蝕む影
「クッ!」
『ウッグッ!?』
苦悶の声を上げて、畳を跳ね転がる悠華とテラの大地コンビ。
転がる二人は畳の目に爪を立ててブレーキ。ほどよく殺した勢いに乗せて起き上がる。
「ハァ……ハァ……」
『ぐ、うぅッ』
肩を喘がせながら拳を構える悠華と、その前で四肢を踏ん張る傷だらけのテラ。
『粘るねぇ……かーったるいからそーろそろ終わりにしたいんだけどー?』
それを正面に悠華の姿を真似たヴォルスが、うんざりだと肩を落とす。
するとヴォルス悠華周囲の畳を跳ね上げて、闇色をした蔓草が飛び出す。
上下左右正面から、突き刺そうと言わんばかりに伸び迫る蔓。
それをテラは潜り、飛び越えて、悠華は身を丸めるようにして飛び込み直撃を避ける。
『まだまだこれくらいで!』
「こっちは、終わらす気は! 無い……ってのぉ!」
腕を盾にして流しながらのステップ。そうして蔓の掠めた所から流れる血に構わず、悠華は前に進む。
『おぉおッ!』
そして先を行くテラを目掛けて、蔓の群れが隙間無く殺到。それに対してテラは、自身そのものを中心にした岩弾を放つ。
『おっと?』
蔓草を押し返した渾身の散弾。それはヴォルス悠華までの道をこじ開けたものの、褐色の手に易々と弾かれて終わる。
「ヤァッハァアアアアッ!!」
しかし悠華は気を放って踏み込み、テラの開いた道を抜けて鏡写しの敵へ拳を撃ち出す。
『やぁれやれ』
だが心と命に輝いた拳もそっくりな手に受け流され、反撃の右フックが飛んでくる。
「フゥッ!」
しかし悠華は鋭く息を吸ってしゃがみ、拳を潜ると同時にローキックを放つ。
『おろ!?』
気の抜けた声を出してバランスを崩すヴォルス悠華。
『これでもくらえッ!』
そこへテラが足元へ滑り込み、岩の槍を突き上げる。
『おぶッ!?』
ぐらついた瞬間を狙っての一撃は、吸い込まれるように標的を直撃。偽の悠華を高くへと打ち上げる。
『まだまだ!』
それをテラは、すかさず撃ち上げた岩弾に追いかけさせる。
『おーっとっとっとぉ?』
だがヴォルス悠華は気の入っていない声を出しつつ身を捩って弾丸を弾く。
そのままテラの放つ岩弾の尽くを弾きながら落下。
抵抗共々にテラを押し潰そうとする落下軌道に、悠華はとっさに相方をその場からかっさらう。
「エヤッハァア!」
そして相棒を逃がしながら、着地の瞬間を狙っての後ろ踵蹴りを突き出す。
『ゴッ!?』
顔面を貫く一撃に仰け反るヴォルス。そこへ向けて悠華は蹴り足を引きつつ身を翻し、その勢いに乗せて拳を放つ。
『ほい』
だが仰け反るままに間合いを開けたヴォルス悠華が、それを易々と掌に受ける。
乾いた音も鳴り止まぬ合間に、ヴォルス悠華からの反撃の拳が迫る。
それを悠華は側面に腕をぶつけて捌き、同時に引いていた拳を再度突き出す。
しかしヴォルス悠華もまた、控えていた拳を迫る拳にぶつけて相殺。
そして鏡写しの両者は互いに構えていた拳を突きだす。
「ヤァッハイハイハイハイハイィイイッ!!」
『ソォラァラララララララァアアアアッ!!』
そこから二人の悠華の間で、怒濤の勢いで雪崩れる拳がぶつかり合う。
ぶつけ、捌き、打ち消し、両者一歩も譲らぬまま、拳は乾いた音を響かせて重なり続ける。
『なぁんかさ……違うんじゃなーい?』
肘を返しての裏拳、掌底、貫手、虎拳。拮抗が破れ次第、即相手を呑みこみかねない激しい拳のぶつけ合いの中、ヴォルス悠華は光り輝く正拳を横へ逸らしながら、首を逸らして気の抜けた声を溢す。
「何がッ! 違うってぇのぉッ!?」
悠華は捌かれた拳を引き、反撃に迫った貫手を掌底で叩き逸らし、踏み込んで肘から体ごと突っ込む。
しかしその踏み込みにヴォルス悠華は後ろ跳びに跳躍。着地から左足を軸にしての回し蹴りで踏み込みを牽制する。
『ごーまかすなってぇーの。他ー人の為に頑張ろうって踏ん張ってるけーどさ、そーして頑張って上手くいかないのはアンタが身にしみて分かってることじゃん?』
「ぐッ!?」
腕を広げて嘲笑を浮かべての一言と牽制の蹴りに、悠華の足が止まる。
『ふぅッ』
呻き、動きの鈍った悠華に、鏡映しの顔は白い歯を見せて踏み込み、蹴りを突きだす。
「うぁっぐぅッ!?」
