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鈍い流れ

「はい、いつもありがとうございます」

「ごっそーさんっした!」

 レジに立つ遥へ、悠華は三人分のケーキセットの代金を払い踵を返す。

「今度はまた昼間にでも、ゆっくりして行ってね」

 先に出て行った鈴音に続いて、慌ただしく店を出ようとする悠華。その背中へ投げかけられる遥の声。

「うっす! 是が非にでもッ!」

「はい、また今度!」

 軽く手を振って見送ってくれる遥へ肩越しに応えた悠華は、その勢いのまま瑞希と共に店を飛び出す。

 サテライトリンクを後にして、上空に暗さの差した夕陽の中を走る悠華と瑞希。

「五十嵐さん、追いつけたかしら?」

 瑞希が走るリズムに息を弾ませながら、不安げに零す。

「ま、ダーイジョブっしょその辺は? すずっぺのスピードなら間に合わんってこたーは無いだろし、いいんちょならよーっぽどのでもなきゃどーにかできるっしょ?」

 一方の悠華はそんな瑞希へ振り返り、鈴音たち風組と梨穂たち水組への信頼を口にする。

「そう……よね。二人ならきっと、大丈夫よね?」

 そんな悠華の言葉を受けて、走りながら繰り返す瑞希。

 とりあえずは二人への信頼を擦りこもうとしているその様子から、悠華は目を離して右手中指のブラックメタルの指輪ノードゥスを顔に近づける。

「テラやん、いいんちょがヴォルスに追われてるんよ!」

『えぇッ!? 分かった! すぐそっちに行くッ!』

 法具を通しての念話に続いて指輪が発光。直後、悠華の後を走る瑞希の眼鏡からも赤い光が溢れ出る。

 二人から溢れた二色の光。

 オレンジと赤。それぞれの中からたてがみ型の甲殻を持つ四足竜テラと、翼と角を備えた赤い獣のフラムが姿を現す。

『で、ヴォルスはッ!? それに追われてるって言う梨穂はッ?!』

 光から飛び出たテラは宙返りして着地。四つの足で地を蹴って悠華たちと並んで走る。

「今、すずっぺが先に行って追っかけてるッ!」

『でもなんであの子が逃げてんの!? 今まであたいたちを押し退けてでも戦おうとしてたくらいなのに!?』

 現状を説明する悠華に被せるようにして、滑空してきたフラムがその顔に並ぶ。

「それは、分からないけどッ!? だからこうして、急いで追いかけててッ!」

 先を飛ぶフラムの尻尾を追いかけながら、瑞希は眼鏡と呼吸を整えながら叫ぶ。

『なら結界を張りながら変身して追いかけた方がッ!』

 状況に応じた行動を提案するテラ。

 しかしその言葉が終わると同時に、前方から叩きつけるような風が襲いかかる。

『この風……ッ!』

『ウェントと鈴音が戦ってるッ!?』

 剣呑な気を含む風に、竜の兄妹は息を飲んで顎を上げる。

「なら余計に急がなくっちゃあね! みずきっちゃんッ!」

「うんッ!」

 警戒を露にする相棒たちに続いて、悠華と瑞希も目配せ。

 そして悠華は右拳を左手にぶつけ、瑞希も顔にかかったメガネのフレームを指で弾く。

「変身ッ!!」

「転火、変現ッ!」

 言霊の響きと共に、二人を包む光と炎。

 光を突き破って現れる、黒いアーマースーツを纏う巨体のヒーロー。

 同時に、波打った赤の髪に炎を模した金の髪飾りを付けた赤い眼鏡の巫女が裂いた炎を散らして飛び出す。

「ヤァッ!」

「はぁああ!」

 変身の過程を覆い隠していたものを振り切りながら、グランダイナとホノハナヒメは気を吐いて跳躍。

 飛び上がった二組は、揃って逆風と共に書き換わっていく景色の中へと飛び込んでいく。

 球の外から球の内へと換わっていく景色。その境を飛び越えた瞬間、一行の身を叩く風がその色を変える。

 丸く坂を描く海から吹きかかる潮風。

「海ッ!?」

「悠ちゃん、あの小島に!」

 それを真正面から破りながら、グランダイナはホノハナヒメの指差す小さな岩山へと降りる。

「すずっぺと、それにいいんちょはッ!?」

 片膝突きの姿勢のまま、ロボットじみた仮面を振り上げるグランダイナ。

 逆スペードのクリアバイザー奥の目が海へと走るや否や、水面の一部が激しく音を上げて割れる。

「あっはぁああああああッ!!」

「すずっぺ!?」

「五十嵐さん、ウェントもッ!?」

 水柱を振り切り現れたのは、緑のへそ出しミニスカートドレスを纏う鈴音。

「悠華ちゃん、瑞希ちゃんもッ!?」

 海中から飛び出しながらまるで濡れていない鈴音は、海上のグランダイナらを見つけて空中でブレーキ。衣装の各所から伸びるリボンフリルを操って相棒と共に急降下する。

