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なにゆえに神社?

「ねえみずきっちゃん?」

「なあに、悠ちゃん?」

「あたしら、なーんでこんなとこにいるんだっけ?」

 日曜日。正午近くの日差しが木の葉から漏れ注ぐ双羽ふたわ神社。人々の集まるその本殿を、制服姿の悠華と瑞希が眺めている。

「え? 二人も知らないの?」

 そこへかけられた軽快な疑問の声。それに振り向けば、二人と同じく休日にも関わらず制服に身を包んだ鈴音と、梨穂が歩いてきていた。

「だとしても、今朝いきなり誘われた私たちよりは詳しいはずよね? なんで、私たちは、神式の結婚式に、集められたのかしら?」

 腕組みをした梨穂の、一語一語区切りながらの疑問。

 その言葉通り、いおりに連れて来られたこの双羽神社では、一組の男女が結ばれようとしているのだ。

「えっと、その……私たちも式場にいるのは何がなんだか……」

「アタシらも、いおりちゃんからは会わせたい人がいるって事しか聞いてなくってさぁーあ?」

 しかし悠華と瑞希も、この場に連れてきた張本人からはその程度しか聞かされておらず、理由不明で混乱しているところである。

「……まったく、連絡不充分だなんて情けないわね」

 そのように梨穂に言われても、二人はただ弱って髪をいじるしかなかった。

「いやぁー……面目ないね、すずっぺもいいんちょも」

「むぅ……別に悠ちゃんが謝ることは……」

「あー……まあ、アタシらが聞いてる範囲で説明はしてみるよ」

 梨穂の文句に不満げに眼鏡を弄る瑞希。それを抑えて、悠華は説明のために口を開く。

 そもそもの事の起こりは先週、悠華と瑞希が映画館でいおりと鉢合わせた事まで遡る。

「いやあヘヴィだったッスね、オクタヴィア」

「そうね。序盤は明るめだっただけに、ね」

 映画館と同じショッピングモール内にある喫茶店。そのテーブルの一つで、悠華は椅子にぐったりと体重を預け、いおりはテーブルに肘をついた両手を顔の前で組んでうなだれている。