辛うじて腕を盾にしたものの、畳数重畳分の距離を一息に吹き飛ばされる悠華。
『悠華!?』
『ヤッハァ。すっきありぃー』
それを目で追いかけてテラが声を上げ、その一方でヴォルス悠華が吹き飛ぶ様を指差し嘲る。
吹き飛ばされた悠華が背中から床に当たる直前、砂のクッションがその身を庇い、衝撃から守る。
「ぐぅ……」
『悠華ッ! しっかりッ!』
砂山に仰向けになった悠華の元へ駆け寄り、背後に庇うようにして叱咤の声を投げるテラ。
『むぅだむだぁ、キツイ思いして立ち上がって何になるってぇのさー』
『ギャンッ!?』
そこへヴォルス悠華が、契約者を守ろうと構えるテラの背を容赦なく踏みつける。
「て、テラ、やん……」
相方を助けようと四肢に力を込める悠華。だがその腕と脚は力なく砂を掴み掻くばかりで、身を支える力は戻ってこない。
「う、ぐ……な、なんで……ッ! なんで、力が……ッ!」
いくら力を込めたところで、まるで乾いた砂に水が吸い取られるように奪われていく。
そんな立ち上がることも出来ずに歯噛みする悠華の姿を見下ろして、ヴォルス悠華は嘲笑のまま肩を揺らす。
『そーらアレよ、心の世界でもう立てないってこぉとはさぁーあ。アタシはもー本気の本心では諦めてるからに決まってんのドジャァァーン?』
どこまでもふざけ調子で挑発するように答えるヴォルス悠華。
確かにその言葉通り、幻想種との契約者にとって戦力と精神力が直結している以上、心の表面的なところでは無く根本的な部分が折れていると見るのは当然のところである。
『だ、だまされちゃダメだ悠華……本当の原因はこいつが悠華から力を奪ってるから……』
『ほい、だぁーまれー』
『あぐぅあ!?』
ヴォルスは踏みつける圧力をさらに強め、テラの口を言葉半ばに塞ぐ。
「て、テラやん……!」
潰れてしまいそうな圧力に晒されるパートナーへ、悠華は力を振り絞って手を伸ばす。しかし必死に伸ばすその手もテラまでは届かなかった。
『ほぉーら、諦めてなーいってんならとっくに立ち上がってるはずっしょー?』
ヴォルス悠華は虚しくもがく悠華を見下ろしながら、テラをさらに押し込もうと踏みつける足を浅く持ち上げる。
「祓えの火ッ!!」
『うわっちゃぁあッ!?』
だが足を押し込むのに割りこんで、炎がヴォルス悠華を目掛けて降り注ぐ。
炎の奇襲に慌てふためくヴォルス悠華。上半身を火ダルマにしたそれを、伸びてきた炎の帯が巻き取り、放り投げる。
『グワァアアアアッ!?』
そして独楽のように回り舞い上がったヴォルス悠華に代わり、火の玉が悠華とテラのすぐそばに落ちる。
「間に合ったッ!? 悠ちゃんッ!?」
「み、みずきっちゃん……?」
身に纏った火を振り払い、息せき切った姿を現したのは炎の巫女。ホノハナヒメに姿を変えた瑞希であった。
『あ、兄様ぁあああッ! こんな、こんなにヒドイ怪我して……遅くなってごめんよぉ!』
『ふ、フラム……オイラなら大丈夫。間に合ってくれて助かったよ』
そして同じく炎の塊の中に包まれていたフラムが、倒れ伏したテラの傍らへ飛び降り、体を擦りつけるようにして助け起こす。
「ギリギリだったみたいだけど、間に合って、本当に良かった」
そう言いながらホノハナヒメも、砂山に倒れる悠華へ手を差しのべる。
「はは、手間かけさせちゃって悪いね、みずきっちゃん」
その助けを受けて、悠華はどうにか立ち上がる。
そんなよろつく足でかろうじて体を支える悠華へ、ホノハナヒメは頭を振る。
『おぉいおい、ひーどいじゃないみずきっちゃーん? お友達の一部をよーしゃゼロにぶーっ飛ばすなぁんて』
そこへ投げかけられた、悠華を真似したふざけ調子の声。
それにホノハナヒメは、緩く波打った赤い髪をめらりと逆立たせて振り返る。
「ふざけないで……! そんな下手なモノマネで悠ちゃんになりきってるつもりなの!?」
ホノハナヒメは眼鏡の奥の目を不快げに歪めて、ヴォルス悠華を睨みつける。
薄く焦げや煤に汚れてはいるものの、余裕の色濃いヴォルス悠華。そんな友に似せた紛いモノを射殺さんばかりに睨んで、炎の巫女は右手に握る金属の幣を向ける。
