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さあ追いかけろ

「それにしてもこの前は参っちゃったよ。急に体が動かなくなっちゃってさ」

 喫茶店サテライトリンクの店内。

 木目調の柔らかな店に並んだ席の一つ。そこに座る鈴音が対面の悠華と瑞希に語る。

「体が元気になってからは、発作なんて全然だったから、久しぶりのはホントにキツかったよ」

 言い終えて、後に小さく苦笑を添える鈴音。

 そんなつまらない失敗談を語るような軽々とした声。

「あぁそーそー。そうだったよね。あの時はアタシも近くにいたからびーっくりだったぁよ」

 それに悠華は思い出したと言わんばかりに繰り返しうなづいて見せる。

「今振り返ってもゾッとするわ。五十嵐さんも、みんな無事で良かった」

 悠華に続いて瑞希も、先の大きな戦いを思い返して改めて安堵にわき上がった息を吐く。

 そんな悠華たち三人の少女の着いたテーブルには、

 すでに小さな三角形のケーキとお茶のセットが並んでいる。

 今日のケーキセットは、レアチーズケーキの忍手製ブルーベリーソース付きであった。

「だよねぇ。無事に乗りきって無かったら、こーしてケーキ味わう事もできなかったワーケだしねー」

 言いながら悠華は、すでに一口手をつけたケーキに二度目のフォークを入れて、切り分けた白い欠片を青いソースと一緒に一すくい。フォークに乗せて持ち上げたそれを口に含む。

「ンンーン。たまらんですだよー」

 口の中で酸味を残して溶けるケーキ。

 それに頬を抑えながら、悠華は口の中身同様にとろけた顔を見せる。

「もう、悠ちゃんったら」

「あは。悠華ちゃんっておかしい」

 日に焼けた焦げ肌の顔を緩ませる悠華に、瑞希と鈴音はこみ上げるままに笑みを零す。

 そして揃ってケーキを口に運ぶと、また同じく唇の端を柔らかに持ち上げる。

 そうして満足感に頬を緩める二人を前に、悠華はカップから湯気の立つお茶を口へと滑らせる。

「ああー、そー言えばすずっぺがなったアレって、アタシも似たよーなのになった事があったよ」

 口に残った甘味と酸味の余韻。それをリンゴの香りを含んだ茶で流すと、悠華は軽い調子で身に覚えのある現象だと口にする。

 だが伸ばしおどけた声とは裏腹に、その体験は痛みを伴って染み付いたものであった。

「アータシの場合は、考えなしに大技使ったり暴走して力を使い過ぎたりしたせいでさぁーあ。もう体が重ーいのなんので自由なんかきーかなくってさあ」

 しかし苦々しい失敗談を振り返り語りながら、その顔と声はあくまでも朗らかである。

「悠華ちゃんもそんなのになったコトあったの!?」

 悠華の体験談に驚き、その大きな目を見開く鈴音。そんな友だちに、悠華は一度うなづいてケーキをさらに一口含む。

「まぁーねー。言ってみれば、ハートのスタミナ切れってーヤツ? アタシらのパワーって、やっーぱハートから来てるワケじゃん? 体以上にハートのスタミナが大事なんぜよ」