「……は、う……ひっく、うぅ……」

「よしよーし、みずきっちゃん。落ち着くまで無理しなくていーからいーから」

 そして瑞希に至っては、ザックリとした一言の感想を述べる事さえ出来ず、えずいては赤縁の眼鏡を上げて目元をハンカチで拭うばかりだった。

 悠華はそんな、ずぶずぶに感情移入している隣の瑞希の背中をさすって宥め、顔を正面へ向ける。

「そーれにしてもホントに騙されたッスわぁ、あんなメルヘンなタイトルで。タイトル詐欺もいーとこじゃないスか」

「ええそうね。童話のつもりで読んだらグリムの原作翻訳だった気分だわ」

 表題と内容とのギャップに苦笑する悠華に、深々といおりはうなづき同意を示す。

「ただ、物語としては印象的だったと思うわ。人間関係にも深みがあって、面白かったのは間違いないと思う」

「そりゃ序盤と終盤の落差はインパクト抜群ッスけどぉ……」

「……みんな、みんながかわいそうでぇえ……うぅッ」

 あくまで冷静に話も考えようとするいおり。それに対して、悠華は苦渋い顔でサイドポニーを弄り、瑞希はぶり返した悲しみに顔全体を抑えて泣き崩れる。

「そうね。最期にいくらか救われていた、話の流れではあれ以上はなかったとしても、悲劇なのは間違いなかったわね」

 そう言って、小さく息を吐くいおり。それを前に悠華は再び傍らの瑞希の背を撫でつつ顔を上げる。

「あー、いおりちゃん。話は変わるんスけど……」

「なにかしら?」

 友を気づかって話題を変えようとしているのを察して、にこやかに先を促すいおり。

「裕香先輩が出てるやつのパンフ買ってたッスけど、やーっぱインタビューとか載ってたりするんスか?」

 だが悠華の飛ばした質問に、いおりの笑顔が固まる。

「え、ええ、そうね。今年は顔出しで出てるし、人気キャラだから、顔写真付きの記事がある……って聞いてるわ」

 やや声が尻すぼみになりながらも、いおりは首を縦に振る。

「なら、ちょっと見せてもらっていいッスか? そっくりさんの風の女神ウェンディさんには会いましたけど、みずきっちゃんにも先輩本人の顔見せたいんで」

 両手を合わせ、拝むように頼む悠華。それにいおりは唇を引き結んで身を強張らせる。

「いおりちゃん? どうかしたんスか?」

 額から冷や汗を流すいおりを、悠華は軽く首を傾げて様子を窺う。

「あー……いや、その、う、うー……」

 しかしいおりは冷や汗を軽く拭いながら、黒目がちな目をちゃぷちゃぷと右へ左へ泳がせる。

「いや、ホントどうしたんスか? 急に具合でも悪くなったんで?」

「い、いいえー? 別に体調はなんとも? あ、そうそう。裕香の顔が見たいのよね……はいこれ」

 重ねて尋ねる悠華に、いおりは慌てて頭を振ると、タッチパネルの携帯端末を取り出して操作。画面に一枚の写真を呼び出して生徒たちに渡す。

「あ、はいども。ほいみずきっちゃん。この人この人」

 預かったそれを片手に、悠華は瑞希の意識を自分に向ける。

「う、うん」

 すると瑞希は悲しみの感動に赤くなった目に眼鏡をかけていおりの携帯を覗きこむ。

「へえ、やっぱり本人も美人さん」

 瑞希が覗きこんだ画面に写っていたのは、レオタードに面積の少ない黒い鎧を被せた、敵役の女剣士になりきった黒髪の美女であった。

「……うわあ、背も高くて、スタイル良くてかっこいい……」

 恐らくは役が決まって衣装を合わせた時の報告と思しき写真を眺めて、瑞希は剣を構える裕香の姿に嘆息する。

「いおりちゃん、写真見せてくれたのは良いんスけど、なんでパンフの方じゃないんスか?」

 しげしげと端末を眺める瑞希をよそに、悠華は流れかけた疑問を再びいおりへぶつける。

「ま、まあいいじゃないの。ここで広げるのもアレだし? あ、そうだこんな写真もあったわね」

 戻ってきた話題にいおりは引きかけた冷や汗を再び、悠華の手に渡した端末の画面に指を滑らせる。

 そして出てきた写真は、私服のいおりと二人、互いに掌を合わせて密着したポーズでのものだった。

「こ、これは……」

「前の里帰りの時に撮った写真ね。私から寄りかかって行ったのだけれど、こう見るとハイになりすぎね」

 百合の花でも背景に浮かびそうな、ダンスパートナーのようなツーショット。

 それになぜかそわそわとする瑞希。いおりはそんな教え子に、苦笑混じりに当時の状況を説明する。

「そうそう、里帰りと言えば……」

 そこまでいいかけて、いおりは何かを思い付いたのか、小さくうなづいて口の端を柔らかく持ち上げる。

「裕香本人に紹介したいから、来週の日曜日も私に付き合ってもらうわ。服は制服でね」

 ここまでが映画の後で二人が受けた、いおりからの誘いの全てであった。

「……とまあ、そーんなワケで、アタシらもたまたーま一緒になったいおりちゃんから先輩に会わせたいって言われただけでさーあ? なーんで神社の結婚式に連れて来られたのかはさーっぱりってワケ」

 いおりが特撮ヒーロー映画を見ていたことや、奢られたことはぼかし隠して、悠華は二人にこの場に誘われた理由と流れを説明する。

「へえー……いおり先生の昔の仲間かぁ……ちょっと楽しみ」

「それにしても、宇津峰さんと明松さん、二人とも大室先生と随分親しいみたいじゃない?」

 無邪気に裕香との対面を楽しみにする鈴音。

 対して梨穂は鋭い半眼を作って悠華と瑞希とを見やる。

「まぁーねー。みずきっちゃんはともかく、アタシはやる気の安定しないへなちょこだからさぁ。面倒見のいいいおりちゃんとしてはほっとけないんでなーい?」

 梨穂の疑惑の目を、悠華は自分を下げつつあっさりと肯定。

 それに梨穂は鋭く砥いだ目を緩めこそしないが、軽く鼻を鳴らして髪をかき上げる。

「……そういうことにしておくわ。確かに、宇津峰さんと違って私には綿密な指導など必要無いものね」

 そう言って、ことさら自身を誇るように豊かな胸を張る梨穂。

 そんなクラス委員長に、悠華は苦笑交じりに安堵の息を吐く。

 しかしその横では瑞希が不快げな半眼を眼鏡の奥から向ける。

 そして鈴音はと言えば、特に思うところも無いのか軽く首を傾げるばかりであった。

「みんな、何の話をしていたの?」

 そこへ竜の契約者四人をこの場に運んだ、礼服姿の当人が石畳を歩いてくる。

「おぅ、いおりちゃん」

「吹上さんとの顔合わせって話なのに、どうして結婚式にって話してたんです」

 そう悠華と瑞希は、生徒間での話していた事を説明。するといおりは小さく笑みを溢す。

「ああ、詳しくは話してなかったものね」

 その言葉を遮るように、一台の車が駐車場に入っていく。

「あら、グッドタイミング」

 そう言っていおりは、今入っていったライトグリーンの乗用車を目で追う。

 浅い砂利に打たれた細いロープで指定された駐車スペース。艶のある緑の車体はその一つ、いおりの黒い車の隣に停まる。

 そして運転席と助手席とが開き、一組の男女が降りる。

 運転席から出てきたのは、褐色の髪を短く切り揃えた男。

 高校を卒業から間もない程度の若者で、背筋の伸びた長身を白タイの礼服に包んでいる。

 そして助手席から現れたのは、長い黒髪をポニーテールにまとめた美女であった。

 成人女性の平均を上回る背丈に、出るところの出た引き締まったボディ。

 それを包む礼服のスカートから伸びるしなやかな長い足。

「や、いおり。久しぶりだね」

 活力と色気に溢れる体の美女は、いおりの姿を見つけると、相方の男を連れて、早足に歩み寄ってくる。

「ええ、しばらくぶり。裕香」

 するといおりもまた自分から進み出て、帰郷した親友を柔らかな笑みで迎える。

 そして二人は同時に右手を出して握手。そこから互い違いに拳の上と底とをぶつけ合ってから平手を合わせる。そこから流れるように肘を立てて再度握手。そうして結んだ手を沈め、弾ませながら放し、勢いのまま互いに半円を描くように下げて手を結び直す。

