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いおりの計画

「合宿……スか?」

 傾いた日差しの入る校舎。

 放課後の山端中学校の廊下で、悠華は右サイドテールにまとめた黒髪を揺らして、日焼け肌の首を傾げる。

 すると少し前を先導するように歩くいおりが、バンツスーツに包んだ体を捻り振り返る。

「そう、合宿。今度の連休に私とお師匠様の引率で。まだしばらくあるから計画中だけれどね」

「ぅえ、婆ちゃんもくっついてくるんスか?」

 いおりから合宿計画の引率者を聞いて、とたんに苦い顔をする悠華。

 その隣、緩く波打つ髪にメガネの瑞希も難しそうに眉根を寄せる。

「私と悠ちゃん、五十嵐さんはともかく、永淵委員長が素直に参加するでしょうか?」

「そこよ。そこが問題なのよ」

 困ったように眼鏡を直す瑞希。それにいおりは教鞭を指すように人差し指と中指の二本を揃えて立てる。

「あーはい。やっぱまーずいッスよねぇー……いいんちょとアタシらの足並みって、こーれでもかってくらいにバンラバラッスもんね」

 いおりが問題視している部分を察して、悠華は苦笑いを浮かべた頬を指で掻く。

「ええ。前々から思っていたけれど……宇津峰さんと明松かがりさんのコンビ以外の、貴女たちの協調性の低さは致命的よ」

 悠華が挙げた地火風水四組を合わせたチームを蝕む自覚症状。それにいおりは教鞭に見立てた二本指をふりふり、合わせて繰り返し頭を振る。

 だがそれに、瑞希は再び赤縁の眼鏡を直しながら小さく唸る。

「うぅん……でも協力をと思っても、まずイヤって言うのは永淵ながぶち委員長の方で……なんと言うか、私たちとヴォルスの区別を付ける気が無いって言うんでしょうか……」

 その瑞希の言葉に、いおりは腕を組んで深くため息。

「そう……ね、今までの積み重ねがある以上、いきなり水に流してと言うのも無理な話だわ。裏を警戒して構えてしまうのも自然よね」

 実際に私情を全開にして悠華たちへ襲いかかった事。

 その後にも見せた、味方を巻き込むことを厭わない戦いぶり。

 梨穂の取り続けたあまりにも自分本位な行為を振り返って、いおりも頭痛を堪えるように額を抑える。

 しかし深く息を吸って吐くと、肩に掛った束ね髪を掻き上げつつ顔を上げる。

「でも、だからこそ行動を共にすることで、きちんとした仲間意識を持ち直して、育んでもらいたいのよ。永淵さんには、私からも話してみるから」

 そのいおりの真剣な言葉に、悠華は苦笑気味に顔を解いてうなづく。

「そうッスね。いおりちゃんセンセがそーこまで言うなら、アタシもきょーりょくしますよって」

「……分かりました。実際に一番永淵委員長に絡まれてる悠ちゃんがいいって言うなら私も……」

 そして瑞希もまた、不承不承といった調子ながら、眼鏡を触りつつ梨穂への隔意を飲み込む。

 するといおりは安堵の笑みを教え子たち二人へ向ける。

「ありがとう、二人とも。宇津峰さんと明松さんだけじゃなくて、四人ともが私の大切な教え子だから、いがみ合いの上に万一の事になんて遭って欲しくないのよ」

「いやー、いおりちゃんにそーこまで言われてはくすぐったいですなぁ」

「そう言ってくれる先生だから、私たちも頼りにしてるんです」

 微笑みと共に向けられた眼差し。その真摯な光に耐えられずに悠華はおどけて、瑞希は顔を柔らかくしてうなづく。

 そんな二人にいおりが笑みを深める。しかし、ふとその黒目がちな目を瞬かせると、首後ろに束ねた長い髪を翻して振り返る。

 進行方向へ向き直るいおり。それに続いてその背中から悠華たちが顔を出す。

荒城あらきさん」

 果たして三対の視線の先にいたのは、黒髪をボブに切り揃えた地味めの女子。悠華たちのクラスメイトであり、いおりの教え子の一人である荒城智子であった。

「あ、先生に宇津峰さんに明松かがりさん」

 悠華ら三人を呼びながら、智子は廊下の先で軽く会釈。

「うっす。どしたの? 放課後に居残ったりして」

 それに悠華は礼を返して、思いがけずに会ったクラスメイトに尋ねる。

「図書室に寄ってただけよ。二人こそどうしたの? 先生と一緒で?」

 淀みない自然な答えに続いて、不思議そうに聞き返す智子。

「アタシら? アタシらはいおりちゃんにちょーいとヤボ用たーのまれてねぇ?」

 優等生だが梨穂ほど目立ちはしないこのクラスメイトの問いに、悠華は普段のおどけ調子で答える。

「そうなの? 私も何か手伝うことありますか?」

