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暴虐の青

 三本脚のハーピーに提げられて、いおりが空中でうなだれる。それをよそに水の幕を纏う青の魔女。

『貴様ぁあああッ!!』

 そこへ激流に流されていた首が無くヒトの体を甲羅の上につけたカメが、怒りに声を張り上げる。

「戻って来たッ!?」

 地面を荒く踏み鳴らして迫るヴォルス・トータス。それに赤の巫女ホノハナヒメが晃火之巻子を前に身構える。

「ここは力を合わせて止めるぜよ!」

 グランダイナもまた魔女を包む水の塊を一瞥。ホノハナヒメよりも前に出て最前線の壁として足を踏ん張る。

「無用よ。余計なお世話だわ」

 だがそれを冷たい一言が退けて、水の塊が流れるようにすり抜け前に出る。

「なッ!?」

『舐めたマネをぉッ!!』

 再変身も終えぬまま、いわば蛹のままで出てきた新手に、ヴォルス・トータスは、堅固な甲羅を支える前足を体ごと持ち上げる。

 怒りに任せて踏み潰そうと足を落とすヴォルス。

「フ……単純な」

 だが水の内から、しかしはっきりと響く嘲りを含んだ冷笑。同時に水の幕を内から何かが引き裂く。

 落ちてくる脚に走る一閃。それを後に残して水は左へ流れる。轟音を響かせる足から逃れた流水からは、青と金の傘を握った右手が出ていた。

『この……ぬぐぅおッ!?』

 それを認めるが早いか、ヴォルスの身から苦悶の声と鮮血とが飛び出す。

 水から出た傘の先端。それをよく見れば、透けて見えぬほどに薄く研ぎ澄まされた刃が伸びている。

 血飛沫溢れる裂け目から、身を離れるカメの右前足。バランスを失して崩れるヴォルスの脇で、刃を握った流水が逆巻く。

「それ」

 軽い掛け声と共に閃く刃。光に透けたそれは、甲羅から伸びた砲身の一つを切り落とし、首の無い爬虫人の脇腹を裂く。

『ガアッ!? この、小娘がッ!』

 復讐の念を声にたぎらせ、崩れかけた体を押し込みかかるヴォルス・トータス。

「おっと」

 しかし流水は傘から伸ばした刃こそ甲羅に砕かれはしたものの、渦巻くままに身を引いて間合いの外へ流れ抜ける。

 渦を作る水はその勢いのまま、軸へ集うようにその量を減らして行く。やがてそれは幕状の二つを残して少女の身の内に消えて失せる。

 身を翻すままになびく青い長髪。そして左肩と右腰に残った水の幕。

 波打つ水の幕は自ら織れて、菱型の図形に人魚のシルエットを重ねたエンブレムのある青と金のコートとなり、ベストとスカートを上から覆う。

 ニーソックスに包まれた長くしなやかな足。その先端、金に飾られた青のブーツがステップを踏む度に雫が跳ねる。

 傘を握った腕もまた、絹に似た質感を持つ白の長手袋に包まれ、金色の腕環に飾られている。

 その頭には、黄金のヒレ飾りと竜の頭を模した飾りを添えたベレー帽が。

 飾り帽子の下の顔は仮面も何もない素顔である。

 柳眉に続く青い切れ長の目。その間に一筋通る形の良い鼻。そして小さな口はほのかなピンクに艶めく。

 その顔はグランダイナとホノハナヒメの良く知るもの。クラス委員長、永淵梨穂のものであった。

「永淵、さん……?」

 思わず呟いたホノハナヒメ。

 梨穂は同じく素顔をさらしたそれを見返し、唇に笑みを浮かべる。

 そして飛沫を伴ったステップを踏んでカメの砲撃を回避。グランダイナらとの間に爆ぜた地面を背にしてジャンプする。

「ウェパル、撃て」

 ふわりと飛び上がってヴォルス・トータスの直上。身を翻しながらウェパルと呼んだ傘を真下へ向ける。

『うぶぉあ?!』

 刹那、命令のままにウェパルから放たれた水流が、カメの体をレーザーの如く貫き徹す。

 超高圧で放たれた水は分厚い鉄塊でさえ貫通、切り裂くというのは有名な話だ。

 それを心命力を乗せた魔法として放てば、幻想種やヴォルスと言えど貫けぬはずがない。

 身を貫かれて苦しみ悶えるヴォルス。それを飛び越えた魔法少女姿の梨穂は、着地と同時にターン。銃口でもある傘の先端をカメに向ける。

「シュゥッ!」

『ぬがぁ!?』

 そして鋭い掛け声を引き金に水鉄砲を再び。放たれた鋭い水はカメの左後ろ足を撃ち抜く。

 二つ目の足も力を失い、その場に崩れるヴォルス・トータス。

『ぐ、おッ……この、舐めるなよッ!』

 しかし苦悶の声を上げながらも、カメは甲羅の砲身を傾けるや否や砲を発射。

「おおっと?」

