翻す一撃
満足に動けぬものが四分の三。大地組と炎組の連合は逃げることもできず、じりじりと少しでも間合いを開けようと後退り。
それを濃い紫のレディピエロは冷然とした嘲笑で眺めながら、付かず離れずのペースで歩を進めてくる。
『敵の抜け殻を庇ったりしなければ、ここまで無様に這いずり回ることも無かったのにね? 敵を助けて自分と仲間を危険に晒す。感動的だわ、滑稽過ぎて』
血の気の無い顔に嘲笑を深めるピエロ女。
それにテラは歯を軋み合わせて、悠華たちの盾になるように四肢を踏ん張る。
『アンタに、アンタなんかに兄様のなにが分かるってのよぉッ!』
そんなテラの傍ら。支えるように寄り添っていたフラムから、怒声と炎が噴き出す。
兄への嘲り罵りに堪えられず放たれた怒りの紅蓮。
だがピエロ女はそれを片手で受け止めてしまう。
『止めてよね、なにが分かるだの分かってたまるかだの……うっとおしいのよッ』
そして不快げに眉間に皺を寄せて、炎を止めた平手を押し込む。
するとまるで風向きが切り替わったかの様に、フラムのブレスが流れを変える。
『あぐ!?』
『うあ!』
録画映像の逆回しのように戻った炎は、そのまま寄り添う竜の兄妹を直撃。両者の顔面を焙る。
「テラ!? フラム!?」
そうして押し返された火勢に兄妹が怯んだ隙に、ピエロ女は滑り込むように間合いを詰め、子猫子犬大の竜を蹴り飛ばす。
『ぎゃん!?』
「ああ!?」
「ふ、二人とも……!?」
文字通り蹴散らされるテラとフラム。悠華と瑞希は打ち上げられた相棒を目で追い絶句。
『そこで震えながら見ているがいいわ、お優しいドラゴンども。お前たちの契約者が潰れる様を!』
そしてピエロ女は竜の兄妹へ吐き捨てると、悠華と瑞希へ向かって再び歩き出す。
「クッ……!」
鉛のような疲労感と苦痛。悠華はそれらに歯を食い縛り、重い体に鞭打って瑞希を庇う形で前に出る。
「ダメ、悠ちゃん……ここは私が……!」
だが瑞希も黙って友の後ろに隠されるのを良しとせず、傷ついた友の盾になろうとする。
互いに庇い合おうとする悠華と瑞希。それにピエロ女はまた一歩と出しかけた足を止める。
『私はあなたの為に、あなたは私の為に自分を盾に……美しい友情だわ』
立ち止まり、ゆったりとした拍手を贈るピエロ女。しかしその青白い顔はやはり讃える言葉とは裏腹に、嘲笑に歪んでいる。
『自分から犠牲に。美しいわね、一見は。でも結局は自己満足……残されたものの事なんか考えてない。ふふ、ヘドが出るわ』
にこやかに吐き捨てるレディピエロ。
そして無造作に蹴り出された足がとっさに前に出た悠華を打つ。
「がは!?」
「悠ちゃ……ぁうッ!?」
脇腹に足を受けて軽々と蹴散らされた悠華。続けて友へ手を伸ばす瑞希も、追わせてやるとばかりに蹴り飛ばされる。
「がッ……ゴホ、ゲホッ!?」
悠華は蹴られたままに地を跳ねて、蹲りながら蹴られた脇腹を抑える。
そこへ同じように蹴られた瑞希が、傍へ寄せられるように落ちる。
「う……うぁ……」
「み、みずきっちゃん……」
仰向けに倒れて呻く瑞希。そんな投げ出された友の手へ悠華は痛手を受けた脇に手を添えたまま左手を伸ばす。
腕を伸ばしただけでは僅かに届かぬ距離。まるで狙いすましたかのように寄せられた友との距離を埋めようと、悠華は地を這うように前進。改めて手を伸ばす。
が、友へと伸ばしたその腕は上から落ちてきたピエロシューズに縫い止められてしまう。
「……ッア!? ウ、アァアアアッ!?」
その一踏みで悠華の左前腕が音を立てて折れる。へし折られた腕からの激痛に、悠華の口から堪らず苦悶の悲鳴が溢れ飛び出す。
「ゆ、悠ちゃん……?」
『ふむ? 加減を間違えたかしら? まったく面倒な』
悠華の悲鳴に瑞希は茫然と眼を瞬かせる。対してピエロ女は二人を冷やかに見下したまま、折れた腕に乗せた足を微かに動かす。
「う、あッ! あぐッ……グッ!?」