 鈴音たち風組の接近に伴って押し込まれる、圧力を持った風。

 壁を押し当てるようなそれに、グランダイナとホノハナヒメは思わず身構えて、浮き岩近くの海面も深くくぼんで波立つ。

 おそらくこの風のバリアで、無理矢理に海水を引き裂いて濡れずに潜水していたのだろう。

「あっと、ゴメンゴメン」

 自身の纏う圧力が、二人とそのパートナーを叩いている。そのことに気付いた鈴音は一言謝りながら風のバリアを解除。浮き岩に立つグランダイナたちへ近づく。

「ああ、うん。アタシらは平気」

「それより、永淵委員長、それにヴォルスは?」

 身振りを交えて、グランダイナは平気だとアピール。その隣のホノハナヒメが欲しい情報を求める。

『ああ、マーレ兄貴の契約者なら』

 そう言ってウェントが顎をしゃくって見せた先。

 波の揺れるその海面には、青と白を基調としたアシンメトリーのコート姿に変身した梨穂が立っていた。

 しかし水面を踏んで傘を構えたその姿にいつもの力は無い。

 怯えたように引けた腰。必要以上に辺りを見回す落ち着きの無い目。そして動き回る瞳につられて、見えない標的を探す傘の先端。

 すくみ強張ったその姿は、まるで自信と言う軸を抜き取られたかのようであった。

『で、ヴォルスは水の中』

 ウェントが尻尾で海面を指すや否や、梨穂の斜め後ろの波がうねりをあげて立ち上がる。

「……ッ! ウェパルッ!!」

 敵を探していた梨穂は振り返って見つけたそれに息を飲む。だがすぐさま傘状の杖を向け、細い水を撃ち出す。

 空を切り裂くレーザービーム。

 そう見紛うほどの水は、波へと飛び込み柱を上げる。

 だがヴォルスの立てているらしき波は収まらずに梨穂へ向けて滑り寄る。

「ウッ、ウウッ!?」

 敵の接近に梨穂はうめき、波の動きを追って水鉄砲を繰り返す。

 しかし二発、三発と、梨穂の放つ水は標的を捉えることなく、ただ水柱を上げるに終わる。

『落ち着くんだ梨穂! 距離を取れッ!』

「わ、分かってる!」

 傍らに浮かぶ首長竜マーレの助言を受け、梨穂は波立つ水面をバックステップ。

 雫を上げるステップが水面を踏む度に、レーザー状の鉄砲水をライフル風に構えた傘から放つ。

 しかし、梨穂が間合いを開けながら繰り返した射撃は、ことごとくがただの水柱に変わって散る。

「沈めッ! 来るなぁッ!!」

 抵抗の射撃を残らず交わして接近する波に、梨穂は大きく後ろ跳びに逃げつつ、怯えを表にして強烈な水鉄砲を繰り出す。

 爆音を上げて立ち上がる海。

 そうして壁を作るように巻き上がった海水が、雨のように水面へと降り注ぎ戻っていく。

 雨として降り戻った最後の一滴。それが小さな波を立てて消える。

「し、仕留めた……?」

 一際強烈な一射に続いて訪れた凪。

 不気味なまでに静まった幻想の海に、梨穂は構えた傘をそのままに、体を強張らせるものを息と共に吐き出す梨穂。

 だがその直後、不意に梨穂の背後の海面が波立つ。

『梨穂、後ろだッ!?』

「ハッ!?」

 それに気づいたマーレが警告の叫びを上げる。だがそれに梨穂が振り返りつつ飛び退いた時には、すでに海を割って現れたものが肉薄していた。

 透き通った女。

 海から飛び出したヴォルスは一言でならそういい表わせるものであった。

 ただしその下半身は二本の足ではなく尾のようで、腕も膜で繋がったヒレのようである。

 胸の内に赤い核を宿したクリアな人魚。

 梨穂へ飛び込みながら微笑む透けた顔が、まるで花が開くようにねじれ広がる。

「ひぃッ!?」

 頭部としての擬態を解いて露わになった凶悪な大口に、梨穂は堪らず身を引いて硬直する。

 躊躇なく食いつこうと飛び込んでくるヴォルス・クリオネ。

「イヤッハァアアアアアアッ!!」

 だが梨穂へ食らいつこうとするそれを、横合いからの蹴りが吹き飛ばす。

 グランダイナの飛び込み蹴りを受けて、きりもみ吹き飛ぶクリオネ人魚。

 敵を噴き飛ばしはしたものの、そのまま海へと落ちて行く黒いバトルスーツの巨体。

「はぁいシュゥトォオオオオオッ!」

 しかしグランダイナが水に浸かるよりも早く、風を推進力に回り込んでいた鈴音が蹴りあげる。

「おうっふぅ!?」

 棒読み調なうめき声を後に残して宙を舞うグランダイナ。その勢いのまま、身を捩って足から浮岩へと降りる。

「いいねぇ、すずっぺ。ナイスフォロー!」

