共闘
『グググググッ!』
低くくぐもった唸り声を残し、空を横切る赤い塊。
制御を失った炎が、巫女の手の内で暴発。
広がる炸裂音と紅蓮の輝きに後押しされて、一丸となったヴォルス・ラットと赤い巫女が加速する。
「あうッ!?」
遠くで響く重い着地と高い悲鳴。
散った爆炎の向こうでは、ヴォルス・ラットが巫女に馬乗りに。
「しぶといネズミッ!」
グランダイナはマウントを取るネズミの姿に毒づき一つ。すかさずテラの操る足場から跳ぶ。
『ちょ、ちょっと!?』
戸惑うテラの声を後に残し、グランダイナは敵へ向けて空を渡る。
方向転換の利かない空中に出た事を幸いにと、フラムの放つファイアブレスが襲いかかる。
だがグランダイナはフラムの炎をテラの操る土壁に任せ、黒い装甲に覆われた巨体を翻す。
「ヤアッハアァアアッ!!」
気合と共に右足を蹴り出しての飛び込み。それは巫女へ食いつこうとするヴォルスの背骨へ突き刺さる。
『グガガバァッ!?』
重く鈍い打撃音。そして濁った悲鳴との二重奏。
それを後に、ヴォルス・ラットの体は前のめりに打ち出される。
のし掛かるヴォルス・ラットが剥がれて、自由になった仮面の巫女は袖を振るうようにして身を起こす。
そしてグランダイナ目掛けたフラムのブレスに割って入り、袖で火炎を止める。
『なにしてんのよぉッ!?』
「おろ? どういう風の吹き回し?」
火を噛みながら頭を抱えるフラム。それを模したお面を被り黙ってたたずむ巫女。
遠く、そして腹筋の高さと、グランダイナは赤い竜とその契約者の順で視線を移して首をひねる。
「それはこちらのセリフだわ。なぜ私を助けたの?」
「なんでって?」
巫女の質問の意味が理解できず、グランダイナは捻った首を逆に返す。
「さっきの隙に逃げるかすれば良かったのに、どうして敵の私を助けたの!?」
焦れたように問いを重ねる巫女。だがそれでもグランダイナは首を傾げたまま。
「いや、敵じゃないじゃん?」
「は?」
そしてヒロイックな仮面の奥から放たれた答えに、巫女の仮面から呆けた声が零れ落ちる。
直後、二人をめがけて放たれる炎。
それをグランダイナと巫女は左右に飛び退き避ける。
『グググァアアッ!!』
二人の離れた後に飛び込んで来たのは、炎を纏うヴォルス・ラットであった。
「そっちがどう思ってようと、こっちの敵はあいつらヴォルス。敵でないのと戦う気はなぁいの」
ヴォルスが怒りのままに放つ炎。それを平手で叩き落とし、握り潰しながら、グランダイナは軽い調子で理由を補足する。
「ふざけてるの!? こっちはさんざん……倒す気で攻撃してるのよッ!?」
飛来する炎を炎で掻き消し、千早の袖で叩いて赤の巫女が叫ぶ。
「だからなんだっての? 一回戦ったら絶対に最後まで敵だったなんてことは無い、しッ!」
グランダイナは言葉を区切りつつ後ろ回し蹴りを一閃。迫る大きな火球を蹴り砕く。
すると炎の巫女はラットへ牽制の炎を放って飛翔。火の粉の尾を引いて黒い闘士の隣へ舞い降りる。
「……分かったわ。今はヤツを倒すことに集中する。この場で足は引っ張らない」
『ちょっと! そんな勝手にッ! あたいとの約束はッ!?』
「それも忘れたわけじゃないわ。決着を付けるにも、邪魔ものは先に片付けたいの」
急ぎ相棒の顔の横まで羽ばたいて食ってかかるフラム。
それを巫女は穏やかな声で宥め諌める。
『理解は出来た。が、納得いかんのよぉおッ!!』
