影清めの焔
「クッ!」
結界の穴をカバーするテラたちの熱砂。それを易々と超えた敵へ備えるべく、急ぎ振り返るホノハナヒメ。
だがすでにヴォルスダイナは、立っているのがやっとといった風な悠華へ手を伸ばしていた。
『うぉうわぁッ?!』
しかし悠然ともう一歩を踏み込んだ瞬間、黒い装甲に包まれた足元が爆発。
ホノハナヒメはそれよりも一瞬早く、悠華と共に跳んで退避。
『ぎゃ!? うあばッ!?』
「上手くかかった!」
さらに立て続けに爆ぜる炎。瞬時にヴォルスダイナを呑みこむそれから逃れ距離を取りながら、ホノハナヒメは小さく顎を引いて頷く。
防護結界の穴と見えていた場所は、すでに晃火之巻子から切り取った地雷によって補強が施されていたのである。
守りの集中と、カウンターの確実さを期すための誘い。この二つを兼ね備えた策は見事に的中。
そうして稼げた距離と時を利用し、ホノハナヒメは脱いだ千早に悠華を乗せ、金幣から炎の札を千切りだしてばら撒く。
「やっるぅ、みずきっちゃん」
テラがフラムに運ばれてくる中、悠華は手早く体勢を整える親友を称える。
弱った心を押して、いつも通りにしようと努める悠華。それに応えようとするホノハナヒメに割り込む形で、炎の塊から黒い物が飛び出す。
迫る黒は投げ放ったばかりの炎の札と激突。爆発を起こす。
「うッ!?」
「クッ!?」
目の前に広がる炎と煙。それに悠華とホノハナヒメは揃ってうめく。
しかし炎の巫女はすぐさま手に持つ金幣を振るい、自分たち全員を火炎の防護幕で取り囲む。
そこへ割り込もうとばかりに飛んできた何かが、ホノハナヒメの目の前で炎を叩く。
反射の火炎が衝突を押し返したものの、噴き出した分、炎の幕は薄くなる。
その機を狙って迫る黒い影。
腕の無いその人影は、跳躍の半ばで戻ってきた腕を受け止め、それを構える。
「うッくッ!?」
対してとっさに出した晃火之巻子と、襲いかかってきた拳とが激突。
果たしてその拳の持ち主は、装甲に煙を燻らせたヴォルスダイナであった。
衝突に激しく鳴り響く鈴生りの金環。その音色の中、ヴォルスダイナの拳を打ちこんできたのとは逆の腕も、蔓で繋がった肘の先を巻き取り繋ぐ。
つまり先に襲ってきた黒い塊は、ヴォルスダイナが放った有線ロケットパンチだったのである。
『ソォラァアッ!』
金環の透き通った音を掻き消して、入れ替えるように取り戻した腕を振り下ろすヴォルスダイナ。
「あッくゥッ!?」
それをホノハナヒメは辛うじて晃火之巻子で受け流し、その勢いに任せての回し蹴りを返す。
しかし火炎散らすその蹴りは、グランダイナを歪に写し取った敵に腕を盾にやすやすと受け止められる。
『イヤッハア』
そして受け止めた蹴り足を捕まえようと手を伸ばす。
「遅い!」
だがホノハナヒメは帯と袖から炎を噴射。飛翔時の推進力を用い、蹴り足を軸に回転。その勢いで晃火之巻子から伸びる炎の帯が、捕まえようとしたヴォルスダイナを逆に縛る。
「ハ、アァアアアアアアッ!!」
『うぬわぁあッ!?』
そして捕縛した勢いを強めてさらに一回転。ヴォルスダイナの巨体を焦がして投げ飛ばす。
だがいくら怠け者のヴォルスダイナとて、大人しく投げられてはくれない。
独楽のように回りながらも、有線で飛ばした両手を錨にして制動。その助けを受け、ロープを利用したレスラーのように自身の機動ベクトルを反転させる。
「焔壁!」
だがホノハナヒメもまた投げ飛ばした勢いのまま、独楽紐のように使った炎帯を根元から千切り離すと、それを札の束に変えてバラ撒きバックステップ。悠華らを乗せた千早と共に宙に逃れる。
直後、ヴォルスダイナの接近に火炎札が反応。分厚い炎の壁となって迎え撃つ。
『ウギャアヅゥッ!?』
悲鳴を上げながらも高熱の壁を突き破る黒い巨体。
