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魔法少女ダイナミックゆうかG  作者: 尉ヶ峰タスク
ガール・ミーツ・ファンタジア
4/100

この手に来たれ、汝の名は

『キシャアアアアアアッ!!』

 甲高い奇声を上げ、三角配置の足を走らせて迫るヴォルス・スパイダー。

「ぐッ」

 突進の勢いに乗せた親指と小指の位置にある貫手を腕で受け、悠華は仮面の奥で歯を食いしばる。

 そこへさらに重ねて降ってくる人差指と薬指。

「う、ぐぅッ」

 悠華は猛然と降り注ぐ四本の腕による連撃を、両の腕と装甲の厚みとを利用して捌き続ける。

 そして嵐の様な拳の間隙に、バックステップで退避。

「ぐあ!?」

 だがそこへ中指位置から伸びてきた腕の降り下ろしが鎖骨を直撃。そして動きの鈍ったところへ、一本前足の前蹴りが腹へ突き刺さる。

 蹴り足をもらった箇所を押さえて、たたらを踏む悠華。

『シャァアアアアッ!』

 勢い付いたヴォルスが左右に開いた顎からよだれを溢れさせて五本の腕を振り迫る。

「はああ!」

 しかし悠華は逆に前に踏み込み、突き出した右肘からぶち当たる。

『シャッギィヤァアッ!?』

 五本の腕とのぶつかり合いで幾分か勢いを殺されたものの、鋼鉄を纏った巨躯の重みを乗せた体当たりは、敵の体を大きく後ろへ押し返す。

 装甲とパワー任せの押し返しから、悠華はすかさず追いかけるように踏み込む。

 だがその拳が届くよりも早く、ヴォルス・スパイダーは地を抉り姿を隠す。

「ああもう、素早いッ!」

 空を切った拳を戻し、悠華は身構えて警戒の視線を周囲に走らせる。

『悠華、大丈夫!?』

 その足元へ足早に滑り込むテラ。

「あれくらいはね。それより倒したと思ったトコで復活なんて、あいつらインチキが過ぎるんじゃない?」

 駆け寄る相棒へ頷いて、悠華はテラと背中あわせの形を作って構える。

『奴を浄化するには拳の一撃だけじゃ足りなかったんだ。でも、杖を使っての浄化なら……』

「杖……?」

 相棒の推測に、悠華は疑問符を含んだ声を返す。

 だがその瞬間、悠華の足は地中から近づく振動を捉える。

「来た!」

『キシャアアアアアッ!』

 悠華が言うが早いか、その足が踏む地面が崩れて五本の手が掴みかかる。

 だが先んじて接近を察していた悠華とテラは、その場を飛び退き、かろうじてヴォルスの強襲を回避。

『シャアア!』

 しかし襲撃の勢いのまま飛び出したヴォルス・スパイダーはバク宙の要領で反転。大きく膨らんだ腹の先端から糸を撃ち出す。

『うわ!?』

 放たれた白い塊はテラを直撃。上から平手が押さえつけるような形に広がり、小さな体を地面に押し付ける。

「テラ! うわッ!?」

 捕らわれた相棒へ気を向けたところで、ダイナの鎧を纏う悠華の左腕にも蜘蛛糸がかかる。

 前腕を中心に広がったねばつく糸。その一本一本が胸や肩の黒い装甲にへばりつき、左腕の自由が大きく奪われる。

「べたべたしてキモ……!」

 毒づき、振りほどこう悠華はともがく。

『キシィィィイッ』

 だがそこへ右からの鋭い一撃が迫り、とっさに差し込んだ右腕にぶつかる。

「グッ」

 腕を打つ手を辿り目をやれば、褐色のヴォルス・スパイダーがすでに右手に接近済み。爛々と六つの複眼を光らせて右下腕と中腕を控えさせている。

『シャ! シャッキシャァアアアアアッ!』

 悠華は息を飲んで、時間差で放たれた二本の腕を弾く。

 肘、手の甲に響く手応え。その間に繰り出された前足に右膝をぶつけ相殺する。

「ぐ!?」

 そこへ横っ面めがけての左フック。

『キィイシャァアアアアア!!』

 直撃に悠華が揺れたところへ、ヴォルス・スパイダーはすかさずのし掛かる。

 一斉に迫る五本の腕は、まるで巨大な何者かの手が欲望のままに掴みもごうとしているかのよう。

「おりゃあぁああ!」

 だが悠華は握りつぶそうとするそれに包まれながらも、右腕一本で強引に掴み上げて後ろへ放り投げる。

