069.外道
あぁ、どうしてこうなった……。
手首にはめられた手錠は金属製で、とてもではないけど解錠出来そうにない。
セラも、手錠が金属の場合は諦めろと言っていた。
つまり、お手上げです。
ルシアンは屋敷で終わらせなければならない仕事があるとかで、今日は一人で学園に向かった。
馬車で送ってもらうし、セラも一緒だから、何の心配もない。
「ルシアン様が早く帰って来るようにおっしゃっていたわよ」
いやいや、今から学園に向かう所だからね?
何ですかその、過保護なお父さんみたいな発言は……。
「ルシアン様がおっしゃるには、最近ウィルニア教団の旗色が悪いらしいから、ミチルちゃんには気を付けて欲しいって」
……どうも、ゼファス様は各地を巡業しながら、マグダレナ教会の教えを改めて広め、何故か私の名前まで広めてるらしい。
わざとではないのだろうけど、マグダレナ教会の活動をサポートしてくれてるのは、アルト家と私だと言ってるようなのだ。
いや、そこアルト家だけでいいじゃない。私もアルト家に嫁入りしたんだから、アルト家括りでいいんじゃないのかね。
仕方なく参加する夜会で、諸外国の貴族と顔を合わせることが増えた。
その時に言われて知った。
貴女が、かの有名な転生者であり、マグダレナ教会を援助し、民を救うアルト伯爵夫人なのですね、と。
これを、何回か。
私は救ってないよ?!
どうやら私と言う人間は、己の意思と関係なく情報を流される運命にあるようだ。
学園内ではモニカに、学園外ではゼファス様?に。
……なんかこれ、魔王様の気配がする。
名前が一人歩きした結果、予測されることは、ウィルニア教団から私が目を付けられる、ということですね。というのを踏まえた上の、セラの発言に繋がると。
「ルシアン様がいらっしゃらない時は、一人にならないでね、ミチルちゃん」
「分かりました」
気をつけます。
うちの学園は王子も通う訳で、キャロルの事もあって警備が厳重になったと聞いてるんだけども。
だから絶対平気、とは思ってないけど、どういう状況だと危ないことになりうるのかなー。
セラに見送られて教室に繋がる廊下を歩いていたところ、見たことのある男子生徒に声をかけられた。
名前は知らない。
「おはようございます、アレクサンドリア女伯」
「おはようございます」
「カーネリアン先生が探してらっしゃいましたよ」
デネブ先生が? 何だろう?
……うん、違和感がある。
「ありがとうございます、では執務室に伺いますわ」
皇女に怪我をさせられてからしばらくの間先生はお休みしていた。ようやく腫れも引いて、生活に支障がなくなったので復職されたのだ。
「いえ、先生は別の場所にいらっしゃるので、ご案内しますよ」
いくらなんでもこれは怪しいですよ、べったべたですよ。これにホイホイ乗っちゃう程、馬鹿じゃないよー。
「そうですか、ですがそれだと授業に間に合いませんから、改めて先生の元にお伺いすることに致します。お声かけ、ありがとうございます」
男子生徒から、後ずさりして距離を取る。
そもそも、先生なら私を呼ぶのに一般の生徒を使わない。
いつも先生の従者が呼びに来てくれる。
「いえいえ、ご遠慮なさらず。すぐ終わりますから」
張り付いた笑顔の奥に、焦りを感じる。
怪しすぎる。
「あら、どのぐらいかかるのかなんて、先生しかご存知ないでしょう?」
三秒数えてダッシュで逃げよう!
研究室にいるセラの元に行こう。
ジリジリ後ろに下がる私。ジリジリ迫ってくる男子生徒。
「今回、私も先生から協力を要請されているので、所要時間が分かるのです」
協力って何よ?!
3……
「それでしたら先にお手伝いに向かって下さいませ」
2……
「先生には、アレクサンドリア女伯のお力が必須だと伺ってます。ですから一緒に参りましょう」
1……
「ご遠慮します!」
バッと振り返って全力で走る。
「あ! 待て!!」
いくらドレス着て走る特訓してたからと言って、学園の制服も走ることを想定してない。つまり、走りづらい!