そのまま受け身を取るように転がり、着きかけた火を消す。
『やあってくれるじゃなぁい、の!?』
すると空中に浮かぶ大地組と火組を睨み、両腕を畳へ叩きつける。
木の割れる激しい音に続いて、空中のホノハナヒメ達を目掛けて果ての無い天井からの黒い鉄拳が襲いかかる。
「くうッ!?」
思いがけぬ方向からの奇襲。それに顔を上げたホノハナヒメは、とっさに親友を乗せた千早に札を投げつけ防護結界を展開。仲間を守ることを優先する。
その結果、いくつかの火炎札の共鳴によって生じた壁は悠華とテラ、そしてフラムを振ってきた拳から完全に守る。
「きゃうッ!?」
「みずきっちゃん!?」
『瑞希ッ!?』
しかし炎の巫女の火の粉を散らして回避は間に合わず、黒い鉄拳がその身を掠めてバランスを崩す。
『めぇーんどくさいけど、やーっぱアンタを潰してからが正解かぁねー』
落下する巫女を狙って、腕を巻き戻しながら踊りかかるヴォルスダイナ。
「決断も遅いッ!」
対するホノハナヒメは、眼鏡の位置を直しながら晃火之巻子を振るい、伸ばした炎の帯を鞭のようにしならせ迎え撃つ。
「アッヅゥ!?」
打撃と共に装甲を焼く熱に、ヴォルスダイナがうめき怯む。
しかし腕が繋がるや否や、ヴォルスダイナはロケットパンチの左を正面、そして右のを明後日の方向へ別々に撃ち出す。
「このッ!!」
それにホノハナヒメはヴォルスダイナを叩いた炎の鞭を切り離すと、魔法のスラスターを巧みに操り、正面から迫るモノをロール回避。
そして背後へ伸びていく蔦ワイヤーに火を移しながら後退。身を翻して新たな炎を杖から伸ばす。
再び鞭と伸ばしたそれで、斜に迫るパンチの片割れを叩き落とす。
「祓えの火ッ!」
しかし焼かれた拳に構わず突っ込んでくる敵。
それにホノハナヒメは畳を後ろ跳びに蹴りながら詠唱。左手のみならず長く伸びた炎の帯からも放たれた炎が重い足音を響かせて進撃するヴォルスダイナへ襲いかかる。
『ぐぅあぁーもう! めんどくさいなぁあッ!!』
戻した片腕で炎の弾幕を弾きながら、ヴォルスダイナは苛立ちのままに仮面の口を開き、吠える。
そして偽の黒い闘士は前進しながら、床から伸びた吊る草を左腕に繋いで焦げ目一つない新たな肘先を形成する。
再生させた腕で炎を殴り飛ばし、突進するヴォルスダイナ。
「ハァッ!」
対してホノハナヒメは振り上げた炎を札に変えて分離。
幣に戻った晃火之巻子を金環を鳴らしつつ突き出し、新たな炎を伸ばす。
薄く砥がれた真っ直ぐな板型に伸びる炎の帯。
『ウッグ!?』
刃にも似たその先は、ヴォルスダイナが盾とした右の装甲を破り食い込む。
しかしヴォルスダイナは突き刺さった刃を振り払い、さらに踏み込んでくる。
敵の前進を阻む為、左手からの炎と杖から伸ばした炎の鞭とで牽制。それに合わせて炎の巫女は後ろ跳びに間合いを開ける。
「……みずきっちゃん……ッ!」
そうして敵を引きつけて一人で戦う親友の姿を眺めて、悠華はその友が作った安全な足場を握りしめる。
その呟きを聞きとめてか、ホノハナヒメは宙に浮かぶ悠華たちを見上げ、微笑みうなづく。
「う……ッ、くッ!?」
しかしその間に、炎を弾いたヴォルスダイナが懐に潜りこみ、その対処の為に炎の巫女は、大きく炎を振るって後退することになる。
「くっそ……みずきっちゃん……!」
自分の為に友が苦境を味わう。そのもどかしさに、悠華は身を預けた千早を握る手に力を込めて、唇を噛む。
『……悠華?』
悠華の力を込めての呟きに、テラは浮かぶ布の上で身を起こす。
「……ッ、はぁ……」
一方、畳際のホノハナヒメは苦しげに息を吐き、重い音を立てて降り上がる蹴りから身をかわす。
『おぉいおいどーしたん? もぉーう息が上がっちゃったわけぇ?』
