道化機関車
「ヤッ! ハァアッ!!」
「こん、のぉ!?」
「セイヤァアアッ!」
動き揺れる巨大アリの背の上で、グランダイナとホノハナヒメ、そして幻雷迅の三人は、次々と現れるアリ人間を迎え撃ち続けていた。
「ああ、もう! ったく、キリが、無いッ!」
言葉を切る毎に拳と脚とを振るい、向かってくる端から敵を叩き落とすグランダイナ。その泣き言に片足突っ込んだぼやきの通り、襲撃をかけてくる兵隊アリは、まるで無尽蔵だと言わんばかりに犠牲を気にせずに突っ込み続けてくる。
そしてまたも一匹のヴォルス・アントトルーパーを殴り潰したグランダイナの背後。いおりの放った黒の炎が、アリ人間の一人を受け止める。
「私たちが乗っている巨大アリ、これ自体が敵の移動する巣、歩く要塞なのよ!」
「ならとにかく、この大物を何とかしないと!」
その後ろで裕香が輝く拳でのアッパー、そして立て続けの回し蹴りで別のアリ兵士を迎撃。
「でもこんな風に倒しても倒しても湧いてくるんじゃあどうしたら!?」
生身の先達二人が迎撃したアリに炎の帯で打って止めを刺しながら、炎の巫女が叫ぶ。
そのまま金幣を手繰って作った結界に、文字通り飛んで火に入るアントトルーパーたち。だがそれらが灰となって崩れたかと思いきや、また新手が包囲網に補充されている。
「ならこのデカブツの頭を俺が押さえてくる! 飛び出す突破口を……」
「そいつはアタシにお任せあーれッ! テラやん!」
『ああ! 行くよ!』
幻雷迅からの、包囲突破のための要請を遮って手を上げる大地組。
契約者の呼び声に即応してテラは巨大な岩の塊を二つ召喚。グランダイナ目掛けて同時に放り飛ばす。
「やっはぁあッ! ゲットセーットォッ!」
黒い闘士はそれぞれが自身よりも大きな二つを、突き上げた両の拳で受け止める。
拳を受け入れたことを引き金に、二つの岩は一対の巨腕へと変形。
「イヤッハォラァアアッ!!」
グランダイナは巨岩のオーバーアームに包まれた腕を、そのまま真正面のアリ兵隊の群れ目掛けて振り落とす。
爆音。そして激震。
脅え背を向けて退避しようとしたアントトルーパーを巻き込んで、隕石の落着にも似たハンマーナックルが巨大アリの背を殴る。
外骨格と一体化していた金属板。それをボルトもろともに弾き飛ばして深々と刻むクレーター。その衝撃の大きさに、山の様なアリも堪らずにその身を沈ませる。
「セェアッ!」
巨大なくぼみが生んだ包囲の間隙。それを逃さず幻雷迅が跳ぶ。
だが僅かに遅れて移動要塞アリの外殻の一部が変形。空中へ向かって突き出す。
「あれは!?」
『砲台だよぉッ!?』
衝撃と同時に浮かび上がっていた炎組の言うとおり、突き出したそれは、舞い上がった幻雷迅を狙う砲台であった。
アリの巨体に響いた振動のためにか、放たれた砲撃は標的の幻雷迅をわずかに掠めるだけに終わる。
「う、おッ!?」
「これ以上はぁッ!」
ただちに幻雷迅の軌道を追う砲台に対し、グランダイナは巨腕を振り上げつつ震脚一発。足跡を外殻に印字した衝撃に、巨アリはハチの一刺しを受けたように身もだえ、第二射のタイミングを奪われる。
「させないッ!」
そしてその僅かな隙にホノハナヒメが投げた炎の札が砲口に殺到。幻雷迅を狙った二射目を丸ごと砲塔の中へ押し返す。
炎の熨斗を加えて反射された砲撃に、アリの外殻に生えた砲台はその根元から爆ぜて崩れる。
「頑張って、孝志郎……」
大地と炎の援護を受け、アリの頭へ向かう幻雷迅を送る裕香。
だがそれを新しい砲塔が狙って伸びる。
「しまった!?」
パートナーである竜の加護を受けていない二人を狙うものに気づいたホノハナヒメは、とっさに千早に乗った二人をその場から押し退ける。
「ンア……ッ!?」