 悠華の答えを受けて、智子はいおりへ手伝いを申し出る。しかしそれに、いおりは首を横に振る。

「ありがとう、でももう済んだから大丈夫よ」

 そう言うと、いおりは後ろに背負った生徒二人を前に出して、自身は半歩後に引く。

「宇津峰さんに明松さんも助かったわ。荒城さんも遅くならない内に帰りなさい、ね?」

 そして三人合わせて教え子に帰宅を促す。

「ういーッス! おー疲れッス、いおりちゃんセンセ」

「もう、悠ちゃんったら……それじゃあ失礼します。また明日」

 片手を上げ、朗らかなおどけ口調の挨拶を送る悠華。対する瑞希はそんな親友に苦笑を浮かべると、きちんといおりへ向き直って頭を下げる。

「それでは私も。さようなら大室先生」

 二人に続いて智子もいおりへ一言挨拶。するといおりは片手を挙げて生徒たちの挨拶に応える。

「ええ、さようなら三人とも。気をつけて帰りなさい」

「はいなー、さいならーッス」

 悠華は挙げた片手を大きく振って下駄箱へと足を踏み出す。それに続いて瑞希と智子も会釈をもう一つ。先に歩きだした悠華を追いかける。

 そうして離れて行く教え子たちに小さく手を振るいおり。

 悠華は下り階段の前でいおりにもう一度片手を上げると、下階に向かう階段へ足を踏み出す。

「ほんじゃこれからどうしよっかね。おシノさんとハルさんトコにでも寄ってく?」

 階段を降りながら、悠華は後ろの瑞希たちを見やり尋ねる。

「あ、いいね! 行こうよ」

 悠華の提案に、瑞希は背丈と年の割に豊かな胸の前で手を合わせて賛成。

「らっきーはどうよ? 一緒に来ない?」

 それを受けて悠華はもう一人の同好者である智子へと目を移して尋ねる。

「せっかくのお誘いだけど私は遠慮させてもらうわ」

 しかし智子は申し訳なさそうに目を伏せて、寄り道の誘いを遠慮。

「えーマジでぇ、来ないのぉ?」

 その返事にあからさまなまでに残念がる悠華。その横を智子は早足に追い抜き降りる。

「ええ、せっかくだけど、ごめんなさいね」

 智子はそう一言断りの言葉を付け加える。すると足を止めて先を譲った悠華たちに振り返ることなく、階段を下っていく。

 そうして先行した智子の姿はすぐに踊り場の折り返しを超えて見えなくなる。

「むぅー……ざぁーんねん」

「荒城さんとはほとんど一緒になる事が無いから、いい機会だったのにね」

 そこで悠華と瑞希も互いに肩をすくめて頭を振ると、止めていた階段を下る足を再び動かす。

「ま、むーりして付き合わせてもわーるいしねえー。まーたのチャンスに誘ってみよっか」

「そうだね、次の機会もあるよね」

 後ろ頭に手を組む悠華。その隣に瑞希が並ぶ形になって二人はのんびりと足を下へと運び進める。

 そうして一階まで下りて昇降口に出た悠華たちは、正面に見知った顔があったのを見て足を止める。

「およ、すずっぺ?」

「五十嵐さん」

「あは、悠華ちゃんに瑞希ちゃん。やっと来たッ!」

 名前を呼ばれて振り向いた鈴音は、満面の笑みを浮かべて二人へ小走りに駆け寄る。

「すずっぺ、アタシらのコト待ってたの!?」

「うん。さっきまで校庭やらそこらで遊んでたんだけど、まだ二人の靴があったから」

 悠華の問いに、鈴音は曇りの無い笑みのままうなづき答える。

「そっかそっかー。んじゃすずっぺ、アタシらと一緒にお茶してかなーい?」

「行く行くーッ!」

 軽い調子で寄り道に誘う悠華に、また軽快に応じる鈴音。

「それじゃあ行きましょ? あんまり遅くなったら、家族も心配するだろうし」

「大丈夫さ。暗くなってしまっても、決して二人を一人で帰らせたりはしないから」

 瑞希が出口を指差し先を促す。するとそれに悠華は胸を張ったポーズを付けて一言。

「きゃーッ! 悠華ちゃんカッコイイーッ!」

 格好つけた低い作り声。

 気取り調子の悠華のそれに乗って、鈴音が手拍子を添えてはやし立てる。

「え、えと……? ステキー……?」

 そうして出来た場の空気に揺られるまま、瑞希もまた戸惑い混じりに拍手を送る。

「いやぁ、どーもどーもー」

 二人からの拍手を受けた悠華は、いつもの締まりの無い顔になってお辞儀。

「ま、多少は遅くなってもさー、アタシが変身して送ってけば、変なのはまず寄り付かないっしょ?」

 そして、「どうよ?」とばかりにアイディアを披露。

「なるほどグッドアイディアッ!」

「ど、どうかなぁ? 逆に悠ちゃんが怪しまれないかな、それって?」

 悠華の提案に喝采を上げる鈴音と、対して躊躇いがちに首を捻る瑞希。

