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魔法少女ダイナミックゆうかG  作者: 尉ヶ峰タスク
ガール・ミーツ・ファンタジア
11/100

病弱少女はおんぶしよう

 大室宅。

 カーテンの向こうに高々と月の浮かぶ頃。

 キッチンで洗い物を済ませたいおりは、赤いエプロンを外して教え子をもてなしたテーブルに着き、一息つく。

「やれやれ……実戦での動きからすると随分と頼りなかったわね」

 手首を振って腕を解しながらの一言。

 その言葉が指すのは言うまでもなく精神体同士の組手で指導した二重の意味での教え子の事だ。

「裕香が特別だったのか、それともあの子のムラッ気がひどいのか……あの安定感の無さは心配だわ」

 いおりは腕をさすり揉みながら呟いて、ため息交じりに首を横に振る。

「……あの二人を比べても仕方ないか。それより今は、自分の戦線復帰の手段を考えないと」

 十年前に結んでいた契約は完全消滅していない。

 先日、幻想界で力を振るったことで得た戦える可能性の実感。

 そして同時に、今引き出せる力では矢面に立つどころか、出しゃばれば逆に教え子を危険にさらすことになりかねないということも強く思い知らされた。

 出来るのなら自分こそが戦いの矢面に立ち、生徒たちを守らなくてはならない。にも関わらず教え子に任せざるを得ない現状は、力を取り戻せる可能性と合わせていおりの責任感を執拗につつく。

