あなた
ルシアン視点です。
後書きに色々書かれたくない、と言うご意見があるようですので、活動報告に後書きを書いておこうと思います。
庭に咲く花を、彼女の枕元に飾る。
その花を選ぶ為に、庭に出る。
それが俺の日課だ。
呪いのように続く日々に、初めの頃は胸が軋み、いつか心が潰れて死ぬと思った。
それなのに、死なない。
死ねない。
己のしぶとさには冷笑しか出てこない。
目覚めない彼女が、再び目を開けて俺をその瞳に映してくれるのではないかと、今でもその淡い期待を捨て切れない。
愚かだ。
分かっている。
それならばいっそ、己が施した虹色の魔石の効果を信じ、ミチルを殺し、自分も死んだ方が手っ取り早いのではないかとも思った。
出来なかった。
もし生まれ変わらなかったら?
生まれ変われたとして、ミチルが俺を覚えていなかったら?
確実な物など、何一つありはしない。
そんな不確かな物に全てを賭けて、得られるかも知れない未来を捨てられなかった。
そうしている内にもう三年。
まだ三年なのか、もう三年なのか。
長いのか短いのかも分からない。
惰性で眠り、惰性で食事をし、惰性で職務をこなす。
全てが惰性。
ミチルのいない世界など、こんなものだ。
そんな事、分かっていた。
幼少期に己が思っていた未来を過ごしているだけだ。
それなのに。
毎日毎日、ミチルが目覚める事を願い、祈り、絶望する。
もしこのまま彼女が目覚めないのなら、心など無くなってしまえば楽になるのに。
咲いた白い百合を鋏で切り、雄蕊を全て落とす。花粉で白い花びらが汚れないように。
百合から漏れる香りに、胸が苦しくなる。
ミチルが好んで付けた香水は、百合の香りだった。
この香りを嗅ぐと、ミチルが側にいるかのような気持ちになり、喜びがわく。
でも、直ぐにその喜びは萎み、苦しくなる。
彼女が側にいない事を、思い知らされる。
それでも、ほんの一瞬の喜びを感じたくて、百合を摘む。
ミチル。
今、何処にいる?
俺の声は届くだろうか?
愛してる。
たとえ貴女の目が俺を映さないとしても。
何度でも、伝える。
不意にガタガタと物音がして、思考が中断させられる。
ミチルを想う時間すら持てないのか。
音は上からする。
見上げた先に、窓にミチルが見えた。
遂に幻覚が見えるようになったのか……?
あぁ、それでも良い。彼女に会えるなら。
窓が開く。
身を乗り出して彼女が呼んだ、俺の名を。
「ルシアン!」
幻聴ではないと思いたい。
「……ミチル……?」
声が掠れる。
「ルシアン!!」
幻聴じゃない。
幻覚じゃない。
彼女が、ミチルが、ミチルがいる……!
彼女のいる窓に向かって走る。
動かないで。
危ない。
落ちてしまう。
身体の向きを変えたミチルは、窓の縁から落ちた。
「ミチル!!」
全速力で駆ける。
駆けて、腕に抱きとめる。
「ルシアンにこうして落ちるのを助けていただくの、二度目ですわ」
こんな時なのに、何て悠長な事を言うんだろう。
何を言えば良い。
言葉に詰まっていた俺に、ミチルの唇が動く。
声は出ていない。
彼女の癖なのだ。思っている事を、声に出さずに言ってしまうのは。
"ただいま"
首を軽く傾げる。
"ただいま?"と言ったのだろう。
"おはようございます"
これもまた首を傾げた。
たまに見せるとぼけた姿を見ていたら、夢でも幻覚でもないのだという実感が迫ってきた。
あぁ、いつものミチルだと思った。
「おかえりなさい、ミチル」
戻って来てくれた。
俺の元に。
「ただいま戻りました、ルシアン」
そう言って微笑むミチルの瞳に俺が映っている。
ホーリーグリーンの瞳に。
生きてそこにいるから、その瞳に映る事が出来る。
抱き締める。
温かい。
ミチルの腕が首に回される。
「ミチル」
会えた。
また会えた。
もう二度と会えないと思っていた。
諦めもあった。
諦めない気持ちもあった。
抱き締めていた腕を緩め、顔を見る。
額に口付けを落とす。
瞼に、鼻に、頬に。
「愛してる、ミチル、愛してる」
何度も言いたい。
何度でも聞かせたい。
「ルシアン、ちょっと下ろして下さいませ」
何をするのかと思いながらも、下ろす。
「あの時、マグダレナ様に、私の願いを叶えると言われて、ルシアンが望まないと分かっていながら、ルシアンを助けて欲しいと願ってしまったのです。勝手な事をして、ごめんなさい」
俯きながら、あの時の気持ちを吐露するミチルに、愛しいという気持ちがわいてくる。
「怒って……らっしゃいますか……?」
伺うように見上げる顔は、不安気で、その眼差しに胸が幸福感でいっぱいになる。
「目覚めてくれた。それだけで十分です」
ホッとした様子で、微笑む。
あぁ、初めて見た時から変わらない、柔らかくて優しい笑顔。好きで堪らない笑顔が、目の前にあった。
頬に口付ける。
ミチルも俺の頬に口付けてくれた。
視線が重なって、どちらからともなく、口付けた。
唇を離し、まぶたに口付けを落とす。
愛しい人。
誰よりも何よりも。
「ルシアンに、ずっと言いたくて言えなかった言葉があるのです」
ミチルは俺を見て、頬を赤らめる。
「愛してます、ルシアン」
最愛の彼女が、俺に愛を囁いてくれた事に胸が震える。
「知っています。あの時も、言ってくれたでしょう?」
「聞こえたのですか?!」
驚いた顔からして、本当にあの極限状態で、俺に心を捧げてくれたのだと分かる。
「聞こえました」
ミチル。
貴女に会えて良かった。
貴女だけを求めていた。
貴女に、愛された。
涙が出そうになる。
きっとこれが、幸せと言うものなんだろう。
こんなにも、胸から溢れそうになる気持ちを、他に何と表現していいのか分からない。
「愛してます、ミチル。誰よりも、貴女を愛してます。
貴女だけを、愛してます」
ミチルの目から涙が溢れる。
「私も愛しています」
口付けをして、誓う。
「何度生まれ変わっても、あなたを愛し続ける」
絶対など、永遠など無いと言われても。
何度でも愛を告げ、愛を乞う。
何度でも誓う。愛し続けると。
だから、側にいて。
fin




