グランダイナ対大触手
炎の塊となって昇る瑞希。
グランダイナは友の上昇を見上げ見送ると、打ち上げの為に振り上げた腕を拳にして真下に目を向ける。
土の上に横たわる太い触手。
高々と拳を固めた黒いヒーローアーマーの巨体は重力に引かれて、真っ直ぐに足場として踏んだタコ足へ落ちていく。
「ふんぬぅッ!!」
みるみるうちに勢いを増して黒い巨体が落着。同時に叩き込まれた拳が轟音と共に弾力ある触手に沈む。
深々と沈みこんだその一撃はタコ足を徹して地面へ、その打点を中心にクレーターと亀裂を広げる。
「やあッ!」
そしてすかさず触手の上でターン。
弾力あるタコの身を足裏で捩りながら後ろ回し蹴り。薙ぎ払おうと迫る触手を迎え撃つ。
直後、足場の触手が捻れたゴムが戻るように反発。グランダイナもまたその勢いに逆らわずに身を翻す。
「ハァアッ!」
そして蹴りに負けじと戻ってきた触手を殴り返す。
重く轟く激突音。その波紋に押されるように、タコの足はまたも弾かれる。
「う、おぅ!?」
だがその瞬間、足場としている触手が波打つように蠢く。
そしてバランスの乱れた間隙に真下から一際大きく波打つ。
「なぁあッ!?」
巨大な波を起こしたタコ足に弾かれ、黒いヒーロースーツの巨体が宙を舞う。
無防備なそれを目掛け、ここまで散々に翻弄された触手が逆襲の串刺しに突き上げる。
「晃火之巻子ッ!!」
しかし鋭い掛け声と共に降った紅蓮の帯が、肉槍の穂先との間に割って入る。
グランダイナの盾となった炎の帯。それが触手の先端を焼き切り、激突点から炎を噴き出し浴びせる。
降り注ぐ高熱の奔流に、タコ足はやや焦げが過ぎた匂いを後に残して引き下がる。
自然に従って落下するグランダイナ。
落下しながら顔を上げたその視線の先には、炎の帯を手繰る赤い巫女となった瑞希が。
契約者としての戦闘形態に変化し終えた瑞希は、杖側面から伸びる炎を振るいつつグランダイナと並ぶ。
巻物を思わせる炎の帯は鞭のように太いタコ足を焼き叩き、払いのける。
そして晃火之巻子が切り開いた空間を通って二人は並んだまま地面に降り立つ。
同時に、瑞希の手に持つ杖から伸びていた炎が吸い込まれるように収納。金属の御幣の形で落ち着く。
四十センチ伸びたグランダイナに対し、頭二つ分ほど小さい火竜巫女姿の瑞希。
そのフラムを模した仮面の無い顔を、グランダイナは覗きこむようにして見下ろす。
「へえ、あのお面止めたんだ?」
燃えるような赤毛に炎を模した金の髪飾り。そして赤縁の眼鏡以外は素顔同然の瑞希は、友の言葉に照れたようにはにかむ。
「もし悠ちゃんに顔見られたら、巻き込んじゃうかなって作った奴だったし……」
「結局、お互いに巻き込み巻き込まれる前に突っ込んでたわぁけだけどね」
グランダイナのいつもの間延びした軽口。
それに瑞希は笑みを深め、再び巻物を広げるように炎の帯を摘み伸ばす。
「そうと分かれば手を取り合って。だよね?」
「そゆこと」
炎の巻物を広げ構える巫女装束の瑞希。その隣からグランダイナは左肘を前にした構えを取りつつ半歩前に踏み出す。
「ほんじゃ昨日と同じ要領で。アタシが前に出るから……」
「うん。援護は任せて。止めは隙を探って臨機応変に、ね」
「オッケーオッケー」
軽く役割分担を打ち合わせて、グランダイナと瑞希は立ち位置を定めて敵に対峙する。
「……そぉれにしても、今度はバカでっかいタコ足たあね。昨日のは上手く逃げてたってぇことかねぇ?」
うねる巨大なタコ足を見やり、グランダイナが口から溢す。
『ううん。アレは間違いなく倒せてたはずだよぉ。あそこから成長したにしたって、これは大きすぎるよぉ』
『そうだね。オイラもそう思う。おそらく昨日のが分身で、こっちが力を蓄えていた本体……ッ!』
羽ばたくフラムと浮かせた岩に乗ったテラ。
傍へ寄りながら敵を推し測る二人の言葉に、グランダイナと瑞希はその構えに力を込める。
「……だとしたら、アレに狙われた水橋先生がまたッ!?」
「それに、他にここに取り込まれた人たちがいたとしたら……!」
『無事かどうか分かんないよぉッ!』
フラムの悲鳴と同時に降ってくる太い触手。
「突っ切るよッ!」
対してグランダイナは鋭く号令。真上に振ってくるタコ足を殴り返しながら踏み込み、駆けだす。
