迷宮の主
『悠華、このまま真っ直ぐだ! ヴォルスの気配まで真っ直ぐでいいッ!』
「りょーかいっとぉッ!!」
暗い泥の中を探るテラのナビに従い、ひたすら下へ下へと掘り進むグランダイナ。
水気を含んで粘る闇色の泥であったが、黒い闘士が腕を掻くや否や乾いたもろいものへと変化。その腕の生む流れに従って運ばれていく。
抵抗なく崩れる闇の沼を掘り進むグランダイナの姿は、まるでクロールを泳ぐように。
流れの無い水中を行くようにグランダイナは潜行。
「こーんなにいけるならもっと早くに試してみりゃよかったよ!」
順調な掘削潜行にグランダイナは上機嫌に振るう腕を早める。
『いや、確かにオイラも出来るかもって考えはしたけど、まさかここまでのスピードが出せるなんて……』
テラ自身もたてがみの様な甲殻から放つ震動波で補助をしながら、想像以上の潜行スピードに舌を巻く。
そんなパートナーの予想を上回る怒涛のスピード。
それほどの勢いで掘り進み続けたグランダイナの指先は、やがて砂と化した闇を貫いて空間に触れる。
『悠華ッ! ここだッ!!』
目的地点への到達を告げるテラの声。
「イィヤッハァアアアッ!!」
それを受けてグランダイナは、抉り開いた風穴を継ぐ手の拳で打ち広げる。
砕け破れ、広がった空間への穴。
それを作った勢いのままグランダイナの巨体はこの空間の支配者の居場所へと零れ落ちる。
グランダイナは顔面方向から落下しながら、空中にいる間に前転。片膝立ちの姿勢で新たな足場を踏む。
そうして土組の降り立った空間。
そこは闇色の天蓋に覆われた、ドーム状の密閉空間であった。
広さはベースボールグラウンド程だろうか。真っ平らで何も無いがらんどうが薄暗がりの中にグランダイナたちを閉じ込めている。
『あら? 向かっているのは分かっていたけど、予想以上に早かったわね』
「この声は!?」
そして投げかけられる聞き覚えのある女の声。
微かな驚きを含んだそれにグランダイナが顔を上げる。
するとそこにはスポットライトに照らされた、蛾を模した髪型のピエロ女、サイコ・サーカスの姿があった。
『サイコ・サーカス……オイラたちをここに捕まえたのは、お前の仕業だったのか……』
光の柱に包まれた強敵。その姿にテラは、グランダイナの肩から降りて警戒の構えを取る。
対してサイコ・サーカスは白い頬に手を添えて、首と腰を傾かせる。
『ええ。サプライズで招待させてもらったけれど、気に入って貰えた?』
全身を使っての首傾げ。そしてサイコ・サーカスは土組が言葉を挟むよりも早く、Sの字を描く姿勢のまま唇を開く。
『とは言っても、そちらが早すぎて、仕込みを整えて出ていく前に楽屋まで踏み込まれてしまったのだけれど、どうしたものかしらね?』
言いながらサイコ・サーカスは首と腰の傾きを同時に返して、先の鏡写しの姿を作る。
笑みの形に細められたその目。
しかし柔和な形を作って見せるそれとは裏腹に、まぶたの間から覗く瞳は冷たい光をグランダイナとテラへと注ぐ。
作られた白い笑顔が含む殺意。
いつの間にか突き付けられた刃にも似た冷たく鋭いそれに、土組二名は揃って息を呑んで後退り。
「ほーんじゃ折角だけど、またの機会にーってこーとでー。出口はこーっちかな?」
準備中だと言うサイコ・サーカスの言葉に乗じて、グランダイナは摺り足でじりじりと間合いを取る。
『あら、そんなに慌てなくてもいいじゃない』
だが一際深く後退りした瞬間、グランダイナの背を声が撫でる。
「ヤアッ!!」