 だが青いコートの梨穂は、片眉すら動かすことなく突き出したウェパルを展開。金縁にコートと同じく菱型に人魚を重ねた紋の描かれた傘を砲撃に備える。

 到底盾としての役目には足りそうに無い、艶のある薄布の幕。

 だがウェパルはあくまでも契約者の作った杖である。雨しか防げないような頼り無い見た目とは裏腹に、砲弾をあっさりと弾き返して見せる。

『なあッ!? くそッくそォッ!』

 砲撃を防がれたことに驚愕を見せながらも、ヴォルスは残った二本の足を動かしながら、しゃにむに砲撃を繰り出し続ける。

「ハイハイハイ」

 しかしがむしゃらなカメに対して、梨穂は易々とウェパルで砲を浴びながら前進。軽やかにステップさえ踏んで見せる。

 そんな余裕を全面に見せる梨穂へ、ヴォルスは砲身を焼けつかせようと言わんばかりに怒涛の砲声を轟かす。

 だがそれすらも梨穂は尽く傘で受けては流して軽やかな足取りで前に進む。

『おいおい、あまりおもちゃにしてやるなよ?』

「そうね、遊びはここまでにしましょうか」

 そこへ一言投げかけるマーレ。傘を構えた梨穂はパートナーの諌めに頷き、開いたをたたむ。

 傘の陰から現れた怜悧な顔。その唇を歪めた笑みと、ヴォルス越しに契約者たちを射抜く目。それを見つけたグランダイナの体が無意識に戦闘の構えに入る。

「援護を……」

「ダメッ!」

 攻勢に移る気配を察し、ホノハナヒメはその場で術の展開を開始。だがそれをグランダイナは覆いかぶさるようにして中断させる。

「きゃうッ!?」

 不意に黒い鎧に包まれた巨体に押し倒されて声を上げるホノハナヒメ。

 だがその口から疑問が飛び出すよりも早く、その答えは示される。

「あッ……ぐぅッ」

「え……」

『そんなッ!?』

 目を明滅させ、苦悶の声を溢すグランダイナ。その背中は、針のように細い水流によって削られていた。

「か、晃火之巻子ッ!」

 それを受けてホノハナヒメは炎の帯を伸ばして防護結界を形成。自分たちを狙う第二射の水鉄砲を防ぐ。

 接触と同時に湯気を上げて消滅する炎と水。

 音を立てて消えるそれを背に、グランダイナは仲間たちを抱えて駆けだす。

「ハハハハハハハハハハッ! なんて無様! ホラホラ、早く逃げないと背中に穴が開くわよ!?」

 楽しげな高笑いと共に繰り返される水鉄砲。グランダイナの背を狙うそれを、ホノハナヒメは炎の帯を操り水の弾丸を受け止める。

『ぐ、おぉおおおおおおッ!?』

 背後で蒸気と弾ける火と水。さらにその後ろでは、水流に穴だらけにされたカメから苦悶の声が上がる。

『何のつもりだマーレッ! 契約者に攻撃をやめさせろッ!』

 ヴォルスもろとも自分たちを撃とうとする水組へ、テラがグランダイナの肩から抗議の声を投げつける。だがその返事は鋭い水鉄砲の一発であった。

「ヤバい!」

『わっ!?』

 炎の隙間を抜く一撃。それにグランダイナは身を屈めて肩から出た相棒の頭を庇う。

「はははッ! 竜の契約者は、選ばれし者は私一人でいい!」

 水のレーザーに混じる高笑い。

 背後から叩きつけてくるそれに追いたてられながら、グランダイナは背後を一瞥。

『ウゥッ!? グァアアアアアッ!?』

 そこには今また新たな風穴を開けられ、血と叫びを撒き散らし悶えるヴォルス・トータスが。

「みんな、固まっているだけではダメ! 今はただ的になるだけだわ!」

 そこへ頭上から響くいおりの助言。それとほぼ同時に、グランダイナは言われずともと抱えた仲間を放り投げる。

「飛んでッ!」

「う、うん!」

 突然の事に焦りながらも明瞭な返事。そうして翼広げたフラムと空に並ぶホノハナヒメを見上げて、グランダイナは土を捩りながら踵を返す。

「ヤァッハ!」

 気合と爆音響かせてのターンアンドダッシュ。退避から一転身を切り返して、水のレーザーへ突っ込む。

「アハハッ、ヤケになっての突撃? 大きな的をわざわざ近づけてくれるというわけ?」

 だが梨穂は余裕を崩さず、ベレー帽を左手に押さえてウェパルで狙いをつける。

「なんてね?」

 しかしそこからウェパルの先端を跳ね上げると同時にトリガー。放たれた水鉄砲は、空を滑る炎の帯と激突。蒸気を残してその先端を押し返す。

「当てが外れて残念だったわね?」

 狙いはお見通しと言わんばかりの得意満面。合わせて梨穂は銃口を切り返して水を放つ。針のように細く研ぎ澄まされた水流は、ヴォルス・トータスの脇をかすめ、真っ直ぐに黒い闘士へ。