「まず前のタコに狙われた水橋先生ッ! そん次はいおりちゃんをッ!」
「なんで大室先生をッ?」
横合いから行く手を阻もうと伸びてきた触手。それを瑞希が炎の帯で阻みながらグランダイナに続く。
「なんでって……いおりちゃんはテラやんとフラちんのオカンの相棒だよ!?」
「えぇえッ!?」
言いながらさらにもう一本現れた新手の触手をグランダイナが蹴り飛ばす。
その蹴りと同時の言葉に、瑞希は驚きに目と口を大きく開く。
『先代の事、話してなかったのかフラム!?』
何も聞かず、知らずにいた様子の瑞希に、テラは傍らを飛ぶ妹へ驚き交じりの問いをぶつける。
『そんなことないよぉ! 先代パートナーの名前くらいは話したけど、まさかホントにこんな近くにいるなんてあたいも瑞希も思ってなかったのよぉ!』
対してフラムは首を左右に振り、調べず探さず仕舞いだった訳を話す。
そこへ三本を寄りまとめた極太の触手が振り下ろされる。
「フラム、テラくん?!」
それに瑞希は晃火之巻子から伸びる火炎の帯を纏うように展開。相棒とその兄を防護膜の内に匿おうと飛び出す。
「みずきっちゃんッ!」
その瑞希をグランダイナが後押し。触手の軌道からその先へと押し出す。
「きゃん!?」
竜の兄弟を抱えた瑞希が影の下から抜けた直後、爆発にも似た重く鈍い音が辺りを揺るがす。
「悠ちゃん!?」
『悠華ッ!?』
『そんなッ!?』
巨木の横倒しにも似た三つ編みのタコ足。重みを一点収束させたそれの下敷きになったグランダイナに、瑞希たちが口々に叫ぶ。
「……ぁあぁぁぁ……」
悲鳴にも似た声が重なる中、籠った声が触手の下から漏れる。
「ヤァッハァアアアアアアアアッ!!」
直後、気合の声を轟かせてグランダイナが三つ編みのタコ足を持ち上げる。
その巨大な足束を支える両腕には、土砂を固めた巨人のそれが装着。
グランダイナ自身をそのまま肘先に取り付けたようなサイズのオーバーアーム。
太く、雄々しく、力強いそれは、一本一本が腕と見まがうほどの指に力を込めて触手を絞り握る。
「悠ちゃん!」
巨大なタコ足を真下から押し上げるグランダイナ。それを援護しようと、瑞希が炎の帯を振り上げる。
「待ったみずきっちゃん! こっちはアタシに任せて、巻き込まれた人を探して!」
「えッ!?」
だがその援護の手を、他ならぬグランダイナ自身が制止する。
「そんな、悠ちゃんを置いてなんてッ!?」
『そうだよぉッ』
食い下がる瑞希とフラム。
だがそれと同時にグラウンド方面からもタコ足が出現。手近な校舎へとその先端を伸ばす。
「ここで確実に戦えるのはアタシらだけ! 頼むよ! 一人でも多く安全な場所に、早くッ!」
持ち上げた三本固めを逆に抱え抑えて叫ぶグランダイナ。
その叫びに瑞希は下唇を噛む。だがすぐに杖から伸びた炎を千切ると、手に持つそれを投げ放ちながら踵を返す。
「すぐにみんな避難させて戻ってくるから……待っててッ!」
「頼りにしてるよ、みずきっちゃんッ!」
任された保護役を請け負い、瑞希は校舎へ向かって走る。
その手から放たれた炎は、空中で札状に固定。
変化から踊るように空を走り、三つ編み触手に張り付いて炎を伸ばし網を作る。
タコ足に焼き焦げを刻み、縛る炎の網。
グランダイナは焼き縛られた太い触手束を潰れるほどに抱えながら、離れる友の背中を見やる。
「テラやん! いおりちゃんの心と命の力、覚えてるだろッ!? 探してみずきっちゃんを案内して!」
『わ、分かったッ!!』
瑞希寄りに転がっていた相棒にも、同行して保護を手助けするように指示。
そうして別行動に向かった友だちと竜の兄妹を見送ると、ようやくグランダイナは抱えていた触手束をその場に叩きつける。
「おぉりゃぁああッ!!」
もともとハイパワーヘビー級であるグランダイナ。
その力を大幅に引き上げる土砂を固めたオーバーアームは、投げつけた触手束を爆音と共に地面に沈める。
「ふんッ!」
そしてめり込み、弾むことも出来ぬ三つ編み触手へダメ押しの左巨拳を叩き込む。
ゴリラ以上にアンバランスな巨大な腕と拳。それによる大地に印刻む一打を受け、タコ足が深々と折れ沈む。
しかし炎に束ねられ、散開すら出来ぬそれにグランダイナは高々と逆の拳を掲げる。
「ふんッ! ぬぅッ! らぁああッ!!」
