映画館で発見
「イヤァッハァアアアアアアッ!!」
上空にも海と大地の見える幻想界。
そんな空を持つ草原を揺るがす気合の声を張り上げ、両足から飛び込むグランダイナ。
分厚い装甲と巨体の重み。その威力のままの勢いを帯びた飛び込み蹴りが向かう先には、炎の網が捕らえた五本鎌のカマキリが。
その毒々しく濁った緑色をした巨大な虫を、全身を使ったドロップキックが直撃。
『ピギィヤァアアッ!?』
鎌を折って外殻を打ち砕く蹴りに、ヴォルス・マンティスは逆三角形をした頭の下頂点から苦悶の悲鳴を上げる。
そしてけたたましい悲鳴を残して、濁った緑の化物虫が炎の網をゴムのように伸ばして飛ぶ。
身を捕らえる網をひきちぎらんばかりに伸ばして飛翔する敵。それをバク宙からの膝立ちで見上げるグランダイナ。
その逆スペードのクリアバイザー奥。硬質な目が見据える先。そこでヴォルス・マンティスを一筋の水流が撃ち貫く。
水弾の貫通に続き、その痕を中心にして水が炎を掻き消して結晶を描くように広がり凍っていく。
ヴォルスを中心に、氷晶をマクロ化したような氷塊。
宙に美しく描かれた氷の檻。その外観に反して強固に敵を縛る氷に、傘を構えた青の少女が飛び込む。
「フッ!」
鋭い吐気に合わせて、刃を備えた傘を振るう青髪の梨穂。
そのまま名刀を用いて大根でも切るように、抵抗なく檻の中心を切り裂いて、梨穂は檻の傍らをすり抜ける。
そうして梨穂が流水のように抜けた直後、マンティスを捕らえている檻は自ら崩壊。
粉々に砕けて広がった氷は、その砕片それぞれが氷晶を作っていく。
「ふふ……ッ」
まるでそこだけを雪景色に変えたような空間。背後に出来あがったそこへ、梨穂は冷たい笑みを溢して振り返る。
アシンメトリーな青いコートを翻しての切り返し。それに続けて傘型の杖の先を向ける。
銃を突き付けるように構えたその狙いは、舞い浮かぶ氷の中に浮かぶ化けカマキリ。
そうして標的を定めた傘の先端から、水が放たれる。
銃口に見立てた先端から噴き出した文字通りの鉄砲水。
渦を巻いて突き進んだそれは氷晶の一つに当り分散。その勢いを緩めぬまま鋭さを増し、別の氷晶に当たって反射。四方八方からヴォルス・マンティスを貫く。
「……渦巻け、逆巻け……」
梨穂の笑みを作った唇が呪文を唱える間も、ヴォルスを貫いた水流はまた別の氷片を反射。また別の方向から的を撃つ。
「自在なる水に囚われ、大海の深きに沈め……」
謡うように続く詠唱の中、氷片で覆われた空間には反射を重ねた水が満ちて行く。
やがて氷の舞っていた空間は完全に水によって閉ざされ、その内に封じられたヴォルスが無事な手足を動かしもがく姿が微かに覗くばかり。
「我が誘いのままに溺れよ、呑まれよ、命の海の泡沫と消えよ」
そして呪文は完成。するとヴォルスを封じ込めていた水球は渦を巻いてねじれる。そしてそのまま球状だった形を平たく歪め、大きな水の魔法陣を空に残して消える。
それをきっかけに、周囲の不可思議な草原の景色は揺らぎ、舗装された道路と硬質な壁の並ぶ景色へと変わっていく。
間もなく人の住む町並みへと完全に切り替わる景色。
その中に立つ大きな駅。市の交通網の中心であるくろがね駅の前に三人の私服の少女が立っている。
褐色肌に右サイドテールの最長身の悠華は、オレンジラインの黒いジャージにスパッツとショートパンツ。
それに並ぶ小柄なメガネ少女の瑞希は、緩く波打った髪をそのままに流し、白いブラウスに桜色のロングスカートという明るいが大人しめの服を身につけている。
そして悠華より僅かに背の低い長髪の少女梨穂は、青いシャツにレモンイエローのベスト。そして青いタイトなミニスカートに発育の良い体を包んでいる。
「ふぃー……終わったオワタっとぉ」
そう言って肩を回す悠華。その目の向く先では、膝をついていた女性が、目眩を振り払うように頭を振りつつ立ち上がる。
首を傾げながらも、早足にこの場を離れる女性。
ヴォルス・マンティスの媒体であった女性を見送って、悠華は小さくあごを引いて頷く。
「それにしてもいいんちょ、ナァイスフィニッシュ!」
そして梨穂へ向かって振り向きざまにサムズアップ。すると梨穂は得意げに鼻で笑い、その艶やかなロングストレートの髪をかき上げる。