 そこで言葉を切って、悠華はまたアップルティーを一口。

「……って言っても、コイツはいおりちゃんセンセから教わったコトのまーんまなんだけーどねー」

 そして発言の元ネタをあっさりと白状しつつ、白い歯を見せる。

「そっか。五十嵐さんは契約で受け取った力で強引に病気を振りきってるから、ダメージとかで力を削られると私たちより……」

 それを受けて、瑞希が鈴音の体が抱えている危険性をまとめる。

「そんな……じゃあもし、ウェントとの繋がりが……」

「だーから今、色々体を使って遊び回ってるのは正解なんよすずっぺ」

 未だに自身の内に巣食う病に不安げに顔を伏せる鈴音。だがその怯えを含む呟きを、悠華が遮りぶった切る。

「え?」

 言葉半ばで被せられた明るい声音。それに鈴音は小動物染みた顔を上げて、大きな目をぱちくり。

「だーからさ、体力強化で病気を振りきってる今の内に、地の体力をつけてけば?」

 瞬きを繰り返す友だちに、悠華はウインクを添えて逆に問う。

「病気に勝てるだけの体ができあがる……?」

 悠華に促されて導き出した答え。それを鈴音は迷い迷いに言葉にする。

「そうよ! そうなのよ五十嵐さん!」

 鈴音が半信半疑ながらに口にした答えに、瑞希は我が事のようにメガネ奥の顔を輝かせ、悠華も笑みを浮かべてサムズアップ。

「……病気に勝てる。戦える体に、なれる……!」

 自分が言葉にした答えを繰り返し噛みしめて、鈴音は細く小柄な体を見回す。

「さーて土台から健康な体を作りたくなった、そんなアナタに朗報です」

 そこへ悠華が甲高い通販口調と共に身を乗り出す。

「え?」

 容易く折れてしまいそうな体から顔を上げた鈴音。それに悠華は満面の笑みのまま再び口を開く。

「現在。いおりちゃんセンセ主導での、強化合宿計画が進・行・中ッ! 連携を中心とした訓練の予定ですが、基礎体力もいおりちゃんの指導で鍛えられること間違いなし!」

 悠華の放つ、甲高く作った声色での怒涛の売り文句。

 それに鈴音の目が好奇心の光を帯びる。誘いの機見つけた悠華はそれを逃すまいと、息継ぎもそこそこに次の言葉のために口を動かす。

「このぎゅっと厳選した仲間たちとの楽しい合宿が、今申し込めば着替えの用意以外はなんと無料! この場でお申し込み頂けたら、引率者への参加手続きは宇津峰が代行いたしまーすッ!」