嘲り煽るような声を投げかけ、拳を降らせるヴォルスダイナ。
「好き放題にッ!」
苛立ちも露わに吐き捨て、落ちてくる拳から転がるように逃れる。
しかしヴォルスダイナはクロールのように逆の手を続けると、後続の左腕を切り離して追いかけさせる。
「うあぁあッ!?」
伸びた拳は、転がり構え直そうとするホノハナヒメの足を直撃。ハンマーのようにその華奢な足を叩く。
「あ、あぁッ?! く、うぅッ!?」
「みずきっちゃんッ!?」
『瑞希ィ!?』
苦痛に悶えるホノハナヒメの姿に、堪らず防護幕から飛び出す悠華と竜の兄妹。
悠華は落下の衝撃を、無意識な前回りの受け身で全身に分散。その勢いのまま立ち上がって、友と敵の元へ向けて走る。
「イィヤッハァアアアアッ!!」
敵の背中を間合いに収め、気合の声に乗せて光灯す拳を放つ悠華。
しかしヴォルスダイナは振り返り、心と命の力みなぎるその拳を掌で受け止める。
『おーっどろぉいたぁー……まぁーだこんな力が残ってたーとーはねぇー』
オレンジに光輝く拳を握り止めながら、その眩しさにヴォルスダイナは目を細める。
しかし心底驚いたと感嘆の声を溢したその口は、すぐににやりとした笑みに歪む。
『でーもまぁ、結局は残ってた力ごとアタシのトコに届けてくーれただけだーけどねぇー。最後まで無駄努力オツー』
そうして悠華渾身の力を嘲笑い、拳を止めたのとは逆の手を構えるヴォルスダイナ。
だが次の瞬間、その腕は不意に伸びてきた炎の鎖に縛られる。
『はぁッ!?』
不意に自身を縛った鎖に、ヴォルスダイナはその歪な頭を巡らせる。
「やっぱり、所詮はただの偽者ね……」
そこへホノハナヒメが立ち上がりながら、静かな声を投げ掛ける。
「本当の悠ちゃんは、目の前で苦しむ誰かのためになら、本気で力を尽くせる女の子……仮にも一部だって言うのなら、その本質を知っているはず……!」
ホノハナヒメが言葉を紡ぐ度に、あちらこちらから炎が鎖となって伸びて、黒い巨体に絡み付く。
その出どころは無数の炎の札。そう。戦闘中にホノハナヒメが投げ放っていた数々の札だ。
「お前は悠ちゃんの表面、しかも一部分だけを歪めてコピーしただけの出来損ないよッ! そんな程度で影を名乗るだなんて、笑わせないでッ!!」
晃火之巻子の金環を鳴らしながら突きだしての一喝。
『言わせておけば……!』
ホノハナヒメの厳しい言に、苛立ちのまま唸るヴォルスダイナ。そうして獣のように身を縛る炎の鎖を引き千切ろうと身を捩る。
だがこの精神世界の大部分を支配下に置いたはずのヴォルスダイナが力を込めても、絡みついた鎖はびくともしない。
『なん、だと!?』
少なからぬ驚きを露に狼狽えるヴォルスダイナ。
これまで、すぐに余裕とも取れる態度を取り戻していただけに、一度大きく崩れると、ひどく小さくなった印象を受ける。
否、それはただの印象の変化だけではない。グランダイナを歪にコピーしたその巨体は、実際に萎むように縮んでいた。
『ば、バカな!? そんなまさか……ッ!?』
鎖に絞られるように縮んでいくにつれて、狼狽の色を深めるヴォルスダイナ。対してそのすぐ目の前。接触している悠華は拳のみならず、その全身から輝きを放つようになっていた。
「みずきっちゃんにそこまで言われちゃあ……アタシも盗られっぱなしじゃいらんないよねぇ!?」
奮い起ち、輝きを増していく悠華。対してヴォルスダイナの体は、強まる光に反比例するようにさらに萎んでいく。
やがて悠華を包んでいた光は右拳に収束。そして凝縮から一息に爆発する。
光が収まった時そこに立っていたのは、オレンジのエネルギーラインを輝かせた黒い闘士グランダイナ。そしてその拳に掌を押し当て、炎に縛られたデッサン人形めいた素体ヴォルスであった。
