第二演目「大鰐グラディエーター」
『グゥオォオオオオオオッ!!』
「クッ!」
雄叫びを上げて掴みかかるワニ獣人。その鋭い爪を備えた剛腕を、グランダイナが残った左の岩腕を盾に受け止める。
二メートルに届くグランダイナの黒金の巨体。それをさらに大きく力強くする岩石の四肢を装着してなお、ワニを二足直立させたヴォルスの体躯とは互角。否、長い尾のある分、全長まで含めれば明らかにヴォルス・アリゲーターに分がある。
「エヤッハァアッ!」
だがグランダイナは怯まず、オーバーアームに組み付いた敵へ右の鉄拳を振るう。
『グルゥアッ』
低く短い唸り声。それを拳が打ち砕いて霧散させる。
空を切った拳を潜るワニの頭。すかさず体を翻すそれに合わせて、グランダイナは岩に覆われた蹴り足を繰り出す。
『さぁてここで凶暴強靭なワニの戦士が登場です!』
尻尾と蹴りの激突する中に響くサイコ・サーカスのアナウンス。
『さあて、ワニの戦士は敵を引き裂き、噛み砕くことができるでしょうか!?』
嗜虐的なアナウンスの間に、大地の戦士とワニは互いに激突の反動に乗って跳び間合いを開ける。
「ヤァア!」
地を踏むと同時に、右拳を地面へ叩きつけてオーバーアームを再装着。巨大なそれを軽々と正面の敵へ身構えるグランダイナ。だが岩の拳を固めた刹那、背後に控えていたピエロ帽子の雑兵が、待ち構えていたように躍りかかる。
『グォアアッ!』
また同時に正面からは獰猛な牙を剥き出しに、ヴォルス・アリゲーターが前のめりに踏み込み迫る。 数に任せた包囲陣形。
だがグランダイナは四方八方から迫る敵の内、ただ正面だけを見据えて前進。
直後、踏み込みに応じたかのように闘士の後ろで地面がテラを吐き出しながら盛り上がり、波打つそれが敵を阻む壁となる。
「おおおッ!」
『ガアア!』
そして恐竜同士がぶちかまし合ったかのような激突。同時にグランダイナの背後に降り立ったホノハナヒメが、杖から帯状の炎を広げて隆起した足場へとぶつける。
「草薙の返しッ!」
『いっけえッ!』
ホノハナヒメの詠唱と、声を合わせた地と炎の竜。それに後押しされる形で、熱に溶けた土がぶつかったピエロたちを流し返す。
ワニを受け止めた黒いヒーローと、兵群を押し返したメガネの巫女。互いに背中を預けた形になった親友は、同時に肩越しに覗き合い目配せを一つ。正面の敵へ向けて攻めにかかる。
「ヤッ! ハァアッ!」
グランダイナは、岩肌に食い込んだた爪に構わず、ワニの巨体を押し返して右前蹴りでみぞおちへだめ押し。
「祓えの火!」
その後ろのホノハナヒメは、固まる溶岩流を飛び越えて来る敵を迎え討ちつつ、晃火之巻子から伸びる炎の切れ端を周囲に撒いていく。
『グ、ガァアアアッ!!』
一方、蹴りを受けて背中から飛んだヴォルス・アリゲーターは、四肢を踏ん張り着地。身を低くしたそのまま、苦痛から沸く怒りに唾を飛ばしてなおも向かってくる。
いきり立って開いた大口を閉じようと、グランダイナは岩に包まれた足を持ち上げる。
「ふん!」
だが勢いよく降った岩の足が砕いたのは大顎ではなく地面であった。踏みつける足より速く跳ねたワニは、その大顎と腕を広げたまま黒金の闘士へと躍りかかる。
『ガァアアアアアッ!!』
首を目指す勝利を確信した雄叫び。だがグランダイナは眼前に迫る牙から目を逸らさず、オーバーアームを装備した豪腕を振り上げた。
「ヤッハァアアッ!」
『ア、ガァッ?!』
気合と重なる驚きを残して打ち上がる、ヴォルス・アリゲーターの巨体。
それは放物線を描いて空を舞い、背中から地面へ真っ逆さま。
そして重い音を響かせての着地と同時に、火柱が地面から噴き上がる。
ホノハナヒメがすでに散布していた反応反射する防護術を応用した地雷。それはワニによる起爆を皮切りに、後続のピエロ兵たちも次々と火柱の餌食としていく。
『ウゴォウアアアアッ!』
だが次々と爆ぜ立つ火柱を薙ぎ払って、雄叫びが響く。
炎の中に立ち上がった巨体。それは灼熱の柱を踏み潰して、ホノハナヒメへ向けてその獰猛な牙と爪を突き出す。
「みずきっちゃんッ!?」
「うん!」
だがその奇襲に対して、グランダイナの反応は早かった。