 確かに、本格的なヒーロースーツの格好をした巨漢が、小柄な女子中学生にくっついて夕暮れ道を歩いている図というのは、どう見てもコスプレ趣味の不審者である。

「むぅん……瑞希ちゃんノリ悪ーい」

「ええッ!?」

 しかしそんな常識的な瑞希のコメントに、鈴音は眉を寄せて肩をすくめる。しかもその動作に続いて風が流れこみ、残念そうな嘆き声を奏でて添える。

「え、これって、私が責められるトコ? しかも魔法使ってまで!?」

 そんな海外のホームドラマに挿入される観客の嘆きのような声に、瑞希は目羽根の奥の目を白黒させて突っ込みを入れる。

「……あはっ!」

 しかし素でテンパり突っ込む瑞希に対し、鈴音はさわやかに破顔。

「う、え?」

「もう瑞希ちゃんってばなんでも反応が素直でかーわーいーいー! あははっ!」

 戸惑う瑞希を前に、鈴音はケラケラと手を叩きながら笑う。

「え? ええーっ!?」

 小柄な瑞希よりもさらに小さく細身な鈴音。

 瑞希はそれの生み出す空気の流れに振り回されるまま、助けを求めるように悠華に目をやる。

「でしょ? ウーチのみずきっちゃんはちょーカワイイっしょ!?」

 だが悠華はサムズアップとウインクを添えて鈴音の話に乗る。

「ちょ!? 悠ちゃんッ?!」

 鈴音と悠華の織りなす砂嵐の様なコンビネーション。それに瑞希は堪らず眼鏡奥の目と口を大開きに愕然とする。

 そうして忙しく首を右往左往させる瑞希。

「イエス。さっすがのノリだね悠華ちゃーん!」

「おーういえー」

 その前で手を高く伸ばした鈴音と、ほどほどに手を上げた悠華が上げたその手を合わせ鳴らす。

「え?」

 163センチの悠華と、150センチに足りない鈴音との身長差ハイタッチ。

 それに取り残された形の瑞希は、レンズの奥の目をパチクリさせる。

 そして鈴音と悠華に二人がかりでいじられている現状を察したのか、小さくその唇を尖らせる。

「もう! 悠ちゃんも五十嵐さんも、二人して私の事からかってッ!」

 瑞希はそう言うと、二人の事など知らないとばかりに、ぷんっとふくれっ面になって下駄箱へ。

「ああっ、ゴメンゴメン! 許してみーずきっちゃーん」

「やりすぎたのは謝るから怒らないでよぉ!」

 床を踏み鳴らすような足取りの瑞希を、悠華と鈴音の二人は慌てて追いかける。

「……ふん!」

 しかし瑞希は追いすがる二人を肩越しに一瞥する。と、すぐさま鼻を鳴らして振り払うように前を向く。

「やっばッ! マジでゴメンってッ!?」

「ここまでやるとアウト、私覚えた! こんな感じのイタズラもうしないからぁ!」

 外履きの革靴を放り出してさっさと歩き出す瑞希。それに即興イタズラの仕掛け人二人は、焦りも露わに下駄箱を探ってそれぞれに外履きと履き換える。

 バタバタとスニーカーの踵を直しつつ足を進める二人に、ツカツカと足早に振り切ろうとする瑞希。

 瑞希はそんな悠華と鈴音をもう一度見やり、ため息を一つ。昇降口の敷居をまたいだところで足を止める。

「……本当に悪いと思ってる?」

 内と外との境界線を挟んで問う瑞希。

「思ってる思ってる! 性質の悪いイタズラ仕掛けてホントにゴメンッ!」

「さっきも言ったけど、この手のイタズラはもう仕掛けないから! だからこのとーりッ!」

 レンズの奥から向けられるじと目に、二人は揃って両手を合わせて拝むように頭を下げる。

「……ふふっ」

 そこで瑞希の口から零れたのは短い笑み。

「え?」

 それに悠華が顔を上げると、微笑む瑞希と目が合う。

「じゃあいきましょ? ゆっくりしてる時間が無くなっちゃう」

 すると瑞希は微笑のまま身を翻して、寄り道付きの帰り道を促す。

「ぐわー! やられたッ!? ぐわー!」

「あっはー! 瑞希ちゃんもやるぅー」

 そこでカウンターでいじられていたと状況を察した悠華は、腹を抑えて笑いながらにダメージ演技。一方の鈴音もいつの間にか流れを切り替えていた瑞希を手放しに称える。

「ふふ。これでおあいこよね?」

「やっはは。そういうこったぁね」

「おあいこ、おあいこね。あは」

 そして三人娘は笑いながら横並びになって校舎を後にする。

今回もありがとうございました。

次回は2月27日18時の更新です。

拙作も折り返しを過ぎて後半に入りました。今後もどうかよろしくお付き合いください。

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