そんなことは知らん
渦巻き捩れた水流に吹き飛ばされるグランダイナの硬質な巨体。
吹き飛ばされての放物線。その頂点でグランダイナの鎧は砂と弾けて、日焼けした悠華本来の姿が露わとなる。
「ぐ、アッ……あぐ!?」
頭二つ分以上高い屈強な肉体を失った勢いのまま、制服姿の悠華はぐらつく巨アリの上を弾み、転がる。
「うあ!? あう!?」
同じように、心命力を込めた鉄砲水に撃たれた鈴音もまた、変身の解けた小さな体をボールのように弾ませて悠華の傍へと落ちる。
「う、うぐッ……ゴホ、ゲホッ!」
元々病弱な体を契約による強化で健康体としている鈴音は、先ほどまでの暴れぶりが嘘のようにうめき、咳き込む。
「す、すずっぺ……」
悠華はそんな、青ざめ苦しげに喘ぐ鈴音の名を呼びながら、苦痛に顔を歪めつつ身を起こす。
そこへ近づいてくる固く冷たい足音。
一定のリズムを崩さないそれを辿って悠華が顔を向ければ、一本の線の上を歩くような優雅な歩みを踏むサイコ・サーカスの姿を見つける。
「う、ぐぅ……」
強敵の接近に、悠華は手や膝を支えに重たげに体を持ち上げる。
サイコ・サーカスはそんな悠華たちの前で歩みを止めると、冷たい嘲笑を浮かべて少女二人を見下ろす。
『一撃で変身が解ける程の魔力砲を躊躇無しに撃つなんて、ひどいことするヤツも居るものね?』
空間転移で悠華たちへ向けて軌道をねじ曲げておきながら、いけしゃあしゃあと言い放つサイコ・サーカス。
そこへ水飛沫を散らしながらも、まだ青の魔法少女の姿を保った梨穂が降り立つ。
『あれ? こっちの契約者たちを巻き込んで撃たないの?』
油断無く魔傘ウェパルを構える梨穂へ、捻れ振り向くサイコ・サーカス。
その皮肉めいた一言に対して、梨穂は形の良い眉を寄せる。
「人聞きの悪い事を……」
青い髪を添えた整った顔。それを険しく歪めた梨穂が、ウェパルを突き出しながら僅かに間合いを詰める。
だがサイコ・サーカスは捻れた見返り姿勢のまま、冷やかな嘲笑を深める。
『……自分の手柄第一で、他人を利用する事しか考えて無い卑怯者のくせして……笑わせてくれるわ』
「な、んですってぇ……」
冷たい嘲りに梨穂は僅かにその身を震わせると、周囲の空気に氷を混ぜる。
『落ち着け梨穂。安い挑発に乗るな、冷静になるんだ』
冷たい怒気を露にする梨穂を、傍らの水球に浮かぶマーレがたしなめる。
だがサイコ・サーカスは収まりかけた剣呑な冷気の源に対し、嘲笑を崩さぬまま言葉を続ける。
『事実を言っただけよ……自分が一番でなくては気が済まない、けれど……競争相手を正々堂々と潰しにはいけない。底の浅い卑怯者という正体をね』
サイコ・サーカスは、梨穂の帯びた冷気以上に冷たい嘲罵を青の少女へ刺して、視線を巡らせる。
不意に向けられた目に悠華は、咳き込む鈴音と目を回したウェントを庇うように拳を持ち上げる。
だがサイコ・サーカスは戦闘力を取り落としたままの悠華らを一瞥しただけで、冷たい目を水竜とその契約者へと戻す。
『たとえ群れを頼りにしてるとしても、そっちの悠華って日焼け娘の方が、よほど底の見えない手強い相手だわ。底の知れた卑怯者よりはよほど、ね』
「貴ッ様ァアッ!!」
悠華を引き合いに出しての挑発に、梨穂は瞬時に氷の刃をウェパルから伸ばして斬りかかる。
だがサイコ・サーカスは怒りで鋭さを増した梨穂の斬撃を僅かに身を逸らすだけで回避。
「このッ!?」
マタドールにいなされる猛牛のようにかわされた梨穂は、すぐさま足下から飛沫を上げて反転。振り返る勢いに乗せて傘杖を横薙ぎに振るう。
「え……ッ?」
しかしサイコ・サーカスは既に氷刃の下へ潜り込み、拳をがら空きのみぞおちへ突き入れる。
「か、は?!」
急所を撃ち抜く一撃に、目を剥いて崩れる梨穂。
「い、いいんちょ!?」
『だから言ったわよね? あなたの底なんて、とっくに見えてるのよ』
悠華の声など聞こえていないようにサイコ・サーカスは、腕に引っ掛かった梨穂の飾り帽を落とした頭に声をかける。
そして声も無く、抱えた梨穂を足下に叩きつける。
「あ、ぐ……ッ!?」
うめき声を掻き消す爆音。
無造作な叩きつけで大音量を生み出したサイコ・サーカスは、足下に沈んだ梨穂へすかさず足を叩き落とす。
「ぐッ!? ぐぅ……ッ!?」