とっさに戦友に声をかけつつ駆け出し、竜たちを抱えて飛び上がったホノハナヒメの下を潜る。
飛翔の際に降ってきた炎を装甲に弾きながら、両者は立ち位置をスイッチ。巫女装束の娘目掛けての爪牙を、黒く重厚な装甲が受ける。
「ぐ、うぅ……ッ!?」
火花を散らし、文字通り装甲を食い破ろうとする凶暴な顎。突進の勢いを上乗せしたそれに、岩をまとうグランダイナの足ですら浮かぶ。
「ヤ、ァッハアアァッ!!」
だが歯を食い縛るようにして当たり負けて浮いた足を沈めて制止。そして後衛に立つホノハナヒメすれすれの足場から、グランダイナはその両腕に装備したオーバーアームを、敵に押し当てて発射する。
『グ、ガ!?』
零距離でのダブルロケットパンチ。
それにはワニの巨体も堪らず宙に浮いて、後ろ向きに飛ぶ。
「いったいどれだけ!」
その間にもホノハナヒメは、未だに尽きる気配を見せないピエロ兵にぼやきながら炎の防御幕を備える。「キリがない! ってねえ!」
その一方でグランダイナも、アリゲーターの背中に轢かれずに躍りかかってきたピエロ兵を右、左と回し蹴りの勢いで発射したロケットオーバーレッグで迎撃。
飛翔するそれは、先んじて外縁部に届いたワニと岩の拳を追い掛けて直撃。サーカステントの一角に、土石の山を築き上げる。
『ウオオッ! ユルサンッ! ゼッタイユルサンッ!』
だが埋まった筈のワニのヴォルスは、瞬くほどの沈黙も見せず、すぐさま怒りの雄叫びを上げて、積もりのし掛かる石と土とをはね除ける。
猛り狂いながらヴォルス・アリゲーターは、その大顎で共に埋まっていたピエロ兵らを捕えて、次々と咀嚼していく。
「あーあーもう! 一緒に戦う回復剤ってワケ!?」
ピエロ帽子を腹に納めることで塞がるアリゲーターの傷。折角積み重ねてきたダメージを振り出しに戻されたことに、グランダイナは焦りを吐き出すように叫びながら、オーバーアームを失った拳を構える。
「悠ちゃん! ここは私が引き受けるから、五十嵐さんを助けに……」
「そー言われても、全員でないとサイコ・サーカス相手はちぃとむぼーでなぁい?」
グランダイナは焦りで自分を失わぬために、あえておどけ調子でホノハナヒメに振り返る。
そう、この場は分散して凌げるにしても、後に控えた敵はあのサイコ・サーカス。この場の全員が揃って挑んでも出し抜くに厳しい相手である。
「でもこのままじゃあ!」
『ジリ貧だよぉ!』
ホノハナヒメたち炎組は焦燥に駆られながらも、アリゲーターに更なる回復はさせまいと、雑兵を焼き払う。
『だからって、勝機の前に踏み込んだら負けるぞ!』
対してテラは、同じくピエロ兵とアリゲーターとの間を石で阻みながら、妹たちへ落ち着くように声を投げる。
だがその妨害に業を煮やしてか、ヴォルス・アリゲーターはその怒りにぎらつく目をテラへ向ける。
『邪魔クサイワアァァァッ!?』
憤怒の咆哮を轟かせて、恐竜さながらの巨体が地面を蹴る。
『しまった!?』
巨獣のいきり立っての突撃に、テラは自身の力で生み出した石礫で応戦。だが鱗が割れるのも構わず、ワニの前進はその勢いを緩めない。
「テラやん下がって! こうなったら大技をカウンターで!」
パートナーを背中に庇う形で割り込み、足を頭上へ高々と振り上げるグランダイナ。
だが待ち構える踵ギロチンのタイミングを外すべくヴォルス・アリゲーターはさらに足に力を込める。
「……撃ち抜け、ウェパル」
しかしその駆け足が地を踏んだ刹那、静かな声と共に降り注いだ一閃がワニのヴォルスを貫く。
『グォバァアッ!?』
「これは……ッ!!」
奇襲する水に苦悶の声を上げて身を捩るワニ。その身を貫いたレーザーの如き水流の軌跡を辿り、大地組と炎組が揃って顎を上げる。
「いいんちょ……!」
『マーレも!』
その視線の集う先、高い柱の頂点。そこには右手に傘を構えて、青いベレー帽とコートを纏う、梨穂が水竜を従えて立っていた。
「情けないわね。この程度の敵を相手に手をこまねいて……」
そう言って見下ろしながら、梨穂はその青く長い髪をかきあげる。
そしてふわりと宙へ踏み出すと、左右非対称なコートと髪とを翻して舞い降りる。