その声にグランダイナは反射的に反転。同時に左拳を甲の側から振るう。
しかし振り返りに乗せた左裏拳は、サイコ・サーカスの頬の前で掌に包まれる。
「ハァアッ!!」
それを折り込み済みとばかりに、グランダイナは左肘を畳みつつインステップ。後に控える右拳をピエロドレスの脇腹へ。
『フフン?』
だがその一撃も、差し入れられた左肘にガード。サイコ・サーカスはグランダイナの剛拳二つを受け止めた上で冷ややかに鼻を鳴らす。
『アアラァアッ!』
だが大地のヒーローは、怯まずすかさずに腰を返してローキック。足を掬いにかかる。
『フッ』
が、駄目。
サイコ・サーカスは間髪入れずに投げへシフトした動きすらお見通しと軽くジャンプ。グランダイナの払い足を飛び越え、腕の力に逆らわずに身を流す。
「エ、ヤアア!」
しかしピエロシューズが地を踏む直前、グランダイナは左腕を振り上げ、サイコ・サーカスを持ち上げる。
「ハアアアッ!!」
そしてすぐさま急上昇させた腕の軌道を反転。急降下と同時に、拳を固めた右腕を繰り出す。
『なッ!?』
それにはたまらずサイコ・サーカスもグランダイナの腕を掴む手を放して腕を交差。
グランダイナは構わず、腕を重ねた盾の中心へ、鎧纏う剛拳を叩き込む。
『ウグッ!?』
重い手応えを帯びた響き。
踏ん張りの効かぬ宙でしょうじた衝撃に、サイコ・サーカスの口から呻きが零れる。
グランダイナが打ち下ろし軌道で叩き込んだ拳の延長を描くように、サイコ・サーカスは背中で地を叩いて弾む。
しかしグランダイナはボールのように跳ねる敵を追わず、その場で腕を振るう。
すると高く固い音が弾け、黒いものが装甲を弾む。
それはサイコ・サーカスの使う漆黒の投げナイフ。
サイコ・サーカスは地面を弾みながら、それと同時に牽制のナイフを放っていたのだ。
その隙にサイコ・サーカスは受け身を取って着地。身を起こす勢いに乗せて構えたその手には、すでに大振りのナイフが握られている。
グランダイナの繰り出す拳を受けながら、反撃を放ったサイコ・サーカス。
対してその反撃の刃をめざとく見つけ、うかつに踏み込まなかったグランダイナ。
この僅かな間に凝縮された応酬は、互いに譲らずに終わる。
間合いを開けた両者は、油断無く構えて向き合ったまま、同時に体を上下させて息を整える。
『あんまりつれない事を言わないで欲しいわ。招待して置いて、何も演らずに帰したなんてこれ以上の恥は無いわ』
黒い刃をお手玉しながら、襲いかかる前にしていた話を戻すサイコ・サーカス。
「いーやいや、準備が整ってないなら出直すよ。こーんど招待する時は、招待状をひーと月前にはちょーだいな」
それに対するグランダイナのおどけ言葉。
しかし、うかつに後退りせずに構えるその姿に、口調とは逆に緩みは無い。
『あら、遠慮しないで。即興演目の引き出しくらいあるし、退屈はさせないから』
「せーっかくのお誘いだけど止めとくよ。持ーち合わせも無いからねー」
互いに隙を見せずに対峙しながらの問答。
『遊んでいけ』、「お断りします」とサイコ・サーカスとグランダイナは言葉の投げ合いを繰り返す。
『テラやん、フラちんたちには繋がった?』
その合間に、グランダイナはパートナーへ念話を送る。
そう、対話で時間を稼いでいるのはこの為。
助けを求めれば必ず駆けつけてくれる、頼もしい友たちが到着するまでを凌ぐつもりであった。
『いや、それが……』
しかしテラが返事に寄越したのは戸惑いの念。
