこんだものの、戦車砲にも似た蹴りは、浮いたピエロをベニヤ看板のように吹き飛ばす。

 蹴りを受けたのとは逆の手で空をつかみ、ブレーキをかけるサイコ・サーカス。

「こっから一気にッ!」

 グランダイナはそれを追いかけ踏み込みながら、翻土棒の一節。石突きのついた端の方を投げ放つ。

 鎖の尾を引き、石突から空を走る棍の一節。それにサイコ・サーカスは目を剥き、空に立てた爪から火花を散らしながら身を捩る。

 ピエロドレスを掠め裂き、その真後ろの壁に突き刺さる翻土棒。

 その後に残った光鎖の巻き取りを補助として、グランダイナは突進を加速。

 その勢いのまま、ラリアット気味にサイコ・サーカスを巻き込んで壁へ突っ込む。

『が、はッ!?』

 クッションとなったサイコ・サーカスの体は深々と折れ、その口からは赤く濁ったものが飛び出す。

 グランダイナは壁に縫い止めたそれから体を離すと、立て直す隙を与えまいと、すかさず三節棍の一つを握った拳を繰り出す。

「ヤアッハアアアアアッ!!」

 必殺必勝の気を込めた咆哮。

 それを伴って打ち出された拳は、サイコ・サーカスの胸へと吸い込まれるように突き進む。

 壁に磔られたサイコ・サーカスにはもはやなすすべはなし。

 このまま拳の軌道通り、真っ直ぐな決着は明らか。

 だが、突きこんだ拳を迎えた手応えは「ぐもん」とした柔らかなもの。

「なッ!?」

 インパクトが生んだ光さえ包み込む、異常に柔らかな感触。

 それにグランダイナは、半分に割れたバイザーの下で目を明滅させる。

 その目の前で、拳を受けたはずのサイコ・サーカスは口の端を歪め、膨らむ。

 風船のように膨らむピエロドレスの体。グランダイナは息を呑み腕を引こうとする。

 が、焦ったグランダイナが拳を抜くよりも早く闇色と金色の風船は爆散。

 溢れだした大玉と爆風とが黒いバトルスーツの巨体を押し流す。

「う、わッ!?」

 押し流されるままに、背中から吹き飛ぶグランダイナ。

『それ』

 その背中へ突き刺さる軽い掛け声と鋭い衝撃。

「か、はぁ……ッ!?」

 深々と背に抉り込む苦痛。

 槍に飛び込んでしまったようなそれに、グランダイナの眼が激しく明滅する。

 跳ね返され、弾み、転がる黒い闘士。

 やがて巨体はその勢いを失い、うつ伏せに倒れる。

「う、ぐ……」

 呻き、腕を支えに顔を上げるグランダイナ。

『やってくれるじゃないの……お前とのショーでは、ついついと色々なことを忘れてしまうわ」

 割れた仮面の待上げた先。そこに立っていたのは、やはりサイコ・サーカス。

 ピエロ女は口周りの血を拭い、蹴りを受けた腕をさすりながら、グランダイナへ向けて悠然と歩み寄る。

 近づいてくる冷然とした笑顔。それを前に、グランダイナは短い杖を支えに上体を起こそうと力を込める。

「う……く、ぐ……ッ!?」

『お前自身には散々と我々を殺されはしたけれど、その恨み以上に好ましさが勝っているのよ? 不思議なものね?』

 深いダメージに立ち上がれぬグランダイナ。その姿を見下ろしながら、サイコ・サーカスは笑みを深める。

 だが翻土棒の中節に被せた手を、ピエロシューズが上から踏み潰す。

「あっがぁッ!?」

『……けれど、歪みを産み出しておきながら、のうのうとしているドラゴンの一派を、生かして置くわけにはいかないのよね』

 そう言い切ると同時に、サイコ・サーカスは上体のみを捻ってナイフ投げ。密かに岩弾を構えていたテラを飛び退かせる。

 そして逆の手に大振りのナイフを呼び出すと、うつ伏せのグランダイナへと身を屈める。

『どう? もう一度我々を受け入れて見る気はない?』

 黒いナイフを見せつけるようにしながらの問い。

『ダメだッ! オイラの相棒の心を殺させるなんて……ッ!?』

『うっとおしいのよッ! 秩序面のドラゴンがッ!』

 慌て飛びかかるテラ。それにサイコ・サーカスがナイフを投げようと再び身を捩る。

「ゃっはぁあッ!!」

 瞬間、気合を振り絞り、翻土棒を地面に捩じ込むグランダイナ。

『なッ!?』

 バランスを崩したサイコ・サーカスの足元から広がるオレンジの魔法陣。

 それは別の場所に突き刺さった翻土棒からも展開。

 魔法陣が三つ。

 天井。

 壁。

 床。

 それぞれに広がり、呼応するように明滅する。

『いったい、何を?!』

「……お誘いはどーもー」

 不可解に展開した魔法陣に戸惑うサイコ・サーカス。

 その足元から、満身創痍のグランダイナが声をかける。

「せーっかくだけんども、契約をハイ無しよってする気はないんでー」

 グランダイナの宣言に続き、崩落する地面。

『まさか、私の世界を崩したッ!?』

 崩れる足場、そして瓦礫の雨から飛び退くサイコ・サーカス。

 その一方で、グランダイナとテラは崩壊に任せて落下していく。

『悠華ッ! ここからなら物質界に飛べるよッ!?』

「おーいえーさっすがテラやん、後は任したよ」

 そうして落ちるに任せたままのグランダイナは、テラの開いた門へと吸い込まれていった。

今回もありがとうございました。

次回は4月24日18時に更新いたします。

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