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 つかず離れず。

 歩き続ける悠華に対して、絶妙な距離感を保って背後に続く足音。

 明らかに後をつけてくる気配。

 それに悠華は不用意に刺激しないよう、平常通りの足取りを保ったまま、肩越しにそっと後ろを確かめる。

 視線を向けた先には、街灯の光の中に揺れる人影が確かにある。

『……さーて、どーしよーかねー』

 背後に続いてくる人影を見やりながら、悠華は契約の指輪越しに相棒へ呟く。

『今すぐオイラがそっちに!』

『あぁーいや、呼び出すときの光を見られていきなり行動に出られたらまーずいからチョイ待ち』

 契約の法具越しに息まく相棒。それに待ったをかける悠華。

『なんでさ!? このまま様子見してもジリ貧になるだけだよ!』

 その待ったに、テラは落ち着くどころか息まくままに反発する。

『だーからタイミングを図るだーけだってばさ。気持ちはありがたいけーんど、チョイと落ち着いてくんなまし』

 悠華が心配だから熱くなる。

 そんな相棒の気持ちは悠華も分かる。

 その事に礼を添えた事で、テラも焦り混じりの念を飲み込んだ。

『次の曲がり角で目立たないように呼ぶから、オッケー?』

『分かったよ』

 悠華の立てた呼び出しの手順に、テラからは焦れを堪えての了解の念が送られてくる。

 脳だけに響く声。それ受けて悠華は、前方に控えた曲がり角へ歩きながら、ジャージの前を開ける。

 柱に付いた電灯の明かり。それが照らす、白い二階建ての民家。

 悠華は足を急かさず緩めず、歩道を右へ曲がって建物の影へ。

『テラやん、カマーン!』

『待ってましたッ!』

 その瞬間、悠華は右手を懐へ突っ込み相棒を召喚。

『むばッ!?』

 光と共にジャージの内側に封じ込まれたテラは、その中でくぐもった声を出す。

『テラやん、しー……』

 悠華は懐から出した右手人差し指で唇に縦閂をすると、服の内を覗きながら声無しにパートナーをたしなめる。

『……先に伝えて置いてくれれば黙ってたよ』

 それをテラは、ジャージとTシャツの間で逆さになったままうらめしげに見返す。

『ゴーメン、ゴーメン』

 それに悠華は片目を閉じて、声無しに軽い調子で謝る。

『……まったくもう』

 本気を感じない軽々としたそれに、テラはしかめっ面のまま体勢を整えるため身動ぎ。

「く、くく……ッ!?」

 体に密着したその動きに、悠華は堪えつつもたまらず悶える。

『て、テラやん、くすぐったいってぇ……ッ!?』

『仕方ないだろ? こんなトコに呼び出したんだから』

 しかし悠華の身悶えしながらの抗議をテラは一蹴。そのまま頭の向きが自然になるように姿勢を正す。

『じゃ、結界を張るよ』

『こーれで普通の変態か通り魔なら大丈夫ってこーったね』

 宣言するままに、周囲に広まるテラの魔力。

 地面に波紋が起こるような錯覚さえ起きる結界の広まりに、悠華はひとまずの安堵を息に込める。

『ああ、これでもつけてくるなら、オイラたちが退治すべき敵って事になる』

 懐の内でうなづくテラ。悠華はそれにうなづき目配せをして、家路を踏む足を先に進める。

 行く手を照らす街灯。その下を潜りながら、悠華は離れていく足音を耳で確かめる。

 二つ。

 三つ。

 それだけの光の下を潜っただけで、悠華の耳にはもう後をつけてくる足音は聞こえなくなっていた。

「……いなくなったかねぇ?」

 悠華は一応は低く音を絞りながら、しかし声に出してパートナーへ訊ねる。

『みたい、だね』

 テラもジャージから顔を出しながら、後方の気配が消えた事を首肯する。

「ふぅぃいー……まーさかアタシがこの手の体験するたーねー」

 相棒からの同意。

 それを受けて悠華は、深く息を吐く。そうして腕で額を拭う真似をする土の契約者をテラがジャージのすき間から見上げる。

『だから危ないって言ったじゃないか。自分だけは平気だって考えに凝り固まるのが一番危ないんだから』

「あぁーうー……分かった、分ーかったからテラやんカンベン」

 服の内からお説教を始めるテラ。それに悠華は苦笑いをしながら耳を塞ぐ。

『ダメだよ! だいたいなんでちょっと行ってくるだけでこんなに時間が……!』

「もーカンベンしてってばさー」

 耳を塞いだことを良いことに、念話を思い切り叩きつけだすテラ。

 心配しているからこそ口うるさいその思念に、悠華は困り笑いのまま足を急がせる。

『ちゃんと聞いてよ!? 何かに首を突っ込むにしたってさ、それで悠華に取り返しのつかないことがあったら、周りのみんなが悲しむんだぞ!?』

「あー……うん」

 そうして相方に叱られながらも夜道を歩む悠華。

『手を出された側だってそうだ、悠華だって助けてくれた相手が戻って来なかったらつらいだろ? だからちゃんと、出来る限り自分の安全も考えないと!』

「そうだね、うん」

 テラの説教と悠華の相づち。

 それが繰り返される間に、土組二名は次々に明かりの下を潜り抜けて行く。

『契約して戦いに巻き込んでるオイラが言えたことじゃないけど……』

 そして電灯の一つ。その明かりの真下で悠華は足を止める。

『ど、どうしたのさ!? 早く家に……』

 不意のブレーキにテラは訝しみながらも再発進を促す。

「おかしい」

 だがそんなテラの声を遮って、悠華が強ばった声を出す。

『おかしい、って、何が……!?』

 足を止めたまま辺りを見回す悠華。

 それにテラは、どんな異常を見つけたのかと問いかけて、その言葉を半ばで呑み込む。

 道が無いのだ。

 いや、厳密にはあるのだが、それは街灯らしき光が形作った一本道のみである。

 それも光に照らされて浮かび上がるのは、影を固めたような似たような形の暗い像。

 そんなものに左右を塞がれた道が、曲がりもせずにただ先へ先へとまっすぐのびている。

 またここまで歩いて宇津峰の道場が見えもしていなかったのがそもそも異常だ。

 普通に歩いて来れていれば、見えるどころかすでに門の近くにまでたどりついているはず。にも関わらず幼いころから親しんだ景色どころか、こんな異様な道に入り込んで今の今まで気づきもせずに歩いていたのだ。

