命がけでブレーキ!
サイコ・サーカスに囚われた空間で、水と風のチームが冷たい空気を張り詰めさせているとは知る由も無く。
ピエロ列車の上に逃れたグランダイナたちも、絶えず襲いかかる脅威を凌ぎ続けている。
大きく弧を描いて掴みかかってくる巨大な右の手。
「だっしゃぁあああッ!!」
正面から迫る掌の中心にグランダイナは拳を撃ちこんで迎え撃つ。
その逆側。殴り返された右手を囮に、後ろから左手が鷲掴みに襲いかかる。
「草薙の返しッ!!」
だがそれをグランダイナと背を向け合う形になったホノハナヒメが、金幣の側面から伸ばした炎幕結界で受け止め、同時に流れ出した炎で押し返す。
その一方、炎の結界の隙間を抜けて飛び込んで侵入するピエロ帽のヴォルス。
「キィイアァッ!!」
「ヘレ・フランメッ!!」
だが生身のままの穴を狙ったはずのそれらは、裕香の光刃に切り伏せられ、いおりの放つ黒い炎によって火炎の帯とのサンドイッチにされていた。
「ったくもー……デカブツ混ぜても、結局数で攻めてくれちゃって、さあッ!」
言いながらグランダイナは裕香に斬られたピエロ帽の首根っこを掴み、再び掴みかかろうとする巨大な右手に向けて投げつける。
しかし巨大な右手は掌にぶつけられた雑兵をそのままに拳を作り、闇色の残滓を指の隙間から溢しながら落ちてくる。
「ふんッ!!」
頭上に影を作ったそれを、グランダイナは全身を柱にして受け止め、天井に足を沈める。
「あ、りぃやぁああああああ……!」
押し込もうとのし掛かる拳。それをそのまま、グランダイナは両腕で抱えて膝を曲げずに足元の亀裂を広げる。
黒い大柄なヒーローを中心に鳴る軋み音。やがてそれはグランダイナの頭上でその音量を高める。
「だぁあっしゃあああああああッ!?」
それに黒い巨腕が退こうとした時にはもう遅い。一抱えほどもある握り拳は、気を張り上げるグランダイナの腕の間で挟み潰れていた。
「ふん!」
肩に担いだ形での変則的なさば折り。それで相手を潰し切った黒い闘士は残骸の飛び散る中で腕を振り払う。
「列車が腕なんか生やすなあああッ!?」
そして屋根にめり込んだ足を引き抜いて高々と振り上げ、それを自分の足形へと叩き戻す。
爆音轟く力業に、堪らず崩落する車両の屋根。
そして重力に従って落下する残骸と共に、グランダイナたちは穴を通って車両の中に落ちる。
「よっ!」
「は!」
両脇を座席に挟まれた通路に膝を着いて降りるグランダイナと、前回りに受け身をとって衝撃を全身に分散する裕香。
それに遅れてホノハナヒメといおり、そしてテラとフラムの兄妹も車両の中へ入る。
そんな侵入者を排除しようとしてか、車両から生えた腕の片割れが、屋根の大穴から手を突っ込もうとする。
「返し炎の結び!」
だがホノハナヒメは晃火之巻子から引きちぎった炎を放り投げ、印を結ぶ。すると炎が屋根となって穴を塞ぐ。
『悠華、中に入ったのはともかく、次はどうするんだ?』
『先頭の列車を壊すつもりなのよぉ?』
一先ずの危機は凌いで軽く息を整える一同。その中でこの状況へ持って行ったグランダイナに、テラとフラムが次に取る行動を尋ねる。
「あー、それも悪くないね」
だがグランダイナが返した答えは、行き当たりばったりでしたと白状するようなものであった。
『ああ、うん。考えて無かったわけね』
半ば諦め、残りは呆れといった調子でうなだれるテラ。
その直後、先頭車両側のドアが破られる。
「なッ!?」
「えッ!?」