『シィィィイッ』

 だがヴォルスは薄開きの口から擦過音を吐き出し、五本の腕を巧みに用いて受け身。三脚で地を踏み、向き直った悠華と正面から対峙する。

 正面で体勢を立て直した敵に悠華は仮面奥で舌打ちを一つ。

 だが追い打ちのための踏み込みに躊躇いは無く、重低音を後に残して間合いを詰める。

「ヤァッハァアッ!!」

 防御に交差された腕に、悠華は構わず拳を叩き込む。

『シャッギャアッ?』

 力任せに防御を押し貫いた衝撃がヴォルスの三本脚を揃って宙に浮かせ、大きく押し退ける。

「フゥウッ」

 鋭気一拍。この機を逃さず黒鎧の悠華は畳み掛けに入る。

 浮き上がった敵の体目掛け、山なり軌道に右の拳を振るう。

『ギギャァ!?』

 深々とめり込む拳。その一撃が褐色の巨体を叩き落とす。

「らあッ!」

 そして爆音に続いて大蜘蛛が弾んだところへ、立て続けに振り上げる左の蹴り。

 ヴォルスの体から鈍い音が響き、蹴りの勢いのままに横っ飛びに空を横切る。

『ギギィッ!!』

 しかしスパイダーは軋むような声を上げ、受け身と同時に再び粘糸を発射。

 悠華はとっさに身を捩り、飛来する厄介な糸を回避。

 しかしそのために次の攻撃への踏み込みが遅れ、突撃に乗せて繰り出した右拳はヴォルスの左脇を掠める。

 左手側へ逃げた敵を追い、悠華はとっさに左腕を振るおうとする。

「クッ!?」

 だが先に絡みついた蜘蛛糸に左裏拳を抑え込まれて、悠華はヒロイックな仮面の下で歯を食いしばり眉をひそめる。

『キィシャァアァァァァッ!!』

 その致命的な隙を突き、奇声と共に迫る拳。

 突き刺すように鋭い一撃を装甲の厚みに任せて受け、腰を強引にひねって右拳を突き出す。

「やあぁ!」

 だが三本脚の素早い後退に黒い拳は空を切り、伸びきったところを五本のうち三本の腕に絡め取られる。

「くッ! こンのぉッ!」

 関節の軋みに歯噛みしながらも、突き出された蹴りを右足で踏みつけ抑える。

『ギシャッ!? シャアアッ!?』

 ひしゃげる足に奇声を上げ、悶えるヴォルス・スパイダー。

「おぉりゃぁあああああッ!!」

 そして緩んだ三本腕から腕を脱出。逆に蜘蛛の腕を三本ほどまとめて抱えてその場になぎ倒す。

「このまま動けなくなるまで押し潰して……ッ!」

 なぎ倒した流れのまま組み敷こうと圧し掛かるヒロイックな鎧の悠華。

 だがそれが仇となった。

「まっず……!?」

 ゼロ距離から放たれた糸が反応する間もなく左足を直撃。

 粘つく蜘蛛糸に地面に縫いとめられ、動きを封じられてしまう。

『キィシャアアアアアッ!』

「うぶッ!?」

 そして強引に振り抜かれた二本の腕がオレンジのシールドバイザーに叩き付けられる。

「う、ぐッ、ぐぅ!」

 絶え間なく襲いかかるそれに、悠華は首を捻り、あるいは自ら叩きつけて抗う。だが顔面への打撃に対して首を振ったところで、大きく開いた観音開きの口が首筋を襲う。

「うっぐ!?」

 その歯はかろうじて首回りの装甲が阻んだものの、スパイダーはギチギチと音を立てて食い付き続ける。

 打撃も顔面から背へと狙いを変え、装甲を割り破ろうという打撃が雨あられと降り注いでいる。

「ぐ、く……どうにか振りほどいてやりたいけど……!」

 その姿は、蜘蛛に組み付かれたカブトムシとでも言うべきか。重厚な装甲に助けられてはいるが、見るからにジリ貧な状況に悠華は焦りの声を溢す。

『ゆ、悠華! 早く杖を、キミの杖を呼ぶんだッ!』

 糸に捕らわれたまま、叫ぶテラ。

 悠華はヴォルス・スパイダーの攻撃を抑えながら、相棒へ目を向ける。

「杖って、どうやって!? 呼ぶってどうやってッ!?」

 ジリ貧の現状を打開できると示された一手。悠華は見当もつかない起動法をテラへ求める。

 その間にも凶暴な牙は固い音を立てて首の装甲を削っている。

『方法なんて何でもいいんだ! 呼び方は悠華自身が作るんだから! 頭に浮かんだイメージそのままでいいッ!』