『なお当空間内では、ショーに集中していただくため、携帯電話、および念話の使用はご遠慮いただいております』
それを遮り響くサイコ・サーカスからのアナウンス。
と、同時に黒いナイフがグランダイナへ向けて投げ放たれる。
「クッ!?」
迫る切っ先。そして何より目論見を見切られ潰されていたことに、グランダイナは仮面の奥で歯噛みする。
目の前まで飛び迫った刃を拳で弾く。
続けて足から飛び込んで来ていたサイコ・サーカスを肘で迎える。
「むぐ……ッ!?」
ぶつかり合う肘と蹴り。その間の空が爆ぜ、グランダイナの巨体を支える足場に亀裂が走る。
竜と契約を結んだ四人の内、グランダイナは最もパワーと耐久力に秀でる。
にも関わらず、強固なバトルスーツを纏う巨体を、サイコ・サーカスは正面からの衝突で易々と軋ませる。
迎撃にだしたはずの肘。それを涼しい顔で踏むサイコ・サーカス。
「だから! 見物料が無いってぇのぉッ!!」
その顔を見上げながら、グランダイナは全身で押し込むように肘を突き上げる。
しかしサイコ・サーカスは押し返しに合わせてジャンプ。
途中、虚空を鉄棒を掴むように握って回転。そこからきりもみに宙返りして着地する。
『お金なんてとらないから心配しないで』
言いながらサイコ・サーカスは、ナイフを次から次へと手の内に呼び出してはお手玉。
さらに刃物を弄ぶのに合わせて、その場でステップ。足の下に大玉をいれたかのような足運びを繰り返すに連れて、転がり膨らんでいく玉がサイコ・サーカスを持ち上げる。
幾つもの刃を頭上に踊らせながら、サイコ・サーカスは足で玉を転がして雪玉を育てるようにさらに玉を膨らませていく。
『そぉれ』
やがて乗る玉がグランダイナの背丈を上回る程にまで育つと、サイコ・サーカスは軽いかけ声と共にそれを走らせる。
「うわっとッ!?」
唐突に襲いかかる大玉。それをグランダイナは相棒を抱えながら横っ飛びに回避。
受け身を取りながら転がり起きると、その瞬間を狙いすましたかのように迫る黒刃たち。それにグランダイナは振り向き様の抜き打ち気味に右腕と左腕を一閃。一つ残らず薙ぎ払う。
そして地を踏み鳴らして拳を構え直す黒い闘士。
『さぁ、御代は見てのお帰りでぇす』
その一方でサイコ・サーカスは、大玉をグランダイナの周囲に走らせながら、使った分のナイフをジャグリングしながら補給する。
ナイフを弄びながら、かく乱するように辺りを回るピエロの動き。
それをグランダイナはパートナーと揃って構えを緩めずに目で追いかけ続ける。
「金が要らないってーなら、いったいなーにを取る気なんッ!?」
攻撃への備えを続けながら、サイコ・サーカスの吐いた言葉の矛盾をつつく。
『……命を、頂戴する』
一瞬で深まる冷笑。そして同時に放たれた惨忍な声音にグランダイナたちがその身を強張らせる。
その瞬間を狙い、サイコ・サーカスは乗っていた玉を蹴りだす。
「クッ!?」
完全に虚をつかれた形になったグランダイナ。
そして回避が間に合わないと瞬時に判断。飛び退くのではなく逆に深く身を沈める。
「ヤァッハァッッ!」
迫る大球体に合わせ、グランダイナはステップから蹴り足を突き出す。
玉の軌道を真逆に切り返すように蹴り飛ばすグランダイナ。
だがサイコ・ザーカスが蹴りだした以上の勢いで戻る大玉。
しかしその軌道の先に、すでにサイコ・サーカスの姿は無い。
『フフ……』
背後からの居所を主張するような囁き笑い。
『危ないッ!』
「フンハァアッ!!」