『所詮、パワーがこじんまりと落ち着いているだけの、優等生気取りの卑怯者……この程度よね』
梨穂のとっさに交差して作った腕の盾越しに踏みつけながら、サイコ・サーカスは軽く肩をすくめて見せる。
しかしサイコ・サーカスはそう落胆するが、現段階では梨穂が、四人の中で戦闘力が最も高いレベルで安定しているのは間違いない。
『いつまでも好き放題にッ!!』
青の魔法少女を踏み潰し続けるサイコ・サーカスに、水竜のマーレが氷のブレスを放つ。
だがサイコ・サーカスは軽く片手をかざして吹きかけられる息を防御。
『止めてよね。半端に冷凍した魚みたいな臭いがするのよ』
そして手のひらに固めて作った拳大の氷を軽く放り投げる。
『おごッ!?』
ブレスの中を戻ってきた氷に口を塞がれるマーレ。
だがパートナーの援護を得た梨穂は、拳の甲に水を固める。
「いい加減にどけッ!!」
そして己を足の下に敷いたサイコ・サーカスへ向けて渦巻く水刃へと変えて放つ。
だがサイコ・サーカスは一瞥もせずに軽く鼻を鳴らすと、飛び上がって水刃を回避。同時に投げ放ったナイフが、水を背中に滑って逃れようとした梨穂のコートをその場に縫い止める。
「そんなッ!?」
服を突き刺すや否や、手に変わって押さえ込みにかかる黒い刃。
『そぉれっと』
それに驚き無防備な胴へ、落下の助けを受けたピエロシューズが突き刺さる。
「ふぐぅぇッ?!」
深々と突き刺さる足に、梨穂は濁った悲鳴を上げて足場へとめり込む。
『さて、これはどうしたら楽しめるかしらね』
サイコ・サーカスは梨穂を見下ろし、小首を傾げながらその場で足踏み。
「うぇ!? ぐえぅッ?! やめ、うぅえッ!?」
それに梨穂の変身は解けて、涙声混じりの悲鳴が上がる。
「やめろぉおおおおッ!」
悲痛なその声に、気を張り上げて飛び出す悠華。
『へえーえ……?』
オレンジの輝きを灯した悠華の拳。それをサイコ・サーカスは興味深げに見返しながら片手で受ける。
乾いた音と共に弾ける光。それに拳を受け止めたサイコ・サーカスの身が震える。
『この前といい今回といい、よほど顔見知りが痛めつけられるのが我慢ならないのね』
「ああそうだね。知った相手が傷つくのは、アタシがキツいからね」
サイコ・サーカスの言葉を、あっさりと自分のためだと首肯する悠華。
『でも、この娘にそこまで心を痛める必要があるの?』
しかし返ってきた言葉は謗りではなく、純粋な疑問であった。
『この娘、アナタを巻き込むことに躊躇せず魔力砲を撃つわよね? それを織り込んで行動出来るくらい、アナタも分かりきっているわけじゃない?』
悠華が引こうとした拳を、逃がさないとばかりに握りしめて、サイコ・サーカスは問いを重ねる。
『そんな敵も味方も的としか見てないようなこの娘に、アナタが心と命を振り絞る価値があると?』
サイコ・サーカスは踏みつけた梨穂を指差しながら、大きく首を捻ってさらに問う。
「いいから、いいんちょを踏むのを、やめろおッ!!」
対する悠華の返事はヘッドバット一発。
『うがッ!?』
拳を捕られた腕を曲げ、鼻っ面へ叩き込んだ一撃に、さすがのサイコ・サーカスもよろめき怯む。
その隙に悠華は緩んだ握りから拳を抜き、手首を捕ると素早く身を翻して背負い投げ。金属板を貼った外骨格にレディピエロを背中から叩きつける。
『かはッ!?』
衝突の衝撃に空気を吐き出すサイコ・サーカス。
悠華は足元でバウンドするそれを素早く押さえ込みにかかる。
だが悠華がのし掛かるよりも早く、サイコ・サーカスは横っ転がりに脱出。さらに悠華が腕を掴んだ手を強引に振り払うと、アクロバティクに転がり跳ねて間合いを開ける。
そして片足立ちに構えたサイコ・サーカスへ、悠華もまた拳を構える。
「体が勝手に動くんでねぇ、知ったこっちゃ無いのさ!」
同時に悠華が放つ、力強い返事。
執拗なまでに重ねられた問い。それへの答えに、サイコ・サーカスは身構えたまま目を一瞬き。しかしすぐさま冷やかに唇を吊り上げると、巨アリの外殻に沈んで気絶した梨穂へ目をやる。
『それはご立派。だけれどせっかく助けても、その娘が助けたことを感謝すると思っているの?』
そして悠華へと目を戻して、再び試すように問いかける。
『むしろ余計な事をして手柄を盗んだーとか、助けられた事を屈辱だーとか逆恨みするんじゃないかしら? この恩も、恨みで買い叩かれるんじゃない?』