その激しい音に全員が驚き振り向く。するとそこには扉の代わりに不気味なまでの白があった。
白塗りの塊は回るようにずれて、紫の面が現れる。そこに刻まれた緩い弧を描いた毛の帯。その下を向いて伸びた毛帯が真ん中で裂け、上半分を持ち上げて巨大な眼球を露にする。
「走って!」
裕香といおりが揃えて声を上げる。それに続いて一同が身を翻すと、巨大な目が笑みの形に細まる。
直後、激しい軋みに続いて破れる壁。そして現れたのは、紫のハートで目を縁取った巨大なピエロの顔面であった。
「みずきっちゃん! ドア吹っ飛ばして道を開けて!」
座席や壁を食い散らかしながら迫る巨大な白塗り。それを肩越しに見やりながらグランダイナは、先を行く友に逃げ道を頼む。
「うん! 祓えの火ッ!」
行く手を塞ぐ人一人通るのがやっとの扉。それにホノハナヒメが晃火之巻子から出た炎に指を走らせて、火を放つ。
目の前のものとその奥。二枚の壁を纏めて焼き破る眼鏡巫女の火炎。
縁に残り火の燻る穴を、ホノハナヒメが先頭に飛び抜ける。いおりと竜の兄妹を乗せた千早がそれに続き、裕香、そしてグランダイナが連結器を飛び越えて車両を移る。
「こなくそ!」
飛び移るに続いて、グランダイナは連結器を殴り潰して車両を分離。ピエロ顔の追跡を封じる。
「これでなんとか……って、はあッ!?」
だがしかしこの安堵もつかの間。機関車に牽引されるままに離れ始めた車両から、ピエロの顔は跳ねるように空を渡り、火の燻る壁にかじりついてきた。
「宇津峰さん、足を止めないで!」
先を行くいおりの言葉に従って、踵を返すグランダイナ。
だが同時に、窓の外では巨大アリの表皮が突き出すように変形。徐々に速度を失う車両を狙う砲台となる。
「ドワォッ!?」
右、左と窓の外で砲台の整って行く様に、グランダイナは思わず声を上げる。
「伏せてッ!?」
そして追われて床を蹴るグランダイナの正面。同じく迫る危機を見つけた裕香が焦り混じりの指示を飛ばす。直後、次の車両へと続くドアの向こうが爆発する。
「あうッ?!」
「くぅッ!?」
『うわあッ?!』
『あんッ!?』
ドアの傍まで迫っていたホノハナヒメたちは、吹き飛んできたドアと衝撃に堪らず悲鳴を上げる。
だがそれだけでは終わらない。至近弾の爆発によって車両そのものが浮かび上がり、続く落着で車両の中は激しく上下に揺さぶられる。
「あッぐぅッ!?」
さらに脱輪までしたのか、車体は立て続けに大きく左右に揺れる。横転こそしなかったものの、それにはグランダイナも堪らずその場に倒れる。
とっさに顔をあげ、炎の結界の中にいる仲間たちの姿に息を吐く黒い闘士。
だが倒れたその背中に覆い被さるように、大口を開いたピエロの頭が迫る。
「まっず……ッ!!」
グランダイナは間近に迫った上顎に息をのみ、床を叩いてその下から逃れようとする。だが床を破って突き上げてきた下顎との間に挟まれ、上下の前歯の間に囚われる。
「ぐっあぁああッ?!」
腹と背にかかる鋭い圧力に苦悶の叫びを上げるグランダイナ。
「ゆ、悠ちゃんッ!?」
『悠華ぁッ!?』
その叫びに親友とパートナーは顔を上げ、グランダイナを助けるべく攻撃を構える。
だが脱輪しながらも下り坂を走る車両に向けられた砲撃による揺れが、ピエロ顔だけを狙うことを許さない。
「こ、のぉおお……ッ!?」
揺れる車体の中、グランダイナも自力での脱出を試みてもがく。
しかし歯に肘鉄を食らわせても、足を振り回しても、不安定な姿勢での打撃ではピエロ頭はびくともしない。かろうじて、上と下の前歯をこじ開けようとする事で、咀嚼される事は防げていた。