 コレは買いだろうと言わんばかりのドヤ顔で、売り文句を締めくくる悠華。

 すると瑞希と鈴音の二人は呆け半分に胸の前に寄せた手で小さく拍手。悠華の即興セールス風のお誘いを称える。

「あ、いやどーもどーもぉー」

 そんな友人二人の拍手に、悠華は照れ笑いを浮かべながら繰り返し頭を下げて応える。

「で、どぉーお? すずっぺにも是非にってー感じなんだけど、参加する?」

 そして悠華は右頭に結わえた黒髪を揺らして、首を傾げる。

 テレビセールスもどきを除いて悠華が改めて尋ねるのに合わせて、瑞希も鈴音へと目を向ける。

 すると鈴音は集まる視線を見返しうなづく。

「うん。合宿参加はもちろん! 面白そうだし! あ、でも先生にはちゃんと私から直接言うからね?」

 二つ返事で合宿計画に賛成、参加の意思を示す鈴音。しかし、悠華がサービスとして申し出たことはやんわりと辞退する。

「オッケー! でーも代わりに話しとかなくてホントにいーの?」

 悠華は鈴音の参加を歓迎しながらも、逆側に首を傾げて重ねて尋ねる。

「いいのいいの。まだまだ身軽になった体を動かすのに飽きたりしてないんだから、いろいろ自分でやりたいの」

 そんな悠華に、鈴音は笑いながら手を左右にひらひら。

「なぁーんだ、ちぇー……すずっぺが是が非でもーって10割増しくらいに盛って伝えようかと思ってたのにー」

 すると悠華は唇を尖らせたふて腐れ顔を作って椅子にもたれかかる。

「いやいやいや、10割増しってもうそれただの嘘じゃない」

「あっはは。あっぶないあっぶなーい。めんどくさがらなくて良かったぁー」

 空振りに終わったイタズラに悔しがる振りをして見せる悠華。それに隣りの瑞希が苦笑交じりに裏手突っ込み。そして鈴音もケタケタと笑い飛ばす。

「やっはっは。避ーけられちったモンはしょーがないねぇー」

 そう言って悠華は、作ったふて腐れ顔を根っこからの笑顔でひっくり返す。

「お、そーそー。せっかくだからいおりちゃんの番号教えとこーか? 知ってると色々便利だろーし?」

 そして思い付きのままに携帯電話を取り出しす。

「あ、うん。ありがとー! ……あれ? 赤外線通信ってどうやるんだっけ?」

 悠華に続いて、鈴音も急いで携帯を取り出す。しかし普段使いしていない機能を呼び出すだけで四苦八苦。

「うん? 見せてみてよ……ああこれこれ。ここを選んで……」

 画面とにらめっこしながら、あーでもないこーでもないといじくりまわす鈴音。それを瑞希が見かねて身を乗り出して操作を助ける。

「ああ、出来た出来た、ありがとー瑞希ちゃん。じゃ、はい悠華ちゃん」

「ほいほーい」

 鈴音の準備を待っていた悠華は、早速構えていた携帯を向け合っていおりの番号を送信。

「しーばらく先の連休に予定してるって話だーから、それまでにもトレーニングしてていーいと思うけどね」

 そして赤外線通信を終えた携帯をポケットにしまって、悠華はケーキとお茶に手を戻す。

「そっかぁ……あちこち走りまわるのは楽しいから続けるけど、もう一押し欲しいかな」

 悠華からの一言に鈴音は小さく首を捻って、唇に人差し指を添える。

「前に悠ちゃんから教えてもらった体操は?」

「あの体操? あれはもちろん毎日やってるよ?」

 瑞希の質問に、捻った首を戻して応える鈴音。そしてそこで閃きのままに大きな目をさらに大きくして悠華へ向ける。

「そうだよ悠華ちゃん。あの体操をもっとハードにしてよ!」

 名案が出たとばかりに身を乗り出す鈴音。

 それに悠華は味わっていた甘味を飲み込んでからうなづく。

「ああうん、いーぜよ。ほんじゃアタシと一緒に稽古しよっかー?」

「い、いきなり悠ちゃんと一緒にって、大丈夫なの?」

 鈴音の案に二つ返事で了解したばかりか、稽古にまで誘う悠華に、瑞希が慌てて含んだものを飲み込み問いかける。

「いーやいやみずきっちゃん。ほとんど変身中も同然の勢いで身体強化使ってるすずっぺと、アタシなんかで組手したら、ボコにされるのはアタシの方だし」

 そんな親友に悠華は苦笑混じりに手を左右に。勘違いした見立てを否定する。

「稽古ったって、基礎体力をつけるよーなのにってコトだし? あ、みずきっちゃんも一緒にどーお?」

 そして瑞希の早とちりを訂正しつつ、稽古へと誘う。

「あ、うん。邪魔じゃないならもちろん……」

 自分に向けられた誘いを戸惑い半分に受ける瑞希。

「邪魔だなんてとーんでもない! 大歓迎っさー!」

 親友の了解に、悠華は口元を緩めてサムズアップ。

 そんな悠華の反応に、瑞希は軽く首を傾げる。

「もしかして悠ちゃん……鈴音ちゃんや私に合わせて基礎訓練する分、日南子さんの特訓を休めるとか思ってなぁい?」

 探るように尋ねる瑞希。

「ギクゥーッ!?」

 それに悠華は座ったままの姿勢で身を浮かばせて、顔を明後日へと背ける。

「悠華ちゃん……?」

「……悠ちゃん?」

 逸らした顔に冷や汗を浮かべた悠華に集まる二対のジト目。

「いや、しょーじきそーゆーのはあるけどぉ……そーれで全部ってワケじゃぁーないんよ?」

 チラチラとジト目の友人たちを見返しながら、悠華は引きつり笑いを添えて正直に話す。

「なぁーんかこないだから婆ちゃんのしごきが余計にきっつくなってさぁーあ? おーまけになぁんか自分なりの象形拳作れとか言われてもうあっぷあっぷなワケですたい」

 いかに祖母から課されている鍛錬が厳しいのかを、身振り手振りを交えて訴える悠華。

「同じ訓練なら、みずきっちゃんやすずっぺの役に立って楽しいトコもあった方がいいかな―……ってさ?」

 そして悠華は引きつり笑いの両脇に手を添えて首を傾げる。

 おどけ調子に反応を窺う悠華。

 それに瑞希と鈴音は、揃ってため息交じりの苦笑を溢す。

「もー……しょうがないなぁー悠華ちゃんは」

「ホントに、いつも正直すぎるんだから」

 軽く肩をすくめる鈴音と、椅子にもたれかかって笑みを深める瑞希。

「やっはははは。ごめーんね?」

 そんな友だち二人に、悠華は後ろ頭に手を組んで、おどけ笑いを逆に傾ける。

 悠華は調子のいい笑みを浮かべながら、ふと視線を窓へ。

「アレって……ッ!?」

 その瞬間、おどけ緩んだ日焼け顔が凍りつく。

「どうしたの悠ちゃん!?」

「なになになに?」

 悠華の顔色からただならぬものを感じ取ったのか、急ぎ視線をたどる瑞希と鈴音。

 はたして三人が窓越しに見たものとは、何者かに追いかけられる梨穂の姿であった。

「そんなッ!?」

「委員長ッ!?」

 塾へ向かう途中なのか、白いブラウスに青いスカートとカーディガンを合わせた梨穂は、怯えた顔を度々に後ろへ向けながら走る。

 その後を追うセーラー服の少女からは、暗いオーラが立ち上っている。

「助けにいかないとッ!」

 夕焼けの中にも明らかなヴォルスのオーラ。

 その持ち主に追われる梨穂というただならぬ光景に、悠華は椅子を蹴って立ち上がる。

「でも、永淵委員長の実力なら心配ないんじゃ?」

 悠華に続いて腰を浮かせた瑞希が、梨穂への救援に走る必要性に疑問符を浮かべる。

「……それに下手に横槍入れたりしたら、また巻き込まれるかも……」

 同じく席を立ちかけた鈴音が難色を露わにする。

「そりゃ分ってるけど、見捨てるなんて寝ざめ悪いんよッ! 頼むよ、アタシを助けると思って……この通りッ!」

 梨穂の救援を渋る友人二人に悠華は手を合わせて拝みこむ。

 沈黙。

 店内のBGMだけが大きく響く中、悠華は恐る恐る顔を上げて片目を開く。

「……そう言われたらやるしかないじゃない」

「悠華ちゃんにそうたのまれちゃあ、ねえ?」

 すると苦笑気味に眼鏡を押し上げる瑞希と、肩をすくめる鈴音と目が合う。

「じゃ、一番早い私が先に行ってるから、二人とも急いできてよ!?」

 そして鈴音は立ち上がるが早いか、すぐさま出入り口へと踵を返す。

「分かったわ」

「支払いは任せろ―」

 そんな鈴音に片手を上げて、悠華と瑞希もまた支払伝票を持って立ち上がる。

今回もありがとうございました。

次回は3月6日18時に更新いたします。

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