『どういうつもりだ二人とも……またオイラたちごとヴォルスを倒すつもりなのか?』
水面を雫が叩いたかのような波紋を広げる梨穂とマーレ。意図の読めない水組にテラは警戒の目を向ける。
『おやおや……折角助けに駆けつけたというのに、随分な言い草じゃないか?』
以前に行った仕打ちを棚上げして、マーレはいけしゃあしゃあと言い放つ。
『こないだは襲ってきておいてなに言ってるのよぉ!』
そんな次兄の言に、フラムは警戒心も露に毛を逆立てて威嚇。
だが水竜は軽く前ヒレを上下させ、長い首を大きく左右に振る。
『今回も襲うつもりなら、さっきのチャンスは逃さないさ。だが、疑うのは当然か』
マーレの芝居がかった動作と言い回し。それに地と炎のチームは油断せずに構えを堅持する。
「構わないわよ。あちらがどうしようと、やることは変わらないのだから。私たちのスコアにしてしまいましょう」
対して梨穂は、グランダイナらを挑発するように、軽々と傘を弄びながら一歩前に。
「……みずきっちゃん」
「……うん、悠ちゃん」
視線を流し送っての梨穂の前進。それを受けてヒーロースーツと巫女は目配せをして頷き合う。
『テメェラァアアアアアッ!!』
瞬間、怒りの雄叫びを上げてヴォルス・アリゲーターが躍りかかる。
「フッ」
覆い被さるような巨体。それを境に、グランダイナとホノハナヒメのチームと、軽く鼻を鳴らす水組とに別れる。
「こんな力任せのトカゲごときで!」
『ゴアァオォッ!?』
かわし様のウェパル一閃。梨穂が振り上げた傘から伸びた氷の刃がヴォルスの左腕を肘から斬り飛ばす。
「じゃ、いいんちょ任せたー!」
その光景から背を向けて、グランダイナは微塵の躊躇も無く駆け出す。
「え? は?」
ホノハナヒメと契約竜たちを伴い、テント外縁部へ向かうグランダイナに、梨穂の口から呆けた声が漏れる。
「ちょっと!? どういうつもり!?」
ヴォルス・アリゲーターの振り回した丸太じみた尾を潜り抜けながら、梨穂は離れるグランダイナの背に向けて叫ぶ。
「だーからここはいいんちょに任せたって!」
グランダイナは先に放り投げた言葉を繰り返して、足を進める。その向かう先には、炎が縁取りこじ開けた空間の裂け目がある。
「本当に私たちだけの手柄になるのよ!? それでもいいのッ!?」
「好きにしたらいいじゃーん」
引き止めようとしてのものか、的外れな脅し。梨穂の投げつけたそれをグランダイナはあっさりとスルー。
「じゃ、先急ぐんでー。頑張ってちょーよ」
そしておざなりな激励を一つ。背後の守りを固めた巫女を連れて、火の枠を潜る。
「ば、馬鹿にしてぇええええッ!!」
直後、堰を切ったかのように溢れる怒声。
背後から冷気を伴い迫るそれは、素早く閉じた空間の境によって塞き止められる。
「おぉう、怖いわぁ」
滑り込んできた冷気は炎の幕が溶かしたものの、剣呑な気を帯びた声に、グランダイナはその身を震わせる。
「悠ちゃん! そんなことよりアレは!」
しかしそんなおどけ調子も、ホノハナヒメが切迫した声で示した先を認めた瞬間に凍りつく。
「すずっぺッ!?」
その硬質なカメラアイが見据える先、そこにはカードによって衣服もろとも壁に縫いとめられた鈴音の姿があった。
「すぐに助けるからッ!!」
病的に蒼白な顔色をした細身の少女。うめき声すらなく磔られたそれを開放すべく伸ばした鋼鉄の手に、何かが掠めて火花を散らす。
「クッ……!?」
苦痛に漏れるうめき声。身を縛るそれを瞬きの間に噛み殺して、グランダイナはさらに足を踏み出す。だがその前に濃紫と金色の影が割り入る。
『そぉれ』
「おぐッ!?」
そして懐に潜ったそれの軽い掛け声を伴う重い衝撃に、黒い鋼鉄に覆われた巨体が地面から離れる。
「悠ちゃんッ!?」
「ぐ……くぅ……ッ!」
呻くグランダイナへ踏み出すホノハナヒメ。それを黒い闘士は苦痛を堪えながら後ろ手に制する。
『三つ目の演目の準備がやっと整ったところなんだから。そう焦るものじゃないわ』
そう言って唇を嘲笑に浮かべるサイコ・サーカス。
それを正面に、グランダイナとホノハナヒメは拳を固く結んで対峙する。