「うッ……ぐぐ、ぐぅ!?」
進退極まった状況の中、グランダイナはただひたすら踏ん張り続けた。
やがてそれに焦れたのか、ピエロの巨顔はグランダイナを振り回そうと頭を捻る。
「キィアッ!!」
「ハァアアッ!!」
その瞬間、重なり響く鋭気一喝。
『ぎゃばあああああああんんッ!!?』
続く苦痛の悲鳴と共に、グランダイナは吐き出される。
『ぎゃ、ぎゃがあばあああッ!?!』
受け身からすかさず喚き悶える大頭を降り仰げば、そこには左目に翡翠の光、右目に黒い炎を受けて狂うピエロ顔があった。
「エイィッ!!」
その隙を逃さず立ち上がるや否や、グランダイナは悶えるままに上がった下顎へ右アッパー。
『ガバッ!?』
「ヤッハアァアアアッ!!」
そして拳を振り上げた勢いのまま振り上げた右足を、腰の反転に乗せて縦一文字。
『ばるあああああああッ!?』
濁った奇声の尾を引いて彼方へと飛んでいく頭だけのピエロ。
グランダイナは、飲み込んだものをどこへやったのか見当のつかない頭が飛ぶのを見送っていた。
「げぇッ!?」
が、正面に待ち構えているものを認めると、脱出のきっかけを作ってくれた先達に振り返りもせず、レールを外れて加速を続ける車両の前に飛び降りる。
「悠ちゃん!?」
「ふんッ! ぬぅうッ!?」
ホノハナヒメを始めとする仲間たちが驚き目を見張る中、グランダイナは崩れた車両を腕と腰とで受けて巨アリの表皮に足を踏ん張る。
「う、ぬぅあああ……!」
突き立てた足から火花を散らして、自らをブレーキにするグランダイナ。
「く、あ、ああああああ……」
角度を増しつつある下り坂にありながら、その身を呈した制動によって仲間たちの乗る車両は速度を緩めていく。
「悠ちゃん私も!」
「ん、ぎぎ!」
自身もブレーキに加わろうと立ち上がるホノハナヒメを、グランダイナは首を左右に振って制止。
直後、申し出の却下に疑問の言葉を挟む間も無く、車体間近で爆発が起こる。
それを受けてグランダイナのクリアバイザー奥の硬質な目とホノハナヒメのレンズ奥の目が交差。
刹那の目配せに続いて、ホノハナヒメは晃火之巻子から出る炎の帯に指を走らせながらそれを絶え間なく引き出し続ける。
その一方で迫る直撃コースを描くいくつもの砲撃。
「……ヒ、フ、ミ、ヨ、イ、ム、ナ、ヤ、コ、ト……守り給え大結界ッ! 晃火紡之繭ッ!!」
力を込めて唱えられた言葉に従い、晃火之巻子に繋がる炎の帯は車両の全方位を包み込む形で結界を形成。その直後に触れた砲撃の全てをはね返す。
アリの怪物の作り出した砲台をカウンターで潰しながら、次第に減速する炎に包まれた車両。
やがて砲を撃ってきた砲台の全てが沈黙。それと同時に車両を包んでいた炎の繭が火の粉となって散って消える。
「ハァッ……ハァ、ハァ……ア、ウゥ」
未だ転がり走り続けている車両の中。ホノハナヒメはその場に膝をつき、いおりと裕香の支えを受けながら消耗した力を取り戻すように息を吸う。
「ありがとう、良く守ってくれたわ」
「頑張ったね」
労いの言葉に返す言葉も出せずただ頷くホノハナヒメ。
その姿に、グランダイナは奮い立った心を現すように、バイザー奥の目と全身のエネルギーラインから光を放つ。
「やぁ……はぁああああああああああッ!!」
その輝きに合わせて高まる気合の声。そして仲間たちを乗せた車両はグランダイナを支えとして、下り坂の途中で完全に停止する。