ピエロの足が動く度に、悠華は食い縛った口から声を漏らし、その身を悶え捩る。
そこへ一対の手が伸びて、悠華をなぶる足を掴む。
「止めて……その足を、どけて……!」
半ば懇願するように、友をなぶる足を止めようとしがみつく瑞希。
友を救おうと力を振り絞る眼鏡の少女。それをピエロ女は冷ややかに見下ろして、軽くため息。そして煩わしげに掴まれた足を振る。
「ぎゃ!?」
「み、みずきっちゃん!?」
足元のゴミを払うような蹴りに、瑞希の小さな体が短い悲鳴を上げて飛ぶ。
砂煙をあげて地面を滑るその姿に、悠華は腕を折られた苦痛を堪えて友の名を呼ぶ。
『もう少し遊んでもよかったのだけど……ま、ここらで片付けとするわね。ショーの跡は残さずに撤収……っと』
だがピエロ女はそう一人ごちると、瑞希を蹴散らした足の甲に悠華の顎を乗せる。
「うッ……クッ!?」
『さて、まずは手近なところから片付けていくわよ』
足に乗せた悠華の顔を見下ろして、酷薄な嘲笑に顔を歪めるレディピエロ。
悠華の顔を持ち上げるピエロ女の足が下がる。
『な、に?』
だがその足が振り上げられる直前、ピエロ女を何者かが背後から羽交い絞めにする。
不意を打った羽交い絞めにピエロはのけ反り体勢を崩す。
その拍子に振り上がった蹴り。
それは悠華の砂と血に汚れた頬を掠めて、新たな血を溢れさせる。
「痛ッ!?」
悠華は痛みに顔をしかめながらも、目を閉じず逸らさず顔を上げる。
その目が見る先では、ピエロ女を羽交い締めにするいおりの姿があった。
「私の生徒を、殺させて、たまるものかッ!!」
「いおりちゃん!?」
「お、おおむろ、せんせい……?」
ピエロを懸命に後ろから抑え、引き剥がそうとするいおり。
予期せぬこの乱入に、悠華と瑞希はもとより、ピエロ女でさえも驚きに目を見開く。
『まさか……いくら心の力が溢れているとはいえ、私を抑え込める人間が?』
驚き戸惑うピエロ女。その間にいおりは引き摺る様にして悠華とピエロの間合いを開ける。
『しゃらくさいッ!』
「ウッ!?」
だが我に返ったレディピエロが浮きたった足を踏み締め、力任せに振り払う。
「いおりちゃん!」
「先生ッ!」
振り払われた勢いのまま倒れるいおり。その細身の胸をピエロ女の足が抑える。
「あ、ぐ!?」
あばら骨の折れる音。それと合わせて漏れる苦悶の声。
そんないおりを足下に見下ろして、ピエロの青白い顔が嘲りに歪む。
『この残りカスのような結びつき……そう、アンタがアイツらの……』
レディピエロはそこで一度言葉を切ると、喉を鳴らしての含み笑いを溢す。
『まさかこんなところで会えるとはね、面白いじゃない。じゃあ望み通りアンタから掃除してやる!』
いおりに止めをと、胸踏む足を振り上げるピエロ。
「い、いおりちゃん……!」
次の一踏みでいおりは殺される。そして瑞希も、テラも、フラムも。
大切な者たちが失われる。
「……嫌だ」
なんの為に。
「やめろ……」
自分の力が足りない為に。
「やめろぉお!」
拒絶の叫びが大気を引き裂き響く。瞬間、悠華の体が爆音を上げて弾ける。
『ぶふぅおッ!?』
否、弾けたかに見えた悠華は、まさに火薬に後押しされた銃弾のごとく突進。光輝く右拳をピエロ女の横っ面へ叩き込んでいた。
『あ? が?』
鈍い声を溢してぐらつくピエロ。しかし揺らいだ上体はそのままに、悠華目掛けて逆襲の蹴りを繰り出す。
弧を描いて襲いかかるピエロシューズ。
側頭部を狙うそれに、悠華は折れた左腕をぶつける。
だが蹴りを受け止めて跳ね返したのは、折れた褐色の腕ではない。黒い装甲に覆われた逞しい健常な腕であった。
ピエロの青白い頬を打った右腕も、すでに肘から先がグランダイナのそれに変化。両腕を包む頑健な鎧に走るエネルギーラインが脈動する度、悠華の身を包む鎧が広がり、やがて傷ついた日焼け顔を雄々しいヒーローのマスクが隠す。
「あぁッ!!」