 だがグランダイナは己を貫かんと迫るそれを無視。逆に地を蹴る勢いを増して正面から突撃。

 そして左肩の装甲から水へぶつかり弾き逸らす。

「まさかッ!?」

『バカな?!』

 装甲を削り切れずに受け流された水流。破壊力に絶対の自信を持っていただけに、梨穂とマーレはこの結果に思わず目を見開く。

「イヤッハァアアアアッ!!」

 水流の勢いが衰えたその瞬間。グランダイナは気を放って一際強く踏み込む。

 その勢いに気圧されてか、梨穂の身が強張る。

 しかしグランダイナは痛みに備えるような梨穂をよそに、血に塗れたヴォルスの懐へ潜り込む。

「翻土、転翔ッ!」

『うぼぉあばッ!?』

 そして踏み込みを轟かせ、周囲の地面もろともにヴォルス・トータスの体を吹き飛ばす。

 腹甲に手形を中心とした亀裂を刻まれ、空中でひっくり返るヴォルス。

「来い、翻土棒!」

 それをクレーターから見上げて、グランダイナは再度踏み込み。大地の下から山吹色をした戦棍を呼び出し手に取る。

「これ以上傷つけるのは無駄っしょ! 行くぜよ、みずきっちゃんッ!」

「うん!」

 己の杖を掴むや否や、敵から目を離すことなく親友とコンタクト。ヴォルス・トータスの落着予想点目掛けて、梨穂の傍らをかすめ抜ける。

「な、んですってぇ……」

 己を完全に無視して、歯牙にも掛けずヴォルスの浄化へ向かうグランダイナ。

 その背を目で追いながら、梨穂はウェパルの柄を握る手を白くさせる。

「宇津峰悠華ァッ!」

 屈辱に噴き出す怒りのままに、グランダイナの正体を梨穂は叫ぶ。

 そう。梨穂は先に別の竜に選ばれたのが、クラスメイトの二人であると知った上で攻撃に巻き込んでいたのである。

 そして梨穂は捨て置かれた事による感情の嵐のままウェパルを一振り、傘を開く。

 刹那、広がった傘骨の先から水が噴射。青いコートを纏った少女の身が、空へ舞いあがる。

『梨穂、あっちにヴォルスをくれてやる必要はない。大技でまとめて一息に片付けてやれ』

「言われなくたって」

 水に乗って続く相棒の首長竜。その言葉に、梨穂は荒れた海の如き目はそのままに、鋭く冷たい声とウェパルの先を眼下のグランダイナたちへ向ける。

 だがそれを帯を形作った炎が打って軌道を逸らす。

「やめて永淵さんッ!」

「うるさいッ! 邪魔をするなら明松(かがり)、あなたから先に!」

 割って入った紅の巫女を睨み、躊躇無くウェパルを向ける梨穂。だが金輪を鳴らして晃火之巻子を手繰るホノハナヒメの隣から、撃たせまいとフラムが火を吹く。

「チィッ! 忌々しい!」

 梨穂は舌打ちを一つ、向けた傘をそのまま盾にして、火の息を受ける。

「吾が願いと(たま)重ね生ずる火を以て禊祓いませ!」

 そこへさらに押し込もうと、ホノハナヒメは晃火之巻子から伸ばした火の文字を円に繋ぎ、フラムの吐息に重ねる。

「ウウッ!?」

 勢いを増した炎の息吹きは、青いコート姿の梨穂を相方の水竜ごと包み隠して押し流す。

 そのまま間を置くこと無く梨穂の影は爆発。濃密な蒸気を広げて散る。

「やり過ぎちゃったかな……」

『心配いらないよぉ、手加減はしたから。動けなくはなってると思うけど』