直後、防御を構える間もなかったホノハナヒメの足をエネルギーの奔流が飲み込む。
『瑞希ッ!?』
「明松さんッ!?」
フラムといおり、そして裕香が目を剥く中、グランダイナは両のオーバーアームを投げつけるように発射。仲間を撃った砲台を潰して駆け出す。
「あうッ……うッ!?」
金属補強を受けたアリの背に倒れるホノハナヒメ。それと裕香いおりの二人組へ、ここぞとばかりにヴォルス・アントトルーパーが躍りかかる。
「ヤッハァアアアッ!!」
だがそのまま仲間たちへ群がるのを許すグランダイナではない。右の蹴り足から飛び込み、文字通りに雑兵どもを蹴散らして割り込む。
「イヤッ! ハイ! ハイイッ!!」
続いて飛び込み蹴りから逃れていた敵を、着地から立ち上がりながらの裏拳、肘打ち、回し蹴りと次々に見舞って薙ぎ倒していく。
「みずきっちゃん、立てるッ!?」
そして倒れたホノハナヒメへ振り返り、グランダイナが尋ねる。
「治療が終われば……って、悠ちゃん危ない!」
いおりと自身の治癒術で傷を焼き消していたホノハナヒメは、返事を半ばに警告へ切り替える。
直後、数体のアリが押さえつけようという腹づもりか、黒い闘士の腕にしがみつく。
「話し中だってぇーのぉッ!?」
だがグランダイナは逆スペードのクリアバイザー越しに群がる敵を煩げに睨み返すと、腕を一振りしてアリ兵士をまとめて投げ飛ばす。
「途中邪魔が入ったけんどオーライ。撃たれた傷は治せるワーケねー……っと!」
軽い調子で言いながらグランダイナは接近してきたアントトルーパーの腕を掴み、足払いをかけてその場に投げ落とす。
さらに飛びかかってきた別のアリヴォルスをアッパーカットで打ち返す。
「と言うわけでテラやん、お代わりプリーズ?」
『何が、と言うわけでかはともかく、今替えをッ!』
そう言って再び巨岩を用意するテラ。
だがその瞬間、不意に足場であるアリの背が形を変える。
「おわっとぉ!?」
突然の足下の変化にわずかにバランスを崩すグランダイナ。そこへ立て続けに汽笛の音が叩きつけられる。
それを合図としてか、まるで潮が引くように離れて行く兵隊アリたち。
「何が!?」
それに一同は妙な気配を感じながらも、汽笛の飛んできた方向へ顔を向ける。
『ポーッ! ポッポーッ!』
すると汽笛を口で言いながら走る、ピエロ顔を着けた機関車と目が合う。
「んなぁあッ!?」
『シュポシュポ、ポッポー!』
真っ直ぐに迫る機関車に背を向けて、グランダイナはオーバーアーム用の大岩を放り出して仲間達とそれを載せた千早とを掴んで走り出す。
「なんだって、ここで、汽車なんかがくんのさぁああッ!?」
足に炎を巻いたホノハナヒメ、そしてテラとフラムを肩に担ぎ、レールと枕木の形に変わった足場を走るグランダイナ。
『ポッポー、ポッポー!』
その必死の逃走をおちょくるように、ピエロ機関車は口汽笛を鳴らしながら追い立ててくる。
線路の外に飛び出そうにも、千早に乗った裕香といおりが車体に巻き込まれかねない。それを知っているような汽車のにやけ面をグランダイナは恨みを込めて一瞥する。
「宇津峰さん! 私たちに構わないで線路から飛び出しなさい!」
「ンなこと、出来るわけがない! 出来るわけがない! 出来るわけがないッ!!」
いおりの見捨てろと言わんばかりの指示。それにグランダイナは走る足を弛めぬまま、大事なことだから二度と言わず三度まで繰り返してこれを拒否。
「しかし、遊ばれてるこの状況では!?」
「待っていおり! 瑞希さん、私たちを載せてる上着を丸められる?」
生徒達を脱出させようと言葉を重ねるいおり。それを遮る形で裕香が口を挟む。
「は、はい、出来ます。けど、それがなんの……?」
「私たちのシートベルトよ」