クリアバイザー奥に眼光たぎらせての溌気。同時に黒い鎧に包まれた肉体が膨らみ大地と大気が揺らぐ。
『クッ……大人しく順番を待っていればいいものをッ!』
グランダイナの拳と放つ気に煽られて、ピエロ女はよたつき間合いを離しながら崩れたバランスを整える。
腰を落として身構えるピエロ女。
そこへ踏み込もうと、グランダイナは拳を改めて握り固める。
対して姿勢を整えたレディピエロがカードを手に構える。
だが振りかぶったその腕を、鎖となって伸びた炎が縛り捉える。
『なッ!?』
蒼白な顔に張り付く驚愕。
大きく見開かれたその眼が向かった先。そこには炎の巫女装束を纏い直した瑞希が、己の杖を片手に握りしめている。
『まさか、お前までッ!? どいつもこいつも割り込みを……ッ!』
忌々しげに歯を剥き、炎の縛鎖を引き千切ろうと力を込めるピエロ女。
だがその刹那、息を呑んで向き直ったピエロ女とグランダイナの目が交錯。
「ヤァッハァアアアアアアアアアアアッ!!」
『ア、グゥァアアアアアアアアッ!?』
次の瞬間、グランダイナの心身を振り絞っての拳がピエロ女のみぞおちを直撃する。
爆音を上げ、深々とめり込む光輝く拳。
それに打ち上げられるようにピエロドレスに身を包んだ体が宙を舞う。
軽々と撃ち上がったピエロの体は真っ直ぐにグラウンドを横切り、その勢いのままに敷地の端へ突っ込む。
ガラスの割れるような音を立て、破れる霞靄の壁。
結界に大きく開いた風穴。それは周囲を食い広げるように崩壊を加速。
見る見るうちに崩落するヴォルスの領域。
グランダイナはその様を眺めながら、巨体を崩壊させてへたり込む。
「し、しのげた、のか、なぁ? はは、はぁ……」
汚れてほつれたセーラー服姿に戻った悠華は、地べたに座ったまま、精根尽き果てたと言った調子で乾いた笑いを溢す。
「そのよう、ね……みんな、よく、やったわ」
流石に疲労の色濃い悠華の傍ら。地面に横たわるいおりが途切れ途切れに教え子を労う。
「だ、だめですよ先生、無理したら」
苦しげな息を漏らしながら、身を起こそうとするいおり。そこへ変身の崩れた瑞希が体を引きずるようにして寄り、光を灯した手をかざす。
「あ、ありがとう、明松さん」
瑞希の癒しの術を受けて、いおりの表情から苦悶の色が引く。
『みんな』
『無事でよかったよぉ』
そこへテラとフラムの兄妹もまたフラフラと集まってくる。
「テラやんにフラちんもね」
秋の蚊の様に飛んできた相方とその妹を、悠華は座ったままで迎えて労う。
「あぁ、マァジで今日はキツかったぁ、本気でキツかった! むっちゃくちゃキツかったぁ!」
そして膝にテラを抱えたまま、戦いの疲労を吐き出すように叫ぶ。
「あはは……そうだね。でも本当に良かった。ケガはしたけれど、みんなが無事で……」
そんな悠華を見て笑みをこぼしながら、瑞希も巫女装束を炎と解いて、髪を黒に戻す。
「そう言えば、あの人は? あの大きなタコのヴォルスの核になっていた」
いおりの胸に癒しの術をかけながら、瑞希は思い出したように事件の中心人物の投げられた方向を見る。
「大丈夫よ。ただ彼……水橋先生をストーキングしていたって噂がある人だったから……」
「マァジでッスか!? ま、いいッスわ、後で真っ向から振られちまえい!」
言葉を濁らせるいおりに、悠華は傷ついた四肢をグラウンドに投げ出し、やけっぱち気味に言葉も投げる。
「ふふ、そうね。それで終わりでいいのね」
「ですよね。みんな無事でおわったんですし」
投げやりにヴォルスの寄り代を扱う悠華に、いおりと瑞希もまた頷き笑う。
笑い合う一同の頭上で、青い空が靄の向こうから顔をのぞかせた。
今回で第一部が終了となります。
現状の評判ですとここで打ち切りとするのが妥当だと思いますが、きちんとした結末を目指して、恥を忍んで連載を続けさせていただきます。
今後もお付き合いいただけましたら嬉しく思います。