 その事実に気づけば、光を灯しながらもなお深い陰に覆われたこの道が、まるで形を持った影で出来た筒のようにさえ見える。

『引き返そう悠華! ここはなんか危ない気がする! ヤバいよッ!?』

「言われなくてもッ!」

 辺りの空間からの締めつけるような不穏な気配。

 たまらずテラが服の中から逃走を提案。そんな相棒の言葉を皆まで聞かずに悠華は踵を返して闇の中を駆けだす。

 だが振り向いた先にあったのも、前方に続いていたものと同じ、電灯風の冷たい光がぽつぽつと灯る暗い道。

 しかし悠華は踏み出した勢いのまま、今まで歩いてきた闇の中を逆走する。

 頭上からの冷たい光。それの下をいくつも駆け抜けて行く悠華。

 だが歩いて潜ってきたであろう数を越えて走っても、依然として正面も側面も闇の濃さは変わらない。

 まるで、一繋がりになった輪の中を延々と回っているような感覚にさえなる。

「これってやーっぱアレだよねッ!? ヴォルスのッ!?」

 悠華はどこまでも代わり映え無い影色の地面を蹴りつけながら、ジャージから顔を出す相棒を見下ろし確かめる。

『ああ、間違いない! うっすらとだけどヴォルスの気配がある! ここはヴォルスの作った空間だッ!!』

「だったら!」

 テラの押した太鼓判。それを受けて悠華は、走る足を止めずに相棒の鼻先で右拳と左掌を打ち鳴らす。

 胸の前で打ち合わせたそれを頭上に。そして光を帯びた両腕を、それぞれ弧を描くように下ろしてヘソの前で再会させる。

「変身ッ!」

 悠華の口が気を放つと同時に、腕の軌跡をなぞる光の輪が回転。

 回る速さを速めつつ広がって、走る悠華を包む光の玉となる。

 影の中を転がるように走る光の玉。

 光は走るまま、雪玉を雪原に転がすように膨らみ、やがてキャパシティを超えた風船さながらに弾けて散る。

 光を破り現れた黒の重甲。ヒロイックなバトルスーツ、グランダイナはその丸太のような足で影を踏み込む。

「跳ぶよ、テラやんッ!?」

 走りながら戦闘形態へ変身。そして走る勢いを増しながら、肩にしがみつく相棒へ叫ぶ。

『分かった!』

「ヤァッハァッ!?」

 テラからの了解を得るや否や、グランダイナは気合と地鳴りを響かせて踏み切る。

 重装甲のバトルスーツに包まれた足。その内でみなぎる力が爆発して黒い巨体を宙へ運ぶ。

 グランダイナは頭上に輝いていた光を瞬く間に飛び越え、高くから広い範囲を見回しにかかる。

「なッ!?」

『そんなッ!?』

 だが土組が揃って視線を下に向けた瞬間、同時にあふれ出たのは驚愕の声。

 戸惑い視線を走らせる二人の視界の中。そこには跳躍で飛び越えたはずの光は無く、ただ深い闇だけがある。

 やがて踏み込んだ勢いを失って上昇が制止するや否や、落下する時間を挟むことなくその足は地面を踏む。

 足場を得て弾かれたように顔を上げるグランダイナ。

「はぁッ!?」

『バカなッ!?』

 そしてまたも同じく揃って顔を上げたパートナーと共に唖然とした声を上げる。

 振り仰いだ二対の目。

 その先にあるのは、飛び越えたはずの光。

 街灯を装って二人を惑わしていた光であった。

『まさか、今ので動けてないっていうのかッ!?』

 目が見た一連の景色の流れを信じるならば、あれほどの爆音を伴う跳躍ですら、この場からまったく動けなかったことになる。

 しかし確かに一度は電灯もどきを飛び越えることは出来たのだ。

 そう考えるならば、跳躍の頂点に達した瞬間に元の場所に戻されたことになるのだろうか。

 だがどちらにせよ、高所から暗黒の迷宮をおおまかに確かめ、あわよくばこの空間を支配するヴォルスの居場所を見つけようという目論みは外れたことになる。