『やった、やったよ悠華ッ!』
「悠ちゃん……」
『ナイスだよぉ、悠華ぁッ!』
「お疲れ様、悠華さん」
「これで助かったのね……ありがとう、宇津峰さん」
傾きながらも制止した車両の中で、口々にブレーキとなって車体を支えるグランダイナを称える仲間たち。
「へっへへー……やぁってやりましたよぉー」
そんな仲間たちに、グランダイナは全身から放つ光を弱めながらも普段通りの軽い口調で応えて見せる。
だが後ろを振り向いたグランダイナの目に飛び込んできたのは、ほんの半歩ほど先で急激に角度を深めた斜面であった。
ほぼ垂直になったそれには、グランダイナもさすがに仮面の奥での冷や汗を抑えられなかった。
「ン? ……あれは?」
そうして真後ろにある崖に息を呑んでいたグランダイナであったが、見下ろす先に見つけたものに目を凝らす。
切り立った壁面を登ってくるそれ。
それは凹凸に手をかけてよじ登るのではなく、二本の足で壁を踏んで壁面に垂直な姿勢で歩み登って来ているのだ。
「さ、サイコ・サーカスッ!?」
グランダイナが叫んだ通り、散歩道でも歩くように壁を登ってくるのは、蛾を模した髪のピエロ女、サイコ・サーカスであった。
『ええッ!?』
『なんだって!?』
「……そ、そんな……!?」
強敵の来襲を告げる言葉に、仲間たちが動揺にざわめく。
その中でホノハナヒメは戦おうと立ち上がる。だが渾身の防御結界で精神と生命を消耗した為に、すぐにその場に崩れることになる。
「危ない!」
「ダメよ明松さん、無理をしてはいけないわ」
倒れる巫女の体を裕香が支え、いおりが首を左右に無理を諌める。
「け、けれど……」
「立つことも出来ないで何をするつもりなの」
それでもホノハナヒメは消耗した身体をおして立ち上がろうとするが、それを大人二人が抑え続ける。
そんなやり取りの間、サイコ・サーカスはあくまでものんびりとした歩みで登ってくる。
やがて崖の上端。グランダイナの真後ろにまで来たピエロ女であったが、その足は空を踏んでさらに進んでいく。
「な?」
虚空を足場にして歩いて行くのはともかく、まるで攻撃をして来るそぶりの無いサイコ・サーカスに、グランダイナはバイザー奥の目を瞬きするように明滅させる。
そんな唖然としながらも車両を支え続けるグランダイナをよそに、サイコ・サーカスは歩調を崩すことなく歩いて宙返り。
そうして回り道をしながらグランダイナの後ろに浮かび立つと、無言のまま右手を伸ばす。だがグランダイナの背に触れようとしたその平手は、まるで今までの足場が残っているかのようにひたり、と止まる。
無言のままサイコ・サーカスは白い顔を疑念に歪め、左手を出す。が、それもまた同じように見えない壁に当たってグランダイナへは届かない。
それからまた右、左と手を出しては見えない壁に触れてを繰り返す。
攻撃を仕掛けるどころか、言葉を発する事もないまま続く不気味なパントマイム。
頬を擦りつけて架空の壁を押し込んでいたサイコ・サーカスであったが、そこでふと不思議そうに瞬き。そして手でひさしを作って遠く右方向を眺める。
それについ釣られてグランダイナは直に、車両の中にいた仲間たちは割れた窓越しにサイコ・サーカスが見ているものへ目を向ける。
「え?」
「は?」
七対の、敵含めて全員の目が向いた先。そこにいたのはやっとの思いで車両ごと脱出したピエロ顔の汽車であった。
『ポーッポッポーッ!!』
今回もありがとうございました。
次回は1月30日18時更新です。