 蒸気に消えたクラス委員長の身を案じるホノハナヒメと、それを無用と尾を振るフラム。

 だがその間に、空に立ち込めた霧から青い影が飛び出し、一直線に急降下。

「そんな!?」

『兄様!? 悠華!』

 飛び出したそれは、焼け煤けを魔法少女衣装のそこかしこに作った青髪の梨穂。

 その先には、今まさに浄化術式を込めた拳をカメに打ち込もうと構えたグランダイナが。

 そこへ割り込もうと、氷刃を伸ばしたウェパルを構えた梨穂は振り仰ぎ様に一発、鋭い水流を打ち上げる。

「キャッ!?」

 それは追って来ようとしたホノハナヒメの出鼻を挫き牽制。邪魔を防いだ梨穂は身を捩り、ヴォルス・トータスへ向かうグランダイナの背に改めて狙いをつける。

『邪魔はさせない!』

 それを迎え撃とうと、テラが土を巻き上げ弾幕を作る。

『甘いな兄さん』

 だがその上からマーレが滝を呼び出したかのような水を降らせ、弾幕を文字通りに押し流す。

 そうして大量の水で濡れた地面は、梨穂にとって足を助ける道となり、滑るように加速。一息の間にたちまちグランダイナへ追い迫る。

「もらったぁッ!!」

 分厚い装甲に任せて晒した無防備な背中。そこを目掛けて、研ぎ澄まされた氷の刃が躊躇無く振るわれる。

「炎よ!」

 だがその瞬間、鋭く空を走った火炎が梨穂のウェパルを握る手を直撃。

「うあぁあッ?!」

 意識の外からの火炎に堪らずウェパルを取り落とす梨穂。

「ヤァアッハァアアアアアアアアッ!!」

 その間にグランダイナの三節棍を纏わせた拳が、気合と共にヴォルスの甲羅を打ち砕く。

「命支える大地」

 甲羅を突き破って深々と沈む拳。

 それを軸にオレンジの魔法陣が三つ。逆三角形の形に展開する。

「豊かなるその袂に抱かれ」

 詠唱が進むに従い、その光は力強く輝きを増していく。

「命の輪に還れッ!!」

 結びの言葉と同時に腕を引き抜くグランダイナ。

『グッウゥォオオガァアアアアアアッ!?』

 そしてヴォルスの身の内から光が膨張。高まる力のままに膨らみ爆ぜる。

 爆音を轟かせて広がる光。それを背に受けながら、グランダイナは構えたまま長い息を吐く。

 ヴォルスの弾けた後。その爆心地に倒れた一人の男。

 やつれたそれを背後に庇うようにしてグランダイナは梨穂へ対峙する。

 その隣にはホノハナヒメといおりが降りて並び立つ。

「さぁて、どうする? 練習試合ならまだ受けて立つよい?」

 そうしてグランダイナは仲間と共に並び立ち、正面の梨穂へ首を傾げて訪ねて見せる。

「クッ……コレで勝ったなどとと思わないことね」

 対する梨穂はいおりに焼かれた腕を抑え、下唇を噛んで後退り。空間の裂け目にその身を隠す。

 マーレを連れて梨穂は撤退。一行はそれ見送って、揃って安堵の息を溢す。しかしいおりはすぐに頭痛を堪えるようにこめかみを指で解す。

 その一方で、グランダイナはカメの消えた爆心地を見やる。するとクレーターの内にいたヴォルスの寄り代も、その姿を消していた。

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