「ふふん。足さえ引っ張られなければこの位は当然よ」
言いながら梨穂は、耳を飾る青宝珠のノードゥスを誇らしげに輝かせる。
そんな水の契約者に対して、瑞希は赤い眼鏡の奥から警戒の目を送る。
「……一体どういう風の吹き回し? こんな急に協力的に……」
悠華の不調時など過日の衝突もあり、梨穂の手のひら返しとすら取れる対応に、瑞希の眼には不信感すら漂う。
そんな瑞希の対応に、梨穂は笑みを崩さぬまま再び神をかき上げ、黒髪の間に風を含ませる。
「別に。ただ思うところがあって、少し姿勢を改めただけよ」
特別なことは何も無いと、鼻っ柱の高い姿勢を崩さずに答える梨穂。
「争うにしても、競い合うとした方が健全だというだけよ。いずれ私たちがヴォルス退治のトップエースになるとしても、お互いには背中を警戒する必要が無い方がいい。違って?」
真っ先に襲撃をかけた身でありながら、梨穂はさも当然とばかりに言い放つ。
対する瑞希は、まるで不信感を収めることなく、梨穂を見据える。
「ま、理由なんてなんでもいいや、ヘルプサーンキュねいいんちょ。じゃあ、アタシらはここで。そっちも用事あるんっしょ?」
しかし悠華は、張り詰めた向かい合いをする二人をよそに、軽くこの場をまとめてスニーカーの向きを変える。
「ええ。あなた達と違って私は忙しい身だから」
すると梨穂は気を悪くした様子もなく二人に背を向けて、違う方向へと歩き出す。
「おぅ。ほんじゃまたねぇー」
「あ、悠ちゃん待って!」
離れていく背中に軽く手を振り、悠華も足を向けた方向に歩きだす。それを追いかける形で出遅れた瑞希が小走りに続く。
「いやぁせっかくの快気祝いで堂々と遊びに出られたってのに、ヴォルスが出た時はふざけんなって思ったけど、いいんちょのおかげで楽出来て助かったぜよぉ」
瑞希と共に歩きながら、悠華は軽い調子で梨穂への感謝を口にする。
「……でも、ホントにどう思う? 前は私たちを潰そうとして、ちょっと前に私に悠ちゃんとのチーム解消まで迫った永淵委員長があんな……」
そんな悠華に、瑞希は見上げる形で寄り添ってそっと囁く。
「んーまあ確かに、あの急激な心変わりは気になるよね」
背後を気にしてか潜めた声での話に、悠華は腕を組んで首を捻る。
「まあでも、やっぱりまとめて撃たれないように注意する程度でほっとけばいいんじゃない? みずきっちゃんやすずっぺと同じく戦力として頼もしいのは間違いないし」
だがしかし悠華の結論はやはり放置。警戒はしても戦力として好きに動いてもらうというものだった。
「うーん、いいのかなぁ?」
それには瑞希も不安げに首を捻る。
しかし悠華は胸の前で組んでいた腕を後ろ頭に回すと、曇り一つない顔で笑って見せる。
「だいじょぶだって。まだヴォルス全部を一人で相手にする気は無いだろーしさ。それよりせっかく遊びに来たんだし、今は頭切り換えていこーって」
「うん。それもそうだね」
すると瑞希もようやく、敵味方の区別の曖昧な相手への警戒から、親友との気楽な遊びに頭を向ける。
「そう言えば五十嵐さんは都合が合わなくて残念だったよね」
「まぁー……いきなりあんだけ元気になっちゃうと、親御さんも訳がわかんなくて逆に心配にもなるよね」
今回の遊びに、二人はもちろん鈴音も誘った。誘ったのだが、ウェントとの契約で身体強化による急激な元気を手に入れたことを怪しまれ、急遽病院での精密検査をねじ込まれて同行できなくなってしまったのだ。
「でも残念。五十嵐さんのおかげで悠ちゃんの援護に間に合ったのに……」
「映画割引券の期限が無ければねぇ……まあ、今度婆ちゃんにお礼用のお小遣いねだってみようか……特訓マシマシ稽古モリモリ覚悟で」
鈴音との埋め合わせの為、日焼け顔を青ざめさせて心を決める悠華。
「ま、まあまあ。それもおいといて、何見るか決めようよ、ね?」
「おーぅ……」
恐怖心からガクガクと身ぶるいさえ始めた悠華の背を押すようにして、瑞希は映画館の入った大型ショッピングモールへと向かう。
そうして建物の中に入った悠華たちはエスカレーターを使って上階の映画館へ。そして本日の上映予定の流れる液晶掲示板へ目を通す。