しかしフラムは相棒の言葉に耳を貸さず、胸を大きく膨らませて息を吸い込む。
だがグランダイナへ目掛けて放たれたそれは、テラの作りだした土の盾が防ぐ。
『ゴメン。妹はオイラが責任もって抑えるから、ヴォルスは二人で何とかしてよ』
『兄様どいてよぉッ! そいつ燃やせないのよぉッ!!』
二人に頭を下げるテラ。その後ろの土壁から、フラムが喚きながら躍り出る。
しかし深く息を吸うその目の前にテラが土壁を召喚。
射線の閉じた直後に吹いた炎の息吹が壁にぶつかり弾ける。
テラはそれに振り返り一瞥して、改めて黒い闘士と赤い巫女に一礼する。
それを受けて、グランダイナは仮面の奥で苦笑気味の息を溢す。
「やぁれやれ。じゃ、そっちは頼んだよ」
軽く肩をすくめて、後ろからの狙撃の防止を相棒に任せると、拳を構えて身を沈める。
「ほんじゃこっちが前に立つから、巫女っちゃんは隙見て援護してどうぞ?」
傍らの巫女を一瞥して陣形を伝えるグランダイナ。
瞬間、フラムを模したお面の目が呆けたように広がった気がしたが、グランダイナは念押しをすることなく踏み込む。
爆音を後に連ねて突き進む黒い鋼の巨体。
「うぉおりゃああッ!!」
重機や戦車を人間大にまで圧縮したような重みと勢いを乗せて、引き絞った拳を解き放つ。
速度、重量に腰の回転を加えて撃ち出した拳はまさに戦車砲。ヴォルス・ラットが盾にした腕もろともに、その赤茶の胸へめり込み沈む。
『グググギィッ!?』
重い手応えが音になって響き、苦悶の声に混じった軋みと鈍い音が後に続く。
その一打の巻き起こした鈍い音楽を残して、赤茶色のネズミ人間が宙を舞う。
浮かび上がったそれに火の玉が殺到。瞬時に目を焼かんばかりの赤が弾ける。
『グ……ググガァッ!!』
だが瞬く間に全身を包み込む程の火炎に見舞われながらも、ヴォルス・ラットは着地と同時に自身を覆う熱の塊を振り払い吠える。
先の高波の如き炎を耐えきった事と合わせて、炎熱に対しての恐ろしく高い耐性を堂々と示す今回のヴォルス。
『グゥググッ!』
続けて全身から炎を噴き出し、体毛に僅かに燻っていたいた分も押し流すと、手足四本で地を蹴り駆け出す。
「ふんッ!!」
地を焼き焦がしながら猛然と迫るヴォルス・ラット。グランダイナはその突進に腰を据え、怯むことなく左腕で受けて見せる。
『ググギィイ!』
ヴォルスは衝突の勢いのまま、鉄骨にも似た腕へ食らいつくように掴みかかる。
その激突に押し込まれてグランダイナのか踵が地を削って後ずさる。
「ぬおりゃあッ!」
だが両足が土を噛むように沈んで制止するや否や、グランダイナは腕に食いついたネズミ人間を、ブレーキ痕の刻まれた地面へ叩きつける。
『グギィイ!?』
潰れて苦悶の声を絞り出すヴォルス・ラット。纏う炎を散らしたそれに、グランダイナは控えていた右腕を振り下ろす。
だがネズミが首を逸らし、オレンジに輝く鉄槌は地を叩く。
『ガッ!? ググァ!』
耳際を掠めての爆音。左から右へと脳を貫きぬけたそれに顔を歪めながら、ヴォルスはグランダイナの顔面へ火を吹きかける。
「クッ!」
だがグランダイナは逃げずに逆スペード型のシールドバイザーで炎を受け、焼かれたそれを逆にネズミの鼻先へ叩き込む。
『ガ、バッ!?』
火と滴の混ざった赤を鼻から吹くヴォルス・ラット。