「例えあなたが見た目通りに、本当に悠ちゃんの心の一部を元にしていたとしても、その一部分を盗み取って歪めただけで悠ちゃんの一部だなんて、笑わせないでッ!!」
親友への侮辱に対する怒りに晃火之巻子の軸を固く握りしめて叫ぶ。
しかし怒り心頭に達して炎を灯すホノハナヒメにも、偽悠華は緩い嘲笑のまま軽く肩をすくめるだけであった。
『はぁーいはい、かぁっこいいねぇー? さっすがみずきっちゃぁん』
「あなたなんかが気安く呼ばないで!」
明らかにバカにしたヴォルス悠華の物言い。それを即座に切り捨てると同時に、巻子の先端から清めの炎を放つホノハナヒメ。
『やぁーれやれーっと』
しかしヴォルス悠華は軽く腕を振って炎を弾く。
明後日の方向へ飛んでいく火球。それに一瞥もせず、ホノハナヒメは息を呑んで正面の敵へ杖を向ける。
『つぅれなーいねぇー……せーっかくこのボディをいーただいた後も、しーばらくは仲良くしといてやろーと思ってたーのにさぁーあ?』
「あなたなんてこっちからお断りよ……!」
容赦なしに突き放すホノハナヒメ。それにヴォルス悠華は苦笑を深めて肩をすくめて見せる。
『おぉーう、こわいこわーい。そーこまで嫌われちゃあーしょーがなーいねぇ―』
そのわざとらしい仕草を伴った諦めの言葉に続いて、ヴォルス悠華の肩や腰から蔦が生える。
『瑞希ッ!』
「分かってる! 祓えの火よッ!!」
全身を瞬く間に茂る蔦に覆わせていくヴォルス悠華へ向けて、ホノハナヒメはパートナーの声とほぼ同時に浄化の炎を投げ放つ。
放った炎は、微動だにしない蔦まみれの偽悠華を真っ直ぐに直撃。
そして全身を包む草に食らいつき、余さず火を付ける。
だが火のついた蔦の塊は、不意にその真中から真っ二つに裂けて割れる。
「なッ!?」
『ジャァンジャジャァーン!』
火のついた蔓草を脱ぎ捨て現れたのは、黒い装甲を纏った巨体。
両腕を広げるその巨体は、一見グランダイナと同じように見える。
だが丹田から全身に伸びる、エネルギーラインを模した部位に通うのは暗い色をした蔓。
さらにその蔓草は装甲の薄い関節部分も構成。その様はまるで皮膚の下の筋肉が透けて見えているようでもある。
そして顔面もまた、本来逆スペードのクリアバイザーでなくてはならない部分が、鋭角なラインで構築された猛禽を思わせる有機的なものになっており、悪魔的な印象を受ける。
『そ、そんな……』
「はは……まぁじでぇ?」
邪悪な形に改変されて現れたグランダイナ。ヴォルスダイナとでも呼ぶべき存在に、テラと悠華は絶句する。
『あぁーらよっとぉ』
軽い掛け声と重い足音。それに続いて、黒鋼を纏う植物の悪魔との間合いが瞬く間に詰められる。
「草薙の返しッ!」
だがホノハナヒメは、ヴォルスダイナの進撃に晃火之巻子から引き出した炎を折り合わせて壁に。接触を引き金に溢れだした炎で迎え撃つ。
『のわぁおッ!?』
激突の勢いに反発するような勢いで噴き出す炎。灼熱紅蓮の津波は、ヴォルスダイナの巨体をあっさりと丸呑みにして押し流す。
その間にホノハナヒメは、杖側面から巻物を開く伸びる炎をA4サイズの紙ほどに千切っては左の手に握っていく。
それを三度繰り返したところで、火炎津波を割ってヴォルスダイナが飛び出す。
『おぉりゃあ!』
飛び出したそれは煙の尾を引きながら、しかしダメージを感じさせない勢いでの跳躍。
「みずきっちゃん!」
空中で前回りに身を翻すヴォルスダイナの姿に、悠華の警鐘が飛ぶ。
「任せて!」
それを受けて炎の巫女は、ハートの飾り紐を着けた千早を翻して、帯と伸びる火炎を手繰る。
敵の軌道に合わせて守りを固めるホノハナヒメ。
しかしヴォルスダイナは火炎の結界を踏みつけると、反発して噴き出す炎と共にさらにジャンプ。重い足音を響かせて、一同の背後の畳を踏む。
『もぉーらいっと』
そして片足を軸に身を切り返し、拳を構えて踏み込む。
『兄様ぁッ!』
『させるか!』
結界の薄い背後からの襲撃。
突かれた防御の穴を埋めるべく、二頭のドラゴンが熱砂の壁を立てる。
だが高熱を帯びたそれを物ともせずヴォルスダイナは、装甲任せに踏み破る。
『王手ってやぁーつかねーえ?』
そう言うヴォルスダイナの顔は、硬質な質感とは裏腹に、滑らかに笑みの形に歪んでいった。