「やっぱり」

「これをやらないとね?」

 複雑な握手を澱み無い流れで交わして、美女二人は笑みを深める。

「お久しぶり、大室先輩」

 握手を交わし合う親友たち。そこへ裕香の連れ、日野孝志郎が遅れて挨拶を投げかける。

「ああ。孝志郎くんもしばらく。今日は孝志郎くんが運転して来たの?」

「いや。そうしようと思ったんだけど、結局途中で交代しながら。前半が裕香、後半が俺で」

 裕香と手を結んだまま話を振るいおりに、孝志郎は軽く腕を揉み解しながら答える。

「あれ? もしかしてこの娘たちって、いおりの受け持ちの生徒たち?」

 そこで裕香は、悠華たち制服の少女四人に目を止める。

「そうよ。前に話してた、裕香に会わせたかった娘たち」

 そう言っていおりは握手をほどいて身を引き、裕香と生徒たちの間を開ける。

「こんにちはッス」

 それに続いて、先頭にいた形になった悠華が会釈。すると残りの三人も、同じように年上の女性に頭を下げる。

「はい、こんにちは。そっか、あなたたちがそうなんだ。なんだか懐かしいなぁ」

 すると裕香もにこやかに返礼。微笑みのまま一人一人の顔を眺めていく。

「あ、アナタでしょ? 私と同じ名前の娘って、ねえ?」

 そして悠華と数センチ高い位置から目を合わせると、いおりと本人とを交互に見て確認をとる。

「ん、そのサイドポニーの娘で間違いないわ」

「ども、宇津峰悠華ッス」

「いおりたちから聞いてるかもだけど、私、吹上裕香。ホントに奇遇よね。よろしく、悠華ちゃん」

 いおりの首肯と悠華自身の紹介。それを受けて、裕香は笑顔を輝かせて右手を差し出す。

 それを悠華が戸惑いながらも受け取り、目の前の同じ名前の女性を見る。

 裕香は化粧気が薄く、決して派手な顔立ちではない。しかしその眼差しを中心に、心の底からね希望と活力とが眩いほどに溢れている。

 強くしなやかな芯を備えて、ひたすらに高みを目指してきた先輩。

 悠華はその眩しさを直視していられず、堪らずに目を伏せる。

「みんなも、ルーくんの子どもたちと一緒に戦ってるのよね。よろしく」

 と同時に、裕香は握手をほどいて瑞希たちへ。

「ゴメンね。今戦えるみんなに頼ってばかりで」

 そう言って、今の竜の契約者たちを労っていく。

 悠華は、そんな先輩の背中と、握手を交わした右手へ交互に目をやる。

 そして空の右手を何かを包み込むように握る。

「おぉーい、日野ぉ!」

 そうして顔合わせを進める一同へ向けて、投げ込まれる大きな呼び声。

「よぉ、三谷」

 駆け足で近づいてくる若い男。長い髪を明るい茶色に染めたその男を、孝志郎が片手を挙げて迎える。

「やっぱり日野か! ありがとな、姉貴の式にわざわざ……」

「いいって、知らない相手じゃなし。それに、裕香が親友の式には是が非でもって言うしな」

 そう言って孝志郎が裕香といおりへ顔を向けると、三谷と呼ばれた青年は、二人に頭を下げる。

「あ、こりゃどうも! 来てくれてあざーっす!」

「いえいえ、こちらこそ招いてもらって」

「他ならぬめぐみの祝いの日だもの。都合くらいつけるわよ」

 軽い口調ながら恐縮しきりといった調子の挨拶に対し、裕香といおりは朗らかに返す。

「いやあでも、忙しい中時間作ってくれたんすし、姉貴も涼二義兄さんも喜ぶっすよ。まだ会ってないんすよね?」

 姉の友人に陽気な笑みを浮かべる三谷。それに裕香は思い出したように掌を合わせる。

「そうそう、愛に式の前に会って一言挨拶しておかないと」

「そうね。じゃあみんな私たちはちょっと行ってくるから」

「あっはい」

「お、お構いなく?」

 新郎新婦への挨拶に向かういおりたち。それを半ば置き去りを食らった悠華たち四人は、そう言って見送るしかなかった。

今回もありがとうございました。

次回の更新は1月2日18時の予定です。

それでは、良いお年を

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