青の魔女
『イヤァアーッ!』
「ふん……ぬりゃああ!」
ぶつかり合う気と気。風を帯びた白い戦乙女の蹴りを、グランダイナは腕で受けて押し返す。
だがその反属性のダメージを無視しての勢いに逆らわずに、戦乙女ウェンディは跳躍。後方に浮かぶ岩塊へ向かい、身に纏った白布を翻す。
グランダイナがそれを逃すかと踏み込んだ足を沈める。
『そらそらぁ!』
だが足に溜めた力を解き放とうという瞬間。降り注いだ黒い炎がその出鼻をくじく。
「クッ!?」
炸裂する炎が足を鈍らせる中、グランダイナは焙る熱を堪えて顔を上げる。
その先に浮かぶのは炎の巫女、ホノハナヒメといおりに命名された姿になった瑞希が。
『エヤァーッ!』
「ひうッ!?」
炎の帯を結界に構えたそれに、浮岩を蹴ってのウェンディの拳が防御の間隙を縫って直撃。拳打に続いた旋風が、ホノハナヒメの体を結界もろとも吹き散らす。
「みずきっちゃん!?」
落ちていく瑞希をカバーするべく、グランダイナは岩を蹴散らし跳ぶ。
『行くんだ、悠華ッ!』
自身を中心に広がる土砂の散弾。それをテラがさらに拡げて目眩まし。その間にグランダイナは浮岩を揺るがしながら八艘飛びに跳び移り、ホノハナヒメの体を受け止める。
『黒き炎よッ!』
『白き風に乗りて逆巻けッ!』
「なぁッ!?」
「そんな!?」
が、そこへ狙い済ましたかのように、炎を帯びた竜巻が大口を開けて二人を呑み込む。
「う、あ……」
「ぐぅう」
呑まれると同時に、ホノハナヒメがとっさに張った炎の壁。しかし熱旋風が天へ伸びるままに二人は押し上げられ、防御の上から散々に焼かれ振り回された上で、解け行く竜巻から放り出される。
空へ投げ出されたままに剥がれて消えるグランダイナとホノハナヒメの姿。
元の白道着と運動着姿に戻された悠華と瑞希は、解けた変身の残滓を引いて空を割って行く。
『み、瑞希!?』
だが瑞希は、飛んできた相棒が服を捕まえて羽ばたき減速。
「もが!?」
しかし一方で悠華は加速するままに待ち構えていた砂の雲に落着。
『悠華、大丈夫?』
「ああうん。ちっと砂が口に入っただけ」
柔らかく、だが沈まぬ程度に砂をまとめて作ったテラの筋斗雲。その上で身を起こす悠華の隣に、フラムに吊るされた瑞希が降りる。
「おおう、みずきっちゃん。あーゆーおーけー?」
「な、なんとか……」
砂雲にへたりこんでの悠華の問い。それに瑞希は頭を振りつつ片手を持ち上げる。
そんな容赦ない振り回しに目を回した友に、悠華はうなづき顔を上げる。
そうして持ち上げた視線の先には、浮岩に立つ白い戦乙女と黒い女悪魔が。そして二人の奥にいおりが腕組み立っていた。
「どうしたの二人とも! 念話無しの私たち相手に、連携が全然取れていないわよ!?」
いおりから降り注ぐ厳しい叱咤。
その言葉通り、悠華と瑞希の連携はウェンディとナハティアの連携の前にことごとく封殺。互いにカバーするどころか、分断されては各個撃破。やっと合流したとしてもまとめて大技。と、散々に叩きのめされ続けている。
いおりの念話抜きの指揮でダイナとナハティアを動かしているにも関わらず、悠華と瑞希は一方的に翻弄されていたのだ。
「さあもう一度変身しなさい! 数を、それぞれの性質を活かす手段を考えて戦いなさい!」
『なんなら、立ち直りまでの時を稼ぐ訓練も加えてやろう!』
再開を促す叱咤激励。それに続いて、黒い炎が悠華たちの乗る砂の筋斗雲へ降り注ぐ。