ホノハナヒメの問いに簡潔に答えた裕香は、巫女の瞳に理解の光が灯るのを待たず、自分達を引っ張り走る黒い闘士の背中に目を向ける。
「聞いたわね悠華さん? 私たちは瑞希さんが掴まえててくれるから、合図したら思いっきり捻りながらジャンプしてッ!」
「なるほど、ガッテンしょーち之助ッ!」
裕香の出した指示に、グランダイナは肩ごしに同じ名前の先輩と目を合わせて頷く。
「そうかッ! 同じ一か八かならッ!」
「分かりました! 任せて下さい!」
それに続いていおりとホノハナヒメの顔にも理解と希望の光が差し、大人達を乗せた千早が広がり、内側へ丸まる。
「よし、いいわ。悠華さん、三、ニ、一。で跳んで」
ホノハナヒメの千早が、二人の首から下を放すまいと包み込むのに続いて裕香が最後の打ち合わせを口にする。
『シュー……ポッポーッ!!』
だがそこでピエロ顔の列車が口汽笛も高らかに、煙突からの煙の勢いを増す。そして噴き出す煙に比例して、闇色の機体を加速させる。
「三!」
遊びは終わりと、間合いを詰めてくる機関車。
「二!」
それでも焦ること無く、確かに進む裕香のカウント。
「一ッ!」
「イヤッハァアアアアッ!!」
一際強いラストワン。それに続く叫びと踏み込みの大重音。
レールとして整った足場を踏み砕いての跳躍。オレンジの光陣を跡にしたその勢いのまま、グランダイナは空中で身を翻す。
突っ込んでくるピエロの顔。それを真正面に収めたグランダイナは、その赤く丸い鼻を踏みつけてさらに跳ぶ。
「ヤッハァアッ!!」
『ポピーッ!?』
鼻を足場に踏み砕いての跳躍に、悲鳴のような汽笛を鳴らすピエロ列車。
煙吹き上げるその頭上を飛び越えたグランダイナは、空中で前転。機関車、炭水車を眼下にやりすごして続く一両目の車両の屋根を踏む。
「ふぃー……なんとかうーまくいったぜよぉ」
鉄を踏み砕く鈍い足音に続いて、ヒロイックな仮面から息を溢すグランダイナ。
緊張感の全てを吐き出すかのような息を吐くその横で、広がった千早から裕香が屋根に降りる。
「ナイスジャンプよ、悠華さん」
変身に助けられていたとは言え、後輩が先に見せたアクションをプロのアクション女優が讃える。
「いやっははは、照れますなぁ」
するとグランダイナは担いでいたホノハナヒメを下ろし、強固な装甲に守られた後ろ頭を掻く真似をする。
そんな黒い闘士の隣で、裕香は不意に機関車側へ身を翻しながら輝かせた右手を縦一線。
「キィアッ!」
「へ!?」
短い気に乗って伸びた光。それを辿れば、鋭い光は屋根に上ってきていたピエロ帽のヴォルスを、頭に乗った二股帽から真っ二つに切り裂いていた。
輝く刃の軌跡に沿って、鏡のような断面を晒して割れていくヴォルス。
「うん。やっぱりパワーが落ちた分は、気持ちを入れれば多少はカバー出来るのね」
裕香は切り捨てたピエロ帽のヴォルスと、輝く右手とを見比べて確信を得たようにうなづく。
右手の輝きをそのままに、見えない剣を構える裕香。
「いおり、援護をお願い。ルーくんやアムの作ってるここでなら思ってたより無茶は出来そうだし」
その言葉に続いて、グランダイナの隣に並ぶ裕香のポニーテールが、風に巻かれて浮かび上がる。
「分かったわッ! けれど、無茶のしすぎはくれぐれも禁物よッ!!」
裕香の声に応じて、いおりもまたその手に黒い炎を灯して構える。
「ちょいちょーい。あんま無茶しないでくださいッスよー、先輩方ぁ」
「悠ちゃんの言うとおりですよ、お二人に怪我なんてしてほしくないですから……!」
改めてグランダイナが拳を構えると同時に、ホノハナヒメが炎を背から噴いてその場に浮かび上がる。
そうして敵の襲撃に備える一同。その前に車両側面から闇色の巨大な腕が現れる。
今回もありがとうございました。
次回は1月16日18時に更新です。