このルート、人通りが少ないのよね。
ルシアンも私も騒がれるのが嫌で、一番遠い場所に馬車を乗り付けていたのをあの生徒は調べていたのだ。
到着する時間も。
あぁ、失敗した。
長い廊下を駆け抜け、研究室に向かう。
ドアに手をかけると、カギがかかってる。セラはカギを取りに行ってるのかも知れない。
「待て!!」
思った以上にあの男子、足が速い!
その場に止まる訳にも行かなくて、慌ててその場を離れ、階段を駆け上がる。
確か三階の渡り廊下から、教室のある建物につながっている筈!
「!!」
階段のカーブを曲がって見上げた先に、誰かの侍従だろうと思われる体格の良い男が立っていた。私を見た時の目からして、追い掛けて来る男子生徒の侍従ではないかと思う。
一瞬怯んだ隙に髪を引っ張られ、体勢を崩した私は踊り場に倒れた。
「この! 手間かけさせやがって!」
怒りに満ちた目で私を見下ろす男子生徒は、私に覆いかぶさると、ハンカチを私の鼻と口に押し当てた。
そこで、私は意識を失った。
と、言う訳で、ここは何処なんでしょうか……。
嗅がされた薬の所為か、頭が痛いし重く感じる。
気持ちも悪いし。
髪を引っ張って倒された時に捻ったみたいで、足首も痛い。走って逃げるのは難しそう。
しかも私の手首を拘束してる奴、金属製です。
セラ先生が拘束具が金属だったら、正規のカギじゃないと解錠出来ないから諦めろって言ってマシタ。
つまり散々特訓したのに意味ないって奴デスネ……。
とりあえず制服は乱れてないから、意識を失ってる時には何もされてないみたいだけど、何を目的にして私をここに連れて来たかによる。
街中で攫ったのではなく、私が何者か分かった上で攫ってる。顔も見たことのある生徒だった。
ということは、間違いなく学園に通ってる生徒と言うことだから、私にこんな事をしても問題ないと考えていると言うことで、つまり私を殺そうとしてるってこと?
私を殺したいと思ってる人。
心当たりは……ある!
皇女とウィルニア教団!
さすがに朝言われたばかりですからね……。
でも、殺される前に……。
思わずごくりと唾を飲み込んでしまった。
私、今キングサイズのベッドの上にいるんですよね……。
……殺される前にされちゃうってこと……?
想像しただけで血の気が引いてきた。
あぁ、どうか私を手篭めにしようなんていう物好きが、ここに来る途中で迷子になるとか、とにかくここにたどり着きませんように……。
せめて心の中で祈る。
次の瞬間、扉が開いた。
ええぇ!!
でっぷり太った、いかにも悪役やってます、といった風情の人が部屋に入って来た。なんて分かりやすいんだ!
「おぉ、ようやく目覚めたか。待ちくたびれたぞ」
赤茶色の髪を、ベートーベン風にしているその中年男性は、にやにやと笑いながら私に近付いて来る。
ききき、キモい!!
「さすがに婚姻も結んでおるし、これだけの美貌を生娘のままにしておく男もおらんだろうから、初物をもらえぬのは残念だが、まぁ良い。
あの娘にも丁度飽きた頃だったしなぁ」
あああああ、耳潰したい!
気持ち悪いこと言いまくってる!!
舌舐めずりをしながら、キモ男がシャツのボタンを緩め始めた。
ひぃぃぃっ!!
いやああああああ! 胸毛キモい!!
「気丈な娘だ。さすがかのアルト家の嫁と言うべきか?」
違う! 気持ち悪さと恐怖で強張ってるだけだから!
キモ男はシャツを脱ぐと、近くのソファの背もたれにかけた。
「色んな薬を取り揃えているからな、嫌でも啼くことになるだろうよ」
薬?!
ええぇぇっ! 薬漬けにされちゃうの私?!
ベッドと拘束具はがっちり固定されていて、ぴくりとも動かない。
「無理だ。それはその為だけに作らせた特注品だからな」
ぐふぐふ笑うキモ男に、嫌悪感がピークに達した。
この為とか! 変態!!
まともに女の人に相手にしてもらえないからってこんな!
極悪非道過ぎる!
近付いてきたら吐いてやる!!
扉が勢いよく開き、私を誘拐した男子生徒が部屋に飛び込んで来た。
あ、おまえこんにゃろー!! よくも誘拐しやがったな!! 絶対許さん!!