「いや、ちょっとそんなッ!?」
「ぎゃわぁああッ!? マジで撃ってきたぁーッ!?」
襲いかかる炎の雨に、瑞希と悠華から悲鳴が飛び出す。
その悲鳴に尻を打たれたかのように、砂の雲は慌てふためき降り注ぐ火炎の下から逃げ出す。
「て、テラやん! もっと早く! 燃やされるってッ!」
『そ、そんなこと言われてもッ!?』
慌て急かす悠華。それにテラは抗議の声を返しながらも砂の雲をくねらせ、落ちてくる炎の合間をすり抜けさせる。
尻に火を点けられたかのような有り様で逃げ惑う悠華たち。
その両隣に挟み込むようにして、浮岩を走り跳び移るウェンディと、羽ばたくナハティアが並ぶ。
「うのわぁッ!? 追い付かれた!?」
「そ、そんな!」
拳を握る堅牢な籠手。渦巻き練り上がる黒い炎。
悠華と瑞希はそれらを交互に見やって、すがるように各々の法具へと手をやる。
だが二人が身構えた直後、ウェンディとナハティア、そしてテラとフラムまでもが、その動きを止める。
「なに? どしたん?」
「フラム? テラくんもどうかしたの?」
不意に動きを止めた幻想種たち。その一方で法具にかけた手をそのままに、悠華と瑞希は状況の説明を求める。
『……ヴォルスの尖兵!』
だがウェンディとナハティアの天魔二人は、その一言を残して加速。瞬く間にその姿を雲の中に消した。
「お、おろ?」
「あら、ら?」
脇目も振らずに姿を消した天魔二人に、思い切り肩すかしを喰らわされた二人は、揃って瞬きを繰り返して消えていった先を見つめる。
『ヴォルスが出たんだ。ウェンディさんたちは二人でその討伐に!』
「えッ!? まさか、サイコ・サーカスじゃあ……」
幻想種たちが察知した敵の気配。そのために生じた状況を説明されて、瑞希の目に怯えが過ぎる。
『大丈夫よぉ。今出てきてるのは、あんなに強い気配じゃないよぉ』
自身への信頼が育つ以前に甦った強敵の記憶。それに震える瑞希の予想を、フラムが要らぬ心配と否定する。
それには悠華も思わず安堵の息を吐く。
「なら、組手稽古はここで……?」
「中断するしかないわね」
相手の不在という状況から期待して呟く悠華。その言葉を上から降ってきた声が半ばから引き継ぐ。
「いおりちゃん」
特訓の中断宣言に続いて降りてくるいおり。
砂の雲に波を立てずに降り立ったその頭上には、上半身が黒髪の女で、三本足の鳥人間が翼を拡げていた。
『いおりさん、じゃあオイラたちもヴォルス退治に!』
「だけどノウッ!」
テラが鼻息も荒くダイナ達の増援を提案するも、いおりは一刀両断にそれを却下。それにテラはから回った勢いのままに砂雲の上を転がる。
『ど、どうしてよぉ、いおりさん? じゃあ何のための特訓なのよぉ!』
兄に代わってフラムが救援を却下した理由を求める。するといおりはため息をひとつ。長い黒髪に触れながら口を開く。
「二人が生き残るために鍛えているのよ。あの二人と協力すれば私も戦える。まず戦うべきは大人の私よ」
重く責任を抱えたいおりの声音。
その背中に契約者とその竜が声をかけようと口を開く。
が、開いた口から言葉が出るより早く、下方向から何者かが襲いかかる。
「なぁッ!?」
「どわぉッ!?」
「ひゃん!」
砕かれた砂雲から投げ出される悠華たち。
散り散りに落下する中、悠華は真下の陸地に待ち構える者を見つけた。