 ふがいない自分に対する苛立ち。一人では打開出来そうにない難題。いおりはそれらに顔をしかめて、前髪を掻き上げる。

「とにかく、裕香や奏先生に相談して力を取り戻す方法を探してみないと……」

 いおりは自分に言い聞かせるように呟いて左耳に触れる。

 飾りのない耳朶を指でなぞり、いおりは自嘲気味に唇を歪めて息を一つ。

「……どちらにせよ、今すぐにできるのは戦い方を教えて、あの子が生き延びる可能性を上げる事だけか……情けない」

 だがそう言葉を切ると、笑みを自嘲から柔らかなものに緩め、細めた手で己の腕を眺める。

「しかしムラッ気は確かだけれど、素養自体は見込み通りだったのも間違いないから、心配する必要は無いのかもしれない」

 そう言って袖をまくったいおりの腕には幾つもの痣が。

 実際に打ち合った精神体を通して肉体にまで影響を及ぼした力。そして幻想界で見た実戦の活躍。

 そこに教え子の強みを見て、いおりは笑みのまま頷く。

 続いて腕の痣をもう一度眺めて、軽く苦笑気味に噴き出す。

「……これは明日学校で誤魔化すのに一手間要るわね」


※ ※ ※


「うう……バァちゃんめぇ……いきなり稽古マシマシにしてくれてぇ……」

 月曜の朝日。

 人によっては心へ痛いほどに突きささるそれを浴びながら、項垂れ歩く悠華。

 そうして背中を丸めたセーラー服姿でトボトボと通学路を進む。

「妙に疲れるイメトレで、くったくたになるまでしごかれたって言うたのにィ……逆に増やすなんておかしいぜよ。こんなん絶対おかしいぜよぉ」

 どこの土地のモノか知れぬ怪しい言葉の恨み言。日南子へ向けたそれを、悠華はぐちぐちとこぼし続ける。

 そんな歩みの中、悠華は不意に前方の電信柱の根元にうずくまるセーラー服の背中を見つける。

 小柄な体をさらに小さく丸めてうずくまる一人の少女。三つ編みに編んだ長い髪が、苦しげな吐息の度に震え揺れる。

「ちょいと、大丈夫?」

 今にも消え失せてしまいそうな弱々しい少女に、悠華は小走りに駆け寄って背を擦りながら声をかける。

「……ご、ごめんなさい。急に気分が……」

 か細い声で謝りながら顔を上げる少女。その蒼白な顔を見て、悠華は少女が見知った相手だったと分かった。

「すずっぺ!?」

「……宇津峰さん?」

 蒼白な少女、五十嵐鈴音(いがらしすずね)もまた、自分に話しかけたのがクラスメイトだと知り、安堵に顔を和らげる。

「……ご、ごめんなさい……今日は体調も良かったからちゃんと学校にと思ったんだけど……やっぱり今朝も急に……」

 しかし鈴音はすぐに大きな目を伏せ、途切れ途切れに経緯を語り始める。

 対する悠華は自身の荷物を腕に括りつけるようにすると、鈴音に背を向ける形でしゃがみ込む。

「ほれ、おぶさりねえ」

「え……宇津峰さん?」

 青い顔のまま、しかし伏せた顔を確かに上げる鈴音。悠華はそれを右の肩越しに振り返り見て、言葉を続ける。

「ここまでよく頑張った! とにかく保険室まで送ってくから。おぶさりねえおぶさりねえ。ほれほれ」

 弱り果てて苦しむクラスメイトの頑張りへの労い。その上で言葉と体を揺するのとを重ねて背中へと促す。

「で、でも……」

「いーからいーからーアタシに任せてー……あ、おんぶじゃなくてお姫様スタイルがお好み?」

 悠華の申し出に、鈴音が遠慮がちに躊躇う。すると悠華はおんぶ待ちの姿勢から掬い抱く様なジェスチャーを見せて首を傾げる。

 そんな軽々としたおふざけ交じりの助けの手に、鈴音の顔が青白いままながらに綻ぶ。

「エト……抱っこは本気で恥ずかしいから、おんぶで……」

「はいなはいなうけたまわりぃ。ほれ、アタシの背中にお乗んなさい」

 悠華は差し伸べた手を取った鈴音へ笑顔で頷き、再び背を向けてしゃがみ込む。

「……じゃあ、ごめんね?」

「なんのなんの。じゃ、なるべくしっかり掴まっててちょおよ?」

 おずおずと乗りかかってきた鈴音へそう断って、悠華はひょいと立ち上がる。

「あの、重たくない……?」

 まるで加わった重みを感じさせない立ち上がりにも関わらず、背中の鈴音が心配そうに尋ねる。

「いやあ全然? 逆にここまで軽いとは思ってなかったよ。正直すずっぺよりも婆ちゃんに背負わされた特訓用の重しの方がずっと……」

 朗らかな心配の否定から一転、悠華はトラウマ気味の記憶を口に出して怯え震える。

「え、エト……ごめんね?」

 怯えながらの悠華の返事に、困ったように笑う鈴音。

「いいってこぉとよぉ。ほんじゃ、山端中学保健室行き、普通おんぶ発車いたしやす。次はぁ終点、保健室です」

 背中からの詫びに、悠華はスパリとおどけ調子に切り替え、足を踏み出す。

 前進前の電車アナウンスの真似事通り、その歩みはゆっくりと、腰から上を揺らさぬようにしたものであった。

「……ありがとう。宇津峰さん」

「やははははん、ナァンのことかなぁ? アタシは特訓の時みたく走り回りたくないだぁけかもよぉん?」

 病弱なクラスメイトへの思いやり。それに気付いた鈴音からの礼に、悠華は歩調を崩さずに誤魔化し笑う。

「それでも、ありがとう……」

「別にそんなかしこまるこっちゃないぜよぉ」

 悠華はどこまでもふざけ調子で鈴音の感謝をのらりくらりとかわしつつ、足取りは確かに通学路を進んでいく。

 そんな悠華の背中に、鈴音はため息を一つ吐いて体重を預けてくる。

 呆れからとも疲労からともつかないそれを背中で支えながら、悠華は細く軽いクラスメイトを運んで行く。

 やがて山端中学の門前に迫ると、同じ方向を目指す中学生たちがどんと数を増す。

 その中で悠華と、背負われた鈴音の姿は否応なしに目立ち、追い抜いて行く学生たちの十人が十人二度振り向く。

「……う、うう……」

 辺りから集まる視線に、鈴音が居心地悪げに身を縮ませる。だがその反面土台として足を務める悠華は、集まる視線などどこ吹く風と、ただ鈴音を揺らさぬように歩き続ける。