「さぁて、人の顔と声パクってさんざん好き放題やってくれたじゃないか!」
グランダイナがその巨体でヴォルスを見下ろし、自身の拳と掌とを打ち鳴らす。完全に逆転した形勢に、言葉も失ったヴォルスはただひたすらこの状況から逃れようと炎の鎖の中でもがく。
「一発食らえぇえッ!」
そんなヴォルスの腹を目掛けて、グランダイナの拳が弧を描く。
畳を削るような位置から掬い上げた鉄拳が直撃。
濃紫のボディに深々と沈み込む重低音。
続いて炎の鎖もろともに、ヴォルスの身は花火よろしく撃ち上げられる。
「みずきっちゃん! 後は譲ったよ!」
「任せて!」
グランダイナが高々と飛ばしたバトン。縛られて身動きのとれぬそれを見上げてホノハナヒメは立ち上がり、晃火之巻子から炎の帯を広げる。
それに呼応してヴォルスを縛る炎の鎖と、その根元である札が空中に整然と円を描く。
そうしてヴォルスを軸に、車輪を形作るように出来あがった炎の陣。
静かに燃えるそれを見上げていたホノハナヒメは、手元に開いた炎の巻物へ眼鏡越しに目を落とし、その唇を開く。
「……眞心の火の畏以て祓い清めるなり……」
ホノハナヒメの紡ぐ祝詞が進むに従って、巻物を形作る炎が光り輝く。、
読まれた文字を示すような光が進む中、やがて炎の帯は巻物の軸である金幣から分離。ホノハナヒメの目の前を独りでにスクロールしていく。
「……禊祓の晃火を以て……」
自動スクロールする巻物を読み進めながら、ホノハナヒメは晃火之巻子を両手持ちに揺らし、鈴生りなハートの金環を鳴らす。
「罪穢れをば払い清めんッ!」
そして祝詞を結ぶと同時に、金環を垂らした幣の先端で眼前の巻物を打ち据える。
喝を入れるようなそれを受けて、炎の帯は真っ直ぐに空を駆け上がる。
その先端は中に浮かぶ火炎車輪の軸を貫通。直後、炎の車輪はブレーキを解かれたように回転。それに伴って車輪はその直径を縮めていく。
そして火炎輪は完全に集束。直後、膨大な熱と光がその収束点から溢れる。
爆炎の放つ目を焼くような光。
それに埋め尽くされて、畳張りの空間はその形を溶かしていく。
「む、うう……?」
やがて悠華は微かにうなされたように呻いて、目を開ける。
「戻って、きたん?」
そして夢現といった調子で呟きながら、布団を押し退けて身を起こす。
「……無事でよかった」
そこへ投げかけられる静かな、しかし確かな安堵の声。それに悠華が振り向けば、豊かな胸に手を置く瑞希と目が合う。
すると二人はどちらからともなく唇を緩め、その場で右の平手同士を軽く打ち合わせる。
そんな親友同士の柔らかなハイタッチの直後、不意に咳ばらいが一つ。
悠華たちがそれを辿って首を巡らせれば、そこには黙って正座で佇む日南子の姿があった。
「……ば、婆ちゃん」
「日南子さん」
じっとこちらを見据える日南子の静かな迫力に息を呑む悠華と瑞希。
すると日南子は深いため息を吐く。
「無事で何よりだよ……悠華」
「婆、ちゃん?」
柔らかな声でかけられた一言。それに悠華は大きく目を瞬かせる。
だが次の瞬間。穏やかな日南子の顔が厳めしく引き締まる。
「だが! やすやすと心に入り込まれるとは何事だ! これからみっちり鍛え直してくれるッ!」
「ひぃいッ!? やめて! 特訓する気っしょ!? ふっるい格闘マンガみたいにィイッ!?」
「待たんかッ! そもそも日頃から気を引き締めておけばこんなことにはならんかったのだッ!」
布団から転がり出て逃げだそうとする悠華。それをさせじと日南子がその身を弾きだして追いかける。
そんな騒々しい祖母と孫の一幕に、瑞希とその傍らの竜の兄妹は溢れだす笑みを抑えきれなかった。
今回も読んで下さってありがとうございます。
次回第四十話は12月19日18時に更新です。