「あっはは。コレ面白いから、余裕があるときはいつでも任せて!」

 体を浮かせて戻すほどの蹴りのダメージなど無いように、グランダイナはケロッとサムズアップ。

 それに鈴音もまた満面の笑みで親指を立てて返す。

「あんな危ないやり方しないでも……」

 しかしホノハナヒメはあまりに力技なグランダイナの機動に、渋面を浮かべる。

「まあ緊急回避ゆえいたしかなしってぇヤツ?」

 そんな巫女姿の親友に、グランダイナは肩をすくめる。

「もう……でも、私の足場の準備が間に合って無かったのもあるし、これ以上言うのは止めておくわ」

 ホノハナヒメはそう言って諦め半分に苦笑い。

 そして上着に羽織っていた千早を脱いでその場に浮かせる。

「いつもすまないねえ」

 グランダイナは老婆風味の声を作りながら、親友の炎巫女が用意した浮かぶ千早へ足を乗せる。

「……何をしに来たの? アナタたちの助けが無くったって、切り抜けられたわ」

 そこへ波打つ海を滑りながら、眉をひそめた梨穂が一行へ近づく。

 梨穂が形のよい唇から放ったその一言に、ホノハナヒメと鈴音の、そして竜の兄弟たちの目がグランダイナへと集まる。

 「言わんこっちゃない」と、声に出す以上に強く語る五対の目。

 だがグランダイナは、鋼鉄のヒーローマスクからかすかなため息を溢しながら、困ったと言うように首を傾げて肩をすくめる。

「そーいつは悪かったね、お邪魔さん。なーにぶんかなぶん、必死に逃げてたように見えたもんだから焦っちゃってさあ」

 おふざけ混じりの緩い調子で乱入を詫びるグランダイナ。

 すると梨穂は鼻を鳴らして顔を背ける。

「まったく見当違い極まりないわね。あれは凡俗を戦場に入れさせないための演技よ。せっかく釣り上げてカウンターで仕留めるところだったのに……」

 余計なことをしてくれた。と、憮然とする水と氷の魔法少女。

 しかし梨穂は反撃のための誘いだと言うが、先のものは完全にウェパルの内側に入られていて、明らかに反撃の機を逸していた。

「何を……ッ!?」

『さっきのが演技のワケが……ッ!』

 明らかな強がりに食ってかかろうとする火組。だがそれをグランダイナが後ろ手の手振りで抑える。

「なぁーるほどね。なんか余計なことしちゃったみたいでゴメンゴメン」

 その一方で、アッサリと梨穂へと横槍を入れたことを謝る。

「ホントに分かったのかしら? 怪しいものね」

 だが梨穂は、頭を下げるグランダイナから腕を組んで視線を外す。その目は辺り一面の海原へと向いて、左、右としきりに敵の影を求めている。

 そんな怯え混じりの警戒の目を走らせる梨穂を前に、グランダイナはホノハナヒメ、そして鈴音と目配せ。

 表情の浮かばぬヒーローマスクであるが、その視線の意味にホノハナヒメはやや緊張を滲ませ、鈴音は笑みを深めてうなづき答える。

 直後、一行の近くの水面がざわめく。

「ハッ!?」

 襲撃の予感にビクリと震えて振り返る梨穂。と同時に、海が渦巻き立ち上がって、クリアボディの人魚を宙へ運ぶ。

「沈めッ!」

 梨穂の叫び放った水鉄砲は、立ち上がった流れに乗って迫るヴォルス・クリオネへ。

 しかしヴォルスを運ぶ流れは梨穂の予想を裏切る。

 渦巻く海水は空中で鋭く曲がり、グランダイナ目掛けての流れに切り替わる。

「なにッ!?」

 梨穂をへ向かうと見せかけての軌道変更。そのフェイントに迎撃の水鉄砲は空を穿つ。

 嘲笑うように攻撃をかわしたヴォルスは、流れのままに大口を開けてグランダイナへ。

「イヤッハアッ!!」

 だが黒い装甲靴が横一閃。躍りかかるヴォルス・クリオネを薙ぎ払う。

 足場とした千早もろともに、グランダイナはその場で回転。

「草薙の返しッ!」

 対して横っ飛び吹き飛ぶヴォルス・クリオネを、待ち構えていた炎の帯が迎えて跳ね返す。

「あっはははッ! スラァッシュ!」

 そして火だるまになって飛ぶクリオネを、鈴音が追い越しながらフリルリボンから伸びる風の翼で切り裂く。

 真っ二つになって海へ落ちるヴォルス・クリオネ。

 飛沫と音を上げて落ちるそれを背後に、グランダイナは足場と共に宙に制止する。

「ま、アタシらも狙われるワケだからさ、盾にするぐらいの気持ちで戦わなーい?」

 そして梨穂へ向けて首を傾げて共闘を申し出る。

今回もありがとうございました。

次回は3月13日18時に更新いたします。

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