「猊下!」
男子生徒は私に目もくれず、キモ男に掴みかかった。
「姉は! 姉上は何処にいるのですか?!
約束を守ったら姉を返して下さる約束です!!」
……なるほど、私はこの男子生徒の姉上を助ける為に誘拐されたということですか……。
理由は分かったけど許さんよ……。
「あぁ、アレか。
アレなら隣の部屋にいる」
アレ呼ばわり!!
男子生徒は弾かれたように隣の部屋に入って行った。
次の瞬間、絶叫が聞こえた。
その叫びだけで、そこにいる姉が、言葉に表し難い状態にされていることが分かる。
「姉上っ! 姉上っ!!」
悲鳴のような叫びに、私は男子生徒への怒りを保っていられなくなった。
すすり泣く声が聞こえる。もしかして……亡くなって……?
少しして、男子生徒が人を抱えて戻って来た。
「……っ!」
男子生徒にお姫様抱っこをされてる女性は、病人のようにガリガリにやせ細って腕なんて掴んだら折れてしまいそうだ。
髪もボサボサで、白い筈のネグリジェドレスは所々破かれ、なんだかよく分からない物が付着して汚れ、目は虚ろだった。
薬の所為なのか、されたことの所為なのか、心が壊れていることだけは、ひと目で分かった。
「ふん」
興味なさそうにキモ男は鼻で笑った。
「どう処分したものかと思っていたから丁度良かった。
これからは新しい玩具があるからなぁ」
ゾワッと背中が泡立った。
私も、あの女の人のようになるのか……。
涙を流す男子生徒は、私に一瞥もくれず、部屋から出て行った。
男子生徒が開け放ったままにした扉を、キモ男は閉めた。
「猊下!」
勢いよくまた扉が開き、中肉中背の、鋭い目をした男性が部屋に入って来た。
ベッドに括り付けられている私を見て、キモ男を睨む。
「何を考えてらっしゃるのですか! 今は大事な時期だというのに!!」
この人はキモ男の部下らしい。
猊下と呼ぶということは、教団の中でもかなり上位の立場だろう。
「何をそのように怒る必要があるのだ、レクンハイマー。
聖女様のお望みを叶えるのは我らの仕事だろう」
聖女様という言葉に、やっぱり、と思った。
話の流れからして、皇女が私に危害を加えることを望み、それを教団が実行に移したということみたいだ。
でも、このレクンハイマーという男性は私を誘拐したことを知らなかったように見える。
「彼女に手を出せばアルト家が絶対に許しません!
何ということをしてくれたのですか!!」
私がこの後どうなるのかは、考えたくないから置いといたとして……このキモ男はタダでは済まないと思う……。
多分ルシアンに八つ裂きにされると思う。八つ裂きで済めばまだいい方かも知れない。
願わくば、ルシアンが来てくれた時に、私への被害が最小でありますように……。
……ルシアン……助けに来て……。
「今更返す訳にも……」
突然、屋敷の何処かで爆発する音が聞こえた。
窓がビリビリと震える。
「なんだ?!」
キモ男は醜く狼狽える。
レクンハイマーという男は唇を噛み締め、早いな、と呟いた。
「逃げる準備をなさって下さい、猊下!
まだここで倒れる訳にはいきません!!」
「なっ、逃げるだと? 手練れをあれだけ用意しているのだ! 何とかせよ!!」
「無論そのつもりですが、あちらも無策でここに飛び込む筈はない! いつでも脱出出来る準備を!!」
そこまで言ってレクンハイマーは部屋から飛び出した。
最初はオロオロした様子で部屋の中をウロウロしていたキモ男も、少しして落ち着きを取り戻したのか、ふん、と鼻で笑った。
「百人は兵を揃えているのだ、なんとかなるだろう」
別の方向に開き直ったらしく、キモ男は私を見てにたり、と笑った。
「そなたの夫の前で、そなたを犯すのも、また一興かも知れんなぁ」
なにこのど鬼畜変態野郎!!
信じられない信じられない!!
キモ男は私に近付くと、私の顎を掴んだ。
「いやっ! 触らないで!!」
汚い!!
「ルシアン……っ!!」
次の瞬間、キモ男の身体が吹っ飛んだ。