返り血にバイザーを汚しながらも、グランダイナはさらにヘッドバットをもう一発。ダメ押しのその一撃は、釘打つようにヴォルスを後頭部から地面へ沈める。
その衝撃に腕の装甲に食い込んでいたネズミの四肢が緩み、外れる。
「まだまだぁあッ!」
敵が力を失った機を逃さぬと、大きく拳を振り上げるグランダイナ。
だがその瞬間、ヴォルス・ラットの鼻血面が笑みに歪む。
「グッ!?」
それにグランダイナは拳ごと引いた身を戻そうとするも、ヴォルスの大地を背にした四肢がそれよりも早く黒い巨体を押し上げる。
巨体に見合った重量を備えるグランダイナと言えど、自ら引いたところへの押し上げには堪らず浮かび上がる。
『グ、ググッ!』
その僅かな隙に乗じてヴォルスはグランダイナの下から転がり抜ける。
「まず!?」
逃げた敵を追って顔を上げるグランダイナ。その視線の先で赤茶のオオネズミがヘッドスプリングで転がった勢いを反転する。
『グガゥアッ』
「が……っ!?」
仮面越しに顔面を叩く後ろ足。熱を帯びたその衝撃は装甲もろともに顔をあぶり、鼻、首、背骨へと突き抜ける。
「ぐむぅ!」
しかしグランダイナは吹き飛ぶ事無く踏ん張り、首を振り返して蹴りを押し返す。
だが押し返しに乗ってヴォルスは自ら跳び、また着地から反転して躍りかかってくる。
「ぐ! こなくそッ!」
グランダイナは左腕を盾に燃える拳を受け、逆の手を伸ばす。
だがヴォルスは打撃からすかさず離脱。離れながら炎を投げ放ってくる。
「ヤァッ!」
気を張り、迫る炎を叩き割りつつ前進。だが炎を割り裂いた直後、すでに飛びかかってきていたヴォルス・ラットが燃える拳を繰り出す。
「クッ……くっそ!」
二歩目に踏み出す間隙を撃たれ、とっさに反撃の腕を振るうもまた空を切る。
逃がすまいと足を踏み出したものの、飛び退きざまの火炎がその足を鈍らせる。
そして僅かに与えてしまった間にヴォルスは横合いからまたもグランダイナへ飛びかかり、瞬く間に離れる。
「捕まえさえできれば……ッ!」
装甲で受け止めはしているものの、ヴォルスの素早さと遠近の武器を織り交ぜたヒットアンドアウェイにグランダイナは翻弄される。
赤茶の影を追って振り向けば、そこでは巫女の放った炎が土にぶつかり弾ける。
ネズミの軌道を追いたてる巫女の火球。
しかし行動範囲を狭められながらも、ヴォルスはそのスピードを緩めず、すれ違いざまの爪や打撃をグランダイナへ見舞い続ける。
「ぐ……うぐ……」
一撃は致命に問く及ばず。しかし装甲の外から炙る熱を加え、幾重にも重なった攻撃にグランダイナは呻き、堪え切れぬと言わんばかりに身を丸める。
甲羅に籠る亀よろしく身を固めるグランダイナに対し、ヴォルス・ラットは変わらず一撃離脱でを繰り返してダメージを蓄積させ続ける。
『グググググッ! コワス! コワスゥッ!!』
やがて笑い声に似た唸りに続き、破壊衝動を言葉にするヴォルス。そして一際大きな足音を響かせて迫る。
強い熱を帯びた拳が装甲を叩く。刹那、グランダイナのバイザー奥で鋭い双眸が光を放つ。
「ヤァッ!!」
『ググゥア!?』
短く、しかし重く響く気合。
同時にヴォルスの口から驚愕と苦痛が声になって吐き出される。
打撃の瞬間。グランダイナは待ち構えていた大振りの打撃に合わせて踏み込み、全身を用いてヴォルスを弾き返したのだ。
これぞ宇津峰流闘技術地伝、不動破撃硬。
しかしヴォルスは技を受けて吹き飛びながらも空中で身を翻し、体勢を整える。