「もうちょいっとの辛抱だからねぇ? 保健室まで堪えてぷりーず?」

 そう言うと悠華は足運びのペースはそのまま、周りの生徒たちの注目を流して校門をくぐる。

 そうして下駄箱で履物を変えて、真っ直ぐに保健室へ。

 山端中学の保健室は部活動による怪我人のアクセスに対応してグラウンド、そして下駄箱からすぐ近くに配置されている。

「ノックしてたのもぉう。不調の生徒一名お届けでえっす」

 そんな保健室へ、悠華は軽々とした言葉とノックを前置いて踏み入る。

「どうしたの? ……って、五十嵐さん!?」

 白衣姿に眼鏡をかけた若い養護教諭、水橋巴が横滑りに開いたドアを見やる。そして悠華の背負った常連の姿を認めると、慌てて席を立つ。

「道端で辛そうにしてたんで、とりあえずここまでおぶって来たんスよ。今すぐ救急車が要るほどには見えなかったんで」

 ベッドへ通す水橋に従って、悠華は部屋の奥へ進む。同時にここまで鈴音を背負ってきた経緯を説明する。

「そうだったの。大変だったでしょうに……ありがとう」

 鈴音を運んできた悠華を労って、水橋は鈴音をベッドへ寝かせる。

「五十嵐さん、今はどう?」

「……宇津峰さんのおかげで、今は大分落ち着きました。ここに着いて、安心したのもあるのかも……」

 白いベッドに寝た鈴音が、いくらか青白さの和らいだ笑顔を見せる。

 その様子に水橋教諭も悠華も安堵に表情を緩ませる。

 しかし水橋は堪えるように顔を引き締めると、咳払いを一つする。

「ンンッ……何事も無くて良かったけれど、無理をしてはダメよ?」

 引き締めた顔で鈴音を叱る水橋。

 それに鈴音は真っ白な掛け布団を隠れるように口元へ寄せる。

「……で、でも、今朝は本当に調子が良くて……ちゃんと一人で行けるって、思って……」

 布団の内から辛うじて漏れるか細い声。途切れ途切れで弱々しいそれに、水橋は小さくため息を溢す。

「頑張るのは良いけれど、それでもし何かあったら元も子もないのよ? 今朝だって、この友達が居てくれなかったらどうなってたか……」

「……ご、ごめんなさい……」

 馴染みの養護教諭に叱られ、さらに縮まり布団に籠る鈴音。

「ああーまあまあ。心配なのは分かりますけど、今朝もすんごい頑張ってたんで、それに充分にキツい思いしてるんスから。ここはどうかこんくらいで……」

 さらに小さくため息を重ねる水橋と鈴音の間に口をはさむ悠華。

 その助け船に水橋は苦笑交じりに肩を上下させる。

「それもそうね。それじゃあ五十嵐さんは休んでいて。少しでも辛くなったら無理せずに言うのよ?」

「……はい」

「はい、よろしい」

 消え入るような声での了解。それに水橋は柔らかな笑みを浮かべて頷く。

 それを確かめて、悠華はようやく重荷を下ろしたと言うように肩を解す。

「そんじゃアタシはコレでシトゥレェイ」

 そして手首をくるりと翻し、軽い調子の挨拶を一つ。

「……あの、宇津峰さん。今朝は本当にありがとう……!」

 出入り口へ向いていた悠華は鈴音の礼に今一度振り返り、もう一度手首を翻す。その直後、不意に保健室のドアを叩くノックが響く。

「およ?」

「あら、今朝はお客さんの多い日ね」

 ノックの鳴ったドアへ向かい、悠華の横をすり抜け進む水橋。

 そしてドアを開けようと伸びた瑞希の手に、隙間から滑り入った細いモノが絡みつく。

「ヒィッ!?」

 腕を絡め取る不気味なものに、息を呑む水橋。

 そして隙間を広げたドアから、さらに触手が二本、三本と滑り込んでくる。

「こンのッ!」

 水橋をドアの外へ引きずり出そうとする触手。タコ足に似たそれに向けて悠華は弾かれたように踏み出し、光を灯した右チョップを見舞う。

 白衣の腕を捕らえた触手を打つ一撃。

 切断こそ出来なかったものの、深々と撓んだ触手は堪らず水橋の腕を開放。そのまま逃げるようにドアの隙間から抜け出る。

 悠華は逃げるタコ足を追いかけ、ドアを叩きつけるように滑らせる。

 その勢いのまま飛び出して右、左と触手の主を探す。

 だが伸びる廊下の先にそれらしい姿は影も形もない。

「……いーまのってやっぱ、「アレ」だぁよねー」

 悠華はいつものふざけ調子で呟きながらも、緩みない警戒の目を辺りに巡らせ続ける。

 しかしすぐに顔をへらりと緩めると、尻もちをついたままへたり込んだ水橋へ振り返る。

「いやあ、なんかたちの悪いいたずらッスねえ。しかもなんかもう逃げちゃったみたいで、なんかすっごい逃げ足速いッスわ」

 未だ状況認識の出来ていない保健室の中へ、悠華が誤魔化し笑いを向ける。

「じゃあ、今度こそアタシはこの辺でぇ……」

 悠華は改めて退出の挨拶に手をひらつかせると、水橋からの返事を待たずにドアを閉める。

 そうして辺りへ警戒の目を戻しながら、黒とオレンジの指輪で飾られた右手を上げる。

『テラ、学校にタコ足の化物が……』

 歩きながら指輪を通じて相棒へ連絡する悠華。

 瞬間、テラの返事が頭に響くよりも早く、降りてきたタコ足が右腕に絡みつく。

「なッ……!? 上ぇッ!?」

 息を呑み、顔を上げる悠華。

 天井に開いた裂け目。その奥と悠華の腕を掴む触手。

 悠華は己を縛るそれを振りほどこうと右拳を固める。だが拳が輝くよりも早く、裂け目から落ちてきた新手の触手が悠華の肩や胴に絡みつく。

「う……ッ!? ぐッ!?」

 触手の一本を叩き払うと同時に、また別の一本が悠華を縛る。

 やがてがんじがらめに縛られた悠華の体が浮かび上がり、天井の裂け目に吊り上げられる。

「のわぁああああああ!?」

 間の抜けた声を残して、悠華は世界の境界の穴へその姿を消した。

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