重厚な甲羅に覆われた全身。首が無いこと、肌が爬虫類を連想すること以外は人のモノに似た屈強な上半身。その下ではドーム状の甲羅が四本の足に支えられている。
『ヴォルスッ!?』
「こっちにまでかい!?」
開いた甲羅から砲身を伸ばしたカメの怪物。砲撃を浴びせた犯人らしきそれを見据えて、悠華は指輪で飾った拳を構える。
「こぉいつはやるしかないってぇヤツね!? 変身ッ!」
気合の声一つ、拳と手のひらをぶつけ合う悠華。光る手を回して作った円が球となり、その身を包む。
放たれた砲撃を弾きながら光球が膨張。グランダイナを残して弾け散る。
「ヤァッハァアアアッ!」
威勢の良い声を張り上げ落ちていくグランダイナ。その隣に火の粉を引いた巫女、ホノハナヒメが並ぶ。
「二人とも、油断してはダメよ! さっきも言ったようにそれぞれの特性を活用して戦いなさい!」
そこへ三本脚のハーピーに掴まったいおりが、警告と共に降下してくる。
終結。そして敵めがけて降下する一行。真っ直ぐに敵に落下するグランダイナ達へ向けて、迎撃の砲撃が飛んでくる。
散開するいおりとホノハナヒメ。残るグランダイナは真っ向から砲弾を装甲で受け止める。
「だっしゃあ!」
砲弾に押し返されるどころか跳ね返し、迫る次弾に拳をぶつけるグランダイナ。
「ホラホラどうしたぁ! 足の浮いたのがビクともしてないぞぉ?」
そして砲弾を迎え撃ちながら、誘うように叫ぶ。
爆煙を破る大音声。クリアバイザー越しに輝くカメラアイ。
ホノハナヒメといおりはそれらを一瞥してさらに散開。左右から挟み込むようにして、ヴォルス・トータスへ向けて空を滑り落ちる。
「燃えよ!」
「祓えの火!」
二方から師弟同時に投げ放つ火炎。
『むっぐぅう!?』
グランダイナへ狙いを点けていたために備えが遅れ、甲羅を焼く炎にトータスがうめく。
だが何処にあるか分からぬ口でうめきながらも、トータスはホノハナヒメたちの放つ炎を分厚い甲羅で弾く。
そして砲口の狙いを、わずかにサイズの大きい火球を放つホノハナヒメへと変え、砲声を轟かせる。
「来たれ、晃火之巻子ッ!」
だがそれを待っていましたとばかりに、炎の巫女はハートの金輪を鈴生りにした短杖を召喚。金属の幣に似たその側面から炎の帯を引き出し伸ばす。
帯状に伸びた炎は砲弾を受け、包むようにわずかにたわむ。が、すぐさまゴムが反発するかのように跳ね返す。燃え盛る炎をおまけに添えて。
『やっちゃえよぉ!』
『なんだとッ!?』
炎を纏って戻る砲撃を後押しするフラムの声。
対してカメは驚きの声を上げて土産つきの帰還を迎える。
「無明の淵に沈み溺れよ!」
だがそれは、間髪置かずにさらに大きな驚きに上書き、塗り潰される。
『うぐぉわぁッ!?』
突如うなり流れた鉄砲水が、横合いからヴォルス・トータスを直撃。四本の足で地を踏みしめた体を、炎を帯びた砲弾もろとも押し流す。
「はあ?!」
『この、水の力は……ッ!?』
激流の乱入に目を白黒させるグランダイナ。その傍ではテラがこの強く激しい水の力に顔を強張らせる。
するとカメを押し流した水は不意にその向きを変え、落下中のグランダイナとテラを目掛けて空を遡る。
「んなぁッ!?」
『クゥッ! 土よ、盾に!』
テラがとっさに土壁を形成。滝を逆さに返したような流れの前に出す。
それに爆音がぶつかると同時に、グランダイナは相棒を抱えて跳躍。僅かに裂けた水流の合間を抜け出る。