そのまま炎の燻ぶる地面へ構わず着地する。
だがヴォルス・ラットの足が触れた瞬間。燻っていた炎が激しく燃え盛る。
『ググッ!?』
立ち昇った火は戸惑うヴォルスの全身に絡みつき、たちまちに赤茶の身を包む。その炎はあたかも縄のようにヴォルスを縛り、この場に縫い止める。
己の耐熱能力を信頼しての行動であったようだが、それが落とし穴となった。
縛られたヴォルスは火を噴き出してもがくものの、炎の縄は逆にそれを吸い込んで赤茶の毛皮に音を立てて食い込む。
「無駄よ。避けられてる間にじっくり仕込んだんだから」
言いながらグランダイナの横に並ぶ赤の巫女。
その手には短い金色の杖と、杖の側面から伸びる帯状の炎が。
金属杖の片端からはハート型の金輪が鈴生りに下がり、巫女の格好と相まって御幣を思わせる。
しかし材質違いの幣の側面から炎の帯が広がる様子からは巻物を想起させる。
幣と金剛杵、巻物を合わせたような短杖「晃火之巻子」。
それを巫女が振るうと、地面に残った燻りから一斉に炎が噴き上がる。
渦を巻くそれは炎の鎖に囚われたヴォルスへ群がり、がんじがらめに絡め取る。
「おおう。やぁるねぇ巫女っちゃん」
ヴォルス・ラットの動きを止め、そのまま焼き尽くしてしまえそうな状況に称賛の声を上げるグランダイナ。
それに戸惑うようにフラムお面の目を瞬かせる巫女。その隣からグランダイナは敵へ向けて一歩進みでる。
「翻土棒ッ!!」
そして己の杖を呼びながら二歩目を踏み込み、山吹色の戦棍を大地から呼び出す。
天を突くように飛び出し、落ちてくる翻土棒。グランダイナは得物を迎えるように右手に握ると、続いて棍を巻きつけるように振るいながら踏み込む。
「ヤァッハァアアアアアアアアッ!!」
鋭い気合を響かせて縦一閃。しなる棍棒がヴォルス・ラットの脳天を打ち抜ける。
「命! 支える、大地! 豊か、なる! その袂にッ! 抱かれる、まま身をゆだね!」
振り上げ、左横薙ぎ、逆端による切り返し。
さらに突きを織り交ぜて、言霊を打撃に合わせて叩き込んでいく。
その度に散るオレンジの光が文字を成し、ヴォルスを中心に魔法陣を形作る。
「命の輪に」
そしてグランダイナは翻土棒を手放すと身を翻し、宙に浮いた得物の腹ごと魔法陣の中心を蹴る。
「還れぇえッ!!」
言霊の結びと重く鈍い打撃音が響く。
『ググゥァアアア、ア、アアッ! アアアアアアアッ!?』
断末魔の声を上げて悶えるヴォルス・ラット。
やがて蹴り込まれた浄化の力が内側から膨らみ、爆散。縛る炎を吹き飛ばす。
そして爆風がすべてを押し流した後には、爆心地に倒れるくたびれた服の男の姿があった。
続いて辺りの景色が揺らぎ、倒れた男とグランダイナ、そして巫女は喫茶店近くの道路に放りだされる。
気を失ってはいるが息のある男。火の拡がっていない様子のサテライトリンク。
それを交互に見やり、グランダイナは小さく安堵の息を溢す。そしてふと視線を動かすと、じっと見据える赤い巫女と目が合った。
「ねえ……もしかして、あなたは……」
「ほぉんじゃ悪いけど今日はこれで。こぉっちとしては次に会っても話し合いですぅませたぁいけどねぇ」
巫女の言葉を遮ってグランダイナは跳ぶ。それを追いかけて、砂に乗ったテラが続く。
道路を見下ろせば、仮面越しに空を見上げる赤い巫女と、砂山に埋もれたフラムの姿があった。