それに相棒からの警鐘が飛ぶ。だが皆まで聞くまでもなく、グランダイナは着地からすぐさま肘を突き出してバックジャンプ。
背後へ回ることを読んだ上での、全身を使った飛び込みながらの背面ひじ打ち。
『甘いッ!』
だがサイコ・サーカスの方もそれを見切って跳躍。仰向けに倒れ込むグランダイナの上に出る。
仰向けと見下ろし、巴紋を描くようにすれ違い行くグランダイナとサイコ・サーカス。
『シアッ!』
「アアッ!」
重なり響く気声。
サイコ・サーカスは刃を握る腕を。グランダイナは突き上げの蹴りを。それぞれすれ違い様に放つ。
激突する切っ先と爪先。
その間に生じた反発に合わせ、サイコ・サーカスは肘を屈伸。背中から宙へ舞い上がる。
暗い色の地面に背中をめり込ませたグランダイナは、体を捻りながら逆立ち。
そのまま長い丸太の様な足を振り回し、宇津峰流闘技術、反天辺威独楽へ。
その技で、サイコ・サーカスが雨と降らせた刃の雨を弾き飛ばす。
「ふッ! やぁッ!!」
降り注ぐ黒い刃物を蹴り砕いた勢いのまま、グランダイナは立ち上がり、さらに降ってきた凶刃を真っ向からの掌底で粉砕する。
そして身を深く沈め、腰を入れる黒い闘士。そこへ天井を蹴ったサイコ・サーカスが前回りに回りながら飛び込んでくる。
両足から落ちてくる敵を、グランダイナは肘を回して立てた左腕を盾に受け止める。
「ぐぅ!?」
地面に深く沈む重装甲の両足。
しかしグランダイナはすかさず右腕を伸ばし、敵の足首を捕まえにかかる。
『おっと』
が、それよりも早くサイコ・サーカスは浅くバク宙気味に勢いを反転。捕まえようと狙う手から逃れる。
両手足を地につけ、伏せるように着地するピエロ女。間髪入れずに闇と金色に彩られた体は、地を這い滑るように再びグランダイナへ。
「えぇあぁッ!!」
低く迫る、猛毒を含んだ毒蛇。
それをグランダイナは足を突き出して迎撃。
しかし蹴り足が触れるか否かのところで、サイコ・サーカスはぬるりと蹴りの軌道からその身をかわす。
『遅いのよ』
そして嘲るような嘲笑が響くと同時に、蹴りを繰り出したままのグランダイナの脇腹へ拳が突き刺さる。
「ぐ、ふ……!?」
『悠華ッ!?』
装甲を砕きめり込むサイコ・サーカスの拳。
だがグランダイナは苦悶にカメラアイを明滅させながらも、突き入れられた拳の付け根を捕まえる。
『な!?』
「捕まえたぁあああッ!!」
サイコ・サーカスが反応する間を与えず、グランダイナは浮いた足を地面に沈める。
そして捕まえたピエロ女の手首を握りつぶして、その身を地面へと叩きつける。
『が、ぶッ!?』
爆音を中心に広がるクレーター。
その中心で首から影色の地面へと沈み、苦悶の声を溢すサイコ・サーカス。
「……ふッ!? ンンッ!!」
そこへグランダイナは叩きつけたのとは逆の手を振り下ろす。
だが鈍い音を立てて砕けたのは、グランダイナの仮面。それを守る逆スペード型のクリアバイザーであった。
砕かれた第一の装甲。
そこに突き刺さっているのはしなやかな足に繋がるピエロシューズ。
「か、は!?」
カウンターに突き出されたそれから顔を引き抜くようにして、グランダイナは仰け反り後ずさる。
その隙にサイコ・サーカスはクレーターから抜け出す。
「う、うぅ……」
折れた腕を庇うピエロ女と、呻きながら対峙するグランダイナ。
その腕からは、装甲の隙間をこじ開けて生える黒い刃があった。
今回もありがとうございました。
次回は4月17日18時に更新いたします。