右、左、右、左と容赦なく巨拳を降らせるグランダイナ。その隕石の如き一打が叩き込まれる度に、タコ足の束は悶えるように痙攣を繰り返す。
「これでぇッ!!」
そして背を逸らすようにして大きく身を引き、巨拳を頭上で組み、渾身の一撃を備える。
しかしそこへ執拗な打撃に耐えかねてか、グラウンドを突き破って現れた触手が横合いからグランダイナへ襲いかかる。
「おぐ……っ!?」
丸太の如き触手の急襲に、グランダイナは堪らず体を折って呻く。
抉りあげるような一撃に足が地面から離れ、重石を増やした巨体が浮かぶ。
しかしグランダイナは空中で強引に身を捩ると、巨大な両腕で地を掴む。
地を握った指は、固められた土ばかりかアスファルトまでも抉ってブレーキ。
「む、ぅう……!」
そして押し込みに迫る触手を正面に見据え、掴んだ地面を押し出すようにして手離す。
両足から飛び込むように接地。それを固く舗装された地面に沈めて、その巨腕を構える。
「エェヤァアアアアアアアッ!!」
そして迫る触手と真っ向から拳をぶつけ合う。
タコ足と迎撃の拳の激突に、衝撃が弾けて波のように拡がる。
「ぐっ」
その波紋に押し退けられるようにして、グランダイナとタコ足はお互いに分離。
オーバーアームを通じてさえ拳に響く重みに、グランダイナは仮面の奥からかすかな呻きを漏らす。
だがすぐさま巨大なオーバーアームを盾にするように構え直すと、のたうつタコ足に向けて踏み込む。
グランダイナは盾とした左腕はそのまま、右オーバーアームを刃の様な平手に固める。
「おぉおりゃぁあああああああッ!」
叫び、刀を振るうように右の巨腕を振り下ろす。
縦一閃。
分厚く巨大な刃は蠢くタコ足を輪切りに切り裂く。
乱れの無いきれいな断面。そこから濁った体液を溢れさせて、分断された触手はのたうち暴れる。
グランダイナは間をおかず、根元へと繋がったタコ足を左手でつかむ。
「ふんッ!」
そしてそれに繋がる本体を地下から引き抜きださんばかりに引っ張る。
注意を引こうとするかのように、力任せに、物理的にタコ足を引くグランダイナ。
「うっ!?」
だがその背後から切断した触手の先端が黒いヒーロースーツを羽交い絞めにするように絡みつく。
それに注意を取られた隙に、沈黙していた触手束が不意に地面から跳ね上がる。
「あぐッ!?」
横殴りのそれに打たれてグランダイナは僅かによろめく。
しかしその微かなバランスの崩れを逃さず、捕まえたタコ足が大きく振り上がる。
「う、わっとお?!」
触手に引かれ、一本釣りさながらに宙を舞うグランダイナ。
「お、落ちたらシャレにならんて!」
下を見て、一息に持っていかれた高度を認識。するとグランダイナはおのれを釣り上げた触手を放すまいと、食いついた指に力を込める。
しかしそれは餌に隠された針をさらにのみ込むような事。
火の網を引き千切り自由になったタコ足三本。それらが残らず、グラウンドへ釣られるグランダイナの軌道へ割り込んでくる。
「どわぉぅッ!?」
方向転換の利かぬ空中。しかも敵による牽引で動きの主導権も向こう。そんなところへ殺到する敵の手に、グランダイナはとっさに身構える。
盾とした右オーバーアーム。それを通じての鈍い衝突。
腕から駆け上がる痺れに歯を食い縛ったところで待ち構えていたように背を撃つ一撃。
「がっ……!」
仮面から漏れる短い苦悶の息。背を叩いた肉鞭はそれをさらに絞り出そうというのか、吸盤で食いつきキツく巻きつく。
「マズイッ!」
二本のタコ足に引きちぎられるのを防ぐため、グランダイナは左オーバーアームをパージ。腕から切り離して釣り触手から逃れる。
そこへ息つく暇を与えまいと三本目が接近。
伸び迫るそれに、グランダイナは残った右オーバーアームを射出。
だが投げつけるように放ったそれをタコ足はくねりと避けてやり過ごす。
「えぇあぁ!」
しかしその為に生まれた間隙に、グランダイナはチョップ一閃。胴を絞める触手を切り裂く。
宙へ解放されたグランダイナは、そのまま軌道のずれた触手を頭上にかわして落下。
だが着地に備えて構えたところで、太い触手が背後から胴に絡みつく。
「なぁッ!?」
驚きの声が上がるが早いか、黒い装甲に覆われた巨体は背中から地面に激突。粉塵の中に消えた。