「ならッ!!」

 グランダイナは深く息を吸い込むと、右の拳を握り高々と振りかぶる。

 左掌を下、両の足を開いて深く身を沈めて構え。

 その体勢で、黒い闘士はエネルギーラインを脈打たせて右腕に力を収束。オレンジ色にその拳を輝かせる。

「イヤァッハァアアアアアッ!!」

 轟気一溌。

 驚天動地の気合と共に放たれた右拳は、闇を縦一閃に切り裂き、叫びに揺らぐ闇にさらなる波をもたらす。

 闇がたわみ、波を立てる。

 それは土組を包む空気のみならず、グランダイナの巨体を支える地面でさえも例外ではない。

 激しく波立ち、揺らぎ歪む足場。

 それに揺られながらも、グランダイナは拳を打ち込んだ姿勢を崩さない。

 だが波紋が治まらぬ内に、バトルスーツの巨体を支える足と拳が、影の中へ沈む。

「う、くぅッ!?」

 波立つ暗黒は、そのまま泥へと変じたかのように、グランダイナの手足を呑み込んでいく。

 みるみるうちに、底なしの泥沼と化した影に半身を取り込まれるグランダイナ。

『跳ぶんだ悠華ッ!? 早くッ!』

 なおも沈んでいく巨体。その肩でテラが叫ぶ。

「跳べったって……」

 しかしパートナーの助言にも、下半身が沈み捕らわれたこの状況では応えようがない。

 そうして、打開策を見出だせずもがいている間に、グランダイナの体は胸の下辺りまで闇沼の中へ沈んでしまう。

『急いで悠華! どうにかして脱出しないとッ!!』

「これでも、急いで考えてるってのに……ッ!」

 泥沼からの脱出を急がせるテラに対し、グランダイナは身を捩って自分を取り込もうとする影に抗う。

 ヒロイックな鋼鉄のマスク。その奥で歯噛みしながらの身悶え。

 それを繰り返すうちに、ついにグランダイナの体は肩まで沈み、頭と腕だけが沼の外に残された状態になる。

『ゆ、悠華ッ!? このままじゃ沈みきって!?』

 迫る沼に慌ただしく声を上げるテラ。そんな相棒の声に誘われて頭を振ったグランダイナは、そのカメラアイに光を灯す。

「……いいや、脱出はしないッ!」

『はあッ!?』

 唐突な契約者の宣言に、テラが素っ頓狂な声を出す。

 直後、グランダイナはお手上げ状態の手を顔の前で合掌。

 そこからネコ科猛獣の爪を思わせる緩い拳を作って、沼状の闇に叩きつける。

「激! 震! 動ッ!!」

 気合と共に爪拳から放たれる震動。

 震えを帯びた拳は、粘度の高い闇を引き裂いて削り掘る。

 雪山にチェーンソーを叩き込んだように、闇の沼を容易く刻み削るグランダイナの腕。

『これって、オイラの穴掘り法ッ!?』

「跳んでダメなら掘ってみろってねぇえッ!!」

 グランダイナの拳が、沼を触れた端から削り裂く様にテラが目を剥く。

 それをよそにグランダイナは、震動波を纏う腕を振り回し、沼状の闇を下方向へ掘り進む。

 跳躍しても移動はできない。

 渾身の一撃ですら破れもしない。

 そうしたヴォルスの牢獄を打ち破るために選んだグランダイナの道は潜ることであった。

「テラやんも手ぇー貸しとくれよ!」

『あ、ああッ!』

 テラを模した潜行術を駆使して、グランダイナはモグラも青ざめるほどの速さでパートナーと共に逆立ちに掘り潜っていく。

今回は1周年記念という事で2話同時更新しております。ご注意ください。

今回もありがとうございました。

次回は4月10日18時に更新いたします。

どうぞよろしくお願いいたします。

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