「そんなこと言われたって……」

 テラの叫ぶ曖昧な助言。それに悠華は戸惑いと焦りの色を強める。

「ああもう! 何でもいいからとにかく来いッ!」

 そして背を焼くような焦燥に突き動かされ、やけっぱちに声を上げる。

 同時に振り回した右足が地を叩く。すると蹴られた地面が輝き爆ぜる。

「うっわ!?」

 突然の爆発。

 それに伴い拡がる光は悠華に張り付いた敵を蜘蛛糸もろとも引き剥がし、黒い装甲の表面を撫で(よぎ)る。

「これは……!?」

 悠華は自由になった身を起こし、右足の傍らに浮かぶそれを見つける。

 艶のある山吹色の丸棒。

 歪み無く真っ直ぐな長柄の両端には黒い金属の石突が付いている。

 柄の半ばに黒無地のプレートが張り付いた戦棍に誘われるように、悠華の装甲に覆われた手が伸びる。

「これが、アタシの杖……」

 己の呼びだした棍棒を握りしめ、バイザーと仮面越しに見つめる悠華。

 そこへ同じようにスパイダーの糸から解放されたテラが歩み寄り、口を開く。

『そう。それが悠華の杖だ。名前は……』

 だがテラが皆まで言うより早く、悠華は山吹色の棍を横一閃。近づいてきていたヴォルスを叩き払う。

『ギシャァアッ!?』

 奇声を残し、もんどりうって地を転がるヴォルス。

 悠華はそれを見送りながら、敵を打ち返した棍で二、三空を切って、敵へ突き出した側を低く落とした構えを取る。

「名前ならもう浮かんでるよ」

 言いながら構える悠華に対し、尻を向けて制止したヴォルスから糸が放たれる。

 だが悠華は鋭く棍の石突を地面に突き刺すと、まるで落葉でも掬い上げるかのように振り上げる。

 するとまるでショベルカーが掘り返したかと思えるほどの土塊が地面から剥がれる。

「名付けて、翻土棒(ほんどぼう)!」

 動きの軽さに反して飛び上がった大質量の土は、雪崩の如く放たれた糸もろともにヴォルス・スパイダーを押し潰す。

 それを見据え、油断なく構える悠華の手の中。棍に張り付いたプレートに「翻土棒」の銘が独りでに刻まれる。

 しかし敵が埋もれたと見えたのもつかの間。

『来るッ!』

 テラの警告が告げられるや否や、ヴォルスを埋め潰す土が盛り上がり、押し返すように五腕三脚の蜘蛛が姿を現す。

『キシィ!』

 ヴォルス・スパイダーは右へ横っ飛びに跳ねる。そこから着地と同時に三脚を巧みに操ってのステップ。大小様々なフェイントを織り混ぜて悠華へ迫る。

『シャ! シャアアッ!』

 鋭い声で空を引き裂き、五つの腕を突き出すヴォルス。

「……ッァラアァッ!」

 だが悠華もまた押し返すような厚みある気で応え、右左上と棍の先を切り返して、迫る五つの腕をほぼ同時に叩き払う。

 続けて伸びてきた前足の蹴りも振り下ろしで叩き落とし、間髪置かぬ突きで上下半身の継ぎ目を打つ。

「ヤァアッ!」

 甲殻の隙間にめり込んだ石突からヴォルスの体が離れるよりも早く、悠華は鋭い踏み込みと共に敵を地面へ叩きつける。

 激突。そして地面に蜘蛛の巣状に亀裂が拡がる。

「ハァア! ハ! ハ! ハアアアアアアッ!」

 亀裂の中心に沈んだヴォルスめがけ、悠華の操る翻土棒が荒れ狂う。

 打って、打って、打って、撃つ。

 肩を、頭を、首を、胴を。

 柄が。両の石突が。

 縦横無尽に繰り出される打撃の土石流が蜘蛛を呑み込む。

「ヤアァッハアァアッ!」

 そして嵐にも似た乱打の締めとばかりに突きを繰り出し、その反動に乗せて棒を引くと、すぐさま両手の間の柄をぶつけてさらにダメ押しに踏み込む。

『シャギャ!? ギィァアアアアアアッ!?』

 形振り構わぬ打撃の豪雨を締める、全体重を込めた重い一打。その威力にスパイダーは口から濁った苦悶の声の尾を引いて吹き飛ぶ。

 離れて行くそれを見据えて、悠華はその場で翻土棒を一回転。

「いっけえぇえッ! 翻土棒ッ!!」

 そして叫びと共に、地面へ縦一文字に立てた棍を突き立てる。

 地面に突き刺さった翻土棒は主の命令に従い、土に沈んでいく。