テラを包むようにして前回りに空を割る黒い闘士。そのまま泥飛沫を上げて着地すると、テラを放して振り向き様に身構える。
逆スペードのバイザー奥から見据える先。緩く開いて出された左平手の向こう。
「へえ、今のを避けられるの? 見掛けによらず機敏なのね」
そこには青と金、そして白に彩られた女が一人。
深海を思わせるディープブルーのロングストレート。その髪と額を飾るのは、竜の頭を模した金色のサークレットクラウン。 緩いV字を描く青いゴーグルバイザーが目元を隠し、白磁のような肌が巻角に挟まれている。そして形の良い唇は青いルージュと冷笑が彩る。
メリハリのある肢体を包む白のボディスーツ。その四肢の先は金色の装甲に覆われ、右に偏重した青いマントから覗く腕はとりわけ重厚で、鉤爪まで備えている。
ヒロイックなグランダイナとは対照的な、露悪的なまでに悪役じみた出で立ちの女である。
「凡俗にしてはやるわね。意外だわ」
青い唇に浮かぶ笑みを深める魔女。その傍らには水と共に宙に浮いた、青く小さな首長竜の姿が。
『マーレ、やっぱりお前か』
『やあ、オレも神話を継ぐ契約者に恵まれたよ。兄さん』
末尾の兄さんをことさらに強調する、マーレと呼ばれた首長竜。
それにテラは、透き通ったたてがみ状の甲殻を開く。
『さっきのはどういうつもりだ! オイラの契約者が巻き込まれかけたぞ!?』
怒気も露に牙を剥くテラ。だがマーレは口角を軽く持ち上げ、前ヒレを上下させる。
『いやこれはすみません。オレたちは契約者としてはこれが初陣ですのでね』
笑ったまま、白々しい詫びの言葉を吐き出すマーレ。
『慣れないことに緊張して力が入り過ぎていた。よくあることでしょう、兄さん?』
そして事故であると、わざとらしく訳を述べる。
そこへフラムを連れたホノハナヒメが炎を後に引きつつ降りてくる。
『マーレ! お前よくもあたいに……』
『ああ、妹よすまなかったな』
だがフラムの抗議の声は先回りした詫びに遮られる。
『兄さん思いのお前に早く知らせてやろうと思ったんだが、未確認の情報まで渡してしまった。すまなかったな』
あくまで妹であるフラムを思ったあまりの失敗である。そう謝りながらも、先走ったのはフラム自身であると含ませるマーレ。
そう言われて、フラムは口に含んでいた言葉を苦々しく噛み潰す。
そんな兄弟の不穏なやり取りの一方。グランダイナとホノハナヒメは警戒の目を青い魔女へ向ける。
だが当の青魔女、マーレの言葉からして色違いのシャルロッテは、はりつめた視線を流すように受け止めて、自身の青と金と白の衣装を視線を落としている。
「かつての英雄の持ち物と言う話だけれど、あまりいい趣味ではないわね。アナタたちもそう思わない?」
言いながら首を傾げる青の魔女。だが話を振られたグランダイナとホノハナヒメは頭上を飛ぶいおりを見やり、首を横に振る。
「いや、そんなことはないでしょ?」
「個性的で、戒めみたいなものも感じるから」
だが青い魔女はそんな二人のフォローを鼻で笑い飛ばす。
「フッ……所詮は凡俗ね。やはりこんなデザインは、選ばれし者である私には似つかわしくないわね!」
そう言うや否や青魔女は右手から伸ばした竿状の水を掴み、それを青と金の傘へ変える。
直後、色違いのシャルロッテは傘から噴き出した水流に包まれて隠れる。
一方その上空では、立て続けに十年前の自分を掘られ、つつかれ、叩かれたいおりが、ハーピーへ力無くぶら下がっていた。