「えっと今日やってるのは、「ノブユキの胃痛」、「ネオハマナガ水没」、「アイムシンカー」に「人魚姫オクタヴィア」かぁ……」
「お、「劇場版封魔戦士オルターレ ドリームランドの決戦」? こんなのもやってんだ」
上映予定の映画タイトルを瑞希が読み上げる。その隣に立つ悠華は、ふと覚えのあるタイトルに目を止める。
「え? ヒーローもの? 悠ちゃんってそういうのに興味あったっけ?」
「あーいやいや、そーゆーワケじゃなくてね。コレ、先輩が出てるっぽいからさ」
首を傾げて疑問を浮かべる瑞希に対し、悠華は苦笑混じりに掌を左右にパタパタ。しかしその説明に、瑞希はますます首をひねる。
「先輩? 学校……のじゃないよね。道場の?」
「ああー……一応学校の先輩でもあるけど、正確には契約者の方。いおりちゃんの相方」
「へえ……ええッ!?」
補足の説明を受けて頷きかけた瑞希は、その半ばで目を丸くさせる。
「おろ? いおりちゃんから聞ーいてなかった? アタシとおんなじ名前の先輩ってー、今きぐるみとスタントメインのアクション女優やってるんだとさ。すっごいよね」
「ほ、ホントにッ!?」
悠華が軽い口調で語った先輩の進路。それに瑞希は眼鏡奥で大きくさせた目を瞬かせる。
「うん。いおりちゃんはそー言ってたよ。なんなら訊いてみたら……って、アレ?」
言葉を半ばに切って、ある一点に注目する悠華。
「どうしたの悠ちゃん?」
「いや、ほらアレ」
そう言って悠華が指と目で指す先。そこには今ちょうどゲートを抜けて出てくるいおりの姿があった。
「大室先生!?」
「噂をすればってぇヤツかねえ?」
すらりとした細身の肢体をパンツスタイルに包んだいおりは、こちらには気付かずにグッズのコーナーへ直行。レジの店員に欲しい品を告げる。
「ヤッホー、いおりちゃんセンセー」
その背中に歩み寄りながら呼びかける悠華。
するといおりはその肩をビクリと震わせ、振り返る。
「う、宇津峰さん? 明松さんも?」
「や、奇遇ッスねセンセ」
「先生も来てたんですね。何を見てたんですか?」
にこやかに話しかける生徒たちに対して、いおりは顔に汗を浮かべる。
「お待たせしました。劇場版封魔戦士オルターレのパンフレットです」
そこへ店員がいおりの購入した品をはっきりと告げる。
そうして差し出された商品を掴んで、いおりは無言のまま生徒たちの肩を掴みダッシュ。手近な壁際に寄せる。
「ふ、二人とも、い、今のはね……」
小さく上擦った声で弁解をしようとするいおり。それを悠華と瑞希は首を小さく横に振って遮る。
「分かってるッスよ、いおりちゃん。親友の活躍チェックと、売り上げ貢献ッスよね?」
「たった今、悠ちゃんから聞きましたけど、友だち思いなんですね、素敵です」
「え、ええそう。ちょっとした売り上げ貢献なのよ」
生徒二人の好意的な解釈に、いおりは冷や汗顔のまま頷き答える。
「ところで二人とも? 二人は何を見たのかしら? それともこれから?」
「これからッスよ。何見ようかって話してたトコで、ねえ?」
「はい。恥ずかしながらまだ決まってなくて」
「そうなの? じゃあ決まったら言って。私が奢るから」
「え、良いんスか?」
「でも悪いですよ」
「いいからいいから、さ、選びましょう選びましょう。そうね人魚姫オクタヴィアなんか良いんじゃないかしら?」
冷や汗混じりに捲し立てたいおりは、奢りに遠慮する悠華と瑞希を、チケットカウンターへ押し出すように向かわせる。
「いやあの……別にアタシたちいおりちゃんセンセがヒーロー映画見てたなんて言いふらしませんから」
「そうですよ、私たちだけに奢ったってバレたら騒がれるんじゃないですか?」
「別に口止めなんて考えてないし、子どもがそんなこと気にしなくていいから! とにかくいいから! いやあ映画が楽しみね! ああ、アイムシンカーやノブユキの胃痛も面白そうだし、ネオハマナガも中々スリリングな感じね!」
二人が重ねて遠慮するものの、しかしいおりはそれをぐいぐいと強引に、早口にまとめて押し込んでいく。
今回もありがとうございました。
次回は12月26日18時に更新の予定です。