心を鈍らせ迷わせるように問い続けるサイコ・サーカス。
その問いに、悠華は拳をほどき、その場で腕を組んで首を捻る。
「うーん……まあ多少は態度が柔らかくなってくれたらなぁーとは思うけれど、いいんちょにそれは期待、できないかー」
悠華は首を捻りながら、質問を真っ向から否定するどころか、むしろ逆にピエロ女の問いの肯定とさえとれる呟きを溢す。
『……は?』
先ほどのセリフに続くのが肯定的な返事だとは予測していなかったのか、呆けて口をあけるサイコ・サーカス。
「うむぅ……さっすがに恨み十割ってーことはなーいと思うけどぉ……まぁた嫌われそうってぇのは有り得るよねぇー……」
そんな女ピエロを前にして、悠華は頭痛を堪えるように眉間にしわを寄せて唸りうなづく。
だがもう一唸りして改めてうなづくと、晴れやかな苦笑をサイコ・サーカスへ向ける。
「ま、でもさ。いいんちょがどー思っても、アタシがやりたくてやった事だから。その辺は知ったこっちゃないやね」
そう悠華はあっけらかんと笑い飛ばし、納得したともう一つ重ねてうなづく。
「……って、ワケだからさマーくんや。いいんちょが目ぇ覚ましたらテキトーに言っといてよ」
そしてパートナーを流水に乗せて救いだしているマーレを肩越しに見やると、片手を振って離れるように促す。
『あ、ああ……』
それを受けて、マーレはうなづき、気を失っている梨穂を水に流して避難させていく。
だがその一方でサイコ・サーカスは不快げに顔を歪める。
『損得もどうだっていいとか、ホントにご立派なこと……』
苛立ちを滲ませた呟き。その剣呑な気配に、悠華は拳を固め直して正面に構える。
『そのご立派な志を抱いたまま! 朽ち果てさせてあげるわッ!!』
怒りの声と共に投げ放たれるナイフ。
その直前で悠華は身を屈め、刃の走る軌道から逃れる。
『なにッ!?』
悠華のサイドポニーの髪を削るに終わった黒の刃。
サイコ・サーカスが息を呑む中、悠華はかわしたナイフと空に流れた髪を一瞥もせずに踏み込む。
会話により標的を自身へ絞るという賭。それに勝って生み出した隙を離さず、悠華は輝く右拳を掌へ向ける。
だがその瞬間、足場である要塞アリの体が大きく揺らぎ沈む。
「お、わっとぉッ!?」
不意の揺れにグランダイナへの変身がキャンセル。悠華は半ば倒れるように膝を付き、転がってきた鈴音を受け止める。
『……やられたわね』
同時に、同じく膝をついていたサイコ・サーカスが忌々しげに溢す。
それに続いて、闇色のモノに包まれていた車両に雷が落ちる。
「おうあッ!?」
落雷の生み出す爆音と衝撃。そのために揺れる足場に、悠華は堪らず声を上げながらもその場に踏ん張る。
そこへサイコ・サーカスが、身を翻してバランスを取りながらナイフを投擲。動けぬ悠華へ、一つだけでも致命の一撃となる物が二重、三重にと重なり迫る。
「しまッ……」
迫る死の予感に悠華は、とっさに左腕を前に身体を丸めて急所を庇う。
だが刃の第一陣は、その切っ先が悠華の身に食らいつくよりも早く、黒と赤の二色の炎によって薙ぎ払われる。
「え!?」
眼前を焼き尽くす炎の輝きに、思わず顔を上げる悠華。
そして炎の過ぎった後に続く刃を、上から降ってきた一条の雷光と一陣の旋風が吹き飛ばす。
「み、みんな……!?」
右手を輝かさせた裕香と、その隣に立つ稲妻の刀を逆手持ちにした屈強な忍者。そして千早に乗って飛ぶいおりとホノハナヒメ。そんな危機に駆けつけた仲間たちの姿を見回して、悠華は安堵以上の驚きに目を瞬かせる。
悠華とその後ろの鈴音を守るように集まる仲間たち。
悠華たち一行の集結。それにサイコ・サーカスは白い顔を歪めて深いため息を吐く。
『お仲間たちの集合というわけね……もういいわ』
そして気力の残りかすを吐き出すような呟きを溢すと、滑るようにピエロシューズの足を後ろへ。
『……ここは見逃してあげるわ。では、本日最後の演目をどうぞお楽しみください。さようなら』
そのままサイコ・サーカスは別れの挨拶を一つ残して要塞アリから飛び降りる。
「待て……ッ!?」
姿を消したピエロ女を追って足を踏み出す幻雷迅。
だがその足は、一際大きな揺れに止められる。
今回もありがとうございました!
次回は2月13日18時に更新いたします。