 翻土棒の潜った地面が淡く輝くと、そこから三叉に分かれて一斉に駆けだす。

 迸る光は転がるヴォルスへ追いすがり、やがて三方向から同時にその身を捉える。

 三角形を描く光の柱に囚われ身じろぎ一つ出来ぬヴォルス・スパイダー。

 完全に動きを封じられた標的を正面に、悠華もまた地を踏み鳴らして突っ込む。

「エェヤァアアアアアアッ!」

 気合を轟かせ、光のレールの上を駆ける巨躯。黒い砲弾になった悠華は、右の拳を固めて弓引くように構える。

「ヤッハアァアアアアアアッ!!」

『ギギャギィ!?』

 重機の如き突進を上乗せした拳がヴォルス・スパイダーに突き刺さる。

 外殻を易々とぶち抜き、爆ぜるような気迫を拳と共に体内に叩き込む。

 同時にヴォルスを縛る光が形を変え、悠華の腕を中心に三つの光輪を形作る。

 文字のような形の光を連ねた円形の魔法陣。上に二つ、下一つの三角形を描くそれは、ヴォルス・スパイダーを捕らえたまま、脈打つように明滅。

『今だ悠華! 浄化の言霊を! 心に浮かんだものをそのままぶつけてッ!!』

「……命支える大地……」

 テラの言葉に従い、悠華は頭の内に浮かんだ言葉を口にする。

「豊かなるその袂に抱かれるまま身をゆだね……」

 その詠唱に伴い、三つの魔法陣の明滅が加速。光が強く、激しく弾け、溢れる。

「命の輪に、還れッ!」

 力強い締めの言葉。

 そして突き入れた拳を引き抜くのに続き、封を解かれたように光が溢れだす。

 悠華は爆発的に広がる光に背を向けて、右手を肩の高さでのばす。

 緩く開いたその手に真上から吸い込まれるように翻土棒が滑り込む。

 手に収まった己の戦棍を握り、右、左と回転させながら巡らせ、頭上で一回転。そして体の真正面、正中線へ重ねるように振り下ろし、石突で地を叩く。

 地を叩く微かな音が響いた刹那、悠華の背を照らしていたが収縮。そして爆音を轟かせて氾濫する。

 堰を切ったように溢れだした光は辺りの景色を溶かす。

 山吹色に染まった空間の中、悠華は肩の力を抜いて深く息を吐く。

 すると全身の黒い装甲が細かな塵となって剥がれて行く。そのまま二メートルを超えるヒロイックな巨躯が風化するように崩れ、一六〇センチ程度の少女の姿を露わにする。

 セーラー服を着た本来の少女の姿に戻った悠華は、再び軽く息を吐く。そしてゆっくりとまぶたを持ち上げる。

「うえ!?」

 しかし悠華は目の前に現れた光景に、目を剥いて間の抜けた声を上げる。

 茜色に染まった家々。

 それらの並ぶ見慣れた街並みを見回し、悠華は瞬きを繰り返す。

「……戻って、きた? それとも……あれは、夢?」

 呆けた声を漏らす悠華。だがその足元で小さな足音が響く。

『いや、あっちだって現実さ。幻想界なんて名乗ってるけどね』

「テラ!?」

 足元に現れた宝石のたてがみを持つライオン、契約を結んだ相棒であるテラを見下ろして、悠華は眼を瞬かせる。

『あのヴォルスが作ってた世界の歪みが解消、修復されて、悠華は元の所に帰ってこられたってわけさ。オイラは悠華との契約に引っ張られてこっちに来たんだ』

 戸惑う悠華に、テラは現状を説明する。

「あぁあぁ……今日はもういぃろいろありすぎてなぁにがなんだか……」

 状況を解くテラに対し、ため息交じりに天を仰ぐ悠華。

「……見つけたぞ、悠華……!」

 不意に頭上から降る低い声。

 それに悠華はぞわりとその身を震わせる。

 関節にゴミを詰めた人形のように、悠華はぎこちない動きで声をたどる。

 その視線の先には、腕を組んで孫娘を見下ろす日南子の姿があった。

「げぇええッ!? 婆ちゃんッ!?」

「さあお前のサボり癖と小賢しい性根をとことん叩き直してやるわッ!!」

「ぎえぇえええええ! 婆ちゃん勘弁してぇえッ!?」

 夕陽の降り注ぐ街並みに悠華の助けを求める悲鳴が響き渡った。

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